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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
最終章 その未来は
219/223

決着

続きです。

 ルナはマーニュに教えられ、神門を抜けて神界へと向かっていた。

 見渡す限り白一色――されど惑うことはない。

 何故なら既にルナは〝王〟として覚醒していたからだ。


「レン……待ってて。必ずあなたを救って見せるから」


 もう迷いはない。覚悟は決まっていて、決意は済ませてある。

 

 白き外套が揺れ、白銀の長髪が躍る。

 蒼穹を思わす右眼と銀に輝く神秘の左眼は〝未来〟(まえ)だけを見据えていた。

 右手には翠剣――〝翠帝〟(ミストルティン)を携え、その身体には守護するように風が纏わりついている。


 アインス大帝国、第五十代皇帝としての風格は王者のそれであり、覇者の息吹を感じさせるものだ。

 竜章鳳姿――威厳に満ち溢れ、神秘を湛える姿はもはや英雄と呼ぶに相応しい。


 圧倒的な覇気を放ちながらルナが歩を進めれば、やがてたどり着いたのは白亜の大扉である。

 扉に手を当てれば、その先から放たれる激烈な力の波動を感じることができる。

 寒々しい気配――なれどルナは落ち着いていた。

 そこに混じる想い人の気配に気づいたからだ。


「ふぅ…………」


 深呼吸を一つ。

 この先に進めばもう後戻りはできない。勝利か敗北か、二つに一つの未来を得るまで現世には帰ってこられないだろう。

 

「…………よし」


 己に活を入れなおしたルナは左手に力を込め――大扉を押し開けた。



 そこは――神話の世界だった。



 まず視界に捉えたのは倒れ伏す女性。特徴的な紫髪から即座に恋敵だと悟ることができた。

 彼女の様子も心配ではあったが、それより注目すべきは現在進行形で行われている戦闘だろう。

 いや、そもそもこれを戦闘と呼んでいいものか。

 そう思ってしまうほどに、眼前の光景は瞠目すべきものだった。


 剣戟を奏でる二人の奏者。彼らの戦闘速度は異常の一言であり、〝王〟として覚醒していなければルナは眼で追うことすらできなかったであろう。

 

 黒衣が翻り、黒き刀が縦横無尽に踊り狂う。その合間を縫って夜空の如き剣が奔っている。

 深紅と漆黒の瞳を持ち、射干玉のような黒髪を携える少年――蓮が戦っていた。

 二刀流から生み出される絶技は圧巻の一言。

 されど対峙する相手はそれに対処しているのだから驚きだ。


 髪も肌も、来ている服さえも白――病的だと感じるほどの透明度を持つ女性だった。

 更には携える剣すら白なのだから神秘的といえよう――が、ルナが感じたのは嫌悪感である。

 何故なら、女性の口元は禍々しいほどに歪んでいて、双眸は悦楽を湛えていたからだ。

 この世全てを愉しんでいるような気配。間違いない、この女性こそが真の敵であるとルナは確信した。


 千年前から今日に至るまで、世界を、そこに住まう人々を玩具として利用し続けた女性。

 世界の敵、打倒すべき存在。

〝世界神〟を騙る偽りの唯一神――その名は〝創造王〟(ルミナス)

 彼女は終始、蓮を圧倒していた。


「ハハハッ!どうしたんだい、レン?威勢の良い啖呵を切っておいてその程度かい?」

「舐めるなっ!」


 喜悦を弾けさせる〝創造王〟に、蓮は果敢に挑む。

 二刀を以って斬撃の嵐を生み出し、時には体術を織り交ぜて。

 更には身に纏う黒衣が裾を尖らせ、〝創造王〟の柔肌を貫こうと襲う。


 だが――届かない。

 黒刀は弾かれ、夜空の如き剣は避けられる。

 黒槍は〝創造王〟の肌を貫通させられない――否、彼女が身体に張り巡らせている神力による障壁に防がれていた。


 あの(、、)蓮の攻撃すら届かないとは……一体どれほどの武力を所持しているのかと戦慄してしまう。

 そうしている内に〝創造王〟が笑みを深めて言った。


「ふふ、全て無駄なんだよ。兄弟姉妹――〝王〟たちによる弱体化、〝死玉〟による干渉、〝黒帝〟による攻撃……〝七星剣〟、だったかな?それすらも当たらなければ何の問題にもならない」


