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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
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九話

続きです。

蓮は雑多な人混みに紛れながら街並みやそこに住まう人々を見ていた。

 (女王が軍を連れ発ったというのに街の雰囲気は悪くないな)

 もっとも軍を動かすにあたって糧食等を買い集めただろうから、商人にとっては嬉しいくらいなのだろうと想像できるが。

 (良くも悪くも民とあまり接してこなかったんだろう。だからこそ民は喜びもしなければ、不安にもならない)

 これなら宰相と交わした密約を守っても大した問題は起きないと、蓮は安堵の息を吐いた。

 いくら他国の人間とはいえ、苦しませるようなまねは避けたいと考えていたからだ。

 (さて、やるべきことは終えた。後はルナと早急に合流するだけだ)

 宰相から貰った情報の中に見過ごせないものがあったが故の思考だった。

 (まさか“蒼帝”を所持してるなんてな……しかもかなり深みへ達しているみたいだし、今のルナじゃおそらく勝てないだろう)

 覇彩剣五帝の所持者に勝てるのは同じ所持者か、もしくは同格の武器の所持者のみ。一応南方守護のルドルフ・ギューテ・フォン・リング五天将軍が“神器”を所持しているはずだが、それでもティアナ女王には及ばないと蓮はみている。

 (だからこそ僕が行かなければならないだろう)

 そう結論づけた蓮は屋台から離れると、黙々と首都出口へと歩き出す。

 (僕がもっと早く表舞台に出ていればこんな面倒をせずに済んだんだろうな)

 密約を交わすだけなら普通書状などでもよいのだが、蓮の場合は例外だった。

 なにせ存在自体があやふやなのだ。未だに各国は末裔の存在に半信半疑であり、そのような人物から書状が届いても罠か、もしくはいたずらだと切って捨てられるだろう。

 だからこそ直接蓮自身が出向く必要があったのだ。本人が目の前に現れれば無視などできようはずもないからだ。

 それに―――

 (悪い事ばかりじゃなかった。他国の情勢を直接見ることができたし、“蒼帝”の情報も手に入った。付け加えるならアレ(、、)も残っていると分かったしね)

 蓮が視線を向けた先には奴隷市場があった。今も奴隷商人による競りが行われていた。

 (……いずれアレらは無くす。どんな手を使っても……ね)

 暗い瞳で市場を見据えた蓮は視線を逸らそうとして―――失敗した。

 なぜならば蓮の人外めいた視力が、奴隷市場の奥まった空間で行われている行為を知覚したからだ。

 (あれは……子供か?周りを囲んでいる連中は一体何を―――っ!?)

 目を凝らしてみると、地面に座り込んでいる子供を周囲の男たちが、蹴り飛ばしたり鞭で打ったりと暴力行為をしているのがわかった。

 (なんてことを……あんな一方的に……)

 怒りが湧き上がり、すぐにでも助けたいと思ったがなんとか踏みとどまる。

 (ここで騒ぎを起こすわけにはいかないし、それに早くルナと合流しないといけない……)

 蓮は湧き上がる思いを封殺すると再び出口へと向かおうとした―――が、

 「っ!!」

 百メートルほど離れ、しかも人混みで視界が遮られているにもかかわらずその子供と目があった。

 その時、蓮は理屈や利害を無視して己の心のままに動くことにした。

 人混みを縫うように進み、子供がいる路地裏に足を踏み入れる。

 『あ?なんだ、てめ―――ごふっ』

 振り返る男たちを瞬時に無力化すると、子供を抱えてその場を去る。

 その間十秒にも満たなかった。

 あまりの速さに通りを歩いていた者たちは気が付くことはなかった。

 

 (やってしまった……だが、後悔も反省もしてない)

 蓮は現場からある程度離れた人のいない路地にいた。そこは再開発地帯と呼ばれているが故に人がいないのだが、蓮はそれを知らなかった。

 「さてと……キミ、大丈夫―――ってそんなわけないよね」

 元は白かったのであろう粗末な奴隷服を身に着けた子供―――体つきからおそらく少女―――に話しかけてみた。

 だが少女は、その声に怯えたように体を震わせるばかりで言葉を発してはこなかった。

 (まいったな、おそらくラインと同じ年齢くらいだと思うんだけど、どう接すればいいんだ……?)

 分からない。それに少女を痛めつけていた存在がいないのだから怯える必要なんてないのでは―――と蓮は思っていたが、

 「あ……あのっ!わ、わたしを……帰してください……っ!」

 「……は?」

 少女が発した第一声に、思わずそう言ってしまった。

 「ひっ……!」

 「ああ、待って、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ疑問に思ってしまってね、なぜあんな奴らの所に帰りたがるんだい?」

 もしかしてマゾなのだろうかと一瞬思いかけたが、すぐに否定する。

 (暴行を加えられていた時、確かに痛みに耐えている様子だったしそれはないか……だとすれば一体なんで―――)

 そこで蓮はあることに思い当たり、間違っていることをひそかに願いつつ聞いた。

 「ねえ、キミが帰らなきゃいけないのってもしかして“隷属の首輪”のせいなのかい?」

 「っ……知っているのなら、早く帰してください!そうじゃないとわたし……死んじゃいます!!」

 と、少女がその身に似合わぬ無骨な首輪を指さしながら焦ったように懇願してくる。

 (ウソだろ……ここまで再現するか普通……ありえない)

 “隷属の首輪”とは、魔族が他種族を奴隷にする際に反乱防止用に付けた首輪だった。世界一固い金属であるオリハルコンと魔力を混ぜて作られたその首輪は、同じ素材のオリハルコンで作られた刀剣でさえも破壊できない代物であった。

 そこまでならまだ救いようはあったのだが、首輪に掛けられた力が最悪だった。

 その力とは、一日一回所有者から首輪に触れられなければ首輪が首を絞め、奴隷を殺してしまうというものだ。

 この少女の反応からしてどうやら魔族が使っていたものと同じらしいと判断した蓮は、

 「それなら問題ないな」

 と、言うなり“白帝”(ブリューナク)を喚びだし首輪を正確に断ち切った。

 「これでキミは自由の身だよ。だから帰る必要は―――っ」

 不意に少女が抱き着いてきたことで言葉を途切れさせた蓮は、

 「うっ……うわあぁああああん!!」

 と大泣きしてしまった少女の背を何も言わず、ただ優しく撫で続けるのだった。

 

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