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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
二章 北方征伐
31/223

八話

続きです。

 神聖歴千三十一年四月十五日―――アイゼン皇国南西部ヒューゲル郊外。

 僅かに残る雪を踏み蹴散らしながら行く一団があった。全員が白鎧を纏っており、彼らを乗せる馬さえも白の馬鎧を装備している。

 まるで季節外れの雪を全身に被ったかのような集団だったが、彼らの先頭を往く者だけがそれらに当てはまらなかった。

 その者は深淵の色をしている黒馬に乗り、身に纏う白銀の衣をなびかせている。その容姿はこの世界には存在しえないと言われている黒髪黒目―――双黒を持った柔和な顔つき。

 「よし、ここで一休みにしようか」

 双黒の少年―――蓮は自らに付き従ってくれている“天軍”にそう告げる。

 その一言で兵達は皆思い思いに休息を取り始めた。

 「僕たちも休むとしようか、クロ」

 蓮はそう言うと乗っていた黒馬―――クロの背から降りるとその頭を撫でた。

 クロは何も言わずに蓮の掌に頭を押し付けてくる。

 (寡黙な子だけど、甘えん坊でもあるからなぁ)

 思い出すのはクロと初めて会った時の事。

 

 『レン様にぜひお会いになってほしい()がいらっしゃるのです』

 蓮が演説を行った日の夜のことだった。蓮が明日に控えた出立に向けて荷造りをしている最中、ルージュが部屋を訪れてそう言ってきたのだ。

 特に断る理由もなかった蓮は即座に頷き、案内されるままに祈りの間へ。

 そこでかつての戦友を彷彿とさせる黒い馬―――クロに出会ったのだ。

 『この馬はまさか……』

 『ええ、そのまさかですよ。かつて英雄王とともに戦場を駆け抜けた黒馬―――その子孫です』

 その言葉に蓮は思わずといった様子で手を口に当てる。

 (クロの子孫だって……!残っていたのか……)

 千年より昔の事だ。この世界に存在するはずのない色をした馬が目撃された。その馬は全身が黒一色で覆われており、眼は血の様に赤く染まっていた。

 その姿を見た人々は死神の使者だと恐れ、絶滅させようとした。しかし、運よく生き残った最後の一匹に千年前蓮が出会い、そして愛馬とした。

 その馬は××××によってクロと名付けられ、蓮とともに数多の戦場を駆け抜けた戦友だった。大戦が終わり、クロは蓮とともにアインスに帰還したのだが、その直後に千年後に転移したためその後どうなったかまでは把握できていなかったのだが……

 (そうか、無事だったのか)

 しかも子孫まで残しているときた。これには蓮も喜びを隠せなかった。

 蓮は近づいてくる黒馬に手を伸ばし、その頭をなでながら、

 『一緒に来てくれるかい?』

 と、問いかけた。

 すると言葉の意味を理解したのか、黒馬は頭を縦に振りブルルッっと鳴き声を上げた。

 (誰が名付けたのかは思い出せないけれど……)

 『今日からキミはクロだ』

 千年前と同じ名をつけたのだった。 


 蓮が回想に耽っていると、凛々しい声が耳朶を打ってくる。

 「主殿、斥候から奇妙な報告がありました」

 その声に振り向けば、そこには蓮の副官アリアが困惑した表情で立っている。

 「なんでもこの先にある森の出入り口付近に少女が倒れているとのことです」

 「少女が……?行き倒れとか貧民とかかな」

 「それが……」

 アリアは心底理解できないという表情で手元にある報告書を見つめると、

 「礼装を着ており、首元にはアイゼン皇家を示す首飾りがあった……と」

 蓮にとっては望ましい言葉を紡ぐのだった。


 **** ****


 「はあ、はあ、はあ」

 深い森の中を駆け抜ける影があった。それは少女の姿をしており、苦しそうな息遣いで走っている。

 「はあ、はあ―――あぐぅ」

 少女は飛び出ていた木の根に足を取られ、地面に倒れ伏した。

 (痛い……痛いよぉ)

 少女は激痛のあまり思わず声を上げようとしたが―――

 『探せっ!あの足ではそう遠くへは行けないはずだ!』

 背後から聞こえてくる野太い怒声に身を固くする。

 必死に声を押し殺し、木の幹に手をついて立ち上がる。

 (なんで、どうして……お父様、お兄様……っ)

 少女は心中で荒れ狂う激情を必死に抑え込むと、怪我をした足をかばうようにして歩き出した。

 何故このような事になったのか。少女は激痛で飛びそうになる意識を保つために、記憶を手繰った。

 

