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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
十章 解放戦争
198/223

九話

続きです。

 少し先の方から熱い闘気が伝わってきたことで、蓮が笑みを刻む。


「向こうは派手にやってるみたいだね」


 それに比べて、と蓮は落胆の息を吐き出した。


「キミは大したことないな。三年前とは大違い――いや、僕の見込み違いだったのかな」

「はぁ、はぁ――……」


 泰然自若として立つ蓮とは真逆に、オティヌスは荒い息を吐いて片膝をついていた。

 鎧はあちこち破損し、その下に隠されていた皮膚からは鮮血がにじみ出ている。

 戦いが始まってからこのかた、一方的な展開が続いているが故の結果であった。


(妙だな、いくらなんでも弱すぎる)


 蓮が〝王〟として覚醒しているとはいえ、三年前とは段違いの脆弱さだ。

 それに彼女は何故かしきりに周囲の様子を伺っている。そんな注意散漫が合わさることで、一太刀すら蓮に届いていなかった。


(何か待っている?あるいは……)


 と、ここである可能性に至った蓮は、試してみようと決断した。


「キミの持つ神器……神聖剣五天といったかな?その真価を僕に見せてみるといい。一撃だけなら受け止めてあげよう」


 傲慢な発言に、オティヌスが槍を支えに立ち上がる。その双眸からは未だ戦意が消えていない。


「はぁ――……いいだろう。後悔するなよ?」


 彼女は息を整え、手にする槍――〝聖雷〟(グングニル)を構えた。

 急速に覇気が上昇し、槍から放たれる雷が勢いを増す。晴れ渡っていた空が黒雲に覆われた。

 明らかな異常に、戦場にいる兵士たちが天を見上げて不安げな顔つきになる。


 雷鳴轟く戦場に、オティヌスの大声が響き渡った。


「我が槍は全てを貫く!」


〝聖雷〟の天恵――〝必討〟(ヴンダー)


 オティヌスが槍を蓮に向かって投擲する――と同時に、天から雷撃が降り注ぐ。

 頭上と正面から迫る攻撃に――蓮は言葉通りただ突っ立っていた。



 直後――蓮の身体が光に呑まれた。



 圧倒的な光量が世界を染め上げ、遅れて激烈な音が響き渡る。

 凄まじい衝撃波は三千世界に届きうるものであった。

 天から降り注いだ雷撃が地を抉り、少年の居た場所が焼け焦げる。


 誰もが少年の死を悟った。誰もが少年の無残な姿を幻想した。

 だが――、



「……なるほどね。投げた瞬間、相手に当たったという結果を齎すってわけか。凄いじゃないか」



 飄々とした声が発せられ、粉塵が片手で払われる。

 その中から悠然と姿を現したのは鬼面の王。

 彼が纏う黒衣が咢を広げて雷槍を咀嚼していた。

 それだけではなく、手にする黒刀からあふれ出る闇が落雷を死滅(、、)させている。


 必殺の一撃を防がれただけでなく、かすり傷一つ負わせられなかったことで、オティヌスが呆然と口を半開きにしている。

 その姿を見て取った蓮は、〝黒薔薇〟が咀嚼中の〝聖雷〟を抜き取って地面に放り捨て、黒刀を胸元まで持ち上げた。


「次はこちらの番だね。……食事の時間だ、〝黒帝〟(フラガラッハ)


 蓮が優しく、囁くようにして告げた瞬間、黒刀から濃密な闇があふれ出た。

 闇は瘴気の如く地面をはい回り、周囲の空間すら黒く染め上げていく。

 

