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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
最終章 その未来は
210/223

黄帝

続きです。

 エルミナ聖王国東部、ヒュムネの町近郊。


 この地においても人族と天使による戦争は続いていた。

 

 天使側は最大である八十万を投入。対してアインス、エルミナ、天軍の連合軍は三十五万八千のみ。

 兵力差は圧倒的、故に一方的な展開にならざるを得ないと思われていた。

 しかし――実際には違った。


「恐れるな!敵の数は確実に減っている。もはや我らと変わらぬぞ!」


 アインス大帝国軍の指揮を女帝ルナから任された大将軍――レオン・トロイア・フォン・フィンガーが大声で鼓舞する。

 すると帰ってくるのは勇ましい喊声だ。

 兵士たちの顔には、連戦による疲労が色濃く出ていたが、それでも士気は衰えずである。

 

 一体何故なのか。

 どのみち戦う以外に他ないという現実もあった。軍属であるが故に命令違反など出来ない……等、様々な理由も挙げられよう。

 けれども――どれも決定的ではない。

 

 一番の理由は彼らの指揮官にあった。

 アインス大帝国が誇る偉大なる武将〝護国五天将〟。その内の一人〝東域天〟――周辺諸国からは〝雷光〟の異名で恐れられる男、レオン大将軍。

 覇彩剣五帝〝黄帝〟(ケラウノス)の所持者としても有名であるこの武人が、一番危険を伴う最前線に立ち続けているからだ。


「ハァアアアアッ!」


 激烈な一振り、天を絶つ。

 レオンが大剣を振るえば、雷撃が天空を縦横無尽に迸って天使を喰らっていく。その圧倒的な力は掠めただけで四肢が吹き飛ばされるほどだ。


『な、なんなんだこいつは……っ!?』

『我らの防御魔法をこうも容易く貫くとは……』


 たかが人族と侮っていた天使たちが戦慄する。

 何せ雷撃に僅かに触れただけで当たった部位が爆散するのだ。これで脅威とみなさないわけにもいかないだろう。

 

 この現象は単なる雷だけでは起こせない。全ては原初の神器たる〝黄帝〟の天恵(ギフト)によるものだった。

〝鼓動〟(パルスノヴァ)――発生させた雷撃に触れたもの全てを粉砕する力である。

 そして――、


「〝黄帝〟よ、アインスに仇成す敵を討て!」


 レオンが美青年と評される顔に勇ましさを滲ませて言えば、相棒たる大剣が凄まじい雷を発生させた。

 もはや直視することすら不可能なほど圧倒的な光量が刀身から放たれ、次いでレオンが勢い良く横薙いだ。



 ――〝雷切瞬散〟(アドゥンナー)



 耳を劈く雷鳴が三千世界に轟き、天が焦土と化した(、、、、、、、、)

 席巻していた天使の軍勢が雷の奔流に飲み込まれ、悲鳴を上げる暇もなく絶命――否、灰燼に帰する。

 その灰すらも膨大な熱量によって微粒子まで分解され、肉眼では確認できないほど散り散りになってしまう。

 

 そして、こうも圧倒的な隔絶を見せつけられれば、畏怖するのが自然である。

 現に生き残っていた天使たちはレオンに近づこうともしない。格下と侮っていたはずだというのに。

 

 逆に兵士たちは歓声を上げてレオンを讃えた。彼がいれば天使など恐れるに足りないと言わんばかりに。

 されど、レオン当人は息を荒げていた。その表情はどこか苦し気だ。


(ぬぅ……力を使いすぎたか)


〝黄帝〟に限った話ではないが、神器や魔器といった武具は人の身に余る代物だ。

 使用する時間が長くなればなるほど、使用する力が強くなればなるほど疲弊していき……やがては死に至ってしまう。

 覇彩剣五帝の場合、神器の原初なだけあって調整があまりされていない。良く言えば無限に力を引き出せるが、悪く言えば際限なく所持者の身を蝕んでしまう。


(これ以上は不味いか……)


 そう考えたレオンだったが、直後苦笑を浮かべてしまう。


「思ったそばからこれか……まったく、どうやら某はついてない(、、、、、)ようだ」


 呟きはこちらに近づく無数の存在に向けられている。

 レオンの視線の先――土煙が舞い上がり、何者かが迫り来ていた。

 

 この禍々しい気配は以前にも感じたことがある。三年前――エルミナ聖王国軍を撃退した時の気配だった。

 レオンが記憶を探り当て、〝黄帝〟を構えるのとほぼ同時に、数多くの騎馬が姿を現した。

 その数五千――万の軍勢が激突する今回の戦においては少数と言えようが、それでも侮ってはいけないと知っている。

 

