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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
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二十八話

続きです。

 神聖歴千三十一年五月二十五日。この日、アインス大帝国に衝撃が奔った。

 レムリア回廊におけるアインス北東方面臨時軍十万が敗走。並びに総司令官であった“北域天”ルキウス大将軍の戦死である。

 当初誰もがアインス側の勝利を確信していた。それ故に今回の報は近隣諸国に衝撃を与え、大帝国中枢では混乱が生じることとなった。

 『十万が敗走だとっ!?敵は一体どれほどの数を揃えたのだ!」

 『護国五天将が討ち取られることになるなど……ありえない』

 『これからどうなってしまうのだ……ッ!』

 玉座の間に集った貴族たちは一様に混乱し、動揺を浮かべていた。緊急の案件があると招集を受けて集まったのだが、そこで知らされた衝撃的な報に誰もが唖然とし、半ば恐慌状態に陥ったのだ。

 (無理もない。国家守護の要であった護国五天将の戦死は信じがたいものがある)

 荒れている場を眺めていた蓮は重い息を吐いた。隣には無表情の中に動揺を滲ませたルナが立っている。

 (皇帝の召喚に応じて来てみれば、まさかの異常事態。まいったな……)

 蓮とルナは二人だけで大帝都を訪れていた。謁見まで時間が掛かると言われたので三日ほど大帝都をお忍びで散策したり、二人の支持者である東域貴族たちの家をあいさつのために回って歩いたりして時間を潰し、今日にいたるのだが……。

 (エーデルシュタインに侵攻していた十万の軍が敗走するなんて……いや、それよりも護国五天将が討ち取られたという事実の方が重いか)

 護国五天将には護国五神器と呼ばれる特殊な神器が皇帝より貸し与えられている。その名の通り国を護るための神器であるため、防御力が他の神器とは比べものにならないほどに突出している。

 (その所持者を打ち負かしたとなると、敵には護国五神器に匹敵する武器があるとみて間違いないだろうな)

 『聞くところによると敵は既に大帝国内まで侵攻してきているそうではないか』

 『なにっ!?ということは、レムリア回廊に置かれていたアース砦は既に陥落したということか?』

 『嘘だろう?それでは敵の進軍速度があまりに早すぎる!』

 未だ玉座の間の混乱は静まらず。蓮は視線を上に上げて皇帝を見やった。

 (相当苛立っているな……無理もないか、今回の戦は勝ち戦だと高をくくっていたところにこの知らせとくればな)

 玉座に座るフリードリヒ皇帝は一見落ち着いているように見えるが、ある程度の武人であれば抑えきれていない殺気を感じ取ることができるだろう。

 皇帝が口を開いた。

 「静まれ」

 たった一言、されどもたらされた効果は大きい。あっという間に玉座の間は静寂に包まれた。

 「喚くのではなく、この事態に対処するための意見を申せ。誰でもよい、忌憚のない意見を余は求む」

 と、言っても進み出る者はいない。当たり前だ。ここで誤った意見を言おうものなら即座に皇帝の怒りに打ち据えられてしまう。故に恐れから誰もが委縮してしまっていた。

 (配慮できないほど苛立っているか。所詮はその程度の器でしかないわけだ)

 蓮は内心嘲笑った。そして進言しようと前に進み出ようとし―――踏みとどまる。

 「私の意見を聞いてもらいたく思います」

 そう言って進み出てきたのは金髪碧眼の男。マティアス第一皇子だった。

 「ふむ……申せ」

 皇帝が殺気交じりの返事を返せば、それを意に返さずにマティアス第一皇子は堂々とした態度で発言する。

 「此度の敵―――エーデルシュタイン連邦は一塊になって我が国に侵攻してきました。ですが、レムリア回廊を抜けた彼らは当初の姿通り五軍に分かれて大帝国領内に散らばっている状況です」

 エーデルシュタイン連邦は特殊な国だ。五つの自治都市が寄り集まって国家の体裁を織りなしている。しかし五都市はそれぞれの利益を追求する姿勢をとっているため、結束などないに等しい。

