十八話
続きです。
「ルナ、大丈夫かい?」
蓮はまずルナの安否を確認することにした。
(堕天剣五魔の所持者に触れられたのが心配なんだよね)
堕天剣五魔は人族にとって酷く有害な存在であり、通常触れただけで死に至る代物であった。
「だ、大丈夫……」
ルナはせき込みながらもなんとか声を絞り出した。
(力を引き出せてはいないとはいえ、“翠帝”の加護は最低限働いたみたいだな)
「良かったよ……それで―――」
そこでようやく蓮は異形の怪物に眼をやる。怪物は切り飛ばした腕を何事もなかったかのように付け直し、こちらを憤怒の表情で睨みつけている。
「あなたは何者だい?」
『グオアァァアアァ!』
「あなたの声は酷く聞き取りにくい……ルナ、コレが何か分かるかい?」
蓮は咆哮を発している怪物を指さし、尋ねる。
「そいつは、アイゼン皇国の第二皇子……さっきまでは普通に言葉を交わせてたんだけど……」
「さっきまでは……か」
蓮は怪物もとい、アイゼンの皇子だったものを“天眼”で見やる。
「やはり出来損ないか」
(堕天剣五魔に対する適正が足りなかったのだろう)
そもそも堕天剣五魔とはなにか。それはかつて神が作った覇彩剣五帝に対抗するべく、“五大冥王”が作り出した五振りの剣―――の試作、出来損ないの武器だ。
失敗の原因は神にも匹敵するとうたわれていた“五大冥王”がその力を加減もせずに注ぎいれ、あげく上位魔族の魂を一万ほど使い潰すといった過剰すぎる製作方法によって作られたためだ。
その強すぎる力は魔族でさえまったく扱えずに魔物化させてしまい、人族などは触れただけで剣の狂気によって精神に異常をきたし、最終的に死に至ってしまった。
故に、製作者である“五大冥王”しか扱えないと思われていたのだが……
(ある時、それを扱える適正者なる存在が現れた)
堕天剣五魔に対し適正を持つ者が現れたのだ。しかも皮肉なことに魔族ではなく人族に。
(初めは強力な力が手に入ったと喜んだのだが……)
しかし適正者の内四人が魔族側につき、人族と敵対してしまったのである。
残った一人によると、どうやら精神汚染が強力すぎて自我を保つのが限りなく困難を極めるのが原因だと判明した。剣に眠る一万もの魔族の怨念に意識を支配されてしまうらしい。
(そして最終的には魔物化してしまう……今回もそうなのだろう)
堕天剣五魔所持者の末路を知っていた蓮は、あきれたように肩をすくめる。
「身の丈に合わない力は己を滅ぼす。堕天剣五魔の真実を知っていてもそうでなかったとしても……哀れだな」
そして“白帝”を構えるや、一気に飛び出した。
「疾ッッッ」
勢いのままに体をひねり怪物の胴を一閃―――が、たやすく防がれてしまう。
『ガアアァァァア!』
怪物は“堕雷”で蓮の攻撃を防ぐと、恐るべき膂力で押し返す。
「なにっ―――」
まさか反応できるとは思っておらず、蓮は僅かにだが動揺する。
その隙を突き、怪物は“堕雷”で蓮を切る―――寸前、突如出現した光剣に防がれる。
『ゴレハ……ナン―――グガッ』
「残念、惜しかったね」
蓮は額に汗を浮かべながらも軽口を叩き、一旦距離を取った。
(……どういうことだ?“堕雷”の力を引き出せていないやつが僕の速度に反応できるはずがない)
堕天剣五魔は確かに覇彩剣五帝に対抗できる。ただし扱いきれれば、だが。
(確か前に“堕雷”の所持者と戦った時は―――)
蓮は疑問を解消しようと、自らの記憶を漁ろうとし―――激痛に襲われた。
(ぐっ、なんだ、思い出せない……ノイズがかったみたいな音が―――)
「ぐあ、がああああ!」
あまりの激痛に蓮は思わず膝をつき、頭を抱える。
(なんで急にこんなっ!こんなこと今まで―――)
『ゴアアァァァアア!』
「―――!?」
耳障りな咆哮に蓮が痛みを必死に堪え前を見ると、怪物が眼前まで迫り“堕雷”を振り下ろしていた。
「くっ!」
蓮は咄嗟に“白帝”を頭上にかざし、なんとか攻撃を防ぐも続けて強烈な蹴りが放たれ、吹き飛ばされる。
蓮は敵兵の集団に突っ込み、そこでようやく止まった。
(余計な事は考えるなっ。今は目の前の敵に集中だ!思い出そうとしなければ頭痛は襲ってこないのだから)
蓮は自らの身体の不調を“天眼”で即座に見抜き、己に言い聞かせる。
(ルナが見ている、シエルやラインが心配してくれている。これ以上無様な姿は見せられない)
そして呼吸を整えると、周囲を取り囲んでいた敵兵に対し、煩わしそうに左手を振る。
すると敵兵は顔に疑問符を浮かべながら地に伏した。
蓮は“白帝”を両手で天に掲げ、眼を閉じ、深く深呼吸する。
その姿は見る者全てに、神話伝承にある英雄王の姿を彷彿させる。
だが、何事にも例外があるように蓮と対峙していた怪物は耳障りな嗤い声を上げた。
『グギャギャギャ!ナンダ、モウアキラメタノカ?ナラバキサマヲコロシ、キサマガモツモノスベテヲ我ノモノニ!』
禍々しい覇気を纏い、ゆっくり歩み寄ってくる。
『アンシンセヨ。“戦乙女”ハテイチョウニアツカウトモ。ナグサミモノトシテナア。アハハハッハ』
聞くに堪えない言葉を浴びせられても蓮は微動だにせず、ただ眠っているような静寂を保っていた。
蓮はこんな時であったが、自分が置かれている状況に対し、気持ちの整理をしていた。
(いきなり千年後に飛ばされて、リヒトやシャルちゃん、“皆”に会えなくなった)
目の前の怪物や、周囲の敵兵など眼中になく、
(辛かった、困惑した、怒りを抱いた。世界に僕を知っている人は居なく、孤独に打ちのめされそうにもなった)
ただただ、己の内に語りかけ、
(でもキミたちが残したものがあった。僕たちみんなで創り上げた国―――アインス大帝国。それは僕たちを繋ぐ絆だ)
心と体を一致させ、
(ならば僕は残されたこの絆を守り抜こう。キミたちの生きた証をこの世に知らしめよう)
千年後に来てからずっと抱いていた迷いを捨てさり、
(アインスの名を―――再び世界に轟かそう)
眼を、開けた。
その瞳に無は無く、光で満たされ透き通っていた。
“白帝”が輝きをまし、少年を祝福するかのような優しい光を放つ。
“天銀皇”が裾をはためかせ、喜びを顕わにする。
少年は、
「さあ、始めよう―――」
殺気を消し、代わりに暖かな覇気を身に纏い、
「僕たちの栄光なる―――」
怪物を見据え、
「―――未来を掴みに!」
地を蹴った。