 闇に染まる世界を呆然と見つめていたオティヌスだったが、悲鳴を耳にして我に返った。

 視線を転じれば、広がる闇に触れたエルミナ兵が声の主だと悟ることができる。


『あ?なんだこれ……ギャアア!?お、俺の腕がァアア!』


 闇に触れた兵士の腕が黒く染まった――かと思えば、次の瞬間には皮膚が腐り落ち、骨がむき出しになってしまう。

 事態はそれだけに留まらず、今度は残った骨すらも腐敗し、ぽろぽろと崩れていく。


『あ――ああっ!?た、助けて……!』

『ひっ、よ、寄るなぁああ』


 亡者(アンデット)のような有様になった兵士が救いを求めるも、他の兵士は後ずさっていくだけだ。

 ある者はあまりに酷い光景に吐瀉物をまき散らし、ある者は恐怖から腰が抜けて地面に尻餅ついてしまう。

 

 やがて苦しんでいた兵士が口や鼻から瘴気を吸い込んでしまい、


『あ、ギィイ!お、おえぇえ……アアアアアアアア!』


 最後は絶叫して地面を這いずりまわり、動かなくなった。

 その恐ろしい光景を見た兵士たちは、得物を捨て、一目散に逃げだす。

 だが、闇が迫る速度の方が速く――


『あ、ぐぇえ……』

『た、助け――ああっ!』

『〝世界神〟様、どうかお救いくださ――ごぶぅ』


 鮮血をまき散らし、汚物に――己の身体だったモノに埋もれて絶命していく兵士たち。

 凄惨な地獄絵図を目の当たりにしたオティヌスは、迫りくる吐き気を感じて口元を抑えた。


「うっ――」


 人々の怨嗟の悲鳴と共に闇は広がり、いつの間にか周囲には誰もいなくなっていた。

 大地は黒く染まり、草花は枯れ果て、大気は淀んでいる。

 そんなこの世の地獄の中心に立つ少年が、オティヌスに微笑みかけてくる。


「――さて、これで誰かに聞かれる心配はなくなったわけだけど……何か話すことがあるんだったら早めにね」

「……貴様はそれだけの為に、このような!」

「何を憤っているんだい?ここは戦場、そして彼らは僕にとって敵だった。だから殺した。それになんの問題があるんだい?」


 正論ではあった。あったが――それを平然と言ってのける眼前の少年は狂っているとしか思えない。

 背筋が寒くなったオティヌスだったが、己が使命を思い出して怒鳴りそうになるのを抑え、懐から便箋を取り出した。


「それは?」

「我が主――〝聖王〟陛下から同盟軍総司令官あてのものだ。何とか隙を見て貴様に渡そうと考えていたのだが……」

「へえ……そうか。手間が省けてよかったね?」


〝黒帝〟に命じてオティヌスを喰らわないようにし、彼女から便箋を受け取る蓮。


「僕が読んでも?」

「構わない。貴様はアインスの女帝に近しいと聞いているからな」


 許可を取ってから便箋を開け、中身を確かめる。

 数枚の書状――ざっと読んだ蓮は、思わず鬼面の下で笑みを浮かべてしまう。


「……なるほどね。確かにこれは人目を憚られる内容だ」

「貴様にとっても、同盟側にとっても悪くない話のはずだ。……返事はいかに?」


 エルミナ聖王国――一国の命運がかかっている。故にオティヌスは緊張の面持ちだ。

 対する蓮は思案気に鬼面を撫でて――口を開く。


「直ぐには返答しかねる。これは他国の了解もえなきゃいけない内容だからね」

「では返事はどうす――」


 焦りを見せるオティヌスを手を突き出して遮った蓮は、手札を一枚切ることにした。


「返事はアーサー・ブリトン・ド・ユピターを経由して送る」

「……なんだと?何故、〝聖女〟専属護衛官の名前がここで出てくる?」


 驚くオティヌスに、蓮は口端を吊り上げて見せた。


「彼は三年前から僕の密偵だからね」



 *****



 その頃――。


「はぁ、はぁ……くそっ」

「……はは、これはヤバイかもな」


 アリアとキールは荒い息を吐いて、地面に片膝をついていた。