 饒舌は留まるところを知らず、白き剣による攻撃と共に加速していく。


「つまるところ……キミの負けは初めから確定していたんだよ、レン。〝創造〟という万能の権能を保有する私はあらゆる障害に対して、対抗する術を編み出せる。かつて他の〝王〟を越える神力という概念を生み出したようにねぇ」

「……黙れ」

「多少、想定外があったけどさ。無意味だったんだよ。何もかもが私の前では通用しない」

「黙れッ!」


 怒りの声を上げ、蓮は二刀を振りぬく。

 しかし、〝創造王〟はあっさりと手にする剣で打ち払うと、地を蹴って後方に下がった。

 そして嘆息を溢して肩をすくめて見せた。


「キミの諦めない姿はなかなかにそそるけど……いい加減飽きたな。そろそろ終わりにしよう」


 手にする白き剣――切っ先を天に掲げ、柄を胸元まで上げる。

 そして、囁くように言った。



「神話とは――唯一にして無二である」



 その一言は絶大なる神威を顕現させ、三千世界に遍く轟いた。

 神力が迸り、大気を、空間を染め上げていく。



「汝、憧憬を抱き、歓喜に震え、光輝と共に涙せよ」



 福音が――世界に響き渡る。

 大いなる波動が突き抜け、誰もが畏敬を抱いた。



「創世の光で照らせ――〝至聖〟(サンクトゥス)



 白き剣――〝至聖〟から神々しい光が放たれる。

 それは神威の体現にして絶大なる神力の具現化だ。

 


「我が名は――〝創造王〟(ルミナス)



 千年にも亘り、世界を支配してきた〝王〟の名が告げられる。

 抑えることを止めた覇気が止めどなくあふれ出し、万物万象はひれ伏すしかない。



「新世界を生み出す者なり」



 ――〝福音〟(ホーリー)



〝創造王〟が――笑う、哂う、嗤う。

 喜悦を湛え、歓喜を迸らせ、満面の笑みを浮かべる。

 そして〝至聖〟の切っ先を蓮に向け、言った。 



「仰ぎ見よ、至高なる我を」



 ――聖神栄光(グローリア)



 極光が放たれ、蓮に襲い掛かる。

 その時には既に、ルナの身体は動き出していた。



 *



 迫りくる圧倒的な攻撃に、蓮は覚悟を決めざるを得なかった。


(〝黒帝〟と〝七星剣〟で……切るしかない)


 万物万象を殺す〝黒帝〟と、神力を断絶する〝七星剣〟を以って挑むしか活路はない。

 しかし、迫りくる膨大な神力を果たして相殺できるだろうかと疑念を抱いてしまう。

 けれども他に道はなく、加えて〝王〟としての全力を防ぎきれば、さしもの〝創造王〟といえど隙が生まれるはずだ。


(そこを突くしかないか)


〝創造王〟は蓮の想像をはるかに超える強さであり、打つ手が次々といなされていったときは絶望を抱いたものだ。

 故にこの一撃――最大最強の攻撃を防ぎ切った後に生まれるであろう隙を突くしかないと考えた。


 覚悟を決めた蓮の意志に呼応するように、黒刀は濃密な闇を生み出し、夜空の剣は星々を煌かせる。

 

 二刀を携え、闘志を抱いた蓮に――極光が襲い掛かる。


「お、オォオオオオオッッ!!」


 雄たけび、空間を劈く。

 極光――膨大な神力の塊を切り裂こうと、蓮が気迫に満ちた表情で二刀を振り下ろす。

 死という概念と神力を断絶させる力――その二つを以ってしても拮抗状態がやっとといったところだ。


(負けるわけにはいかない……!)


