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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
56/223

十三話

続きです。

 蓮が眼を覚ました時、すでに日は落ちて辺りは薄暗くなっていた。

 「ここは……?」

 蓮はゆっくりと体を起こし辺りを見渡した。

 蝋燭の光が視界に入り、次いで天幕の入り口から微かに漏れ出る月の光が目に入った。

 「いったい何が……あ」

 (そうだ、僕はルフト残党軍を相手にしてたんだった……それから……)

 一つ思い出せば、後は連鎖的に記憶が蘇るものだ。

 (副官を始末して烏合の衆になった残党軍と戦ったんだったな。でも……)

 その後、いつもの頭痛に襲われたのだったが、残党軍が潰走していくのを見届けるまで堪え意識を手放したのだった。

 (てことは……不味いな、一体どれくらい寝ていたんだ?)

 蓮は慌てて起き上がろうとし―――失敗する。

 「いつっ……この頭痛といい、さっきの夢といい……やはりそうなのか……?」

 額に手を当て顔を顰める。

 (アイゼンの時から薄々感づいてはいたけど、どうやら人を殺めた時に記憶が戻っているみたいだな)

 失われた記憶、それが戻ってきているのを実感していた。

 (しかし戻し方が悪趣味極まりないな。しかもおそらく殺した数に比例しているみたいだし)

 アイゼンの時はほとんど殺していなかったため、記憶の戻りが少なかったのだろう。その証拠に、今回の殺戮で多くの記憶が戻ってきていた。

 (“白帝”(ブリューナク)の本来の力も思い出せたしな。でもあの女性は……誰だっけか)

 思い出せない。思い出せないがとても大切な人だったように感じる。忘れてはならない存在であったと、訴えかけてくるものがあった。

 蓮が思い悩んでいると天幕の入り口が開かれ、ステラが入ってきた。

 「ご主人様、起きられましたか!」

 ステラは不安そうだった表情を一転、満面の笑みを浮かべた。

 「ああ、ありがとうステラ。それでいきなりで悪いんだけどここはどこだい?あれからどれくらい経った?」

 挨拶もそこそこにまくしたてるように質問してくる蓮に、ステラは苦笑を浮かべた。

 「ご主人様ったら……少し落ち着いてください、まだお疲れなのでしょう?」

 「そうも言ってられないんだよ。ルナに危機が迫っているからね」

 「るな……あ、前におっしゃられていたアインスの皇女さまのことですか」

 「そうだよ。その彼女と合流しなくちゃいけないんだ」

 騎士国の女王にして“蒼帝”の所持者が迫っているはずだ。蓮の見立てでは今のルナでは勝てないとみている。

 (戦術で勝てたとしても、覇彩剣五帝所持者としての戦闘ではおそらく勝てないだろう)

 それは致命的だった。もともと覇彩剣五帝とは数でも質でも劣っていた人族が魔族に勝てるようにと神が与えたものである。つまりは先ほど蓮がやって見せたように、覇彩剣五帝所持者は単騎で軍という数の暴力をものともしない、むしろ圧倒できる武力を持っているのだ。

 (もっとも、それができるようになるにはかなりの深みへ達している必要があるんだけど……)

 達していないという楽観論は捨てるべきだ。最悪を想定しなければならないだろう。

 (ルナはまだ入り口にいるという段階だ。危険だな……でも、これは好機かもしれない)

 同じ所持者同士の戦闘を経験すれば更に先へと進める可能性がある。この機会を逃すのは惜しい。

 (であれば少しばかりの遅れはむしろ良いのかもしれないな)

