十話
続きです。
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先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返った貴賓室で、デニス伯爵はミルト皇女と連れの少年を迎えていた。
「まずは皇女殿下がご無事であったことを女神ルミナスに感謝いたします」
デニス伯爵は大仰な手ぶりを交えながら話し始めた。
「さて、ミルト殿下にはいろいろとお聞きしたいことがありますが、なによりも先に……ミルト殿下をお連れした少年。あなたは一体何者ですか?」
訝しげな顔で少年を見るデニス伯爵。この部屋にいる貴族たちも困惑と恐れを浮かべて少年を見ていた。
「僕は―――」
「この方はレン様。おに―――いえ、反逆者エドガーが差し向けた追っ手からわたしを救ってくれた恩人です。ですのでそのような不躾な視線を送るのは控えるように」
言葉を発しようとした少年―――蓮を遮るようにして言葉を発したミルトに、貴族達から驚愕を宿した視線が放たれる。
デニス伯爵もまた、驚きに包まれていた。
(ミルト殿下はこのような皇族として―――人々の上に立つ人物としての話し方はなさらなかったはず。しかもあんなにも慕っていたエドガー殿下を反逆者呼ばわりとは……一体何があったらこんなにも急変するのか)
そしてさらに場を混沌とさせる一言を、ミルトは言った。
「レン様はかの英雄王の末裔であり、今は“天軍”の指揮官でもあります。そして反乱軍を鎮圧する助力をなさってくれると」
そうですよね、とミルトが投げかければ、黒髪の少年は首肯する。
『あの変わりよう……本当に我らの知るミルト殿下なのか?』
『しかも反逆者とは……』
『それより英雄王の末裔だと……?にわかには信じられん』
『……そういえばクリストフ殿下は“軍神”に討ち取られたという噂がありましたが―――』
瞬く間に喧騒に包まれる貴賓室。次から次へと話題性に富んだ発言が皇女から出たことで、貴族たちは冷静な判断を下せなくなっていた。
(ミルト殿下は一体何を……何が目的で場を荒らすような真似を―――)
エドガー伯爵もまた頭を悩ませていた。
*
(ふっ、なんだやればできるじゃないか)
蓮はこの場を見事に混沌とさせたミルトに、賞賛を込めた視線を送る。
だが緊張しているのか、視線が一点に固定されたままのミルトは蓮の視線には気づかないようだった。
ミルトは事前の打ち合わせ通りに動いてくれた。ならば次はこちらの番だ。
「アイゼンの貴族諸兄らに敬意を。反逆者に従わなかったその忠誠心に賞賛を。僕の名は蓮。先ほどミルト皇女殿下から紹介がありましたように、英雄王シュバルツの末裔です」
その声に場は一気に静けさを取り戻す。
「そして今は“天軍”の指揮官を努めております。……今回、こちらに来た理由は単純明快。アイゼン皇国で起きている反乱を鎮めるためです」
誰もがその声に魅了された。
「なぜ、どうしてと思う方がほとんどでしょう。僕が、“天軍”が得る利益などないはずだとそう思われていることでしょう」
徐々に熱を帯びていくその声に、人々は聞き入る。
「僕は英雄王の末裔として、“天軍”の指揮を任せられた者として成さなければならない事があるのです。それは―――」
貴族たちが食い入るように、蓮を見つめている。
「再び人族が手を取り合える世を創り上げることです。その第一歩として、長年いがみ合っていたアインス大帝国とアイゼン皇国との間に国交を結びたい、と考えています」
そのためには、と言葉を続ける。
「アイゼン皇国を真に導く者が玉座につかなければならない。そしてそれは武力を以て玉座を簒奪しようとしているエドガー第一皇子ではない」
左手でミルトを指し示し、
「対話を以て分かり合おうとしているミルト殿下こそ、次代の王にふさわしい。だからこそ僕を含め“天軍”はミルト殿下に力添えする」
力強い笑みを貴族達へと向ける。
「どうかあなた方にも協力してもらいたい。いまこそ立ち上がる時なのです」
そして右手を前に向け、手を取ってくれるのを待つことにした。
「「「…………」」」
静寂が訪れた。誰もが少年の言葉を咀嚼し、理解せんとしている。
その静寂を破ったのは、やはりというかデニス伯爵だった。
「私はあなたの言葉を信じ、協力したいと思います」
『デニス殿!?』
貴族達が動揺を顕わにする。
デニス伯爵はそれを一瞥すると、蓮の元へと歩き出した。
「突然の事で、私もまた戸惑ってはいる……だが、このままでは反乱軍が皇都を陥落させてしまうでしょう。そうなればエドガー第一皇子に従わなかった我々は殺される」
蓮の前にたどり着いたデニス伯爵は、肩ごしに後ろを振り返り貴族達に向けて言った。
「我々が生き残る道は一つだけ。反乱を鎮圧するしかないのです。であれば、かの名高い“天軍”と協力し、少しでも勝算を上げるべきだと私は思います」
そして蓮の手を取り、ぎこちない笑みを浮かべる。
「それに私はミルト殿下を助けてくれたレン殿だからこそ賭けたいという気持ちが強いのです」
英雄王の末裔だから、“天軍”の指揮官だからではなく、自らが慕う皇女を救ってくれた人に賭けたい。現実主義者として知られているデニス伯爵のその発言に貴族達は唖然とする―――が、直後半ば自暴自棄めいた笑みを浮かべると、次々に賛同の意を示した。
『ここまで来たならやってやろうじゃあないか』
『デニス殿がそこまでおっしゃるのであれば……』
『百戦錬磨の“天軍”となら勝てるやもしれん』
この場の貴族の中でもっとも地位が高く、人望もあるデニス伯爵が賛同したことで流れは決定的となった。
すなわち―――反乱軍との徹底抗戦。
場が開戦の方へ傾いたのを見て取った蓮は“天銀皇”からある物を取り出し、デニス伯爵に手渡した。
「これは協力の証でもあり―――この戦いを勝利へと導く鍵となる物です」
「こ、これは!?」
驚きを顕わにするデニス伯爵に顔を近づけた蓮は、小声で言った。
「残りは後でお渡ししますので、これから説明する策をよく聞いてください」
そう言って蓮が説明していくと、徐々にデニス伯爵の顔に理解の色が浮かんだ。
「なるほど……それならいけるやもしれませんな」
蓮は喜色を浮かべるデニス伯爵の肩に手を置くと、深々と笑みを形作り、
「では、後の事はお任せしますよ」
と言い残し、ミルトを連れて部屋から退出した。




