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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
三章 動乱の世界
44/223

二話

続きです。

玉座の間は吹抜けになっており、二階部分にあたる舞台では音楽隊が優雅な音を奏でている。

 視線を下に向ければ、巨大な大理石の柱の間に貴族達が立ち並んでいるのが見えた。その中にはルナの姿もあった。

 赤い絨毯の上を歩いてゆけば、玉座がほかの床より高い位置にあるのが見える。

 そこには先ほど別れたばかりのホルスト宰相が立っており、彼の横にある玉座には中年の男が座っていた。

 カール・マル・フリードリヒ・フォン・アインス。

 今年で齢六十になる大国の皇帝は、平均寿命六十五のこの世界においてはありえないほどの覇気を纏っていた。

 現に、蓮が北方にいる間に南方のルフト公国に対しての親征に第一皇子と第三皇女を連れたって赴いたらしい。首都を攻め落とし、属州にしたと聞いている。

 『あれが英雄王陛下の末裔か……若いな』

 『ほう……さほど気負った様子もなく堂々としている』

 『流石は英雄王の血筋、というわけですかな』

 『それにあの軍服は……もしや“天銀皇”?』

 両側に居並ぶ貴族達のささやきが聞こえてきたが、蓮は泰然自若とした態度で悠々と前に進んだ。

 そして玉座から少し離れた所まで来ると右手で左胸を叩き片膝をついた。

 ふわりと“天銀皇”の裾が舞う。

 「……始めよ」

 と、皇帝が碧眼を蓮に向けて呟く。

 それを受けたホルスト宰相が前に進み出た。

 「では、これより論功行賞を始める……マティアス第一皇子、エリザベート第三皇女、ルナ・スィルヴァ第五皇女、前へ」

 ルナが貴族の列から抜けて蓮の右横に来ると、片膝をついた。

 同じく金髪紅眼の勝気そうな女性がその横に膝をつく。

 左隣には皇家の特徴てある金髪碧眼の壮年の男がやって来た。

 「ルナ准将、貴殿はツィオーネ防衛戦において軍の指揮を執り、勝利に大きく貢献した。また、その後に東域戦線での敵の攻勢に対し、僅かな手勢で撃退に成功。その功績を称え少将に昇進とする」

 「……はっ、謹んでお受けいたします」

 貴族達から拍手が送られる。皇帝はそれをしばらく続けさせたが、少し経ってからホルスト宰相に視線をやった。

 「続いてマティアス第一皇子、貴殿は先の南方親征において先鋒を務め、敵将軍を討ち取った。この功績を称え“金獅子騎士団”の指揮権を授けるものとする」

 「ありがたく頂戴いたします」

 巨大な体躯に隠しきれない覇気を滲ませたマティアス第一皇子はそう答えた。

 これまた拍手が送られたが、明らかにルナの時よりも大きかった。

 (……なるほどね)

 蓮が皇家の事情を理解し始めていると、ホルスト宰相が二枚目の紙を取り出した。

 「続いてエリザベート第三皇女、貴殿もまた先の親征において敵兵站を発見し破壊、勝利に大きく貢献した。その功績を称え、かねてよりの希望であった中域西部ヴィアベル砦の指揮官に任命する」

 「ありがたき幸せですわ」

 エリザベート第三皇女はほくそ笑みながらそう答えた。

 拍手が送られる。マティアス第一皇子と同じくらいの音量だった。

 そしていよいよ蓮の番が訪れた。 

「最後にレン殿。貴殿はツィオーネ防衛戦において敵指揮官を討ち取り、続くアイゼン皇国における内乱を“天軍”を率いて早期に集結に導いた。加えて帝国史上初となる国交を開くための特使を派遣させるなど、その功績は計り知れないものがある。よって特例として一級武官の地位を与え、アインス金貨百を与えるものとする」

 (妥当かな)

 蓮は返答しようと口を開きかけたが、直後に言われた言葉に硬直してしまう。

 「更に、レン殿は英雄王にして我が国の終身名誉職である護国五天将“帝釈天”であらせられるシュバルツ陛下の末裔であることが緋巫女さまによって証明されている。よって、初代皇帝陛下と緋巫女さまとの約定によりレン殿をアインス皇家三番目の皇子として迎え入れ、皇位継承権第五位とする」

 その言葉に場は異様な静けさに包まれた。

 無理もない。建国以来初となる出来事―――しかも皇族を外部からいれるなど誰が予想できようか。

 誰もが言葉を失い黒髪の少年に視線を向けた。

 (なんてことだ……これは予想外だな)

