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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
最終章 その未来は
213/223

想いの果てに

続きです。

 エルミナ聖王国首都パラディース――この地を守護していた結界は破られた。

〝黒天王〟(ウラノス)――蓮は眷属たる三つ首の黒竜〝絶対悪〟と、ある誓約を交わし協力関係となっていたエルミナ聖王国のマーニュらと共にパラディース内部へと突入した。


「ちょっと、あいつらついてきてるわよ!?」


 凄まじい速度で飛行する黒竜の背で、蓮にしがみつきながらマーニュが叫んだ。

 振り返れば、そこには夥しい数の天使の群れを認めることができる。


「当然だろう。奴らは僕たちを排除しろと命じられているはずだ。たかが人族の都市に入った程度で止まる道理が無い」

「でもあいつらをどうにかしないと不味いわよ。これじゃあ着地すら出来ないじゃない」


 それもまた道理である。

 今は〝絶対悪〟(アジダハーカ)に乗って空を移動しているから天使が追い付けないでいるが、地上に降り立つ際に追いつかれ、攻撃される恐れがあった。

 加えて降りれたとしても、追撃されるであろうことは明白である。


(……足止め役が必要だな)


 蓮は瞬時に思案し、決断すると視線を下向ける。

 

「〝絶対悪〟、キミに任せてもいいかい?」


 答えは三つの口から放たれた勇ましい咆哮であった。

 千年前、初代〝黒天王〟に酷使されていた所を蓮に救われて以来、彼女が蓮の願いを断ったことなどない。

 今回も――死地に送る命令であると知りながらも、それでも〝絶対悪〟は了承の意を示してくれた。


「ありがとう……本当にキミにはいつも助けられてばかりだ」


 蓮は黒竜の背を優しい手つきで撫でると、顔をマーニュへと向ける。


「時間が無い。今すぐに突入するよ」

「やっぱりそうなるのね……」


 もはや蓮の無茶振りには慣れてきたとばかりに肩をすくめるマーニュ。

 そんな彼女の反応に苦笑を返しながら、蓮は眼下を〝視〟やる。


(〝奴〟の気配は……)


 宿敵の一人である〝世界神〟(ルミナス)の気配を探れば、〝天眼〟(アマテラス)が膨大な力を感じ取った。

 それは王城の後ろにある荘厳な建物から発せられている。


「マーニュ、あの建物はなんだい?」


 と、蓮が問いかければ、


「ああ、あれ?大聖堂よ。〝世界神〟を崇める人たちの総本山みたいなところね」


 マーニュが耳を塞ぐ風音に負けじと声を張り上げた。

 

「……決まりだな」


 小声で言った蓮は半ば確信めいた思いを抱いた。

 あの建物こそ終着点だと、そう感じたのだ。


 蓮は静かに闘志を燃やすと、大声で指示を下す。


「〝絶対悪〟、あそこに向かってくれ!」


 すると聖都上空を旋回中であった黒竜が――一気に降下した。

 凄まじい衝撃が蓮とマーニュを襲う。


「ちょっと!いきなり動く時は先に伝えてって言ったじゃない!」

「悪いね、忘れてた」

「……もうっ!」


 怒りと呆れがないまぜになった声音を発するマーニュに、蓮は飄々と返事をした。

 その間にも後方から天使の攻撃が無数に飛んできていたが、全て蓮が張っておいた防御魔法によって防がれてしまう。

 

 そして――〝絶対悪〟が大聖堂の真上に到着した。


「よし、行くよマーニュ」

「へ?……あんたまさか」

「そのまさかさ。大丈夫、間違って地面に激突しても、キミには神聖剣五天の加護がある」

「そういう問題じゃ――きゃああ!?」


 反論を試みたマーニュの身体を片手で抱き寄せた蓮は、躊躇いなく空中へと身を投じた。

 耳元で発せられるマーニュの悲鳴を聞きながら、蓮は頭上を仰ぐ。

 そこにはこちらを見つめる六つの瞳があった。


「大丈夫、また会えるさ」


 蓮がそう呟いて微笑みかければ、〝絶対悪〟は確かな知性を感じさせる瞳を転じて天使の軍勢を見やった。

 そして、放たれる閃光。


 上空で始まった死闘の気配を感じながら、蓮は〝黒薔薇〟に願う。すると黒衣が広がりをみせて落下の衝撃を相殺した。

 降り立ったのは数ある露台(バルコニー)の一つ。

 

