五話
続きです。
帝城に着き、高官に案内されたのは玉座の間ではなく皇帝の執務室だった。
「……来たか」
そう呟いた皇帝は机に置かれた紙から目を離し、蓮たちを見据えた。
「さて、いきなりだが本題に入るとしよう……先ほど南域鎮台から早馬が来た。内容はルフト属州での反乱とアルカディア騎士国の侵攻だ」
蓮とルナは頷くことで、先を促す。
「そこでそなたたちには第五皇軍を率いて南域軍の助力をし、反乱の鎮圧および騎士国の撃退を行ってもらう」
と、皇帝は有無を言わさぬ口調で言った。
それに疑問を抱いた蓮は問うた。
「おそれながら陛下、第五皇軍のみで、ですか……?」
第五皇軍は一万しかいない。それだけで反乱軍と騎士国軍を相手取れというのは無茶が過ぎるというものだ。
だが、皇帝は苦々しげに顔を歪めた。
「今すぐ動けるのは、ルナ第五皇女直下の第五皇軍しかおらんのだ。北域は距離的に論外であるし、東域は休戦中とはいえ火種が残っておる以上動かせん。西域は北域の援軍として動いておる。となれば必然的に第五皇軍しかおらん」
皇帝の言うことは真実だろう。先の親征で第一皇子や第三皇女の軍は再編中であるし、中央を含むアインス本軍もまた同様の理由から動けない。
加えて蓮の“天軍”は北域にある神聖殿におり、今から動かしたのでは間に合わない。
(つまり第五皇軍一万で対処するしかないわけだ)
「よって、ルナ第五皇女は第五皇軍を率いて南域軍の救援へ向かってもらうこととなる。レン第三皇子はその補佐に当たってもらう」
そう語る皇帝の口調は苛立たしげであった。
(思惑通りにいかなかったってとこかな)
蓮が観察するように目を細めていると、ルナが口を開いた。
「……分かりました。ご下命、お受けいたします」
「そうか……ならば今すぐ支度を整え、出立するがよい」
と、皇帝は退出を促した。
ルナは踵を返して出て行こうとしたが、蓮は動かなかった。
「……レン?」
怪訝そうにこちらを見つめるルナと皇帝。
(これはいい機会だし、利用させてもらおうかな)
当面の目標であるルナを鍛え上げることと、自派閥の強化に今回の戦を使おうと蓮は考えたのだ。
「皇帝陛下、よろしければアルカディア騎士国に関する資料を頂けませんか。それとルフト大公家に関する資料も」
「……何故だ」
警戒したかのように目を細める皇帝に、蓮は笑みを返した。
「今回の戦に必要なのですよ。兵数で劣る分、こちらはあらゆる手段を用いなければなりませんから」
「持っていない……と言ったらどうするのだ?」
「はは、御冗談を。陛下は絶対に持っているでしょう?」
蓮は確信めいた言葉を放つ。
(あなたが南大陸統一という野望を持っている以上、いずれ攻める国を調べていないはずがないだろう?)
皇帝が、南大陸統一という夢物語を本気でかなえようとしていることは周知の事実だ。ならば周辺諸国に密偵を放っているのは容易に想像がつく。
皇帝は、蓮の不遜な物言いに眉を顰め―――
「随分高く出たな?」
膨大な覇気を放ってきた。部屋の空気が重くなり、蓮の後ろでルナが息を呑むのが分かった。
だが蓮は自然体で立ち尽くしたままだった。口元には笑みさえ浮かんでいる。
それを見て取った皇帝は、
「ふっ、良い目をしておる。余の家臣たちも皆そのような目であれば安心できるのだがな」
と言って覇気を鎮めた。
「では頂けるのですか?」
「ああ、そなたらが出立する前には届けさせよう」
皇帝が色よい返事をよこしてきたことで、蓮は笑みを深めた。
「ありがとうございます、陛下」
「よい、さっさと行くがいい」
と言った皇帝に、蓮は一礼し、背を向けるとルナを連れたって執務室から出るのだった。
「……レン、さっきのはあぶなかった」
部屋を出て十分執務室から離れると、ルナは心配そうにそう言ってきた。
「必要なことだったからね。多少の無茶は許容して欲しいな」
「必要……?」
「うん、こちらは押されているし、すでに後手に回っている状態だからね」
南域軍は先の親征にも参加しており、損害をだしていた。さらにルフト属州の治安維持のために軍を各地に分散させているため、国境にいる兵数は少ないとみて間違いないだろう。勢いのある騎士国軍に、反乱軍が加われば国境を抜かれる可能性さえある。
そんな敵軍に対して、たった一万の増援だけで勝てるとは思わなかった。
(だから策を練らせてもらう。その為の敵の情報だ)
蓮は危機的状況にも関わらず楽しげな笑みを浮かべていた。
それをルナは心配そうに見つめていたが、何も言ってはこなかった。
「それじゃあ、ルナは第五皇軍の所へ行ってて。僕はラインを迎えに行ってから合流するよ」
ラインは姉のシエルと再会するために用意していた部屋に置いて来ていた。兄弟水入らずのほうがいいと判断したためだ。
「……分かった。レンも早く……ね」
ルナはそう言うと帝城の一区画にある第五皇軍の練習場へと向かっていった。
蓮はその後ろ姿をしばらく見つめると、ラインの元へと向かった。




