七話
続きです。
ルフト属州南方ヘーレ砦―――
アルカディア騎士国との国境付近に建てられていた砦であり、先日まではアインス大帝国の軍が駐留していた。
しかし現在、この砦は奇妙な状態になっていた。
「それにしても壮観ですねぇ……流石は騎士王と言ったところですか」
眼前に広がる光景をそう評したのは、ルフト大公家唯一の生き残りルキウスである。
「……騎士王などと、私には過ぎた名だ。それよりも本当にこれでよかったのか?」
謙遜交じりの声を上げたのは、アルカディア騎士国現女王ティアナ。
彼女らの前に広がるのは、人も草木も含めた砦全体が凍り漬けになっているという異常な光景だった。
「戦力をなるべく温存しなければなりませんからね。これでよかったのですよ」
「それは分かるが……この砦は元は貴公の国のものだぞ?それに捕虜もいただろうに」
と言ったティアナに、ルキウスは笑いかける。
「はは、かまいませんよ。捕虜になるような弱者は必要ないのです。我が国に必要なのは強者のみですから」
「……そうか」
ティアナは自国民を軽視する発言をしたルキウスから目を逸らした。
(この男、どうにも信用できんな)
長年の友好国からの要請にこたえる形での今回の侵攻なのだが、ティアナはルキウスを信用しきれていなかった。
(父である大公殿は信用に足る男であったのだが……この男は性格に難があるような気がするな)
「それにしてもすごいですね、覇彩剣五帝っていうのは」
と言ったルキウスは、ティアナの右手にある蒼槍に視線を送ってきた。
覇彩剣五帝“蒼帝”―――槍の形を取っており、水を司る存在だ。
ティアナはその力を使い、ヘーレ砦を凍り漬けにすることでたった一晩で陥落させたのだが―――
(予想以上に消耗が激しいな……)
その行為はティアナの予想以上に体力を使うものであった。
「ルキウス殿、これはそう簡単に使えるものではない。連続での使用はできん」
「それは残念ですね。この次は兵を使わねばならないということですか」
嘆くように言ったルキウスだったが、その瞳に悦を孕んでいることにティアナは気付く。
(この男、私を使い捨てる気か……?)
だとすればこのまま従うのは危険だろう。だが―――
(英雄王の末裔とやらの真偽を確かめなければならないし、大公への義理もある)
“蒼帝”に選ばれる以前の事だ。ティアナは王の不義の子―――望まれない王族として生をうけた。そのことで母ともども宮殿を追い出され、刺客を差し向けられたのだが、その際にかくまってくれたのがルフト大公―――ルキウスの父だったのだ。
やがて母は衰弱死してしまい、“蒼帝”に選ばれたティアナはひそかに騎士国へ戻り復讐を果たした。
王を殺し、刺客を放ってきた妃とその子らを怒りに身を任せて血祭りに上げた。
そして唯一残った王族として玉座に就いたのだった。
(無論、反対する貴族が大半だったが……)
見せしめとして何人かの家を取り壊し貴族としての位を取り上げ、それでも刃向かってきた者たちを“蒼帝”を使って処刑することで、やっと反抗はおさまった。
(それでも面白くないと思っている連中が大半だろう。あまり長く国を空けるわけにはいかんな)
故に今回の侵攻で功績を上げ、更にルフト属州を解放したという実績を以て民衆からの支持を得ることも目的であった。
(信用ならん男ではあるが、今は従うしかないな)
ティアナはそう結論づけると、ルキウスとともに本陣へと戻ることにした。
****
神聖歴千三十一年五月三日―――アインス大帝国南域北部ビーネ平原。
街道を騎馬が駆け抜ける。銀色の鎧を纏ったその軍勢の数は一万。第五皇女率いる第五皇軍である。
「全軍止まって、ここで休息をとる」
先頭を走っていた白銀の髪の女性がそう告げれば、第五皇軍は一斉に立ち止まって馬から降りた。
そして思い思いに休息を取り始めた。
「レン、何見てるの?」
白銀の女性―――ルナが尋ねる。
「皇帝陛下から貰った資料だよ」
そう答えるのは黒髪黒目―――双黒の少年だ。
「……なにか使えそうな情報、あった?」
「そうだね、大当たりってとこかな」
少年―――蓮はそう答えた。
(現女王の治世が不安定な事を始め、切り崩す材料が沢山ある。早速策を使いたいところだけど……)
そのためには一度ルナたちから離れる必要がある。だがそれを許してくれるのかが問題であった。
(ルナの補佐って名目があるし、一応皇族だからなぁ……とにかく言ってみるか)
「ルナ、お願いがあるんだけど……」
「どうしたの?」
疑問符を浮かべるルナに、蓮は説明を試みた。
「敵を打ち負かす策を思いついたんだけど、そのためには僕が一人で行動する必要があるんだ。それでね、えっと―――」
「いいよ」
「へ……?」
「いいよ、それでも」
なんとか説得しようと思考を巡らせていたのだが、あっさりと許可されてしまった。
「……本当にいいの?僕、一応皇族だしルナの補佐なんだけど……」
「かまわない。レンがそれを必要っていうならわたしは止めない」
そう言いきったルナの瞳は信頼していると言わんげに穏やかであった。
「そのかわり約束して、ちゃんと戻ってくるって」
「……分かった、必ずキミの元に戻ってくるよ」
(何も聞かずに信じてくれたんだ。そんなキミとの約束をたがえるような真似だけはしない)
蓮は感謝を込めた眼差しを送り、そう決意した。
「ラインとシエルを頼んだよ」
「ん……任せて」
その言葉を最後に、蓮はルナに背を向けると兄弟の元へと歩み寄った。
「ライン、シエル、ちょっといいかな」
馬から降りて水を飲んでいた二人に声を掛け、先ほどの説明を繰り返す。
「―――というわけなんだけど、二人にはルナを頼みたい」
「任せてください。レンさんもお気を付けて」
「分かったぜ!おれがみんなを守って見せる!」
兄弟からの心地よい返事を受けた蓮は、表情を穏やかなものへと変え、
「二人ともありがとう」
と言い、クロに乗って一人南へと向かうのだった。




