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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
最終章 その未来は
214/223

それぞれの想い

続きです。

 千年前の呪い(シャルル)現代の想い(ルナ)が激突した頃。


 蓮はマーニュと共に大聖堂を駆けていた。

 

「それで、奴の居場所に検討はついているのかい?」

「〝聖女〟様がいつも日課として出入りしている〝祈りの間〟と呼ばれる場所よ。そこは〝聖女〟様以外誰も入れないから確実ではないけれど……」

「入れないというのは戒律でなのか、それとも物理的に不可能なのか――」

「物理的によ。神力を操作できないと開けられない扉なのよ」


〝聖女〟あるいは〝世界神〟本人かその眷属しか入れない一室。

 十中八九、そこに神界へと繋がる〝門〟があるに違いなかった。


(神力は操作できないけど……問題はない)


 蓮が所持する〝黒帝〟は万物を死滅させる。その力に抗える例外など同じ〝王〟か、もしくは〝天孫降臨〟した覇彩剣五帝所持者くらいなものだろう。


(それにしても〝天孫降臨〟か……)


 蓮の知識には無い覇彩剣五帝の力。知ったのは三年前の第一次宗教戦争の時である。

 使用すれば絶大な力を得ることができ、それは〝王〟にすら届きうるものであった。


(けど、あれは危険すぎる)


 ただでさえ覇彩剣五帝は所持者に負荷をかける。人の身に余る力は時に命すら削りうるものだ。


(ルナ……)


 銀髪の女帝を思い出せば、胸中に浮かぶのは温かで優しい感情だった。

 まるで満月が発する光のように彼女は慈愛でもって包み込んでくれる。


(……僕には触れられない――いや、触れてはいけないのか)


 月や太陽と闇が共生することはできない。光の中では闇は生きていけないのだ。


 自然とこぼれる自嘲の笑みは、前方を往くマーニュが立ち止まったことで消え去る。


「……着いたわよ」


 僅かに緊張を含んだ声音で言うマーニュに、蓮は頷きを返して視線を正面に向ける。

 そこには白亜の大扉があり、隙間から神力の波動が漏れ出ていた。


 蓮はマーニュへと向き直るとおもむろに告げる。


「マーニュ、キミとはここまでだ。ここからは僕一人で往く。――誓約を果たす時がきたんだ」


 三年前に交わした誓約。蓮に従えばアーサーを見逃し、更に時が来たらマーニュも解放する、というものである。


「私としては願ったりかなったりだけど……本当にいいの?」


 含まれているのは心配と懸念。敵同士であったとはいえ、三年という月日を共にしたことで思うところがあるのだろう。

 ありがたいことだが、だからこそ共に死地へと赴かせることはできない。


「……その気持ちだけで十分さ。ああ、それとアーサーに会ったら伝えてくれ。――誓約は成った、と」

「?……まあ、いいわ。気をつけなさいよ。相手はあの〝世界神〟なんだから」

「分かっているよ。キミも気を付けるんだ。アーサーと合流したらすぐに大聖堂から出た方がいい」


 これから行われる戦いは神界でのものであるが、その余波が地上に伝わらないとは限らない。


 最後に忠告をした蓮に背を向けて、マーニュが走り去っていく。その背を感謝の念と共に見送った蓮は改めて大扉を見やる。すると扉が僅かに開いていることに気が付いた。


「妙だな……まあ、いいか」


 罠かもしれないが、〝力〟を温存できるという利点に眼を向けよう。

 そう考えなおした蓮は両手を大扉につき、力を込めて一気に押し開けた。

 瞬間、中から膨大な神力があふれ出し、蓮の身体に襲い掛かった。


「ちっ、邪魔だ」


 舌打ちを一つ、片腕を横薙いだ。

 たったそれだけの動作、されど生み出された風は力強く神力を押し流していく。

 

 神力が晴れれば、部屋の奥に鎮座する物体が見えてくる。

 中心部に不可思議な渦を発生させている鳥居のような存在。

 天界、あるいは神界と呼ばれる空間と地上とを繋ぐ〝門〟である。


「……往くか」


 これより先は死地――二度と戻っては来られないだろう。

 蓮は自分を想ってくれる存在を思い浮かべ……振り払った。


(過去を清算し、罪を償う――この命に代えても)