 あまりの破格の待遇に、蓮はなかば呆然としてしまう。

 「レン殿、これからはレン・シュバルツと名乗るがよい」

 その言葉にようやく蓮は反応した。

 「…………はっ、身に余る栄誉、まことに感謝いたします」

 「皇軍に関しては軍部と調整した上で、後程与えるものとする。以上で論功行賞を終える」

 それからホルスト宰相は宴席を設ける、と言って皇帝とともに退出していった。

 大扉が開かれ使用人たちが宴席の準備を始め、貴族達が更に広間に入ってきた。

 未だ動揺を抑えていた蓮にルナが声を掛けてきた。

 「……レン、久しぶり……大丈夫?」

 「うん?……ルナか、大丈夫だよ。ただちょっと予想外な事態になっちゃったけどね」

 蓮は動揺を押し殺すと、努めて笑みを形作った。

 「レン、皇族になった……嬉しい?」

 「はは、嬉しいというより驚きの方が強いかな」

 蓮はこの時動揺しており気が付かなかったが、ルナは身分違いの恋ではないと、嬉しそうにしていた。

 そんな二人に勝気そうな声が掛けられた。

 「これはこれは、我が愛しき愚妹にかの英雄王の末裔殿ではありませんか」

 二人が視線を向ければ、そこには赤を基調とした軍服を着たエリザベート第三皇女が笑みを浮かべて立っていた。

 「……エリザベートお姉さま、何の用?」

 ルナが僅かに憮然とした様子で尋ねれば、

 「決まっているではありませんか。そこの末裔殿が毒牙にかからないようにと忠告しにきたのですわ」

 エリザベート第三皇女が侮蔑を浮かべて言った。

 「……そんなことはしない。レンとは友人の関係なだけ」

 「どこの馬の骨とも知れないあなたの言葉など信用できませんわ。由緒正しき家柄でもないあなたが、五大貴族の一角ミッテル家のこのわたくしにたてつこうというのですか?」

 五大貴族―――アインス大帝国はその広大な領地を五つに分割し、五大貴族と呼ばれる大貴族に運営、管理を任せている。統治しているのは皇帝だが、実質的には五大貴族が行っているのだ。

 たしかミッテル家は西域の五大貴族だったが……

 「エリザベート第三皇女、それを言うなら僕だって由緒正しい家柄でもありませんし、どこの馬の骨ともしれませんよ。それにルナの言うとおり、僕たちは友人です」

 蓮は語気を強めて反論した。

 (家柄だのとくだらない。同じ皇女だろうに)

 「そ、それは……」

 エリザベート第三皇女はまさか蓮がかばうとは思っていなかったのか、目に見えて動揺していた。

 そこへ助けが訪れた。

 「我が妹たちよ、皇族同士少しは仲良くできないのかね」

 金髪碧眼、巨大な体躯を金が基調の軍服に押し込んだ男性がやって来た。

 マティアス・ダオメン・マハト・フォン・アインス。

 第一皇子にして皇位継承権第一位。噂では父である現皇帝に似て強欲であるらしく、先の親征では敵国の皇女たちを手に入れ、いろいろ(、、、、)したらしい。あまり良い噂を聞かない皇族であった。

 「マティアス……!何の用ですか、今はわたくしが話しているのです」

 エリザベート第三皇女は警戒心を顕わにそう言った。

 (おや、仲が良くはないのかな……?)

 蓮は観察するように目を細めた。

 「そう警戒するな。今日は新しくできた我の弟にあいさつしにきただけだ」

 マティアス第一皇子はそう言うと、蓮に向かって手を差し出してきた。

 「マティアスだ。よろしくな、末裔殿」

 「……蓮です。弱輩の身ではありますが、よろしくお願いします」

 と言って蓮は手を握った。

 瞬間―――

 「っ!」

 蓮は手を振りほどくと距離を取った。

 (一瞬ではあるが、殺気を放ってきたぞ……なんのまねだ)

 「おやおや、一体何事かね。その態度はいくらなんでも無礼では?」

 (どの口が……ほざくなよ)

 蓮は荒ぶる“天銀皇”をなだめると、自らの立場を明確にする言葉を紡いだ。

 「僕はルナを、友を蔑ろにするあなた方と仲良くする気はない」

 「……ほう、つまり東域貴族を支持すると?」

 マティアス第一皇子が嬉々として言ってきた。

 (こうなることは分かってはいたけど……あいにく今回は自重する気はないんでね)

 千年前はいろいろなしがらみがあったからこのような不用意な発言は控えていたが、今はもう違う。

 (まだ第二皇子と第四皇女にはあってないけど、僕はルナを次期皇帝に推すよ)

 皇位継承権を持っている他の二人にはあっていないが、蓮はルナの中に垣間見た可能性に賭けることにした。

 (世界秩序の再編成……ルナならばあるいは……)

 蓮は肩をすくめて言った。

 「さて、どうかな。貴族についてあまり知らないけど、少なくともあなた方の派閥につくことだけはしないかな」

 その言葉に、マティアス第一皇子は鼻で笑った。

 「はっ、そうか。せいぜい頑張るんだな(、、、、、、)

 そして背を向けて去って行った。

 「くっ、これで勝ったと思わない事です!」

 と、エリザベート第三皇女はルナに告げると早足に広間を後にしていった。その後ろで支持している西域貴族がついて行ったのが見えた。

 「……レン、いいの?」

 ルナのその言葉に込められた意味を正しく理解したうえで、蓮は首肯した。

 「うん、僕はキミを支持するよ」

 と言うと、ルナは僅かに頬を赤く染め、

 「……ありがとう」

 蓮の目を見てそう言うのだった。

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