 (だからこそ五軍に分かれている。連携などほとんど取れていないのだろうし)

 マティアス第一皇子が続ける。

 「であれば、対処しやすいというもの。各個撃破すればよいのです。それに十万の軍は敗走こそしましたが、今は北域鎮台にて再編成の準備を進めているとのこと。無論数は減りましたが、彼らは使えるかと」

 「……そこまで言うのであれば、そなたは勝てるのだな?」

 皇帝の言に、マティアスが頷いた。

 「無論です。私に任せていただければ蛮人どもを殲滅してご覧にいれましょうぞ」

 (なにを考えている……なにが目的だ?)

 マティアスがこの国に愛想尽かしているのは以前の祝宴の際に分かっている。だからこそ蓮は彼の言葉に疑念を抱いた。

 (この事態を利用して更に軍事力を減らす気か?それとも軍を手土産に敵に寝返る?あるいは……いや、想像しても仕方がない。ここは手を入れるべきだ)

 蓮は前に進み出て言葉を発する。

 「皇帝陛下、僕の意見も聞いていただきたい」

 すると皇帝は苛立ちを引っ込めて興味深げな表情を浮かべた。しかしそれは一瞬の事、蓮を含めて誰も気づけなかった。

 「うむ、申すがよい」

 皇帝の覇気に怯むことなく、泰然自若として言う。

 「マティアス第一皇子の意見は素晴らしいものです。ですが敵は五つに分かれ各方面に散らばっています。彼ひとりでは明らかに手が足りないでしょう。ここはこちらも五軍を編成して、それぞれを撃破すべきかと」

