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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
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三十四話

続きです。

 時同じく―――アース砦北壁にて。

 南門の方で戦端が開かれたことによって、反対側であるここ北壁の警備は薄くなっていた。

 「始まったみてぇだな」

 大剣を背負った偉丈夫―――キールが小声で隣にいる女性に話しかける。

 「そのようだ……こちらも始めるとしよう」

 凛々しい表情を浮かべる女性―――アリアは背後に控えていた兵士たちに向き直ると、

 「レン殿下が敵の目を引き付けてくださっている今こそが好機!これより梯子を使って砦内部へ侵攻する!」

 今か今かと待ちわびていた“天軍”別働隊三千は立ち上がって黙々と作業を始めた。

 用意していた梯子を城壁に掛け、一人、また一人と昇ってゆく。

 「キール、我らも行くぞ」

 と言ったアリアが城壁へと向かうが、何故かキールは後ろを遅れてついてくる。

 「嬢ちゃんが先に行くといい。なーに、女性に先を譲るのは紳士の義務さ」

 「は?貴様のどこが紳士なのだ。いいから先に行け」

 アリアとしてはキールに先に行ってもらいたい理由があった。

 しかし、この時キールにもアリアを先に行かせたい理由があったのだ。

 「嬢ちゃん……わがままは良くないぜ?」

 肩をすくめてやれやれという仕草をするキール。

 「……分かった。その代わり貴様は私が昇り切った後に梯子を使え」

 こんなことで時間を浪費するわけにもいかない。そう割り切ってアリアは梯子を昇り始めた。

 すると―――

 「なかなか可愛らしいのを穿いてんじゃねぇか」

 下からキールの感嘆の声が聞こえてくる。

 「き、貴様ぁ!やはりこれが目的だったのか!!」

 羞恥に顔を赤らめるアリアは、怒りのままに昇ってくるキールの顔面を蹴り飛ばした。

 「ひゅーいいな、そ―――ブベラッッ」

 「黙れ、蹴るぞ!」

 「もう蹴ってるじゃねぇか……」

 という二人のやり取りを見ていた兵士たちは呆れ半分楽しさ半分だった。

 『キールさん相変わらずだな』

 『まぁ、おかげで緊張も程よくほぐれたし……』

 『それにしてもアリア副官って可愛いよな』

 『お前……後で折檻くらってもしらねぇぞ』

 戦いの前の独特の緊張感が程よく緩和していくことで、別働隊三千の士気は上がっていった。

 堅物のアリアと軟派なキール。意外にもこの二人は相性がいいのかもしれない。

 兵士たちはそう思っていた。


 *


 アース砦指令室は混沌としていた。

 『て、敵の損害は軽微ですっ!』

 『メール軍が敵軍後方へと下がって行きます』

 『あ、あれは……重装歩兵!?そんな馬鹿なっ』

 先手を打って仕掛けたまでは良かった。しかし、予想に反して敵軍の動揺や被害が少ないどころか、一緒くたに排除しようとしたメール軍までもが統率を取り戻して退却していったのだ。

 「少し黙りやがれ」

 その一言に指令室は静寂に包まれる。声の主を探して視線を上座に向ければ、怒りをむき出しにした司令官がいた。

 「まだ始まったばかり、思い通りにいかねぇのは戦場の常だろうが。なのに指揮を執るお前らが取り乱してどうすんだよ」

 眼鏡をかけた男―――ソロである。

 「こっちが有利なことには変わりねぇ。砦攻めってのは基本守る側が有利なんだからな」

 堅牢な城壁に硬質な城門。上から矢を射たり、タールを流したりするだけで敵の被害は拡大していく。

 長期戦となれば糧食等の問題からそう言ってはいられなくなるが、短期戦であれば砦側が圧倒的優位にたつ。

 「とにかく敵を城壁に張り付かせるな。胸壁からありったけ矢を打ち込めばいい」

 夜であるため敵の詳細な位置は分からないだろうが、アース砦周辺は鬱蒼とした森のため、大軍を動かすには城門があるひらけた正面からしか侵攻できないだろう。その為、適当に射ても当たるはずだ。

 そう説明すれば、幕僚たちは落ち着きを取り戻した。

 

 ―――そこに一人の兵士が駆け込んできた。


 『て、敵襲!北側の城壁から砦内部に敵が侵入しましたっ!』

 兵士は敬礼を取るのも忘れてそうまくし立てる。

 ざわめく幕僚を無視して、ソロは尋ねる。

 「……数は?」

 『闇夜に紛れているためおおよその数しかわかりませんが―――その数およそ三千!掲げている紋章旗は三つ首の黒竜―――“軍神”の神旗ですッ!』

 その報告に、幕僚たちが騒ぎ始めた。

 『そんな……奴らは正面にいるのでは!?』

 『それよりもどうやって侵入されたのだっ。哨戒は何をしていたのだ?』

 『三千を見過ごすなど……どうなっておる!!』

 幕僚たちの顔に浮かぶのは不安と焦燥。

 無理もない。相手はあの“軍神”の末裔なのだ。その戦歴は誰もが知るところであり、加えて常勝不敗とうたわれた“天軍”までいるとなれば、むしろこの反応こそが正常だと言えるだろう。