 蓮はそう結論づけると食事を持ってきてくれたステラに声を掛けた。

 「それでさっきの話なんだけど……」

 「その前にお食事をどうぞ」

 ステラが差し出してきた食事を受け取った蓮は、礼を言って手をつけた。

 「丸一日経ちました。そしてもうすぐ二日経ちます」

 「……そっか」

 ステラは先ほどとは違う、落ち着いた様子の蓮に首をかしげたが、

 「そしてここはあの戦場から北に一キロほど行ったところです。クロさんに手伝っていただいてなんとかご主人様をお運びしたのです」

 「そうだったのか……ごめん、迷惑をかけたね」

 蓮の謝罪に慌てたように首を横に振った。

 「い、いえ!ご主人様が謝ることはまったくないです!むしろご迷惑をかけてしまって申し訳ありませんっ!」

 その言葉に、今度は蓮が首をかしげる。

 「?ステラが謝るようなことはなかったと思うけど……」

 「あの時、わたしが出しゃばったせいであのような事態を招いてしまいましたから」

 ステラが言う、あの時とはおそらく蓮をかばってくれた時のことだろう。それを思い出した蓮は食事の手を止め、ステラの頭に手を伸ばす。

 「……っ」

 怯えたように目を閉じたステラだったが、直後頭を優しく撫でられる感触に目を開けた。

 「ふぇ……?」

 「ありがとう、ステラ。あの時、キミが庇ってくれて僕は嬉しかったよ」

 蓮は感謝こそしていたが、怒りを覚えてなどいなかった。

 やがてそれを理解したのか、強張っていたステラの表情が緩んでいった。

 そして、

 「レンさまがご主人様でよかった……!」

 と呟き、破顔した。



 食事を終えた蓮はふと思い出したかのように尋ねる。

 「そういえばルキウスはどうしたの?」

 蓮が最後に見たとき、ルキウスは応急措置をされていたが……

 傍に座っていたステラが表情を曇らせた。

 「……長くはもたないと思います。先ほど様子を見に行った際は、憔悴しきっていてうめき声すら上げなくなっていましたから」

 「……彼はどこに?」

 「もう一つの天幕の中にいます……見に行かれるのですか?」

 「ああ」

 蓮が首肯し立ち上がると、ステラも同じく立ち上がった。だが、蓮は待っているように言うと一人で天幕を後にした。

 外に出るとひんやりとした冷気が頬を撫でたが、“天銀皇”(アガートラム)の加護のおかげで寒さは感じなかった。空を見上げれば満天の星々が出迎えてくれる。

 (千年経っても、この空だけは変わらないな……)

 蓮は懐かしげに眼を細めると、少し離れたところに設置されている小型の天幕へと足を向けた。その途中にクロの元へ行き首を撫でて労う。

 「頑張ってくれたみたいだね。ありがとう」

 クロは気持ちよさそうに頭を蓮の手にこすり付けてきた。

 蓮は最後に頭を一撫ですると小型の天幕の中へと踏み込んだ。

 「…………」

 蓮は無言で横たわっているルキウスに近づくと“天眼”を発動させる。

 (もう無理か……どうするかくらいは本人に決めさせるか)

 そしてルキウスの頬を叩いて強制的に起こした。

 「……き……さまは……」

 「ルキウス、時間がないから単刀直入に聞く。生きたいか?」

 「……う……ぁ……」

 「話すのが難しいのなら首を振るだけでいい……どうだ?」

 と蓮が言うと、ルキウスはやはりというべきか首を縦に振った。

 「そうか、だがそれにはいくつか条件がある。それらを呑めるのであればあなたを助けよう」

 「そ……れは……?」

 苦しげに呻くルキウスを、凍えた瞳で見やる蓮。

 「まずは話せるようにしてやろう。そうじゃないとまともに会話もできないし、あなたも僕の言葉を信用できないだろうからね」

 蓮はそう言うと懐から緑色に輝く宝石を取り出し、ルキウスの喉に当てる。

 すると宝石が瞬間的に輝きを増し、天幕内が光で覆われた―――かと思うとその光は瞬時に収まり、宝石は輝きを失っていた。

 蓮は輝きを失った宝石を仕舞うと声を掛けた。

 「これで話せるようになったはずだよ……どうだい?」

 「えっ、あ、ああ!は、話せる……!」

 自らの変化に驚きを隠せないルキウスに蓮は尋ねる。

 「さて、まずはこちらの質問に答えること。ああ、ウソを言ったと判断した時点であなたの治療はしないから気を付けてね」

 その言葉に冷水を浴びせられたかのように、一気に表情を凍りつかせたルキウスを一瞥した蓮は“天銀皇”から何枚かの紙を取り出した。

 それは密偵からの報告書であり、内容はルキウス率いる残党軍の所業についてだった。

 「ルキウス、あなたはここに書いてあることを本当にしたのかい?」

 「………」

 報告書を見せられたルキウスは黙り込む。その沈黙が何よりの答えだった。

 (半信半疑だったけど……どうやら本当のようだね)

 蓮は報告書をみた当初、密偵のことを疑った。この密偵は騎士国の宰相との密約によって蓮の元へ派遣されてきていたのだが、その経緯や報告書の信じがたい内容から虚言ではないかと思ってしまったのだ。

