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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
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二十九話

続きです。

 皇帝が退出した後の玉座の間は喧騒で満ちていた。貴族たちがそれぞれの派閥の皇族を中心にして集まり、今後の対応を話し合っている。

 そんな中、蓮はルナと共にひとまず東域の五大貴族であるフィンガー家の屋敷へと向かおうとしてその場を後にしようと歩き出した。そこへ声が掛かる。

 「お待ちなさい、末裔!」

 二人が振り向けば、そこには金髪紅眼の女性―――エリザベート第三皇女が取り巻きを連れ立っていた。

 「……何か用ですか?」

 蓮が聞けば、第三皇女は怒り心頭といった様子で言ってきた。

 「何か―――じゃありませんわよ!何を勝手に決めてらっしゃるの!」

 「…………ああ、今回の戦でのあなたの役割のことですね。勝手に決めたことは謝りますが、文句があるなら評定の時に言えばよかったじゃないですか」

 「そ、それはそうですけど……っ。あ、あなたも勝手に決められてよかったんですの!?」

 言い負かされたエリザベート第三皇女はルナに矛先を変えた。

 「問題ない。最善の策だと思う」

 「くっ…………ふんっ、まあいいですわ。今回はおとなしく従ってやりましょう。ですが最後に笑うのは(わたくし)ですわ」

 即答された第三皇女だったが、何故か意味深な言葉を発して去って行った。

 (最後に笑うのは……?なんのことだろうか)

 どうにも嫌な予感がぬぐえない。マティアス第一皇子といいなにかたくらんでいるようだが……。

 (一応探ってみるか……)

 と、ここで美声が耳朶を打ってきたことで蓮の意識がルナに向けられた。

 「レン、早く行こう」

 「うん、そうだね……ごめん」

 「大丈夫……問題ない」

 二重の意味を込めた謝罪だったが、どうやら理解してくれたようだ。

 (言葉の裏を読むのが上手いか……これも皇帝として必要な資質だ)

 付き従う高官や貴族の真意を正しく理解するには、言葉に込められた意味や感情を察する必要があるからだ。でなければ人の上には立てない。

 (やはり理屈といった内面はほとんど出来上がっているな。後は感情の制御と武力の向上か)

 どちらも戦場で身に着けさせるのが手っ取り早い。だが、ルナは今回の戦には不参加だ。

 (ヴァルト王国との戦いで成長を促すしかないか)

 蓮はフィンガー家の屋敷に向かいながら思案を続けた。


 貴族が大帝都に置く屋敷の並びには規則性がある。帝城に近づくにつれて身分が高くなっていくのだ。

 それが五大貴族の一角ともなればほとんど隣といってもよいくらいの近さである。

 帝城の城門から出た二人は僅か三分ほどでフィンガー家の屋敷に着いた。

 「やあ、お二人方。先ほどぶりですな」

 友好的な言葉をかけてきたのはフィンガー家現当主バルトだ。

 「ん……おなかすいた」

 「バルトさん、先ほどは勝手なまねをしてすみませんでした」

 二人が別々の言葉を返したことで、バルトは苦笑を浮かべることとなった。

 「ははは、まずは食事にしましょうか。話はその最中にでも」

 「そうですね。ルナが倒れてしまわない内に食事にしましょうか」

 既に屋敷の食堂へと向かっているルナの背を追うようにして男二人は歩き出した。


 「それで先ほどの続きですが……」

 と、蓮がフォークを置いて言えばバルトも食事の手を止めた。

 「私としては問題ないと思いますがね。まあルナが外されたのは予想外でしたが」

 君もそうだろう、と言われて蓮は苦い顔になる。

 「そうですね……まさか皇帝がそう来るとは思いませんでしたよ」

 アレは完全に予想していなかった。てっきりヴァルト王国攻めは白紙に戻る物だと思っていたからだ。

 (本当に強欲だな。多くの犠牲を払ってまで得る価値があるとは思えない)

 蓮は嘆きを含んだ吐息を吐いた。

 「皇帝陛下は本気のようですね。全くもって度し難い」

 「陛下はご高齢であらせられる。焦っておられるのだろう」

 齢六十であって衰えることのない覇気と欲望。皇帝として頼りになることは確かだが、蓮としては外にばかり目を向けすぎだと思う。

 (領土拡大―――外を注視するのはまずい。そろそろ中に目を向ける時だ)

