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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
十章 解放戦争
201/223

十二話

続きです。

「……成功したようだね」


 まるで白夜のように光で満たされた夜の世界を眺めた蓮が呟いた。

 その言葉には安堵と喜びが含まれている。


 蓮は鬼面を手で整えると、隣に立つルナに話しかける。


「ルナ、僕は行かなければならない。後を頼めるかな」

「……最後の決戦?」

「そうなる」


 ルナは不安げに蓮を見つめてくる。

 虹彩異色の瞳は共に行きたいという思いと、皇帝としてこの場に残らなければならないという現実とで揺れ動いていた。

 しばしの沈黙――そして決断。


「……行ってらっしゃい。待ってる――ううん、追いついて見せるから」

「ルナ……」


 これほど頼もしい言葉はなく、これほど嬉しい言葉もなかった。

 一途な想い――だからこそ、必ず。


「……行ってくる。全てが終わったら、今度こそ笑顔で再開しよう」


 蓮はそう言い残して、その場を後にする。向かう先は〝天軍〟の陣地だ。


(……嬉しかったな。まるでキミを見ているようだったよ)


 かつて弱い己を支えてくれた女性を思い浮かべ、笑みを浮かべる。

 だが、その笑顔は弱々しく、今にも消えてしまいそうなほど漠然としていた。


(もう心配はいらない。もう僕の助けはいらないだろう)


 感情に身を任せるのではなく、皇帝としての責務を優先してみせた。

 三年前とは大違い――雛が成長して巣立ったのだと理解した。

 無窮の空を立派な翼で羽ばたき、何処までも行くことができる。


(ルナ、キミのような素晴らしい女性に想いを寄せてもらって、僕は本当に幸せ者だよ)


 けれど、共に歩むことはできない。光と闇、太陽と月は表裏一体――決して同じ時を過ごすことなど出来はしないのだ。


(復讐――血塗られた覇道を往くのは、僕だけで充分だ)


 千年前の負債は、当事者の手で払わなければならない。今を生きる者たちに背負わせてはならないのだ。


(その果てに負う罪と罰を、決してキミには背負わせない。全ての闇は僕が引き受けよう)


 それがせめてもの恩返しとなることを願って。

 

(どうか僕のことは忘れてほしい。キミは王道を歩んで、いつか巡り合う運命の人と結ばれて欲しい)


 蓮は悲壮な覚悟を胸に、黙々と歩みを進め――〝天軍〟の陣地にたどり着いた。

 そこには、いつでも出撃できる姿で居並ぶ面々が立っていた。


「陛下……?」


 蓮が纏う悲しげな雰囲気を悟ったのか、アリアが困惑を浮かべる。

 しかし、蓮が胸の内を明かすことはなかった。


「……キミたちに命令を下す。これが最後だ(、、、)、よく聞いてほしい」


 既に聞いていたアリアやキール、マーニュに動揺はない。

 だが、他の〝天軍〟兵士たちは仕える主の言にざわついた。

 

 それも蓮が再び口を開いたことで静まる。


「同盟軍として、アインス大帝国と協力して生き延びてくれ(、、、、、、、)。そして全てが終わった後、〝天軍〟は解散とする。――皆、今までよく仕えてくれた。本当にありがとう」


 そして遂に――蓮は鬼面を外した。ここまで来たら、もう隠しておく必要はないからだ。

 柔和な顔立ちが外界に晒され、三年前と何も変わらない少年の素顔が露わとなる。唯一、右眼だけが黒ではなく真紅に輝いている点を除けば、ここにいる誰もが見知った顔だった。