 しかも夜間とはいえ三千もの敵軍を見逃したとなれば、いよいよ不安が最高潮まで高まってしまうのも無理のないことだった。

 しかし、司令官たるソロは動じなかった。

 「―――中庭に待機させていた一万の内五千を動かして対処しろ。残りは城壁の守りから動くなと伝えておけ」

 『し、しかしその程度で敵が止まるのですか?』

 不安げな表情を隠さない幕僚に、ソロは不敵に嗤って見せた。

 「問題ねぇよ。“天軍”だろうが所詮はたった三千。十分対処できる数でしかねぇ」

 『ですが―――』

 「うるっせぇな……黙っとけよ」

 ゴトリ―――という重い物が落ちる音が発せられた。幕僚たちが恐る恐る発信源をみやれば、そこには懸念を述べていた一人の幕僚の変わり果てた姿があった。

 『ひぃ―――』

 鮮血が飛び散り、鉄の匂いが部屋全体に充満する。転がった生首が浮かべる表情は―――驚愕だ。

 「こうなりたくなかったら黙って仕事しろ。……俺は部屋に戻る」

 黙り込む幕僚を後目に、ソロは部屋を後にする。

 「ったく、どいつもこいつも使えねぇな。イライラするぜ、クソがッ!」

 廊下の壁を蹴りつければ、衝撃に耐え切れずに壁が凹んだ。

 「……女でも抱いて鬱憤を晴らすかな」

 ソロは呟いて、戦利品を持ち込んでいた司令官用の部屋へと向かうのだった。


 *


 『アリア副官が潜入に成功したそうです』

 伝令の報告に、愛馬クロに騎乗していた蓮は喜色を浮かべた。

 「そうか。ならこちらも動くとしよう」

 蓮が片手を上げて振る。それを合図に、旗手が三つ首の黒竜の旗を右に傾けた。

 すると今まで襲いくる火矢を防いでいただけだった第一陣、重装歩兵三千が盾を掲げたまま前に進み始める。

 それを見届けた蓮は隣に居たラインに声を掛けた。

 「ラインには第二陣の指揮を任せたい。僕が合図を出したらすぐに動いてね」

 第二陣二千は軽装騎馬だ。彼らには突破力を生かした突撃を行ってもらうつもりでいた。

 「任せてよ!レン兄の期待に応えてみせるから」

 と、頼もしく言ってくるライン。

 (本当に成長したな)

 人間の成長速度は恐るべきものだ。あっという間に天に昇る勢いで進化していく。

 (前に魔族が言ってたっけな。真に恐ろしいのは人族の成長速度であると)

 五種族の中で最弱であった人族が、あの大戦で勝利できた理由の一端でもある。

 蓮は頬を緩めて、ラインに微笑みかけた。

 「頼んだよ。僕は第一陣の指揮を執るから」

 そう言って最前線へと向かう。

 (さて、敵司令官はアインス大帝国を貶めたいんだったな。なら……挑発でもしてみるか)