 蓮は抱きかかえていたマーニュを下すと、周囲の気配を探った。

 そうしている間にマーニュが平常に戻って問いかけてくる。


「それで、これからどうするの?」

「……決まっている」


 蓮がマーニュに顔を向ければ、彼女は気圧されたように一歩後ろに下がった。

 深紅に輝く右眼と、哀哭の光を発する左眼から尋常ではない覇気があふれていたからだ。


「全てを終わらせる。……往くよ」


 黒衣を翻した蓮が露台の扉へと向かう。

 その背中をマーニュは追いかけるのだった。



 *****



 一方その頃。


〝天使長〟ミカエルの相手を三人に任せたルナは大聖堂内部へと足を踏み入れていた。

 大聖堂の内部は一つの宗教の総本山にしてはあまりにも閑散としており、人の気配がまったく感じられない。

 どこか不気味さを覚える大聖堂に足音を響かせて走るルナ。

 その胸中は焦燥を感じるべき現実とは正反対に凪いでいた。


(…………掴んだ)


 ソフィアに教わったこの身に宿る()に、遂に手を届かせたルナは、ここでようやく周囲の気配を探る。

 すると左眼が銀色に輝き、視界が一気に加速した。

〝視〟えるのは大陸各地で戦う親しき者たちの姿。

 ライン、ティアナ、レオン、アリア、キール、マリアナ、バルト、ブラン。

 そして――蓮。


(やっと……やっと追いつけた)


 まだ〝世界神〟と彼は対峙していない。

 安堵したルナだったが、眼前の景色が様変わりしたことで〝視〟るのをやめた。


 無機質だった通路を抜けた先には――豪奢な広間があった。

 床一面には絨毯が敷かれており、様々な彫像品が置かれている。壁には無数の絵画が張られていて、天上からはエルミナ聖王国の国旗が垂れ下がっていた。


 警戒しながら周囲を探っていたルナの瞳が、広間の奥に異常を捉える。



 ――血の海が広がっていた。



 夥しい量の鮮血が絨毯を染め上げている。

 その中心には倒れ伏す青年の姿と、立ち尽くす少女の姿があった。


「まったく……不出来な部下を持つと苦労しますね」


 少女が顔を上げ、ルナを見つめてくる。

 金髪碧眼の見目麗しい少女だ。しかし、その魅力は頬に付いている赫で損なわれていた。


「あなたもそうは思いませんか、アインス大帝国現皇帝、ルナさん?」

「……あなたがシャルルね」


 その言葉に少女――ソレイユ・シャルル・ツヴァイ・フォン・アインスが笑みを形作る。うわべだけの、うすら寒い笑みであった。


「ふふっ、正解です。しかし何故私の名前をあなたが知っているので?」

「……ソフィアから――あなたの姉から聞いた」


 この言葉に――否、その名前にシャルルが反応を示す。


「ソフィー……お姉さまですか。…………ふっ、ふふ」


 くつくつと肩を揺らしたシャルルに、ルナが言葉をかけようとして――失敗する。

 何故ならシャルルが感情を爆発させたからだ。


「ははっ!何を言い出すかと思えば、お姉さまは千年前に無様に死にましたよ!忌子のくせにお兄様を――レンを私から奪うから。だから死んだんですよ」


 なのに、そのはずなのに――と、シャルルは一転して激昂する。


「今も――千年経っても私の邪魔をするんですか!お兄様と私を引き裂こうというのですかっ!許せません許しませんよ、ええ絶対に!!」


 凄まじい怒りが伝わってくる。その美貌は憤怒に燃え、彼女の身体からは膨大な神力が噴き出していた。

 