 そんな蓮の思いとは裏腹に、徐々に両腕が持ち上げられていく。

 異なる二つの力を以てしても、圧倒的な一にはかなわないのか。


「ぐ、うぅ……」


 足が床に沈み込む。耐え切れなかった床はひび割れ、破壊されていた。


(こんな、ところで……っ!)


 ――負けるのか。


 そう、諦念が過ぎった時である。



「諦めないで!」



 聞こえるはずのない声だ。置いてきたはずだった。

 ありえないと否定をしても、隣に立ち、翠剣を〝聖神栄光〟に突き刺す女性の姿が事実だと訴えてくる。


 アインス大帝国、第五十代皇帝にして初の女帝。〝戦乙女〟と名高き〝翠帝〟の所持者。

 何より蓮に想いを告げてきたあの時の姿が忘れられない。


「ルナ……!?」


 こんな時だというのに、蓮は思わず驚愕の声を上げてしまう。

 一方、ルナは銀髪を躍らせて艶美な微笑みを向けてくる。


「どうして、なんて言わないで。私は今、私自身の決意と意志でここにいるんだから」


 その言葉に秘められた想いの強さ――感じ取った蓮は口を噤む。

 言いたいことは山ほどあったけれど、覚悟を孕んだルナの顔を見てしまえば黙らざるを得ない。

 文句は言えない。その代わりに蓮は――ルナに言った。


「キミの力が必要だ。僕が頼める義理じゃないけど……お願いできるかな」


 ルナは眼を見開いて歓喜に打ち震えた。

 ずっと待っていた言葉だ。どれほどこの時を待ち望んだことか。守られるのではなく、共に歩み、立ち向かいたいという願いは今、まさに叶ったのである。


「ん……任せて」


 だからこそ、そう告げる。簡潔、質素であったが、そこには万感の想いが込められていた。

 

 ルナは一度眼を瞑って、大きく深呼吸する。

 再び眼を開いた時――そこには穏やかで温かい、けれども力強い光が宿っていた。



「愛とは――永久の希望である」



 静かに世界に響き渡ったルナの声は――世界を魅了した。

 その優雅で、艶美で、なにより鮮烈な声音は強烈な魅了を孕んでいる。



「汝、栄光を掴み、幸福を享受し、天寿を全うせよ」



 それは〝王〟だけに許された特権であり、王権(レガリア)

 故に隣に立つ蓮は驚愕を露わにし、対する〝創造王〟も唖然、絶句している。

 当然だ――〝王〟は、神は世界に六柱しかいないはずなのだから。



「輝ける未来を齎せ――〝翠帝〟(ミストルティン)



 翠剣が輝き、大いなる風が吹き荒れる。

 運ぶのは希望と未来――偽りなき光輝である。


 今やルナは神威に満ち溢れていた。

 左眼――〝地眼〟は銀の輝きを煌かせ、同色の長髪は光の粒子を放っている。

 全身には風が巻き付き、更に銀の帳で覆われていた。

 その姿はまさに〝王〟の一柱であることを如実に表している。



「我が名は――〝月光王〟(ディアナ)



 告げられしは――第七の〝王〟の御名。

 誰もが想定していなかった――想像すらしなかった想定外(イレギュラー)

 その成り立ちを、この場にいる者で理解しているのは当人だけ。

 もっとも、それを知ったところでありえないと言ってしまうことは想像に難くない。


 よもや誰も思わないだろう。まさかかつて唯一神が己が権能を六つに分けた時、零れ落ちた僅かな力の残滓――絞り粕のようなものが、千年という永い時を経て〝王〟としての権能となり、しかもそれが一人の人族に宿るなどとは。