 そして、蓮は〝門〟に足を踏み入れるのだった。



 *****



 時は少し遡る。


〝聖女〟シャルルによって生み出されていた結界が破られ、蓮が三つ首の黒竜に乗ってパラディースに突入する光景を眺めていた者がいた。

〝世界神〟――〝創造王〟(ルミナス)である。


「フフ……ハハハッ!なるほど、これは一本取られたよ、レン!」


 大笑する〝世界神〟の左眼――〝地眼〟(イザナミ)が大聖堂の内部を捉えている。

 そこには怒気を露わにして金髪の青年と戦う〝聖女〟の姿があった。


「まさかアーサーを裏切らせるとは……これは三年前の仕込みかな?」


 予想外の展開――なれど、焦りはない。

 何故ならアーサーでは〝聖女〟には勝てないからだ。


「ま、こればっかりは仕方のないことだねぇ。アーサー君は運が悪かったってことで」


 あっさりとそう言ってのけた〝世界神〟は――不意に笑いを収める。

 そして視線を玉座の間の入り口に向けた。


「……おやおや、これはこれは」


 双眸が捉えたのは紫髪紫眼を持つ少女の姿。

 この場には上位天使かもしくは〝聖女〟――シャルルしか入れないはずだが……。


 これまた予想外――されど、〝世界神〟は笑みを浮かべて両腕を広げてみせた。


「やあ、ようこそ客人。アイゼン皇国王妃殿」


 歓迎の意を示せば、返ってくるのは冷笑であった。


「唯一神を気取る哀れな〝王〟の歓待など受けたくもありません。……やはりと言うべきか、これで確信しました」

「何をだい?」

「〝神〟はただ一人、我が夫のみが相応しいということです」


 少女――アイゼン皇国王妃、ミルト・フォン・アイゼンはそう言って手にしていた剣の切っ先を向けてくる。 

 青く透き通った剣を見て、一目で理解した――否、理解させられてしまう。


「……なるほど。私の〝眼〟と〝力〟を搔い潜れたのはその剣のおかげってわけか」


 千里眼たる〝地眼〟と、五大冥王すら超える〝神力〟。この二つを人の身で欺くことのできる方法がたった一つだけあることを〝世界神〟は知っていた。


〝悪喰〟(グラム)――あらゆる〝力〟を喰らう魔剣か」

「流石に〝世界神〟を名乗るだけのことはありますね。その通りですよ」


 知ったところで……と言い放ちながら歩を進めてくるミルト。神を前に尊大な態度であった。

 しかし、〝世界神〟は笑みを浮かべて崩さない。

 悠々と玉座に座り、蛇を思わせる笑顔を湛えていた。

 

 そして――、


「神力を使えないあなたなど恐れるに足りません――死になさい!」


 ミルトが地を蹴って〝悪喰〟で切りかかってきた。

 

 五大冥王の魔法により力は激減し、更には〝悪喰〟の天恵で完全に使えなくなっている。

 眷属たる天使は人族の手によって討たれたか、あるいは足止めを喰らっている。

 どう考えても〝世界神〟に勝機などない。



 それは――間違いであった。



 青き剣が〝世界神〟の頭部に触れる刹那、彼女の右手が跳ね上がった。

 次いで硬質な音が玉座の間に響き渡る。


「――なっ!?」


 驚愕の声を上げたミルト。

 振り下ろした剣はいつの間に現出させたのか、〝世界神〟が持つ白き剣によって防がれていた。


「キミは一つ、大きな勘違いをしている」

「え――がはっ!?」


 呆けた声を上げたかと思えば、次の瞬間には苦痛に満ちた声に変わる。

〝世界神〟が圧倒的な膂力で以って〝悪喰〟を跳ね返し、更には宙に浮いたミルトの腹部に掌底を打ち込んだからであった。


 吹き飛ぶミルト、〝世界神〟は肩を震わせている。

 やがてこらえきれなくなったのか、笑い声を響かせた。


「……く、はは……アハハハハハッ!いやぁ、なかなかに面白い。キミには道化の才があるよ」

「あ、ぐぅ……な、なんで……?」


 受け身もとれず大理石の床に転がったミルトが苦痛に塗れた声を発せば、〝世界神〟は心底おかしいとばかりに嗤った。


「何故、この結果になったかって?当たり前じゃないか。たとえ〝力〟が封じられていようとも、キミが〝悪喰〟の天恵で強化されていようとも!神たる私に勝てるわけない(、、、、、、、)じゃないか」