 だが、この反応を見る限り真実らしい。

 「そっか……わかった、じゃあ次の質問だ」

 「ま、待ってくれ!こ、これは確かに私が許可したことだが合意の上だったんだ」

 「……はぁ?」

 (何言ってんだ、こいつ。呆れてものも言えないな)

 しかし被害者の主張だけを聞いて判断するのは早計というものだろう。そう判断した蓮は先を促した。

 「それで?」

 「ま、町の住民は我らを歓迎し、自ら進んで献上してきたのだ!我らは断ったのだが、押し切られて……」

 「……へぇ、じゃあ彼らは喜んで数少ない糧食を差し出し、喜んで自分たちの娘を差し出した、と?」

 「あ、ああ。その通りだ!私はっ、いや我らは悪行など成していない!」

 そうまくしたてるルキウスを“天眼”で見やった蓮は寒々しい笑みを浮かべた。

 「そっか、分かった。あなたの主張は片隅に留めておこう……じゃあ、改めて次の質問にいこうか」

 安堵の息を吐くルキウスはこの時気付いていなかった。蓮の目が笑っていなかったことに。

 

 いくつかの質問をし終えた蓮はこれが最後だと言って、問う。

 「ルキウス、あなたは今後どうする気だい?」

 「……どう、とは?」

 疑問符を浮かべるルキウスに、蓮は説明する。

 「残党軍をもう一度結集して国土解放を成すのか、それとも隠れて残りの余生を静かに過ごすのか、あるいは……ってことだよ」

 「……私は、もう一度立ち上がろうかと思っています。民が待っているので……」

 「そうか……」

 蓮は深い嘆きを含んだため息を吐くと、ルキウスにかけられていた毛布の端を破いた。

 それをルキウスの口に押し込む。

 「む、むぐぅ!?」

 「安心して、これから行う治療は大掛かりなものになるから少しばかり痛みを伴うんだ。その際に舌を噛み切らないようにと思ってのことだから」

 と言えば、ルキウスは安堵したかのように全身から力を抜いた。

 蓮は穏やかな笑みを向けて「じゃあ、始めるよ」と懐を漁りだした。

 先ほどの宝石を取り出すのだと思い、安心しきっていたルキウスは静かに目を閉じ―――突如左足に生じた痛みに声にならない悲鳴を上げた。

 「~~~~ッ」

 「ああ、申し訳ない。手元が狂ったみたいで、少々位置をずらしてしまった」

 その声に、目を開けたルキウスは震えた。次いで力を振り絞って逃げ出そうと試みる。だが今度は右足にこの世のものとは思えないほどの痛みを感じ、絶叫する。

 「~~~~~ッッ!」

 しかし布を口に入れられているため、声を出すことはできなかった。

 蓮はしばらく黙ってその光景を眺めていたが、次の段階に進むことにする。

 「いいか、お前が嘘をついていたことくらいわかってるんだよ……だから僕は自分の言葉を守ったにすぎない」

 尚も暴れているルキウスに冷笑を向けた蓮は続けて言う。

 「言ったろう?嘘を言ったら治療はしないとね」

 それと、と言った蓮はルキウスを押さえつけて告げる。

 「じゃあ、改めて質問の時間にしようか。今度は嘘ついたら……そうだな、体を徐々に破壊していくとしよう。ちなみに暴れても同様にするから気を付けてね」

 その言葉に動きを止めたルキウスは、観念したかのように力なく横たわった。

 (無辜の民が受けた暴力や辱めに比べたら、まだ生ぬるいくらいだよ)

 蓮は瞳に静かな怒りを宿すと、取り出しておいた刃こぼれした剣を逆手に持ち替える。

 「……始めようか。今度は正直な答えを期待してる」

 夜は短い。あまり時間をかけすぎるとステラが不審がって見に来てしまうだろう。それでは何のためにルキウスの口を塞いだのかが分からなくなってしまう。

 (明日にはルナの元へ向かわなくちゃいけない……疑惑を裏付ける情報を持っているといいんだけど)

 蓮は祈るように、拷問を開始した。


 

 蓮は天幕から出て大きく息を吸った。

 (血なまぐさかったからかな、外の空気がいつもより澄んでいるように感じる)

 だがその甲斐あって、確証を得ることができた。

 (今回の一件、アインス側があまりにも後手に回りすぎていたから疑問だったんだけど……やっぱりそういうことなのか……)

