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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
二章 北方征伐
34/223

十一話

続きです。

 貴賓室から出るとミルトは安堵の息をはいた。

 それを見てとった蓮は小さく笑みを溢すと、ミルトの頭を撫でた。

 「緊張していたみたいだけど、上手く言えていたよ」

 「いえ……貴方に協力することが、私の望みを叶える上で必要だっただけなので」

 蓮の賛辞をそっけなく払うミルト。だが言葉とは裏腹にその表情は嬉しげだった。

 「それより……本当に約束は守って頂けるのですよね……?」

 ミルトは表情を一転させ、不安げな眼差しで蓮を見つめる。

 「皇都突入時にキミも連れて行くという約束だろう?もちろん、守るさ」

 蓮は安心させるべく努めて優しげな笑みを形作った。

 (皇王と実の兄である第一皇子との対決の場に居合わせたい、だっけか。……たとえそれがどのような結末を迎えようとも、自分の目で確かめたい……か)

 気絶していたミルトは治療中に目を覚まし、すぐさまヒューゲルへ向かおうとした。蓮はそれを止め、事情を聞いたのだが、内容はおおむね蓮の予想した通りだった。

 第一皇子によって反乱が引き起こされ、父である現皇王に皇族専用の脱出口から一人逃がされた事。それから皇都から縦に長く伸びる森をひた走り、皇王と仲がよかったデニス伯爵の元へ向かっていた事。その道中第一皇子が差し向けた追っ手が迫り、あわや捕まるところだった事などだ。

 唯一蓮が知りえなかった情報といえば、第一皇子の反乱の理由であった。それは皇位継承問題だった。

 皇王は当初第一皇子に玉座を渡すつもりだったらしいが、ある時を境に意見が対立したためミルトを次期皇王にしようとしたという。意見の対立とは、外交に関するものだったらしい。

 アイゼン皇国は南大陸(イグナイト)の北に位置しており、東はエーデルシュタイン連邦とヴァルト王国。南はアインス大帝国といった大国に領土を接している。

 そのため現皇王は東の二国と協調路線をとり、南のアインスに攻め込もうという姿勢を取ることがもっとも国のためになるという考えなのだが、第一皇子は東の二国にも攻め入るべきだという過激な思想を唱えているらしい。

 そのため皇王は第一皇子を見限り、皇女であるミルトを次期皇王に選んだのだがそれが反乱を引き起こしてしまった。

 (皇王ももうちょっと考えて行動すべきだったろうに)

 そんな過激な思想の持ち主だと分かっているのなら、次期皇王にミルトを選ぶなんて宣言したらどうなるかくらいよっぽどの間抜けでもない限り予想がつくだろう。もっとやりようがあったように蓮は思えてしかたがなかった。

 (まあ、そのおかげで付け入る隙ができて僕としては諸手を上げるところなんだけど)

 回想に耽っていた蓮に、ミルトが声を掛けてくる。

 「レン様、この後はどうするのですか?」

 その問いに蓮は視線をミルトに向けると、

 「この後は待機している“天軍”と鎮圧軍を合流させて、僕たちは別働隊と一緒に皇都近郊の森で待機だね」

 穏やかな笑みを向けて答えた。

 

 **** ****


 神聖歴千三十一年四月二十日―――アイゼン皇国皇都シュネー近郊

 皇都シュネーは雪景色と合わせるとよく映えると言われるほど美しい都として知られていたが、今は戦火に晒されそこらかしこで剣戟の音が鳴り響き、悲鳴と怒号が皇都中に溢れていた。

 そんな状態が離れた所にいるアリア率いる連合軍にも感じ取れていた。

 『そんな……皇都が……』

 『うそだろ……間に合わなかったってのかよ』

 連合軍の内五千―――デニス伯爵ら現王派の貴族達の私兵が悲鳴じみた声を上げている。

 「なあ、アリアさん。ほんとにこんなんで勝てるのかな」

 そう弱音を吐いたのはラインだ。ラインは今回、蓮の指示で先鋒である第一陣に加わっていた。今回が初陣となることもあり、日ごろの強気さは鳴りを潜め少々弱気になっているようだった。

 「大丈夫さ。我々は戦闘こそするが本命ではない。注意をこちらに向けさせるだけでいいのだからな」

 アリアは安心させるように言うと、「それに」と頭上を見上げて嬉しそうな笑みを浮かべた。

 「我々はこの旗(、、、)を掲げているのだ、敗北などない―――いや、あってはならない」

 「……」

 「信用できないか?」

 「い、いや、そんなことは……ない、かも?」

 それでも尚、不安げなラインにアリアは優しく言う。

 「私が信用できなくとも―――主殿なら信じれるだろう?」

 「レン兄……うん!レン兄は最強だからな!」

 蓮の名を出したことで一瞬で覇気を取り戻したライン。

 そんなラインを見て、アリアは笑みを溢した。

 (ふふ、流石は主殿。ラインの精神的主柱になっているようだな)

