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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
十章 解放戦争
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十一話

続きです。

 ――それは、各地で目撃された。


「……あれはなんだ?」


 エルミナ聖王国南部、アレーナ砂漠。

 昼間とは真逆の寒さに震えるアインス第二軍の陣で、兵士の報告を受けた指揮官――〝西域天〟ライン大将軍が夜空を見上げた。


『さ、さあ……なんでしょうな。鳥の群れでしょうか』

「……鳥ってあんなでかかったか?」

『…………』


 黙ってしまった幕僚を置いて、ラインは驚異的な跳躍力で急造した物見やぐらに昇る。

 そして、堕天剣五魔〝堕雷〟の加護で強化された視力を以って何が迫っているのかを見た――見てしまった。


「……まさか」


 迫りくる膨大な数の群れ。その姿は一度大帝都で見たことがある。

 忘れもしない、忌々しい〝世界神〟(やつ)が従えていた翼持つ人間。


「っ!くそ……皆を叩き起こせ!戦闘用意だ!」



 *



 エルミナ聖王国北部、ニパス雪原。

 夜に降る雪はどこか幻想的だ、と言って幕舎から出たアイゼン軍指揮官、ミルト・フォン・アイゼンは迫りくる脅威を既に察知していた。


「ふふ……あれが〝黒天王〟様が仰られていた天使ですか。ということは……いよいよ最終段階なのですね」


 出立前、蓮が説明していた事態の発生に、ミルトが艶やかに笑みを浮かべる。


「人族だけの争いはここまで。これよりは神代の使者たちとの戦いです」


 言って、背後を向けば、既に整列していたアイゼン兵らの屈強な顔を視界に収めることができる。

 