 よく考えてみれば当然のことである。

 神である〝世界神〟と人族であるミルト――種族の差による身体能力の差は歴然なのだから。

 要するに――生まれ持った能力に差がありすぎるのだ。


「そ、んな……」


 絶望を顔によぎらせるミルトを見て、〝世界神〟の愉悦は高まった。


「ハハッ!いいねぇ、その顔!勝利を確信していた顔が一転して敗北の色に染まる!いい、本当にいいよ!最高だよ!」


 玉座がなければ嗤い転げていた、とばかりに大笑する〝世界神〟。

 

 対してミルトは――立ち上がった。

 剣を支えに、己を奮い立たせて、抗う意志を見せる。


 戦意衰えない彼女の顔を見た〝世界神〟は笑い声を止めて、眉根を寄せた。その双眸は不愉快だと物語っている。


「……なんだい、その顔は。もっと絶望しろよ、なあ?キミはどう足掻いても勝てないって理解できてないのかな?」

「……本当は理解していました」


 囁くように発せられた言葉に、再び喜悦を浮かべようとした〝世界神〟だったが、直後続けられた言葉に黙ってしまう。


「レン様は……〝黒天王〟様は私の兄の代わりにはなれないのだと。レン様はただわたしのわがままに付き合ってくれていただけなのだと」


 当時十四歳にして家族を失い、王として国を纏めていかなくてはならなかったミルトの精神は壊れかかっていた。それを――たまたますぐ傍にいた双黒の少年に無理やり救ってもらったのだ。


「〝お兄様〟と呼び、依存して……本当はそのようなことは歪であると分かっていました。いつか壊れるとも」

 

 だから手放さないようにした。女王という立場を利用して彼に協力を持ち掛け、見返りとして形だけの結婚までして。

 けれど――、


「けれど、レン様の御心が決してわたしには向かないのだと理解していました。あの方はいつもここではないどこかを――そこにいるであろう女性(おもいびと)を〝視〟ていましたから」


 三年間、共に暮らして理解させられた。どれほど誘惑しても決して靡かない彼の瞳は常に遥か遠き場所(かこ)を捉え続けていると。


「……そう悟った時、わたしは諦めました。レン様はわたしの物にはならない」


 でも――想いが色あせることはなかった。否、むしろ日に日に強まるばかりだった。

 何日も考えた。この想いは一体何なのかと。代理家族としての執着は捨てたはずなのに、何故彼に強く惹かれているのかと。


「そして分かりました。この想いは――〝恋〟なのだと」


 いつ、何故など知ったことではない。気が付いた時には手遅れだったのだ。

 恋焦がれ、何処までも求め続けてしまう。

 その先に望まぬ結末が待っていようとも、突き進んでしまうのだ。


「レン様が誰を見ていようとも、誰に惹かれていようとも――関係ありません(、、、、、、、)。わたしは力づくで彼の心を手に入れてみせる。誰が相手であろうとも」


 でもその前に、やるべきことがある。

 想い人の宿敵を討たなければならない。そうしなければ未来(まえ)には進めないのだから。


「だからわたしはここに来ました。あなたを討ち、レン様を手に入れるために!」


 決意の言葉が〝世界神〟に突き刺さり、彼女は心底不愉快だと顔を歪めた。


「……気持ち悪いな。キミさぁ、自分が狂ってるって自覚はある?」

「どのように罵倒されようとも、わたしの想いが変わることはありませんよ」

「ほんっと……気持ち悪いなぁ!ああ、不愉快だ不愉快だっ!」


 玩具の分際で云々……と〝世界神〟がぶつぶつ独り言を呟き、あるいは吐き捨てる。

 そして勢いよく顔を上げると同時に立ち上がった。


「……もういい。キミは不愉快だ。殺してあげるよ、私の手で」


 白光を放つ剣を手に、〝世界神〟が告げる。


「光栄に思うといい。唯一神たる私――〝世界神〟の手で討たれるのだから」


 放たれる激烈な覇気は空間を歪ませるほどに凄まじい。

 だが、それでもミルトは戦意を保ち〝悪喰〟を構える。


「偽りの神――〝創造王〟(ルミナス)!あなたを討伐します!」


 あえて言い方を変えて、ミルトは強大な存在へと挑むのだった。

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