 あまりに急すぎる変貌に言葉を発せられないでいたルナだったが、シャルルの言葉に引っ掛かりを覚えて疑問を口にした。


「……忌子?それは一体どういう……」


 するとシャルルが金の双眸を向けてきた。宿るのは憤怒と殺意である。


「あの人に会ったと言うくせに何も知らないんですか?いえ、どうせあの女のことです。都合の悪いことは言わなかったのでしょうね」


 言って、口端を吊り上げるシャルル。その笑みは壊れていて、どこか悲しげだった。


「言葉通りですよ。あの女は――ソフィア・シン・アイリス・フォン・アインスは、当時のアインス王がどこの馬の骨とも知れない下女との間に設けた、望まれぬ子供なんですよ」

「――――」


 ルナは衝撃のあまり言葉を失う。


(ソフィアが……そんな)


 歴史の闇に葬られた汚点――当事者でも僅かな者しか知らない事実である。

 

「どう思います?そのような女がお兄様と――レンと結ばれるなんてあってはならないとは思いませんか?思いますよね?彼は私のような正統なる王族と結ばれるべきだって」


 狂気を露わにしているシャルルであったが、ルナにはどこか悲しそうに見えた。無理をしているようにも。

 しかし――それを差し引いても今の発言は許しがたい。


「本当にあの女は――」

「黙って」


 ソフィアを侮辱する言葉を並べ立てるシャルルに向かって、ルナは冷たい視線を投げる。

 虹彩異色の双眸は怒りに染まっていた。


「妹のくせに何も知らないみたい。ソフィアがどんな想いでいるのか、知らないくせに――理解しようともしないくせに」


 彼女は千年もの間、ただひたすらに蓮のことを想い続けた。気の遠くなるような年月の果てに、彼が帰ってくることを見越して希望を遺し、それを守り続けた。

 それがどれほど辛く、険しい道のりか理解できないはずもない。愛する人のために千年も待ち続け、しかも直接会うことすら叶わないのだ。


(私だったら……きっと耐えられない)


 ルナは胸元に左手を置いて、思いの丈を吐き出す。


「彼女はとても強い人。あなたのように想いを届かせることを諦めて、歪んだ方法を選ぶなんてことは決してしない。あなたのような人が、彼女を侮辱する資格なんてない!」


 痛烈な言葉が放たれた。それは強烈な意志を孕んでおり、シャルルに突き刺さる。

 けれども、その想いが届くことはなかった。


「……まれ……だまれ、黙れッ!お前に私の何が分かる!想いは届かなくて、ただ見ていることしかできなくて!やっと届かせられると思ったら、今度は千年も待たなくちゃいけなくて!」


 シャルルが本心をさらけ出し、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。


「気の遠くなるような日々だった!沢山の人を裏切って、世界の敵とすら手を組んだ!そして今、やっと……遂に手が届くッ!」


 血を吐くような叫びが広間に響き渡り、膨大な神力が空間を圧迫していく。

 神々しい光がシャルルの右手に収束し――一振りの剣を形取った。

 それを彼女はルナに向けて、


「誰にも邪魔はさせない!今度こそ――この手をお兄様に届かせてみせる!」


 宣言してみせた。


 向けられた明確な敵意と殺意、そして呪いにも似た願い。

 ルナは一度眼を瞑り、大きく深呼吸すると――相棒を喚びだした。

 

 シャルルが吐き出した嫌忌を払うように、清涼な風が広間を通り抜けた。

 風はやがてルナの左手に集うと、弓を形取る。

 覇彩剣五帝――〝翠帝〟の現出である。


「させない。あなたの願い(のろい)は――私が潰えさせる!」


 そして――ルナは躊躇いなく風矢を放った。

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