 ミルトは腰から先祖伝来の剣、〝悪喰〟を抜き放って天に掲げた。


「これは人族の未来を、偽りの〝王〟から奪いかえす戦いです。わたしたちの未来は、わたしたちの手で取り戻しましょう!」



 *



 エルミナ聖王国北東部、グロッタ湿原。

 沼地を挟んでエルミナ聖王国軍と向かい合うアインス第一軍の頭上にも、それは姿を現した。


『なんという……!』

『神の審判だ……最後の日がやってきたんだ!』


 迷信深い兵士が騒ぐのを沈めながら、〝王の剣〟と名高きノモス将軍は天を仰ぐ。


「……これはアインス軍と戦っている場合ではないかもしれんな」


 呟いて、決意を秘めた表情で司令部たる大天幕へと向かう。

 中に入る前に立ち止まると、聖都の方へと視線を向けた。


「〝聖王〟陛下……どうかご無事で」



 そこから少し離れた位置――ベーゼ大森林の端に息をひそめ、気を伺っていたグラナート公国軍もまた異常事態の発生に戸惑いを見せていた。

 しかし、若き公爵レグルスが巧みな手腕で動揺を鎮めたことで、軍として機能不全に陥ることなく待機している。


「……白銀の希望が世界を包み込む時、漆黒の闇が深淵より這い出る」


 アインス大帝国に伝わる伝承を口にしたレグルスは、朗らかな微笑を湛えた。


「盛者必衰の理からは、誰であっても逃れられはしない」


 たとえ神であっても――と、レグルスは呟いた。

 そして、腰に差した剣の柄に手を乗せ、天使の軍勢に呑まれていく夜空を見つめる。


「だからこそ――グラナート公国が生き延びる道をボクが創り出さなければならないんだ」



 *



 アインス大帝国とエルミナ聖王国を繋ぐ〝天の橋〟でも、それは確認された。


『リチャード陛下、あれは一体……!?』


 動揺するのは兵士だけではない。歴戦のヴァルト王国の幕僚たちも例外ではなかった。

 そんな中、ただ一人落ち着いた様子で椅子に腰かけ眼を瞑っていた隻腕の王が口を開く。


「あれらは敵だ。そして敵ならば、我らのすることは変わらぬ。違うか?」


 異常事態にあっても尚、平静。そんな王の姿に幕僚たちは次第に冷静になっていく。


『……いえ、仰る通りです。敵は屠る――ただそれだけ。いつもと同じですね?』

「そうだ。分かったのなら行動に移れ」

『『『御意』』』


 幕僚たちが動き出す。〝覇王〟に仕える者たちは主を信じて行動するのみと意識を切り替えたのだ。

 その様子を確かめた隻腕の王――リチャードは、かつて大帝都地下で知った真実を脳裏に浮かべ、獰猛な笑みを刻んだ。


「ふんっ、〝世界神〟とやらが遂に動きおったか」


 立ち上がり、腰に吊るす紅刀に呼びかける。


「……これが我らが共に戦う最後の機会となろう」


 己の限界――寿命を悟っていたリチャードだったが、それでも武人として最後は戦場でと決めていた。

 妻に、子供――家族に反対されたが、それでも彼が意志を曲げることはなかった。

 家族も最後には折れ、あなたはそういう人だと苦笑を浮かべて送り出してくれた。

 既に第一王子を次代の王にすると言い残してきた。不満を漏らす家臣たちを説得してきた。

 ――心残りは、ない。


 リチャードは愚かしい己を自嘲するように、口元を歪めると相棒――〝緋帝〟を引き抜いた。

 そして迫りくる天使の軍勢に切っ先を向けて、


「我が覇道――塞げるものなら塞いでみせよ!」


 気炎万丈の大声を発した。



 *


 時を同じくして、アインス大帝国の首都である大帝都クライノートの上空にも天使の軍勢が姿を現していた。

 三か月前の惨劇を思い出した民衆たちが恐慌に陥り、兵士たちが緊張を顔に張り付ける中で、護国五天将〝南域天〟ルドルフ大将軍が覇気を込めた声を発する。


「思い出せ、三年前を。思い出せ、三か月前を!我らが味わった屈辱を、怒りを、今度こそ奴らに叩きつけてやるのだ!」

『『『応ッ!』』』


 万の軍勢が、大帝都にその声を響かせる。

 我らこそ人族最強の軍勢だと信じて疑わない大声に、恐慌状態だった者たちが次第に冷静になっていく。

 そして口々に思いの丈を吐き出した。


『俺たちの怒りを知れッ!』

『〝双星王〟のご加護は我らにある!』

『〝軍神〟よ、我らに勝利を。〝創神〟よ、我らを守護したまえ!』


 一致団結する大帝都の闇で、彼らを見つめる者がいた。

 全身黒一色の鎧を纏った男だ。


「現金な奴らだな」


 失笑したのは一瞬の事、すぐさま好意的な視線に切り替わる。


「だが、それでこそ栄えあるアインス人だ。我が守るに値する者たちだ」


 そう言って黒騎士――かつてこの国の第一皇子だった愛国者が動き出す。全ては愛する国を護るために。



 *



 アインス大帝国北西部に広がるベーゼ大森林地帯。

 そこでは三年前の惨劇が再び起きようとしていた。


『ご報告致します!ベーゼ大森林より、大量の魔物が姿を現しました!その数は大侵攻の時と同程度と推測されますッ!』


 大天幕で書類と格闘していたブラン第二皇子が、兵士の報告に顔を上げる。


「来たか……全軍に通達、なんとしても魔物を食い止めるように」

『はっ』


 急いで去っていく兵士を見送ったブランが、腰に差した二振りの剣に触れる。


