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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
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十九話

続きです。

 太陽が地平線から顔を出し世界を照らし始める頃。

 蓮たちは大帝都近郊まで来ていた。

 「あれが大帝都クライノートなのか……凄いな」

 馬車の窓から外を見ていたティアナが声を発した。

 「それに関しては僕も同意するよ。こうして朝日に照らされていると更に映えるね」

 朝日に照らされた大帝都は荘厳の一言に尽きる。四方を囲む城壁に、中心部に見える帝城アヴァロン。それらが燦然と輝く太陽を背にしている光景を見れば誰もが感嘆の息を漏らしてしまうだろう。

 神聖歴千三十一年五月十六日―――今日も大帝都はその美しい姿を世界に示していた。

 「そういえば何故大帝都と呼ばれているのでしょうか。別に帝都でもよいのでは?」

 というステラの声に、蓮は視線を窓の外から外して馬車の内部に目をむけた。

 南域天将ルドルフに出してもらったこの馬車は思ったより広々としていたが、流石に六人も乗れば窮屈に感じられる。

 蓮は右横に座っていたステラに視線をやって説明しようと口を開きかけたが、

 「……アインス大帝国には帝都と呼ばれる都が他に四つもある。それらと区別するために首都クライノートは大帝都と呼ばれている」

 “白黒の書”を読んでいたルナが、顔も上げずに説明した。

 「えっ、四つもあるんですか!?……なんだか想像できないです……」

 驚きの声を上げるステラを微笑ましそうに見ていた蓮は補足を口にする。

 「アインス大帝国は国土が広大っていうこともあるし、最初期に各領域を運営していた当時の五大貴族が拠点を構える際にそう名付けたのが由来だね。まぁ、そろいもそろって帝都と名付ける必要があったのかは疑問だけど……」

 そこは見栄や権力闘争の所為であると蓮は知っていた。だがそれに待ったをかけてくるルナ。

 「それは違うはず。第二代皇帝がそう名付けるように命を出したのがそもそもの始まりだと言われているから」

 「……ちなみにどこの情報なんだい、それ」

 「これ……」

 と言って手元にあった書物を掲げた。

 こうなった場合に何が起こるのか、それを知っていた蓮とシエル、ラインは視線を逸らしてわざとらしく窓の外に広がる風景に対して感想を言い合い始める。

 それを見て取ったルナは不満げになったが、直後霧散させた。ティアナが興味深そうに覗き込んできたからだ。

 「ほう、それは“白黒の書”ではないか。今では入手が困難だという」

 「それはすごいです!ルナ様、よろしければ見せては頂けませんか」

 ステラもまた興味深そうだった。

 ルナは一転して誇らしげな顔で語り始めた。

 「もちろん構わない。これを読めばシュバルツ陛下の事が好きになれる。私はもっと多くの人に彼の素晴らしさを知ってもらいたいから、ぜひ読んで。いいえ、むしろ読まなければならない。これは義務」

 普段の眠たげな様子とはまるで正反対。饒舌になったルナをあっけにとられた顔で見つめるティアナとステラ。それを横目でちらと見た蓮は苦笑を浮かべる。

 (ああなったら止まらないんだよなぁ…)

 蓮も以前にルナと語り合ったことがあったのだが、その時のことは若干トラウマになっている。普段は無表情で眠たげなルナが、“白黒の書”の話になったとたん饒舌になったのだ。それだけなら戸惑うだけですまされるのだが、話が長引くにつれて言葉に熱がこもり始め、最後には瞳を見開いて前のめりになってくる様には恐怖さえ感じてしまった。

 (普段とのギャップが大きすぎて……)

 それ以降、ルナにはその話題は振らないと心に決めていた。ちなみにシエルとラインも蓮と同様に被害者であったため話題を振っている所は見たことがない。今回も狭い馬車で必死に気配を消そうとしている二人であった。

 とはいえ―――

 (懸念していた仲も良好みたいだし……僕としては嬉しいことかな)

 どうやらティアナとルナには戦いの際に通じる何かがあったらしいし、ステラに関しては庇護欲を刺激される容姿に皆は一瞬で絆されてすんなりと受け入れてくれた。

 (こうしていると、なんだか昔を思い出すな)

 饒舌に語るルナに、死んだような目をし始めたティアナとステラ。端で大帝都について語り合う姉弟。

 そんな光景を蓮は懐かしげに、それでいてどこか嬉しそうな瞳で見つめるのだった。


 日もすっかり昇った頃、蓮たちは大帝都に到着した。今いるところは正門前なのだが、そこで思わぬ足止めをうけることとなった。

 民衆が街路の両脇に立って歓声を上げていたのだ。その数は凄まじく多い。まるで大帝都中の人々が集まったかのようである。

 「これは……」

 蓮たちが驚きに包まれていると、護衛をしていた兵の一人が窓から声を掛けてきた。

 『レン殿下、申し訳ありません。どこかから殿下方が帰還されるという情報がふれまわっていたようでして……それで今回の騒ぎになってしまった次第でして……申し訳ありません、すぐに帝城までお連れいたしますゆえ何とぞしばしの辛抱をお願いいたします』