 少女は王族だった。母は幼いころに無くなっていたが、優しい父に物知りな長兄、そして出かけた先で様々なお菓子を買ってきてくれる兄の三人がいたため寂しくはなかった。

 四人で仲良く暮らす日々。それがずっと続くものだと少女は信じて疑わなかった。だが―――

 ―――ある日、その幻想は儚く崩れ落ちた。

 『ミルト、おまえは逃げなさい』

 いつもは笑顔を浮かべている父が、険しい表情で少女―――ミルトに告げた。

 「どうしたの、お父様?」

 ミルトはそう聞いたが、薄々理由には気づいていた。年を取るにつれてだんだんと理解してきた家族の不和。それが遂に決定的になったのだろうと。

 父は苦しそうに顔を歪めると、ささやくように言った。

 『おまえの兄が……我が不肖の息子が反旗を翻したのだ』

 「―――!」

 ミルトは絶句した。恐れていたことが起きてしまったのだと、顔を青ざめさせて。

 そんな愛娘の様子を見た皇王は、自らが所持していた首飾りを取り出すと愛娘の首に掛ける。

 『これを大事にしなさい。それから……生きて幸せにな』

 そして玉座の裏手にあった壁に隠されていた抜け道へ、ミルトの背を力強く押し込んだ。

 「お父様っ!」

 最後に見た父の顔は、微笑んでいた。


 それから城の裏手にあった森に出たミルトは、ここまで必死に走ってきたのだった。

 途中で靴は脱げ、裸足になったがそれでもとにかく走り続けた。目の前の現実から目をそむけるように。悪い夢からはやく抜け出せるようにと。

 だが、非常な現実は一向に変わらなかった。それどころか兄が差し向けた追っ手が迫りくるという、現状のさらなる悪化がミルトを襲ったのだった。

 (うぅ、痛い……もう、いいかな)

 そこまで回想したミルトだったが、足の激痛やここまでの強行軍による疲労で、すでに限界を超えていた。足を止め、その場に座り込む。

 その胸中は絶望で満たされていた。だが―――

 (……お父様の『生きて幸せに』って言葉。あの言葉を裏切るわけにはいかない……っ!)

 父の最後の言葉を思い出し、自らを奮い立たせる。

 全身に力を籠め、なんとか立ち上がる。そして一歩、また一歩と足を動かすが―――

 「あうっ」

 足から力が抜け倒れ込んでしまった。

 「まだ……まだあきらめられないっ」

 ミルトは這ったまま腕の力で前に進む。いつの間にか目の前には開けた平野が映っていた。

 だが、

 「おとう……さ……」

 ミルトの意思に反し、視界は暗転した。

 

 **** ****


 蓮は眼前に倒れている少女を見つめていた。

 傍ではクロが草を食んでいる。

 (情報通り(、、、、)か……しかしここまで都合が良いと逆に警戒してしまうな)

 蓮は苦笑を浮かべる。

 「さて、この子をどうするかだが……」

 見た所年齢はラインと同じ十四くらいで、首に皇家を示す紋章が描かれた首飾りをしている。加えて髪はアイゼン皇家特有の紫水晶(アメジスト)色をしていた。

 (当初の予定とは違う展開だが、この好機を逃すわけにもいかないよね)

 蓮は少女を連れていこうと決断し、おもむろに手を伸ばすが、

 「っ」

 突如飛来した矢に対処すべく手を振り、矢を叩き落とした。

 『いたぞっ、こっちだ!』

 野太い声が聞こえたと思った瞬間、また矢が飛んでくる。しかも今度は五本同時だ。

 しかし蓮は平静そのものだった。ただ自然体で佇む。

 直後、身に纏っていた白銀の衣が裾を翻すと矢を叩き落とした―――ばかりか白い閃光を矢の飛来した方向へ放った。

 『ぐ……がぁああ』

 悲鳴が辺りに響き渡る。

 蓮は少女を“天銀皇”(アガートラム)仕舞う(、、、)と無機質な表情を作り、敵が居る方へ歩き出した。

 

 *


 アイゼン皇国の紋章が描かれた軽鎧を着た男が、森の中を疾走している。顔には恐怖が張り付いており、何度も後ろを振り返って追っ手が迫っていないか確かめている。

 (なにが、どうなってんだ……っ!)

 男は自らの主君であるエドガー第一皇子の指示に従って、ミルト皇女を捕縛するべくこの森に来ていた。そして先ほど遂にミルト皇女に追いついたのだが―――

 (あんな化け物がいるなんてきいてねぇよ!!)

 ミルト皇女の近くにいた少年を排除し、目撃者を消そうとしたのだが、少年が着ていた外套が突如として動きだし、矢を叩き落としたばかりか閃光を放ち反撃してきたのだ。

 その反撃により、男とともに捕縛の任に就いていた兵達は心臓を貫かれ、瞬く間に殺されていったのだ。

 (いやだ、いやだ、いやだ。あんな死に方はしたくねぇ)

 追う者が追われる者に。狩る側が狩られる側に変化した瞬間だった。

 男は決死の思いで走る―――が。

 「やあ、そんなに急いでどこに行くんだい?」

 この状況にふさわしくない、場違いなほど穏やかな声が男に掛けられた。

 『ひぃ―――』

 その声に男は驚きのあまり地面に倒れ込んでしまう。

 慌てて顔を上げれば、そこには―――先ほどの少年が居た。

 「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 『あ、ああ、あぁあああ』

 男はそれでも逃げようと足に力を込めるが、思うように力が入らなかった。

 『あ……れ……?』

 男は自分の足に違和感を感じ、視線を下に落とした。

 (あ し が な い ?)

 「ああ、ごめん。また逃げられると面倒だから、足は切らせてもらったよ」

 少年はどこまでも穏やかな声で、どこまでも残酷な現実を男に告げるのだった。

 

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