 「……つくづく演技の上手い皇帝だな」

 蓮は冷笑を浮かべたが、すぐに取り繕う。

 (ステラには感づかれたくないからね)

 蓮は先ほどまで居た天幕の入り口を完全に密閉すると、ステラが待つ天幕―――ではなく、近くにあった岩陰に向かう。

 そこには騎士国から借り受けた密偵が待っていた。

 『レン殿下、お待ちしておりました』

 「待たせてすまなかったね。あなたの報告通りだったよ」

 と言えば、密偵は肩を揺らした。

 (この密偵は長年ルフト公国に潜入していたらしいし、現地民に同情でもしているのかもしれないな)

 なので蓮は密偵が望む答えを口にする。

 「ルキウスは死んだ。これでもう二度と無辜の民が虐げられることはない」

 『そうでしたか……私が言うのもなんですが、ありがとうございます』

 「かまわないよ。僕も彼の所業は許せなかったし……それで、どうだった?」

 蓮が文脈を無視した言葉を発せば、密偵は即座に返してくる。

 『……南域鎮台は五万の兵に完全に包囲されており、侵入はほぼ不可能かと。それと本日の昼ごろ援軍として帝国第五皇女率いる軍勢が現地に到着。その後、にらみ合いが続いております』

 「なるほどね……よくわかった、あなたの役目は終わった。帰って宰相に“約束は守られた”と伝えてください」

 『はっ』

 密偵は音もなく去って行った。

 蓮はその場に立ちつくし、次の来訪者を待つ。

 しばらくして先ほどの密偵とは別の密偵がやって来た。彼は懐から“天軍”の証を取り出し見せてくる。

 蓮はそれに頷きを持って返すと、言葉を発した。

 「ご苦労様です。それでどうでしたか?」

 『はっ、ご報告させていただきます』

 密偵は淀みない口調で述べた。その内容は騎士国側の密偵の報告の裏を取ることと、南域鎮台についてだ。

 (概ね同じ、か。どうやらあの密偵は裏切らなかったらしい)

 報告を聞いた蓮は満足げに頷くと、密偵に聞く。

 「やはり南域鎮台には潜入できそうにないですか……?」

 密偵は苦渋を滲ませた声音で言う。

 『はい……敵は夜通し歩哨を立てて警戒しております。油断や慢心といったものは無いかと』

 「そうですか……では昼間はどうです?」

 思案気に問う蓮。

 『昼間は攻城戦が行われており、混乱に乗じて潜入できるかと思われたのですがそれも難しいのです』

 「何故です?」

 戦場の混沌さはかなりのものだ。一人くらい、しかも潜入等の手練れである密偵であれば可能ではないかと蓮は思ったのだが……

 『……敵軍に、奇妙な術を使う女がいるのです。その女は恐ろしい事にどれだけ離れていても―――たとえ南域鎮台を挟んだ反対側にいてもこちらの動きを察知して妨害してくるのです』

 密偵は声を震わせて言う。

 「具体的にはどのように妨害を?」

 『私が潜入を試みると、突然周囲に氷の槍のようなものが浮かび上がって一斉に殺到してきたのです』

 逃げるので精一杯でした、と密偵はその時の恐怖を思い出したのか、ブルリと体を震えさせた。

 それを聞いた蓮はある事に思い当たり質問する。

 「……もしかしてその時雨が降ってませんでしたか?」

 『降っていましたが……どうしてそれを?』

 答えを聞いた蓮は確信する。

 (そんなことができるのは“蒼帝”(ロンゴミニアド)くらいだな)

 水を司るかの槍であれば、天候を操り、雨から氷の武器を生成するくらいたやすいだろう。

 それにしても―――

 (密偵の場所までわかるとなると、かなりの深みにいるな)

 やはりルナが危ないと感じた蓮は瞬時に判断を下した。

 「あなたは僕の連れにばれずに後からついて来てください。潜入に関して僕に考えがあります」

 『はっ、承知いたしました』

 と密偵は返事をし、その場から去っていく。

 (潜入しなければ挟撃することが難しくなる……やるしかないか)

 五万の軍勢を打ち破るには挟撃が有効だろうと蓮は考えていた。だが挟撃はタイミングを合わせないと簡単に瓦解する。その為、南域鎮台の司令官宛に密偵を送らなければならなかった。

 (一歩ずつ着実に進んでいこう。焦りは隙を生みかねない)

 蓮はそこで思考を打ち切ると、ステラに事情を説明すべく天幕へと向かった。

  


 

 

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