「遂にこの時が来たのか……」


 ここが正念場、下手したら自分にとっての死地となりえる。

 ブランはそう知りながらも、端正な顔に優雅な笑みを浮かべた。


「〝王〟たちの狂宴……まったく、巻き込まれる人間の身にもなってほしいものだね」


 協力者である〝王〟の一人から計画を聞いていたが故の愚痴。


「まあ、僕の目的を達成してくれるのだから、文句は言っちゃダメかな」


 ずっと願っていたこと、第二皇子であり護国五天将という権力を手にするブランの、ただ一つの願い。

 それは――、


「この世界から奴を――〝世界神〟を消してみせる。必ずだ」


 かつて自分の母親を間接的に殺害した偽りの神への復讐だ。


「……母上を僕から奪ったアイツは、生かしてはおけない」


 ブランは普段の温厚な姿からは想像できないほどの憎悪を滾らせた瞳で、西方の空を睨みつけた。



 *



 エルミナ聖王国首都、〝聖都〟パラディース。

 天を覆う厚雲を払い、黄金の光を背に降臨する天使の軍勢。

 その威容に信仰心厚き教会関係者たちは跪き歓喜に打ち震え、民衆は未知への恐怖に震えた。


 そんな城下町を見下ろす王城グランツ――玉座の間では、主だった諸侯や高官が集っていた。

 彼らは〝聖王〟の召集令を受けて異変が起こる前に聖都入りを果たしていた。


『一体外では何が起きているんだ……?』

『民衆は伝承に記された審判の時が来た、と騒いでいるようだが』

『馬鹿馬鹿しい……ともいえないのが現状ですな』

『それより〝聖王〟陛下はこの非常事態にどのような目的で我らを集めたのか』

『さてな……噂ではプノエー平原での戦闘が一時休戦になっているというが……それも定かではない』


 思い思いに言葉を交わしあう諸侯であったが、やがて玉座の斜め後ろの扉が開いたことで口をつぐんだ。

 入ってきた人物が〝聖王〟その人だったからである。


「皆、この緊急時によく集まってくれた」


 玉座に座るなり、すぐさま口を開く〝聖王〟――ハイリヒトゥーム・イシュ・ヴァイク・ド・エルミナ。

 齢五十であっても、程よく引き締まった身体から放たれる覇気に些かの衰えもない。


「今日は皆に伝えたいことがある。それは王家にのみ知らされたエルミナの国教――その真実だ」


 それはエルミナ聖王国という国家の闇で、本来ならば決して明かしてはならない類のものであった。

 歪められた千年前の真実、偽りの神の正体、その目的と欲望。

 この世界から抹消されたはずの情報だったが、エルミナ聖王国を〝聖女〟と共に建国した初代〝聖王〟が歴代の王に口伝で伝えるようにと残した遺言によって、現代に至るまで残っていたものだ。

 国家を揺るがしかねないほどの情報であったため、今まで秘匿されてきた真実が当代の〝聖王〟の口から話されていく。

 

 全てを話し終えた時、玉座の間は静まり返っていた。

 当然だ、これまで信じてきたもの全てが一瞬で覆されたのだから。


「信じるか信じないかは各々の自由だ。しかし、今まさに審判の時――〝世界神〟が地上世界に介入して全てを無に帰そうとしている。国家を崩壊させ、全てを一からやり直そうとしているのだ」


 この千年間、度々行われてきた行為だ。〝世界神〟がつまらない、あるいはやり直そうと判断した時に介入――使徒たる天使を遣わして、人族の歴史を思うが侭に調整してきた。

 それこそが千年に渡って続く〝停滞期〟の真相だったのだ。


「余はこのような横暴を看過できぬ。愛する民を、国家を、神を騙る〝王〟の好きにはさせぬ」


 いつしか言葉は熱を帯び、誰もが王者の声に聞き入った。


「故に――余はアインス大帝国を始めとする同盟軍と講和を結び、共に世界の敵に立ち向かおうと考えている!」

『なっ――』


 驚愕、動揺が広がる中、ヴァイクは更に言葉を重ねた。


「そして余は――今より国家特殊非常事態宣言を発令し、全ての教会に即時運営停止を通達する!」

『!?お、お待ちください、陛下!それでは教会が反発します。そうなれば教会騎士団が敵に回るでしょう。彼らの戦力は我々よりも上なのですよ!?』


 大臣が驚きを露わに反論した。

 それもそのはずで、国家特殊非常事態宣言とは〝聖王〟のみが発令できる強権――エルミナ聖王国に属する全ての者(、、、、)に命令できる法令だ。

 建国時からある法令で、それが適用される範囲には教会関係者も含まれる。当然、このような一方的な命令をされて彼らが反発しないわけがない。

 何より、彼らはここに集う者たちよりも遥かに信仰心が篤い。必ずこちらに牙を剝くことだろう。

 つまりヴァイクは協会勢力に対して宣戦布告したも同然――となれば大臣が反論するのも当然といえた。


「だからこそ、同盟軍と講和するのだ。同盟側とて無益な戦闘は望むまい。それに今は他に敵がいるからな」

『……偽りの神と天使たち、ですか』

「そうだ。奴らは人族とは比べ物にならないほど精強――故に人族が一致団結して対処せねば敗北は免れないだろう」


 と、ここで一度言葉を切ったヴァイクは神妙な顔つきになる。


「……先ほどの命令とは真逆にはなるが、余は此度の戦い、皆に強制はせぬ。余の語った言葉を信じて戦うもよし、疑って教会に与するもよし、沈黙を貫いて滅びを待つのもよい。――だが」