 「いや、僕は別にかまわないよ。ルナたちは大丈夫?」

 蓮は振り返って確認を取るが、皆戸惑いながらも頷いてくれた。

 (一体誰がこんな真似を―――いや、待てよ……)

 思い当たる人物はいる。彼がなぜこんな真似をしたのか、それを考え想像した蓮はなるほどと唸った。

 (民衆に対してのお披露目ってわけか)

 蓮は未だ一度も民衆が見れる公の場には姿を見せていなかった。これを仕組んだ男はそれが狙いなのだろう。

 (民を味方に付けることができればそれは大きな力となるからね)

 民意は強大な力を持つ。皇帝とて無視できないほどだ。

 (今後のためにも必要なことかな)

 そうと決まれば話は早い。蓮は護衛の兵士に告げる。

 「フィンガー家に連絡して凱旋馬車を用意してもらってください。それまで僕たちは―――」

 「その必要はありませんよ、殿下」

 蓮の声を遮る形で兵士の横に現れた男。彼は今回の仕掛け人である蓮とルナの最大の支持者、東域の五大貴族フィンガー家の現当主バルトだ。

 「やはりあなたでしたか」

 「ええ、まあそういうことです。どのみち殿下が通らざるをえない道でもありましたから、それなら早い方がいいかと思いましてね。それにタイミングも良かったですし」

 確かにルフト残党軍、並びにアルカディア騎士国軍に勝利して帰還したこのタイミングは効果的と言えるだろう。英雄王の末裔というだけでなく、実際に国家に脅威をもたらした相手を退けた人物となればだれもが興味を示す。

 要は民衆に蓮の存在を強く印象づけようという魂胆だ。人間、初めが肝心―――第一印象がその後の人気を決めると言っても過言ではない。皇族として、皇位継承権を持つ者として国民の指示を得ることはとても重要といえる。故にバルトは自らが指示する蓮のことを最大限魅せようとした、ということだ。

 (それなら―――僕もそれを最大限利用するまでだ)

 蓮は笑みを浮かべて返す。

 「分かりました。そういうことなら僕としても異論はありません。ただ連れがいましてね、お披露目は僕とルナだけにして頂けますか」

 ティアナは元とはいえ敵国の女王。ステラは誤って耳などを出してしまう恐れがある。シエルは目立つことを苦手としているし、ラインは“天軍”所属の兵士となっているためもちろん皇族と一緒にいるのは疑問に思われるところだ。

 とはいえ、それを馬鹿正直に話すわけにもいかない。どうしたものかと思案するが、そこは五大貴族として政争を繰り広げてきた男としてバルトが瞬時に察してくれた。

 「そうですね、私としてもその方が良いかと思います。ですのでレン殿下とルナ殿下は凱旋馬車に、他の方々はこのまま馬車にとどまって頂くというのでどうでしょうか」

 その言葉に馬車内の人物は全員頷いた。

 「では行きましょうか。既に馬車の準備は整っておりますので」

 「……今度からは前もって言っていただきたいですね」

 得意げに言うバルトに、蓮は皮肉げに言葉を返してルナと共に馬車から降り立った。

 瞬間―――わあぁっと歓声が勢いを増した。蓮とルナは用意されていた凱旋馬車に、民衆に手を振りながら向かえば、様々な声が蓮の耳に入った。

 『あの方が―――“軍神”の末裔様か』

 『本当に黒髪黒目……なんて神秘的なの』

 『英雄王の子孫は本当にいたんだな……!』

 ほとんどが蓮の事を指していたが、中にはこんな声をあった。

 『ルナ殿下も相変わらずお美しい』

 『こうしてレン殿下とルナ殿下が並んでいると絵になるな……まるで夜空と月のようだ』

 『ルナ殿下ー、素敵です!』

 ルナをほめたたえる声に、蓮は笑みを浮かべた。

 (ルナも民から好かれているみたいでよかった)

 ルナを皇帝にしたい蓮としては嬉しいことだった。ちなみに蓮は玉座に興味はない。

 (千年後にいきなり飛ばされた前例があるし、またいつ飛ばされるかわからないからね)

 そのような人物が皇帝となれば大変なことになりかねない。それに蓮自身、そういった野心を持ち合わせていないことも理由だ。

 そんなことを思いながら凱旋馬車に乗った蓮は聞こえてくる声に聴きなれない言葉があることに気が付く。

 『“神子”に栄光あれ!』

 『“黒絶天”さまー、こっちを見てください!』

 (……おや、これはもしかして)

 蓮がまさかといった様子で声の方を見やれば声を上げていた人々とばっちり目があった。

 『レン殿下と目があったぞ!』

 『きゃー!レン様ー!』

 「…………」

 また黒歴史が増えてしまったと内心嘆く蓮であった。

 そんな蓮の隣ではルナが無表情の中に微かな喜びを滲ませながら手を振っていた。

 二人の皇族を乗せた馬車はゆっくりと帝城に向かうのだった。

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