 マリーやバルトといった内政に優れた人物から聞いているが、どうにも貴族の腐敗が深刻らしいのだ。広大な領土ゆえの弊害でもあるが、貴族たちの行動を皇帝が完全に把握しきれていない。

 その所為で、不当な税額を強要している貴族やアインス大帝国では禁止されている奴隷をひそかに密輸している貴族もいるらしい。

 (この国が汚され堕ちていくのを黙ってみているわけにはいかない)

 友が―――“皆”が残した国なのだ。この先も存続させたいと願う。

 (だからこそ腐った芽は摘まないといけない)

 放置しておけばそれは伝染し、やがて国中を覆ってしまうだろう。それはなんとしても避けたいところ。

 (とはいえ時間もなければ人手も足りない。こういう時は大元を断つしかないか)

 蓮は決意を固めると、バルトに向き直る。

 「バルトさん、協力してもらいたいことがあります」

 「あらたまって言うということは重要なことなんでしょうな」

 「ええ、そうです。しかしかなりの危険を伴います。下手をすれば五大貴族といえどもただでは済まない。それを承知の上で聞いていただきたいのです。それができないのであればお話しすることはできません」

 どこまでも真摯に、どこまでも真面目に言う。

 バルトは目を閉じて思案し始めた。長くもあり短くもある時間が過ぎてゆく。

 やがて目を開けたバルトはまっすぐに蓮を見据えてきた。

 「……それはこの国のためですかな?」

 「無論です」

 蓮の即答に感じるものがあったのか、バルトは重々しい声で答えた。

 「分かりました。我がフィンガー家は総力を挙げてレン・シュバルツ殿下のお力となりましょうぞ」

 親しみをあえて排除した堅苦しい物言い。それだけに真剣さが伝わってくる。

 蓮は眼前の男に敬意を表して立ち上がると手を差し出す。

 「よろしくお願いします。バルト・シュテルケ・フォン・フィンガー殿」

 「こちらこそ、よろしくお願いします。レン・シュバルツ殿下」

 銀髪の少女が見守る中、国を憂う二人の男が固い握手を交わした。


 ****


 レムリア回廊のアインス側に置かれている砦―――アース砦。

 エーデルシュタイン連邦に対する防波堤の役目を果たしていた砦だったが、皮肉なことに現在はエーデルシュタインに占拠されていた。

 砦にはためくのは狐と亀の二つの紋章旗。自治都市フクスとメールの旗だ。

 そんな砦の最上階―――指令室には二都市軍の主だった者が集っている。

 上座に座る一組の男女の内の眼鏡をかけている小柄な男が言葉を発した。

 「それで、現在の状況は?」

 一人の幕僚が資料を手に立ち上がった。

 『はっ、現在我らがエーデルシュタイン軍は当初の予定通り五軍に別れて大帝国領内へと侵攻しております』

 北域へ敗走していった敵軍を追いかける形でマルセイ軍が、南域にはスーリ軍が向かっている。大帝都がある中域にはグリエ軍が、残った二都市軍は退路であるこのアース砦を死守すべく残っていた。

