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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
二章 北方征伐
36/223

十三話

続きです。

 **** ****


 皇宮内は奇妙な静けさに包まれていた。蓮達が床を蹴る音が反響して聞こえてくるほどに。

 「……皇宮は警備が配置されてないってわけじゃないんだよね?」

 蓮は特に息を切らせた様子もなく、不気味なまでの静寂を破ろうと声を発する。

 「はぁ……はぁ……えぇ、普段なら、警備の方や貴族の方で、賑わっているのですが」

 息も絶え絶えと言った様子でミルトが返事をよこしてくる。

 (無理もないか……蝶よ花よと育てられていたようだし……)

 一応潜入に当たって皇族の恰好から動きやすい服装に変えさせてはいるが、体力までは変えられない。

 故に仕方のない事だと蓮は己を納得させる。

 「つ、着きました……ここが、玉座の間です」

 思案しながら走っていたらいつの間にか目的地に達したらしく、ミルトが絢爛な扉に手をついて息を整え始めていた。

 「ここが……」

 蓮はそうつぶやくと“天眼”(アマテラス)を使って中の様子を確かめる。

 (……生命反応は一人分。しかし、これは……)

 怪訝そうに眉を顰める蓮。そうしている間に息を整えたのかミルトが扉に両手をつくと、蓮の反応をまたずに一気に押し開けた。

 「ミルト!?」

 突然の行動に驚愕する蓮を置いて玉座の間に入っていくミルト。だが直後―――凍りついたように動きを止めた。

 蓮は軽率な行動をとがめる間もなく行ってしまったミルトの背を慌てて追いかける。

 するとそこには、蓮の予想通りの光景が広がっていた。

 まず目に映り込んだのは、玉座に優雅に座る紫水晶(アメジスト)色の短髪をした青年。そして次に目にしたのは―――その青年の足元に倒れている人だった。

 その人物は煌びやかな衣装を身に纏い、アイゼン皇家の紋章が刻まれた錫杖を手にしている。

 おそらくは皇王だろうと蓮は推測した。

 なぜ推測なのか―――それは倒れている人物は頭部が失われていたからだ。

 「あ……なにが……お、とうさま……?」

 ミルトが呆然としたようにかすれ声をだす。

 それに答えたのは、先ほどから場違いな笑みを浮かべてこちらを見つめていた青年だった。

 「ふっ、ミルトよ、遅かったではないか……もう少し早ければこの老いぼれの首は繋がっていたのだがな」

 「お、お兄様……?なぜ……どうして……?」

 弱々しい声で疑問を口にする実の妹の様子を見て取った青年―――エドガーは哄笑する。

 「ふっ、はは……はっははは……なぜ?なぜだと?そんなことも分からんのか?」

 エドガーは足元に転がっていた父親にして現皇王―――否、先代皇王の首を蹴り飛ばす。

 「この老いぼれは先が見えていなかった。目先の脅威に気を取られ、大局を見失っていた阿呆だ。そんな奴が王の国など、すぐに滅びよう」

 故に、と両手を広げて言ったエドガーは恍惚とした表情を浮かべる。

 「我が、国を破滅へ導かんとする国賊を屠ったのだ……そんな我こそ救世主にして次代の王にふさわしいとは思わんか、我が愛する妹よ!」

 そんな狂気じみた様子の兄に、恐れをなしたのかミルトは半歩下がっていた。

 それを見たエドガーは、ミルトの全身を舐めまわすように視線を動かし―――首に達した瞬間、硬直する。

 「……なぜ、おまえがそれ(、、)を持っている……!?」

 「えっ……?」

 「なぜ、おまえが皇王の証を持っているのだぁ!!」

 先ほどまでの余裕に満ちた表情とは打って変わって憤怒を浮かべたエドガーは、玉座に立てかけていた剣を手に取ると立ち上がった。

 「それは代々皇王にのみ着用を許されたもの。故にそれは我が持つべきなのだぞっ!」

 「……っ」

 憤怒の形相で迫りくるエドガーに、声にならない悲鳴を上げるミルト。

 それを見て取った蓮はここが介入時だと判断し、全身を震わせているミルトの肩に手を置く。

 するとミルトは力が抜けたのか、蓮にもたれ掛かってきた。

 (……つらい出来事の連続だったんだ、むしろよく今まで立っていられたね)

 蓮は称賛を声には出さず、代わりにミルトを支えると頭をゆっくりと労わるように撫でた。

 「レン様……?」

 「……後の事は僕に任せて、ミルトは休んでいるといいよ」

 蓮は玉座の間を支える柱の一つにミルトの背をそっと預けると、優しげな笑みを向けた。

 そしてこの後起きるであろう凄惨な殺し合いを見させないよう、できるだけ優しく意識を落とそうと手を伸ばしたがーーー

 「レン様、いいのです」

 「ミルト……?」

 ミルトは決然とした表情で蓮を見つめると、

 「わたしはこの後起こること全てを見届けたい……いえ、見届けなければならないのです。次代の王としてお父様にこれを託された以上は」

 と言って自身の髪と同じ色をした紫水晶の首飾りに手をやる。

 「だからレン様、お気づかいは無用です……どうか、わたしの事は気にせずに成すべきことを……いえ」

 ミルトは一旦、言葉を区切ると視線を上げ実の兄を見据えて、

 「本来ならばわたしが成すべき事を、押し付ける形になりますが……なにとぞお願いします」

 震える手を必死に押さえつけ、決別の言葉を放った。

 「お兄様―――いえ、簒奪者エドガー!次期皇王の名において貴方をここで処断します!」

 その言葉を聞いたエドガーは心底おかしそうに嗤った。

 「ふっ、はは、ははは!何を言うかと思えば、クッ、ハハ」

 「……何がおかしいのですか」

 ミルトが怒りを込めて問えば、

 「いや、なに、他人に後始末を押し付けている分際で次期皇王を名乗るとは……おこがましいにもほどがあろう」

 と、エドガーは侮蔑を込めた視線を投げてくる。

 その視線に一瞬ひるんだミルトだったが、直後まっすぐな視線を向けた。

 「確かにわたしは何もできない。でも、できないと分かっているからこそ他者を頼るのです……そしてわたしはそれを悪いとは思いません。国とは王一人で支えるものではなく、皆と協力して支えあっていくものだと思うからです!」

 「はっ、なんだそれは。国とは強き王、一人の絶対者が導いてゆくものだっ!そこに惰弱な者が入る余地はない」

 ミルトの決然とした言葉を一蹴したエドガーは嘆くように嘆息する。

 「こんなのが我の妹とは……おまえは今後のために生かそうと思っていたが……もういい、そこの小僧とともに死ぬがよい」

 今度は一転して愉悦を浮かべたエドガーは剣を構えた。

 「おとなしくしていれば一思いに首を断ってやるが、抵抗するのであれば―――ッ!?」

 不意に言葉を途切れさせたエドガー。その理由は突如として眼前に迫った黒髪の少年が、手にしていた光り輝く剣を振り下ろしたためだった。

 「さっきから黙っていれば好き勝手言う……」

 蓮は怒りを凝縮した眼光で、エドガーを射抜いた。

 「ミルトがどんな思いであなたと会話していると思ってるんだ……?」

 そして慌てた様子で蓮が繰り出した一撃を防いだエドガーを掌底で吹き飛ばすと―――


 「あなたは―――殺そう」


 ―――獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

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