 第一陣の先頭にたどり着いた蓮は片手を横に振る。“天軍”は歩みを止めた。

 蓮は只一人、愛馬クロに騎乗したまま前に進むと声を張り上げた。

 「フクス軍に告ぐ。今すぐ開城し、降伏するのであれば命だけは取らないでおこう!」

 火矢が止まる。一瞬の静寂ののち―――嘲笑が飛んできた。

 『ぶははっ、寝言は寝て言えよ』

 『坊ちゃんはママがいないと寝れないんだろうよ』

 『帰ってママにでも抱き着くんだなっ!』

 敵軍は笑いの渦に包まれたが、蓮の背後にいる“天軍”からは怒気が上がってゆく。

 英雄王の―――“軍神”の末裔を侮辱した。

 それは千年もの間、彼の帰還を待ち続けた“天軍”からしてみれば許されざる暴言だった。

 故にいやおうなく士気が高まってゆく。それを感じ取った蓮は“白帝”(ブリューナク)を喚び出して地面に突き刺す。

 「ならば是非もなし!抵抗できない無辜の民相手にしか勝てない貴様らなど生かすに値せず。死を持って罪を清算せよ!」

 “天銀皇”(アガートラム)から弓矢を取り出して―――射た。

 その一射は、城壁上にいた部隊長らしき男の眉間に突き刺さる。続けて射れば周囲にいた兵士たちが次々に倒れていった。

 『こ、こいつ!』

 『矢を射ろ!射殺せぇ!』

 再び火矢の大群が向かってくる中、蓮は不敵に嗤って見せた。

 「無駄なんだよ……焼き尽くせ“天銀皇”」

 瞬間、白銀の外套の裾がまるで竜の咢のような形に変化して白光を吐き出した。

 その閃光は火矢を消滅させて城壁に突き刺さる。

 『な……馬鹿な……っ!?』

 堅牢であったはずの城壁が融解し始め―――ついには貫通したのだ。

 「ふっはは……キミたちには更なる絶望をくれてやろう」

 蓮は“天銀皇”に城門を狙うよう指示する。

 城門に極光が突き刺さり―――これまた貫通した。

 それを見届けた蓮は弓矢を捨て“白帝”を手に取ると、背後に向き直って告げる。

 「敵は無辜の民を襲い、同盟者すら背後から襲う卑劣な輩だ。故に慈悲など与えない。与えていいのは―――死だけだ」

 “白帝”を月夜に掲げれば、夜であっても輝く第二の太陽となる。

 「大義は我らにあり!故に勝利の女神はこちらに微笑むだろう」

 “白帝”から発せられる黄金の光が、兵士たちを癒すように包み込む。

 「“軍神”の名のもとに―――全軍進撃せよっ!」

 瞬間―――金属音が打ち鳴らされた。兵士たちが武器を盾に打ちつけたのだ。

 『おおぉぉおおお!!!』

 爆発的な喊声が月夜に轟き、敵軍をひるませる。

 第一陣三千が進軍を再開した。

 敵はそれを見て慌てたように火矢による攻撃を再開してきた―――が、先ほどよりも数がまばらだ。

 (こちらの勢いに怯み、加えて城門を破壊されたことで焦っているのだろう)

 半壊した城門を見やれば、そこから騎馬隊が出てきた。

 (敵も馬鹿ばかりではないということか……)

 重装歩兵では騎馬相手に少々分が悪い。蓮は旗手に合図した。

 すると背後から地鳴りが聞こえてくる。ライン率いる第二陣騎馬二千が動き出したのだ。

 (間に合わないか。ならば敵の速度を緩めればいい)

 蓮はクロに命じて勢いよく敵軍へと向かう。

 『敵司令官が出て来たぞ!このまま討ち取って―――ッ!?』

 「うるさい蠅だな」

 敵騎馬隊の先頭を往く部隊長らしき男の首を刎ね飛ばす。

 クロの背を蹴って跳躍―――五つの首を同時(、、)に刎ねた。

 殺した敵兵の馬を渡り歩いて次々に兵士たちの命を刈り取ってゆく。

 「数が多いな……減らすか」

 呟いて指を鳴らせば、虚空に突如数多の光剣が現出―――敵を貫いていった。

 『ば、化け物めぇええ!』

 恐るべき絶技を見せつけられたフクス兵が、狂乱して向かってきた。

 「疾ッ!」

 気迫と共に“白帝”を一閃―――やすやすと胴体を二分した。

 “白帝”の前では鎧兜など紙切れにも等しい。刀剣や槍なども同様だ。

 蓮は敵兵たちに嗤いかける。

 「楽しいな……キミたちもそう思わないかい?」

 『あ……ああ―――……ああぁああああ!!』

 恐怖のあまり壊れたように叫ぶフクス兵たち。

 眼前にいる少年は異常だと、危険だと悟ってしまう。天地がひっくり返っても勝てないのだと理解してしまう。

 闇夜に溶け込むかのような黒髪に、柔和な顔立ち。しかし浮かべるのは凄絶な笑みだ。

 神にも等しい力を振いながら、悪魔にも似た残虐性を見せる。

 それはまさしく―――

 『“鬼神”……っ!』

 神話伝承に登場する死を司る死神のようで―――

 「キミたちはさんざん無辜の民を殺しただろ?なら当然、キミたち自身が殺されるって展開もありうるわけだ」

 黄金の剣を振って、罪人を断罪する“正義”の神でもあった。

 「殺される覚悟がない奴が、誰かを殺すなよ」

 蓮は唐突に、表情を消して“白帝”を水平に構える。

 「けれど―――慈悲は与えよう。なるべく苦痛を抱かせないようにしてやる……だから無駄な動きはしないことだ」

 

 ―――覇光白夜(リヒトブランシュ)


 世界が黄金に染まった。

 夜にあっても日中のような光量が辺り一面を照らす。

 やがて、光が収まった時―――そこには無数の死体の中に佇む一人の少年がいた。

 無で満たされた表情を浮かべて、天に浮かぶ月を眺めている。

 そこへ、騎馬がやってきた。

 「レン兄、遅くなってごめん!」

 「かまわないよ。それよりも正面がひらけた―――この意味分かるね?」

 馬上のラインは瞬時に理解して頷いてきた。

 「うん、突入しろってことだよね?」

 「そうだ。僕はこのままここで第一陣を含む全体の指揮を執るから、頼んだよ」

 「了解っ!」

 そのまま駆けてゆくラインを含む第二陣の背を見送った蓮は、静かに呟いた。

 「―――これで全ての記憶が戻った」

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