 戦闘が始まって今に至るまで、カルキノスに決定的な攻撃を加えられておらず、一方的に負傷を重ねるだけ。二人の顔には絶望と疲労の影が色濃く表れている。


 対するカルキノスは圧倒的な防御力を誇る〝竜鎧〟――胸元に付けられた切り傷を一撫でして、


「……貴公らは良く戦われた。この〝竜鎧〟に僅かとはいえ、傷をつけたその武力、賞賛に値する」


 と告げて、槍を片手に二人に近づく。

 竜の鱗を再現する鎧――〝竜鎧〟は、本来であればどのような神器であっても傷をつけることすら出来ないほどの代物。

 それに僅かとはいえ、息の合った連携攻撃で胸元一点だけを狙って攻撃し続け、傷をつけたことはカルキノスにとって賞賛に値するものであった。


 片膝つき疲労に喘いても尚、折れぬ闘志を孕んだ瞳で睨みつけてくる二人の武人に、カルキノスは槍を振り上げ――、


「……ここは戦場。覚悟を決められよ」

「させないわよっ!」


 突如、背後に強烈な殺気を感じて振り向きざまに槍を横薙いだ。

 硬質な音が響き、槍と剣が激突する。

 バイザー越しにカルキノスが見たのは、布で顔の下半分を隠した女性であった。


「ぬぅ……新手か!?」


 声を発して槍を両手で――膂力を以って一気に押し返す。

 結果、宙に浮いた女性に、カルキノスは有無を言わさず刺突を放った。

 中空では回避など出来はしない。彼の得物は確実に女性を捉えたはずだった。

 だが――、


「なに……っ!?」


 穂先が女性に当たった瞬間、彼女の身体が崩れていく。

 周囲に広がったのは無数の水滴で、それはカルキノスから十分に距離を取った位置で女性の身体を再構築する。

 奇天烈な現象――カルキノスの脳裏に浮かんだのは三年前のアインス征伐戦で行方不明となり、戦死扱いとなった女傑。

 

「……マーニュ殿か?」


 驚きを多分に含んだ視線を向ければ、女性は無言で特徴的な剣を構えてくる。

 思えばその剣が証拠となりえる。刀身の色が絶えず変化し続ける虹色の剣は、エルミナの民が崇める〝世界神〟から授かりし神器――神聖剣五天〝聖水〟(ジョワユーズ)しかありえない。


「……何故、とは聞かぬ。こうして私に刃を向けている以上、貴公は敵だ」

「…………」


 返事をしない女性――マーニュを油断なく睨みながら、カルキノスは思案する。どうすれば勝利できるかを。

 カルキノスは〝竜鎧〟があるためほとんどの攻撃が効かない。対してマーニュが持つ〝聖水〟もまた防御に優れた天恵を有している。

 先ほどやって見せたように、自らの身体を水に変換することで、あらゆる攻撃を受け付けないのだ。

 カルキノスとマーニュ、両者共に防御に特化した武人――故にこのままでは互いに決定的な攻撃を与えられず、千日手になる可能性が高い。

 

 悩みどころだが――カルキノスにしてみればそうして多くの時間をかけることは望むところ。それに元より、ここを死地と定めている。


 カルキノスが槍を構えれば、マーニュも無言のまま剣を正眼に構える。

 両者の間で闘気が熱せられ、極限の緊張感が漂う。

 そして、それらが一気に弾け――


「待て!」

「そこまでだよ」


 ――る前に、両者の間に二人の男女が割って入ったことで、激突は避けられた。


「む……オティヌス殿?」

「あんた、一体どうして……?」


 カルキノスを制したのは赤髪の女性――オティヌスで、マーニュを制したのは鬼面を被った男、蓮であった。

 

 動揺する二人に、蓮が口を開く。


「エルミナ聖王国とは一時休戦になった。同盟各国の王次第ではあるけど、停戦して講和すらあり得るかもしれない」


 ――告げられた言葉は、衝撃の内容であった。 

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