 レン・シュバルツを名乗っていた三年前と同じ――同一人物だと明かされたが、蓮の予想を外れて大きな衝撃は生まれない。

 誰もがやはり……といった様子であった。


「皆、薄々感づいていたみたいだね」


 と蓮が言えば、


『そりゃそうですよ。我らが仕える主を見間違うはずがないじゃないですか』


 一人の兵士が苦笑気味に言ってくる。

 それを皮切りに、次々と思いの丈を述べる兵士たち。


『レン様は優しいですからね。三年前も今も、俺たちと接する態度が同じでしたよ』

『陛下だろうが殿下だろうが、俺たちの主に変わりはねぇからな』

『違いない』


 利用した、騙した。己が目的のための駒とした。

 にも関わらずこうして変わらない態度と忠誠を示してくれる。


「…………ありがとう」


 それは本心から出た感謝の念。

 対して兵士たちは気持ちの良い笑顔を見せてくれる。


『まだ終わりじゃないですぜ、陛下』

『そうです、俺たちはこれから先も陛下にお仕えするつもりなんですから、勝手に解散にしないでくださいよ』

『俺たちは陛下に仕えし常勝不敗の〝天軍〟。今までも、これからも変わらない忠誠を奉げましょうぞ』


 兵士たちが片膝をつくなかで、アリアとキールも同じ仕草を見せた。


「主殿、私――いえ、私たち(、、、)も同じ想いです。どうかお役に立たせてください。そしてこれからも我々を導いて下さい」

「旦那がいなくなったら嬢ちゃんが泣いちまう。そうなったら俺が困る(、、、、)。それに――まだまだ戦い足りないんだよなぁ」


 二人の忠臣の言葉に胸が熱くなりながらも、ある可能性に至った蓮は最後だからと尋ねた。


「……キミたち、もしかして好きあっているのかい?」

「なっ――い、いえ!ち、違いますよっ!?」

「そ、そうだぞ!お、俺は別に嬢ちゃんのことは……」


 言った瞬間、動揺全開で否定する二人だったが、その態度が答えのようなものだ。

 蓮はほほ笑んで告げた。


「キミたちならお似合いさ。主である僕が保証しよう」

「ち、違いますからね!?」

「……嬢ちゃん、実は俺――」

「いきなり真面目になるなー!」

「ごふっ、ちょ、待てって」


 バシバシとキールの巨躯を叩くアリア。恋愛経験に乏しい蓮ですら、一目で照れ隠しだと分かるほど彼女の頬は朱に染まっていた。


 そんな一同を複雑な想いで見つめていたマーニュだったが、やがて蓮に話しかけてきた。


「それで、どうするつもりなの?ここまで言われてさっきの命令を撤回しないつもり?」


 視線が一気に集まるのを感じながら、蓮は僅かな時間考え――決断した。


「キミたちにはルナの護衛をしてもらう。彼女は必ず僕に追いつくと言っていたから、共にいればきっと間に合うことだろう」

「……今から陛下に付き従うのでは駄目なのでしょうか?」


 アリアの質問には首を横に振る。


「駄目だ。僕は今からマーニュと共に聖都パラディースに潜入する。大勢は連れていけない」

「そうですか……分かりました。必ずや追いついて見せます!」


 威勢の良い返答に頷いて、蓮は背後を向く。


「マーニュ、キミには一緒に来てもらう。――約束を果たす時が来た」

「!……そう、いよいよなのね。分かったわ」


 そして〝天軍〟に別れを告げて、二人で歩き出す。

 野営地の外――プノエー平原にたどり着く。


「あのさ……もしかして徒歩でいくつもり?ここから聖都まで結構距離あるわよ」


 軍馬すら連れて行かない様子の蓮に、マーニュが戸惑いを見せる。


「いや、まさか。聖都には僕の眷属に乗っていくよ」

「……眷属?それって黒騎士――マティアスだけじゃないの?」

「見ればわかるさ」


 と言った蓮は、己と繋がっている眷属の一体に呼びかける。

 すると――、


「……え、嘘!?あれって――まさか」


 東の空から大気を震わせる咆哮と共にやってくる生き物を見て取ったマーニュが驚愕に震える。

 