 知っていたのは今は亡きソフィアだけ。ルナに分かるのは彼女にとっても嬉しい誤算だったということだけだ。

 そしてルナにとっても嬉しい事だ。だって、この力で想い人を守れるから。



「遍く天地を祝福する者なり」



 ――〝回帰〟(リユニオン)



 決意は固めた、覚悟も決めた。

 故に人を止めることへの迷いは――もうなかった。


 ルナの想いに応えるようにして、〝翠帝〟が激烈な覇気を放つ。

 同時に不可思議な現象が起き、蓮は瞠目した。


「ソフィー……っ!?」


 間違いない。今、確かにルナの背後にソフィアの姿があった。

 半透明ではあったが、彼女は慈愛を湛えた笑みを浮かべて、ルナの両肩に手を置いている。

 それは励ましか、あるいは――。



「安寧たる時間を与えよう」



 ――生命流転(ユグドラシル)



 瞬間、世界に――花々が咲き誇った。

 白一色だった神界が鮮やかに彩られていく。

 ルナを起点として、床が緑に覆われていく。

 地面――土が生まれ、その上に草花が咲き乱れる。

 天井はどこまでも続く蒼穹へと変貌を遂げた。


 世界の再編――このようなことが可能なのは〝王〟だけ。故にこの風景こそがルナが〝王〟たるなによりの証拠であった。

 そして――、


「っ、ば、馬鹿な!?」


〝創造王〟が更なる驚愕の声を上げる。

 理由は明白で、己が全力――〝聖神栄光〟が掻き消えたからである。

 まるでこれがあるべき状態であると言わんばかりに、一瞬にして神力が霧散したのである。


 極限の動揺に襲われている〝創造王〟の姿を確認したルナは、蓮に向かって告げる。


「勝機は今――レン!!」


 告げられた蓮は事態をすぐさま受け入れ、ルナに感謝の念を宿した視線を投げる。

 そしてここが正念場だと、全力を出すことを決意した。



「死とは――約束されし安息である」



 刹那、世界が黒に染まる。

 草花も、大気も、空間も、時さえもが黒に染まり逝く。



「汝、終極の昏さを知り、終末に身を堕とし、終焉に跪け」



〝王〟の詠唱を聞いた〝創造王〟が、焦りを浮かべて対処しようとするも――動けない。

 何事だと足元を見やれば、両足が地面と同化(、、)していた。


「な、なんだこれはァアアアアッ!?」


 叫び、〝至聖〟で地を抉るも、その剣すらも周囲の草花に絡みつかれて取り込まれてしまう。

 

 これぞ〝月光王〟の力。全てをあるべき姿へと還す――大いなる自然へと、母なる大地へと還す力である。



「深淵に誘え――〝黒帝〟(フラガラッハ)



〝創造王〟が〝月光王〟の力に抗っている間にも、〝黒天王〟の詠唱は続く。

 闇が広がりを見せ、大自然が死滅し始める。

 空間が侵食され、世界に絶望が産み落とされた。



「我が名は――〝黒天王〟(ウラノス)



 死絶の闇が全てを喰らい尽くす。

 全てが終わった世界でただ一人、蓮だけが行動を許される。



「森羅万象を喰らう者なり」



 ――〝常闇〟(レクイエム)



 殺意に輝く真紅の右眼と、哀哭に嘆く左眼が〝創造王〟を捉える。

 そして狙いを定めるように細められ、黒刀の切っ先が向けられた。

 今までと違うのは黒刀に、夜空の剣――〝七星剣〟(ステラ)が添えられたことだろう。

 これによって〝死〟は〝神力の断絶〟という力を合わせた新たな概念へと昇華した。



「死を想え、罪人よ」



 蓮は穏やかに、けれどありったけの殺意を込めて囁くように言った。



 ――天喰黒淵(ナハトルイン)



 死の闇が牙を剝き、〝創造王〟を飲み込んだ。

 悲鳴も、想いも、野望も、欲望も――全てを喰らい尽くしていく。


 闇が掻き消えた時――そこには誰も居なかった。 

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