七話
続きです。
案内された場所は神聖殿が浮かぶ湖―――テューア湖の北側に建っている兵舎前の広場だった。
蓮達がたどり着くとそこにはすでに大勢の人々が詰めかけていた。
大多数が白鎧を纏った兵士だったが、彼ら以外にも老人や女性、子供までもが集まっている。
そんな人々を見たラインは疑問を口にした。
「レン兄、あの人たちは兵士じゃないみたいだけど……?」
その疑問に蓮は答えようと口を開きかけたが、アリアが答えを言ってくれた。
「彼らは“天軍”に所属する兵達の家族です。我らは実際に戦場で戦う者以外も含めて“天軍”なのですよ」
「そうなんだ……」
その答えにラインは驚いたように目を見開いた。
(理念は千年前から変わっていないようだね)
蓮は“天軍の理念を思い出し、懐かしげに目を細める。
その理念とは、老若男女様々な種族を貴賤を問わずに受け入れるといったものだ。もちろん入隊試験等で選抜はするが、その試験は誰でも受けられる。
『“天軍”は家族』―――いつだったかそう言っていた人もいた。
(あれは確か……リヒトだったかな?)
蓮はその人を思い出そうとするが、霧がかったようにぼやけてしまう。
(またこれか……ルージュは時間が経たないと治らないと言っていたけど……)
ルージュと二人きりになった際に、蓮は記憶の障害の件について相談していた。緋巫女である彼女ならばあるいはと思ったのだが、そのルージュですら即座に解決するには至らなかった。
『どうやら神力による強固な封印がなされているようです』
ルージュはそう結論付け、自分の力量ではすぐさま直すのは不可能だと語った。
その上で、長い時間はかかるが徐々に封印を解除する術を掛けてくれたのだった。
(どれくらいかかるかは解らないけど、直すめどがついただけありがたいよな)
そう前向きに捉えることにした蓮だった。だが、
(神力を扱う事の出来る数少ない存在である緋巫女ですら解けないほど高度な封印とは……)
疑問も残った。しかしこれについてはおおよその目星はついている。
(そんなことができる存在はルミナスくらいだろう)
女神ルミナス―――蓮をこの世界に召喚した張本人にして、神力の大元の存在。彼女ならば記憶の封印くらいたやすくやってのけるだろうと蓮は踏んでいた。
(千年後に飛ばした事といい、行動に謎が多すぎる)
そこで蓮は思考を打ち切った。
(いずれ会いに行く予定ではあるし、今考えてもしょうがないか)
そう考えた蓮はこれから行われようとしていることに意識を向けた。
視線の先ではアリアが“天軍”に対して集まってくれたことへの感謝、そして蓮の事を説明していた。
皆が視線を向けしっかり話を聞いている姿を見るに、アリアは“天軍”の中でかなりの信頼を得ていることが読み取れた。
(アリアはただ一人残った“天部”の末裔でもあるし、さもあり何って感じだね)
蓮が内心アリア評価を上げていると、そのアリアがこちらを向き手招きしてきた。
「出番だね、レン兄!」
「……ああ」
蓮は先ほどから尊敬の眼差しでこちらを見てくるラインを残してアリアの元へ歩み寄っていく。
「ではこれより我らの主となるレン殿からお言葉をいただく」
アリアはそう言うと、蓮に目配せして後ろに下がっていった。
(こういうのは苦手なんだけどな)
蓮は短く息を吐くと、眼前に集う人々を見渡し口を開いた。
「まずは集まってくれたことに感謝する。僕の名は蓮。英雄王シュバルツの末裔だ」
決して大声ではなかった。
「諸君らが祖先の言い伝えを守り、千年もの間“天軍”という居場所を守ってくれたおかげで今、こうして僕はここに居る」
普通の声量―――とても一万を超える人々の耳に届くものではなかった。
「僕には成し遂げたいことがある。そのためには諸君らが必要だ」
しかしこの場に居る誰もがその言葉を聞き届けた。誰もが少年の言葉に意識を奪われた。
「しかし、その道のりは険しく多くの犠牲を伴うものだ」
風は止み、周囲の森にいるはずの動物の鳴き声すら聞こえない。
「だが、それでも僕は歩みを止めることはないだろう」
天の声、地の声、人の声―――すべてが失われた静寂の中、少年の声のみが響き渡った。
「それでもなお僕について来てくれる者がいるのなら―――」
黒髪黒目―――双黒の少年が右手を上げ、人々に向ける。
「どうか僕に力を貸してほしい。そしてともに再び世界に轟かそう」
白銀の衣を身に纏ったその姿はまさに神話の英雄王。
「“天軍”の名を!」
誰もがそれを疑うことなく受け入れた。
静寂―――そして―――
『うおぉおおおおおおお!!!』
一拍遅れて歓声が辺りを覆い尽くした。
誰もが興奮した顔で足を踏み鳴らし、両手を天に突き上げ少年の―――否、自分たちの主に応えた。
それを見て取った蓮は安堵の息を吐き、自然と浮かんできた笑みを隠さずに佇んだ。
「素晴らしい演説でしたよ、わが主」
その声に後ろを見やれば、アリアが感極まった様子でこちらを見つめていた。瞳がうるんだその姿は淡麗な容姿と相まって実に魅力的であった。
(って、何を考えているんだ僕は……緊張から解放された反動かな……うん、そういう事にしておこう)
久しぶりの演説だったが故に、かなり緊張していたがどうやら上手くいったらしい。
蓮はもう一度前を向き、沸き上っている人々を見渡す。
(……ん?あれは……)
人々を見渡していると視界にラインを捉えた。“天軍”の皆と一緒になって歓声を上げているようだ。
「……」
そっと、肩をすくめる蓮であった。
次回からはいよいよ蓮なりの征伐へ向かいます。