 「敵はどう出てきた?」

 『敵は皇軍を動かすことにしたようです。北は第二皇軍、南は第三皇軍、中央からは第一皇軍が迎撃にむかうとのことです』

 内通している貴族からの情報だ。完全に信用していいわけではないが、頼りになる情報源でもある。

 「じゃあ、ここには誰が来るんだ?」

 眼鏡の男―――ソロが怪訝そうに言えば、幕僚は緊張した様子をみせた。

 『“天軍”―――“軍神”の末裔です』

 その言葉に場が騒然となる。末裔の情報はエーデルシュタインにも届いていたからだ。

 曰く、堕天剣五魔所持者を討ち取ったと。

 曰く、アイゼン皇国での内乱を鎮めてアインス大帝国と国交を結ばせたと。

 曰く、悪辣の限りを尽くしていたルフト残党軍を単騎で壊滅させ、騎士王ティアナを討ち取ったと。

 表舞台に姿を現してから瞬く間に成し遂げた偉業の数々は、幕僚たちを恐怖させるに十分であった。

 だが、上座に座る二人に変化はない。男は余裕のある笑みを浮かべ、女は普段の険しい表情から一転、喜びにあふれていた。

 「やっぱり出てきやがったか。良かったな、オルティナ」

 鎧を着こんだ女―――オルティナが応える。

 「ああ、これでようやく真実が明るみに出るのだ。千年前の真実がな」

 千年前の“絶望の日”。あのときに英雄王はアインス大帝国の卑劣な罠に掛けられて殺されたとされていた。だからこそ“竜王帝”を含む他種族の“帝”たちが人族に牙をむいたのだと歴史では語られている。

 「オルティナは英雄王が好きなんだっけか。だから今回の戦に参戦したんだろう?」

 「……その言葉には一つだけ誤りがある。好きなのではない、愛しているのだ」

 どこか恍惚とした表情を浮かべるオルティナに、ソロは辟易とした顔になる。

 「まーた始まったよ……」

 「ソロ、貴様とてシュバルツ陛下を敬っているのだろうが」

 「いや、まあ、そうだけどよ……」

 常日頃人を見下すソロであっても、英雄王への敬意を持ち合わせている。千年の時が流れても、英雄王は人族全体から敬愛されているのだ。

 「だとしてもよ、相手はアインス大帝国に組する者だ。手を抜くなよ?」

 「……分かっている。だが、戦う前に話し合う場を設けても構わないのだろう?」

 それを条件にオルティナは此度の戦に参加したのだ。他の自治都市の代表者たちもそういった自らの利益のために動いている。エーデルシュタイン連邦とはそういう国柄なのだから。

 「もちろんだ。約束は守るぜ」

 「いまいち信用ならんがな」

 「おいおい、俺たちの国では信用が第一。裏切るようなまねなんかしたら即座に残りの四都市が攻めてきちまうだろうがよ」

 自治都市の集合体であるエーデルシュタイン連邦は、いわば商人の国。商人とは信用が第一とされる職であるがゆえに裏切りはしない。ソロはそう言ったのだ。

 「……そうだったな。ところで貴様はどのような利益を求めて参戦したんだ?」

 北を攻めているマルセイ軍は鉱石地帯を手に入れるために、南のスーリ軍は豊かな稲作地帯のため、中央のグリエ軍は五都市の中で唯一の軍事都市故の強者との戦いを求める心に従って動いていた。オルティナが代表を務めるメール軍は先ほど語ったように英雄王の末裔から真実を聞くためだ。

 残るはソロのフクス軍なのだが、未だに話していなかった。

 「貴様が今回の遠征を立案したのだ。であれば貴様にも求めるものがあるはず」

 オルティナがそう言えば、ソロは手元に置かれていたワインの入ったグラスを掲げる。

 「俺か?俺はな……教えてやりてぇんだ」

 「……何を?」

 「我が物顔で南大陸に君臨しているアインス大帝国に、てめぇらは覇者でもなんでもないってことをな」

 ワインを一飲みして、口端を吊り上げた。

 「徹底的に墜としてやるよ……なにもかも蹂躙してなぁ」

 と、哄笑するソロ。

 それを見て取ったオルティナはため息を吐いた。

 「まったく……変わらんな、貴様は」

 ソロは己の欲望に忠実な男として知られている。欲望を満たすためには金が必要だからといって、商売を始めると瞬く間にその才覚を発揮。五都市の一角を統べる者になったのだ。

 「略奪しようが私には関係ないが……女を辱めるのは私のいないところでやってほしいものだ」

 以前、略奪してきた敵国の女とソロが事に及んでいる最中に出くわしてしまったのを思い出して、オルティナは嘆くように息を吐く。

 そして唖然としている幕僚たちに指示を出した。

 「末裔は必ず来るだろう。警戒を強化し、付近に出していた隊を呼び戻せ。ただし斥候は放っておくように」

 『はっ』

 出て行く幕僚たちの背を見送ったオルティナは、視線を下に落とす。手首の血管を見つめて呟いた。

 「我が祖先パトリオよ……どうか私に強き心を」

 祈るような言葉は、隣の男の哄笑にかき消されていった。

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