 アリアは右手を上げ、旗手に指示を出す。

 「旗を掲げよ!誰を相手にしたか知らしめるのだ!」

 その声に陣営の各所でとある(、、、)紋章旗が打ち立てられた。

 それを見て取ったアリアは腰から剣を勢いよく抜くと、天に掲げる。

 「“天軍”よ、前へ!雄たけびをあげよ。我らの存在を世界に示せ!」

 “天軍”の兵達が一斉に剣と盾を打ち鳴らし、雄たけびを上げた。

 『うおぉおおおおおおおお!!!』

 その声に世界が揺れた。あまりの大音響に空間が震える。

 「第一陣、突撃!」

 アリアが振り上げていた手を下す。

 “天軍”およそ三千を有する第一陣騎馬隊五千が、一気に皇都に向けて駆けて行く。

 「第二陣は進軍せよ。ただしゆっくりでいい、歩幅を合わせることを意識しろ」

 アリアは残りの第二陣三千にそう指示すると、思案気な顔になる。

 (ラインは果たして初陣の洗礼を乗り越えられるだろうか)

 初陣の洗礼―――つまりは人殺しをすることで心が折れないか―――をアリアは心配していた。

 (まだ出会ってから少ししか経っていないが、性根がまっすぐな子であることはすぐに分かった)

 だからこそ人殺しの影響は大きいはず。けれど―――

 「主殿が見込んだ人物だ。ならば、超えてくれるはず」

 きっと、大丈夫だとそう自分に言い聞かせるのだった。

 

 *


 皇都シュネー皇宮前広場―――

 アイゼン皇国第一皇子エドガー・フォン・アイゼンは血塗られた剣を手に、立ちふさがる守備隊と相対していた。

 『エドガー皇子、おやめください!』

 守備兵が恐怖に震える手で剣を向けてくる。

 それに対しエドガーは不敵な笑みを向けると、

 「どけ。我は父上に用があるのだ」

 手にしていた剣を振るった。

 『がッ、ごぁああ!?』

 『ひぎゃ』

 人間とは思えない膂力で振るわれた一撃は、一瞬にして眼前の兵達の命を刈り取った。

 「雑魚の分際で我の前に立ちふさがるとは……」

 エドガーは鼻で笑うと、ゆっくりと皇宮の入り口へと歩き出した。そこへ―――

 『エドガー殿下、急報にございます!!』

 一人の兵士が息を切らせながら走り寄ってきた。

 「なにごとだ!」

 とエドガーが問いかければ、兵士は信じられないものを見たかのように顔を青ざめさせて言った。

 『敵が、敵が南から攻めてきました!数はおよそ八千。我らは後ろから強襲される形となり、現在キール将軍が迎え撃っています!』

 「ふんっ、どうせデニスの奴めがかき集めた軍であろう。そのような寄せ集め、どうとでもなる」

 エドガーがそう嘲笑すれば、兵士は言いにくそうに口ごもる。

 「なんだ、他に報告することがあるのか?」

 『そ、それが……』

 「……はっきり言え。我は暇ではないのだぞ」

 苛立ちもあらわにそう告げれば、兵士はエドガーの顔をはっきりと見て答えた。

 『敵の先鋒は白銀の鎧を着た集団―――“天軍”だったそうです』

 「…………は?」

 エドガーは唖然とした。

 無理もない。“天軍”はこの千年間神聖殿の守護に就いており、そこから外れて行動するなどどいうのは常識的に考えてありえない事だからだ。

 加えてもし本当に“天軍”が相手だった場合、こちらの勝率は極端に落ちると予想できる。この千年間、神聖殿に攻め入った者は少なからずいるが“天軍”はそのどれもを勝利で収めている、常勝不敗の軍勢なのだから。

 そこにさらにエドガーを絶望に落とす事実が伝えられた。

 『敵が掲げている紋章旗は、白地に三つ首の黒竜―――“軍神”(ヌアザ)の神旗、だそうです』

 「…………」

 エドガーは絶句した。もはや現実とは思えない、ありえない現象が立て続けに起こっていると聞かされたことで、思考が麻痺していた。

 そこへ、声が掛けられる。

 「何を迷っておられるのです?あなたの悲願は目と鼻の先なのですよ?」

 その声にハッとしたエドガーは後ろを向くと、そこには仮面をかぶった人物がいた。

 男なのか女なのか分からない中性的な声色で続けて言う。

 「どのような邪魔が入ろうとも、もはや間に合わないでしょう。ですから安心して進めばよろしい」

 「……貴様に言われずともわかっておるわ」

 エドガーが内なる動揺を隠し、強い口調でそう言えば仮面の者はくつくつと喉を鳴らした。

 「ええ、ええ。それでこそ我らが“王”に選ばれし者。それではわたしは念のため、南門へ加勢に行くとしましょうかね」

 仮面の者は一方的にそう告げると、人ならざる跳躍力で去って行った。

 「……キール将軍に伝えろ。もう少し持たせろ、と」

 『は、はっ!』

 非現実的な光景に唖然としていた兵士にそう告げると、慌てて走り去って行った。

 「そうだ……我は選ばれし者。どのような障害であろうとこの()でねじ伏せてくれるわ」 

 エドガーが左手を握り締めると、そこには禍々しい闇が渦巻いていた。

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