一話
太陽が木々を照らしている。暖かな春の陽気が、森を包み込んでいた。
穏やかな風景。しかし、そこに異物が紛れ込んでいる。
それは―――人だった。まだ少年と言ってよい年齢の男。
少年は黒髪に、白銀の軍服を纏っていた。
「う……あぁ……」
その少年、ノクトはうめき声をあげながら地面から起き上がる。
「なんだか悪夢を見ていた様な…そんな気がするな」
そして辺りを見渡す―――
「えっ、ここはいったい何処なんだ…?」
呆然とした。
(僕は確か帝城の露台にいて…これから演説があるからって言われて…言われて?誰に?)
思い出せない。とても大切な人だった気がするのだが…どうしても姿かたちや名前が出てこない。
(…思い出せないなら仕方ない。時間がたてば思い出せるかもしれない。今は自分の現状を把握すべきだ)
「まずは、ここがシュテルンなのか…それを確認してみるか」
ノクトはそう言って、目の前の虚空に右手をかざす。
すると、どこからともなく光の粒子が集まり始める。それは瞬く間に光り輝く剣に変化する。
「おっ、ちゃんと出てきてくれたか」
その剣の名は“白帝”。かつて神が人族に授けた“覇彩剣五帝”という五振りの剣、その内の一振りだ。そして、この剣は異世界シュテルンでしか顕現できないという特徴がある。逆に言えば、出せればここはシュテルン、ということになる。
(此処はシュテルンなのか…別な世界とかに飛ばされてなくてよかった)
ノクトは安堵の息を吐く。他の世界に飛ばされていたらと、気が気でなかったのだ。
そして自分の身体を見下ろして、
「ということは…よかった、ちゃんと着てる」
また安堵の息を零す。そこには“天銀皇”と呼ばれる白銀の軍服があった。
“天銀皇”とは、魔族との戦争の最中に手に入れた意思を持った特殊な外套だ。姿を自在に変えることができ、今はアインツ帝国の軍服に変化している。
(この世界はシュテルンで、記憶を除けば自分の状態に変化はない…なら次は、ここがシュテルンのどの辺りなのかってことを把握すべき…いや、その前に)
「自分になにが起こったのか、それを考えるべきだよな」
自分に言い聞かせるかのようにそう呟く。
(状況的に、帝城の露台から転移したってことだけは容易に想像がつくけど…)
何故転移したのか、それを考える必要がある。
(あの時、突然視界が白く染まって…それからだれかが僕を呼んでる声が聞こえて…そして…そして……そうだ!ルミナス、あの神の姿が見えて…謝っていた?ような気がするな)
ノクトは必死に記憶をたどる―――が、それ以上は、思い出せなかった。
「う~ん、記憶がいまいちはっきりしないけど…おそらく、ルミナスに転移させられたんだろうな」
そう結論づけることにした。ふと、そこで疑問がわく。
(何故、今更転移なんかしたんだ?しかもシュテルン内に。人族を救うって役目を果たしたから、元の世界に帰すっていうなら、まだ理解はできるんだけど)
もっとも、そうなった場合、理解はするが納得はできないのだが。
「まぁ、元の世界にいきなり帰されなかっただけましかな。帰るにしたって、皆に別れを言ったりしたいし」
いきなり連れてこられて、役目が終わったら即座に帰す、という最悪の展開にならなかっただけでも御の字だ。なにせ自分にはそれを防ぐ力はないのだから。
(記憶の事といい、転移のことといい分かっていないことは沢山ある…これからどうすべきか)
ノクトはこれからの事を考える。
(まずは、この森から出てみよう。開けた所に出ればここが何処か分かるかもしれない…分からなかったら、人を探して聞けば問題ないかな)
魔族を駆逐した今の世であれば、人は大陸中を自由に闊歩することができる。ならば、適当にぶらつけば会うのはたやすいはず、とノクトは考えた。
「さて、考えを纏めたところで行こうかな」
そうつぶやくと、ノクトは森の中を歩き始めた。