四話
続きです。
案内されたのは神聖殿最奥の間―――の一つ手前にある巫女の間だった。
「どうぞおかけください」
そう言って緋巫女は部屋の中央にある椅子を指し示した。椅子は白く輝いており、部屋に満ちる空気と相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。丸机を囲むようにして人数分そろっていた。
「じゃあ、失礼して……」
「……」
蓮は自然体のまま座ったが、ラインは緊張しているのか無言だった。
(神聖殿の空気にっていうよりは、緋巫女にかな)
蓮の目から見ても緋巫女は美しい女性だと思う。加えて神秘的な、それでいて妖艶な雰囲気を醸し出しているのだから、緊張するのは仕方がないことだと思われた。
そんなラインの様子を見かねたのか、緋巫女はおもむろに語りかけた。
「私はルージュと申します。そちらのお方はシュバルツ陛下の末裔のレン様、ですよね。それであなたのお名前は……」
「え、お、おれ!?……あの、その……」
いきなり話しかけられ慌てふためくライン。そんなラインの様子をルージュはおだやかな表情で見つめ、
「ふふ、そんなにあわてなくてもよいのですよ。私は別に偉い人などではありませんから」
と、緊張をほぐすかのように言った。
その言動にいくらか緊張が和らいだのか、ぎこちないながらも笑みを浮かべたラインは、
「えっと……おれの名前はラインです!年は十四です!」
と、聞かれてもないことまで答えてしまう。
ルージュはその返答を聞くと、思わずといった様子で笑い声を上げた。その優しげな笑みは見るもの全てに好印象を抱かせるものだった。
「え、ええっ!お、おれなんか変な事いったかな」
ラインが不安げにそう告げれば、
「いえ、なんだか可愛らしくてつい……」
と、ルージュは笑いを抑えながら言った。
(そういえば初代緋巫女もこんな感じだったな)
千年前の事を思い出し、自然と笑みを浮かべた蓮。
穏やかな、それでいて楽しげな空気が巫女の間に満ちていた。
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それからいくつかの雑談を交え、場の空気が和んだころを見計らい蓮は切り出した。
「それで本題に入りたいのですが……」
「ええ、レン様がシュバルツ陛下の末裔なのかを確かめる、そうでしたよね?」
「はい、それが皇帝陛下からの命でして……」
蓮が首肯すれば、ルージュはおもむろに立ち上がり、
「では早速確かめるとしましょう。レン様はついて来てください」
と、言いながら部屋の奥に存在している大扉へと向かっていく。
「あの、おれは……」
「ここからは限られたごく一部の者しか入れないのです。なのでライン君は……そうですね……まずはお風呂に入るといいですよ。長旅でお疲れでしょうし……ね」
ルージュは片目を瞑りながら茶目っ気を多分に含んだ声でそう言うと、いつの間にか部屋に入ってきていた巫女服の女性に視線を送った。
その視線を受けた女性は軽く頭を下げると、
「ではご案内させていただきます」
と、ラインを連れて部屋を出て行く。
ラインは部屋を出ていく際に不安げな視線をこちらに送ってきたので、蓮は安心させるために笑みを浮かべ頷いておいた。
「さ、こちらへ」
そんな蓮を急かすかのようにルージュは大扉の前で手招きしている。蓮はその姿に苦笑しながらも歩みよって行った。
近づくとルージュが大扉に手を当てなにやら呟いているのが見て取れた。
「何をしているんだい?」
「扉を開けるために神力を流しています。なので少しお待ちになられてください」
その返答に首をかしげる蓮。
(おかしいな、以前は誰でも開けられたはずだけど……)
千年前は、神力を持たないリヒトや持ってはいるが全く操れない蓮でも普通に開けれたのだが……どうやら今は違うらしい。
蓮がそんな事を考えている間に神力を流し終えたらしく、大扉がひとりでに開き始めていた。
「驚きましたか?」
不意にルージュが聞いてくる。
それにどう答えようかと一瞬迷った蓮だったが、すぐさま答える。
「えっと、そうだね。神力を使う場面に立ち会うなんて初めて―――」
「ふふ、ウソはよくありませんよ、レン様」
蓮の言葉を即座に否定するルージュ。何らかの確信を含んだ声色に蓮は思わず動きを止める。
(まさか気付いたのか?……いや、しかし……)
蓮はある仮定をしてしまう。目の前にいる女性が蓮の正体に気付いているという仮定を。
(いや、ありえない。常識的に考えて千年前の人物が生きていたなんて普通は考えない)
ルージュは深く考えこんでいる蓮を置いて扉の先へと歩いて行った。そして部屋の中ほどまで到達すると蓮の方へと振り返り、笑みを向けてくる。
「どうしたのですかレン様?お早くこちらへいらしてください」
「あ、ああ」
蓮は笑みを取り繕うとルージュの方へ歩み寄る。すると背後で扉が音を立てて閉まった。
この部屋は神聖殿の最奥に位置し、名を祈りの間といった。室内であるにもかかわらず草木が生息しており、小川までも存在していた。加えて上からは木漏れ日が差し込んでいる。
千年前と変わらない室内だったが、蓮の胸中には不安が湧き上がっていた。
その不安を隠し、ルージュの前に立つ。
するとルージュは先ほどまでの妖艶な笑みとは打って変わって、嬉しさと悲しさが入り混じったような表情を浮かべると、蓮の頭を抱き寄せて、
「御無事で何よりです……シュバルツ陛下」
と、耳元でささやくのだった。