 何故なら――軍馬から大地に降り立った者たちは一様にその身体から紫光(、、)をうっすら放っていたからだ。


「……魔に連なる者が天に味方するか」

『見解の相違だな。我らからしてみれば、貴様らの背後にいる〝王〟たちの方が魔だ』


 レオンの言葉に先頭にいた男が反応する。その言動、何より身体から発する紫光が彼らの正体を物語っている。

 すなわち――魔族。


「千年前に滅びたはずの魔族が、こうも多く生き残っているとは……」

『はっ、貴様ら人族はいつも詰めが甘いのだ。恨むのなら目先だけの勝利に浮かれ、残党処理を怠った貴様らの祖先を恨むのだな』


 そう言って魔族たちが得物を構える。好機と見て取った天使たちも距離を詰めてきた。

 空中からは天使、地上からは魔族。悪夢のような光景を前にしたレオンは、それでも態度を変えなかった。

 大剣を構え、ただひたすらに敵を見据え続ける。疲労など知ったことかと、気迫を漂わせていた。

 そこに、


「……加勢しよう、レオン殿」


 投槍、天を穿つ。

 流星のような速度で放たれた槍の投擲が、一体の天使を貫いた。そればかりか槍の勢いは留まらず、もう五体の雁首を貫いて絶命させようやく停止した。

 

 圧倒的な武威を知らしめたのは、竜を模した鎧を纏いし男。

 エルミナ聖王国、〝四騎士〟が一人〝守り竜〟カルキノス・ド・パイシースである。


「カルキノス殿!」

「……天使共は任されよ。貴殿は魔族を」


 と、言葉少なにカルキノスが助力を申し出てくる。

 それをありがたく受け入れたレオンが頷き前に進み出れば、天使が動こうとした。

 だが、それは叶わなかった。何故ならカルキノスが覇気を放って牽制したからだ。


「……貴様らの相手はこの私だ」


 カルキノスは〝竜鎧〟の力で無限に生み出せる槍を右手に出現させると、おもむろに投擲した。

 一連の流れはあまりにも自然で、それ故に天使たちの反応が遅れてしまう。

 再び先ほどの光景が生み出され、天使たちがにわかに殺気立つ。

 レオンも危険ではあるが、カルキノスも無視できない明確な脅威と判断し、彼に殺到する。


 その光景を横目で確認してから、レオンは魔族たちと相対した。


(一個人の武力が高い魔族が五千。対して某は疲弊している)


 連戦に次ぐ連戦、未だかつてないほど〝黄帝〟を使用してしまっている。その上、魔族を相手にするとなれば、勝利できるかは未知数と判断せざるを得ない。

 しかも今、更に力を使えば、この後の戦闘が行えなく可能性があった。それは此度の戦争がいつ終わるか皆目見当もつかない状態では危険すぎると言える。

 けれど、姿を見せた魔族は明確な脅威だ。しかも彼らは普段姿を隠していて、この機を逃せば後々悲劇が生み出される可能性もある。

 

(ならば……)


 レオンは決断する。諸刃の剣を使うことを。


 五千という数の利に驕らず、魔族たちがレオンを取り囲むために動き始めた。

 確実に殺すという意志を感じながらも、レオンは大剣を両手で持ち胸元へ――切っ先を天に向ける。そして静かに目を閉じた。

 

 そんな彼を見た魔族たちは怪訝そうに眉根を寄せた。殺気を受けながら何故戦闘態勢を取らないのかと、その表情は困惑を語っている。

 レオンは彼らを意に介さず、ただ静かに瞑想していた。身に纏う闘気は薄れ、放つ殺気が消えた。覇気すらも消失し、無と一体になる。

 

 そして……そして……そして……。

 震えた。

 大気が、大地が、空間が、鳴動した。

 一度は霧散したあらゆる()がレオンに戻り、周囲を圧迫していく。

 闘気が身体から立ち込め、殺気が世界を突き刺す。膨れ上がった覇気は万物を圧倒した。


 レオンが――眼を開けた。

 たったそれだけのこと。されど、魔族たちは一様に動きを止めた。

 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、胸から沸き上がる恐怖を押し殺して黙っている。


「原初の雷よ、今再び汝の力を解き放とう」


 瞬間、〝黄帝〟(ケラウノス)から膨大な熱量が生み出された。

 その激烈な雷は、地を這い、抉っていく。

 

「汝は天命にして劫罰、天上に君臨せし巨神の王冠なり」


 大気中に舞う微粒子が弾けた。

 天は厚雲に覆われ、雷鳴が世界に轟く。

 稲光が至る所で生み出される。


「三千世界に轟く偉大なる雷よ、汝の枷を解放せん」


 千年前、初代皇帝が最も愛用した神器が、その真価を発揮する。


「〝天孫降臨〟」



 ――〝武御雷〟(タケミカヅチ)



 刹那、雷撃が世界を喰らった。

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