 天空の王者にして覇者。

 かつて世界に絶望を流布させた最凶の王を背に乗せ、世界を股に掛けた伝説の黒竜。


 巨体が放つ圧倒的な存在感、三対六翼が空気を鳴動させ、三つ首から発せられる咆哮が大地を揺らす。

 突風に襲われる中で、マーニュは兵士たちが発する悲鳴を聞き、天使たちが吹き飛ばされていく姿を視界に収めた。


 最強の存在を背に、風に踊る黒衣を纏った〝王〟が両腕を広げて嗤った。


〝絶対悪〟(アジダハーカ)――千年前、僕との戦いに敗れて今まで封印されてきた古の竜さ。今では〝黒天王〟の後を継いだ僕の眷属だ。これに乗って聖都に侵攻する」


 神代の敵には同じく神代の者が相手をしなければ話にならない。

 故に――千年の時を越えて今、古の存在が復活を遂げたのだった。



 *****



 その頃。


 この世とは異なる位相にある神界――玉座の間では、〝世界神〟(ルミナス)が大笑していた。


「ふっ、はは……ハハハハハッ!なるほど、なるほど。そういう手段で来たのか――いやはや実に面白い」

「面白い――なんて言ってられる状況ではないと思いますけど」

 

 玉座に座り、喜色を露わにする彼女に、苦言を呈す者が一人。

 金髪碧眼が美しい少女で、腰には一振りの剣を帯びている。

 エルミナ聖王国では〝聖女〟と呼ばれている存在、その正体は〝世界神〟と契約して不老となった第二代緋巫女――ソレイユ・シャルル・ツヴァイ・フォン・アインスである。


 彼女は今、千年待ち続けた事態が異常を告げたことで直接〝世界神〟に会いに来ていた。


「シュバルツお兄様を除く〝五大冥王〟の行使した未知の魔法であなたの力は激減――いえ、封じられたと言うべきでしょうか……とにかく大幅に制限されたと言っていいでしょう」

「ふふ、そうだねぇ……今の私は本来の力を発揮できない。兄弟姉妹たちの合作魔法で大分削られてしまったよ」


 本来ならば由々しき事態――にも関わらず、〝世界神〟の笑みは揺るがない。

 そのことに苛立ちを覚えつつも、シャルルは言葉を続ける。


「加えて人族の障壁となるはずだったエルミナ聖王国の連中も反旗を翻し、同盟軍と協力して天使に抗っています」


 千年かけて用意しておいた策――アインス大帝国を封じるためにエルミナ聖王国をぶつける策は早くも崩れ去ってしまった。


「更にシュバルツお兄様は〝黒天王〟として完全に覚醒――眷属である〝絶対悪〟に乗ってこの地を目指している最中です。彼らを止めることなど天使共にはできませんよ」


 こちらに近づいてくる凶悪な気配――目的を考えるならば歓迎すべき事だが、何もかも思惑から外れ始めている現状では危険の方が高すぎる。


「如何なさるおつもりですか?」


 声音に滲む殺気を隠そうともせず詰問すれば、〝世界神〟は笑いを収めて視線を向けてくる。


「問題ないって。現状を片づけるために天使を派遣したし、私の力が制限されたとはいえ、それを続けるためにレンを除く他の〝王〟たちは動けないみたいだからねぇ」


 どこまでも余裕の態度を崩さず、尊大さが滲む声音には鼻白んでしまうが、それでも黙って聞くことにする。

 何故なら事実を述べているであろうからだ。〝世界神〟の持つ〝地眼〟はあらゆる場所を〝視〟ることができ、その力を使えば現状の把握など容易い。


「彼一人が私に挑んだところで大した障害にはならない。千年前の再現にしかならないだろうさぁ」


 圧倒的な力を持つ〝世界神〟は、千年前に他の〝王〟をたった一人で排除している。故に今回も同様の結果にしかならないと言っているのだ。


「それに保険(、、)もある。レンは優しいからねぇ、効果絶大だと思うよ」


 と言って、視線を空中に向ける〝世界神〟。

 シャルルもつられて上向けば、そこには天井から釣り下がる巨大な鳥かごのようなものがあり、中に一人の少女がいることが分かった。

 衰弱しているのか、眠っているだけなのか、鎖で縛られ眼を閉じている姿からは確かなことはわからない。


「……そこまで仰るのでしたら、これ以上私から言うことはありません」


 悪趣味な光景から目を逸らしたシャルルは、玉座の間を後にしようとする。

 その背中に、声がかかった。


「キミはどうするつもりなんだい?」

「決まってるじゃないですか」


 シャルルは後ろを振り返らず、歩みすら止めずに言った。


「お兄様と再会を果たし――必ず彼を手に入れて見せます」

春にかけて忙しくなるので、更新ペースが落ちると思います。

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