 立ち上がり、王杓で床を叩いたヴァイクは覇気を昂らせた。

 その圧倒的な存在感は玉座の間全体に浸透していく。


「たとえ、誰もついてこなかったとしても――余は戦う。一人でもな。それが王としての責務だ」


 決死の覚悟――誰もが悟った。〝聖王〟はこの戦いに全てをかける気なのだと知った。


 静寂が訪れる。


 やがて、一人の女性が前に進み出てヴァイクの前に片膝をついた。

 この場に集う者で、彼女を知らぬ者などいない。

 護国の武人〝四騎士〟が一人、〝一角聖〟ベガ・ド・アルタイルの存在、武威は広くエルミナの地に知れ渡っていた。

 此度の戦争では、聖都守護を任されている彼女が口を開く。


「陛下、私はどこまでもお供致します。陛下のご覚悟、そしてこれまで受けてきた大恩を胸に、我が忠義をお受け取り下さい」


 その言葉に、誰もが胸を突かれる思いだった。

 ヴァイクが〝聖王〟になってからこれまでのことを思い出したからだ。

 ある者は祖先が残した莫大な借金を肩代わりしてもらい、ある者は領地の土壌改善への援助を受けた。

 他にも数え上げればきりがないほど――ヴァイクは民や諸侯を想い、慈しんできた。

 この場に集った者たちが何故この緊急時に素直に招集に従ったのか、それはヴァイクに少なくない恩義を感じていたからだ。


 賢王と呼んでいいほど素晴らしい治世を行ってきたヴァイクの言葉――疑う方がおかしい、あるいは恥知らずではないか?

 ベガの言葉で過去を振り返った諸侯は、次々と彼女の後ろで片膝をつき始める。


『私は陛下に大恩があります。今こそ、それを返す時と考えました』

『陛下、最後までお供致しますぞ』

『我らの忠義、どうかお受け取り下さい。そして共に戦う栄誉を戴きたい』


 遂には大臣も首を垂れたことで、ヴァイクは年甲斐もなく瞳を潤ませていたが、やがて決意の眼差しに切り替わる。


「……皆、よく決心してくれた。余は、必ずや皆の期待に応えて見せよう。――共に、往くぞ!」


 こうして〝聖王〟派のみならず、〝聖女〟派についていた者たちも〝聖王〟という一つの旗頭に従って団結したのだった。



 *



 その頃――エルミナ聖王国各所にて。


「千年――永き時であったぞ」


「雌伏を強いられていたが、遂に反撃の時来たれり――ってか」


「……今度こそ、勝利を」


「舞台は妾たちが整えてやるぞえ。だから――必ず勝つのじゃぞ」


 エルミナ聖王国の四方――東西南北に一人ずつ待機していた四柱の〝王〟が遂に動き出す。

 四人は千年間ため込んでいた魔力を収束させ、英知を結集して編み出した一つの魔法の詠唱に入る。


「輝ける星々の光は潰えた」


「玉座から追放され、その威容は今は無く」


「ただひたすらに牙を研ぎ続けて幾星霜」


「復讐の大炎が息吹を上げ、天を焼き尽くす」


 それはこの世界(シュテルン)において、史上初となる戦略級魔法であった。

 神である四人の〝王〟による詠唱――使用される魔力の量は尋常ではない。

 

「「「「何者にも断ち切れぬ鎖に囚われ――失墜せよ!」」」」



 戦略級魔法――〝偽神縛鎖〟(グレイプニル)



 エルミナ聖王国の四方で、光の柱が天に立ち昇った。

 光はたちどころに拡散し、天を覆いつくしていく。

 やがて、光――絶大な魔力はエルミナ聖王国の中心である聖都パラディースに向かっていき、ドーム状の天蓋を形成した。

 

 エルミナ全域が〝王〟の魔力によって覆われ、天は半透明な膜によって星々の光を地上に届かせることが叶わなくなるのだった。

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