 一軍での迎撃はかなり時間が掛かるし、その間に生じる被害も甚大になる。それは皇帝の望むところではないだろう。

 「確かにそうだな。しかし、五軍の編成はどうするのだ?言っておくが主力である総軍は使えんし、各領域軍も動かせん」

 「皇軍を使います」

 蓮の言葉に場がにわかにざわついた。

 『皇軍だと?それはつまり皇族を使うということか』

 『確かに現状動ける軍はそれくらいなものだが……』

 『しかし皇家の方々が直々に出撃なさることもないのでは……?』

 ざわつく玉座の間を皇帝が片手を振って鎮める。

 「……具体的には?」

 蓮は周囲の視線など意に介さずに説明する。

 「まずはマティアス第一皇子直下の第一皇軍。彼には大帝都に向かってきている一軍を相手にしてもらいます」

 第一皇軍は重装歩兵が主体の軍だ。であれば待ち構えて迎え撃つのが最善だろう。

 「次にブラン第二皇子。彼には第二皇軍と敗走してきた北東臨時方面軍を率いてもらいます」

 敗走しているこちらの軍を追撃している一軍を相手にしてもらう。

 「エリザベート第三皇女には東域に向かっている軍を迎撃してもらいます」

 エリザベート第三皇女率いる第三皇軍は軽装騎馬が主体。その身軽さを生かして大帝都から最も遠い地に居る敵を討ってもらう。

 「ルナ第五皇女と僕は占拠されたアース砦を奪還。敵の退路を断ったのち、各方面から敗走してくるであろう敵を完膚なきまでに叩きます」

 「第五皇軍は東域にいるであろう。であれば、ルナ第五皇女とエリザベート第三皇女の立ち位置を変えるべきでは?」

 隣に立っていたマティアス第一皇子が疑問を発した。それはこの場に居る者たちが思っていたことだ。

 加えてルナ直下の第五皇軍重装騎馬が主体であり、今は東域にある拠点にいるため一見この采配では不向きと言える。だが、

 「いえ、それでいいんですよ。ルナが第五皇軍を連れてくるまでの時間は僕が稼ぎますから」

 蓮はそう言い切った。

 「どうやってだ?貴様は皇軍を持っておらんだろうに」

 マティアスが鼻で笑い飛ばしてきたが、蓮は一笑に付す。

 「忘れたのかな?僕には“天軍”がある」

 天軍は拠点を蓮の領地であるシュトラールに移し終えている。そしてシュトラールはレムリア回廊に近い位置にあった。

 「だからこそ僕が行くんだ」

 と言えば、マティアスが不愉快そうに顔を顰めた。

 「ふん……貴様が手柄を立てたいだけではないのか」

 「あなたじゃないんだから、それはないよ」

 蓮が一蹴すれば、マティアスがこちらに向き直ってきた。

 「貴様……言うではないか」

 「なにをたくらんでいるかは知らないけど、今は国家の一大事。ここはお互いに譲歩しあうべきじゃないかな」

 蓮はマティアスの意見を呑んだ。であれば、マティアスも蓮の意見を無下にするべきではないはずだ。

 言外にそう告げれば、マティアスは怒りを顕わにした。

 「ぬかせ、小僧。“軍神”の末裔だからといい気になるなよ。所詮貴様は皇家の血が流れていないよそ者だ」

 この言葉に場が再び騒がしくなる。皇族という立場を抜きにしても問題発言だったからだ。

 『マティアス第一皇子、それは言い過ぎなのでは……』

 『“軍神”シュバルツ陛下を侮辱することにもなりかねませんぞッ』

 『いや、しかし事実でもある』

 賛否両論―――肯定と否定が入り乱れた。

 (確かに僕にはリヒトの血は流れてはいない)

 どれほど偉大な功績を遺した“軍神”であろうと、実際に国家の運営を行ってきたのは“創神”リヒトの血族だ。かたや蓮は千年経ってから現れた末裔でしかない。だからこそ貴族たちはマティアスの発言を完全には否定しきれないのだ。

 と、ここで皇帝が言葉を発した。

 「マティアス第一皇子よ、言葉が過ぎるぞ。シュバルツ陛下がおられなければ、この国も人族も存在しえなかった。それにあの方は“帝釈天”でもある。その地位にどれほどの重みがあるのか、知らぬわけではあるまい?」

 「…………確かに言葉が過ぎました。我が失言をシュバルツ陛下に謝罪いたします」

 ここで蓮と言わないあたり流石だと言える。悪い意味でだが。

 (ほんとうっとおしいな……でも今消えてもらっちゃダメなんだよね)

 彼にはまだ利用価値がある。だからこそ祝宴での反意ともとれる発言を皇帝に密告していないのだから。

 (今のうちに騒いでおくといいよ。その内始末してやるからさ)

 蓮は湧き上がってくる愉悦を隠そうと顔を下げて言う。

 「僕も少々言いすぎてしまったところがあります。反省したいと思う所存です」

 「うむ……よい、分かった」

 皇帝はいくらか溜飲を下げたのか、余裕のうかがえる態度でこの場にいる者たちに告げた。

 「余は両者の意見を採用する」

 蓮は安堵の息を吐く。しかし直後、思わず顔を上げてしまった。

 「だが少しばかり変更しようと思う。ルナ第五皇女は東域戦線に向かえ」

 皇帝が予想外の言葉を発したからだ。

 驚き、固まる蓮にかまわずに続ける皇帝。

 「今回の一件が片付き次第ヴァルト王国へ攻め込む」

 ざわつく貴族達を無視して、何処までも一方的に、

 「その際は総軍も動かす。これは決定事項だ」

 何処までも傲慢な言葉を放った。

 (勝ちすぎたか……!)

 蓮は千年後に来てから勝利を積み重ねている。加えて”軍神”の末裔であり、ルナと同じく東域貴族の支持を取り付けていた。皇帝が警戒して二人を引き離してくるのは当然と言える。

 (油断していた……ッ!…………だが、問題はない)

 「レン第三皇子、不服か?」

 皇帝がどこか楽しげに言ってくる。

 蓮は努めて真面目な表情を浮かべて頭を下げた。

 「いえ……陛下のお言葉は正しいかと」

 「そうか、そうか……ならばよい」

 皇帝は隣に居たホルスト宰相に視線を向けた。その意味するところに気づいたホルスト宰相は慌てて言う。

 「で、ではこれにて評定を終える」

 皇帝の言葉は絶対。反論する者など皆無であった。

 

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