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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
十章 解放戦争
194/223

五話

続きです。

 そこは奇妙な空間であった。

 見渡す限り黒――果てしない闇が広がっている。

 かと思えば、唐突に複数の篝火が灯り、頼りない光を以って五つの玉座を照らし出した。

 それらは円を囲むようにして鎮座している。

 

 既に四つの玉座は埋まっていた。

 座する者たちはただ黙っているだけであったが、彼らが身に纏う絶大なる覇気は、人の身では決して漂わせることができぬほどである。

 

 異常なほどに厳粛な空気が流れる空間に、突如として足音が響き渡る。


「待たせてしまってすまないね」


 常人であれば近づくだけでその重圧に耐えきれず倒れてしまう――そんな場に悠然とやってきたのは、闇より深い黒を持った少年であった。


「ほんに遅かったのぅ。妾は退屈で死にそうだったぞえ?」

〝天魔王〟(マーラ)に賛同するわけではないが……確かに遅かったな」


 玉座に足を組んで座っていた紫銀の髪の女性が言えば、右隣の玉座に座する赤髪の大男が低くも腹に響く声で非難する。


「別にちょっとくらいいいじゃねえか。千年間待った俺らにとってこれくらいなんてことないだろ?な、〝白夜王〟(ガイア)?」

「……どっちでもいい。それより計画の進捗を聞かせて――〝黒天王〟」


 残りの二人――金髪金眼の粗暴さが滲む男が白銀の長髪を持つ少女に同意を求めれば、彼女は素っ気なく話題を変えた。


 個性が強すぎる一同に苦笑いを浮かべた少年――蓮は、空いていた玉座に座り込む。


「早速だけど現状を伝えよう。アインス大帝国を始めとする同盟各国がエルミナに侵攻を開始した。戦力差や士気を考えると、このままいけば勝つのは同盟側だろうね」

「ハハッ、だろうなぁ。同盟側が集めた戦力は、歴史上類を見ないほどだ。これ以上の兵力が動いたのはそれこそ千年前の大戦時くらいなもんだろ」


 蓮の報告に金髪金眼の男――〝日輪王〟(ソル)が笑い声を上げた。


「……でもそれは人族だけが戦った場合に限られる」


 と、白銀の少女――〝白夜王〟が懸念を口にすれば、同意だと赤髪の大男――〝星辰王〟(ユースティア)が言葉を発する。


「〝世界神〟を騙る〝創造王〟(ルミナス)……奴が動き出せば戦況などいくらでもひっくり返るぞ」

「ほんに不愉快なことじゃが、あ奴には〝創造〟の権能があるからのぅ」


 同じ神であるのに五柱の〝王〟がたった一柱の〝王〟に追いやられた理由がそこにあった。

 そもそも神と呼ばれるこの世界を創造した存在は一柱だけだったのだが、その〝唯一神〟ともいうべき存在はこの世界を捨て去って行った。

 その際に世界の維持管理のため、自らの力――権能を六つに分けて残していった。その権能が自我を持ったのが〝王〟と呼ばれる存在なのだ。

 これが六柱の神誕生の真実である。

 

〝白夜王〟が〝生〟を司るように、〝創造王〟もまた〝創造〟という権能を所持していたのだが、これが如何せん強力過ぎた。

 無から有を生み出す〝創造〟の力は絶大で、生命や物質を創るだけに留まらず世界の理すら新たに生み出すことができてしまう――故にその事実に気づいた〝創造王〟は〝同じ神である他の五柱では絶対に自分には勝てない〟という理を創り上げ、結果五柱――〝五大冥王〟と呼ばれる存在は世界の隅へと追いやられてしまう。


 それからおよそ千年――〝創造王〟は〝世界神〟を名乗り、世界を意のままに支配してしまう――暗黒期あるいは〝停滞期〟の始まりだ。

 

「だからこそキミたちは千年かけて準備してきたのだろう?奴に抗う起死回生の一手を編み出すために」


 と、蓮が四柱の神々を見回せば、〝白夜王〟が頷いた。


「準備はできてる。……後は機を伺うだけ」

「そうか……なら、話は早い」


 蓮が鬼面を外す。赤と黒、深紅と漆黒の光が闇に浮かび上がった。


「先ほども言った通り、〝世界神〟支配下の人族は完全に抑え込んだ。念を入れてあらかじめ仕込んでおいた策もここに来る前に発動させておいたから、万が一もないだろう」


 玉座のひじ掛けに腕を預けて、淀みなく語る蓮。


「次に相手が仕掛けてくるのは現有戦力――天使たちによる攻撃だろう。それを退けたとしても、〝創造〟の権能をなんとかしなければ再び生み出されてけしかけられるだけだ。だから――」

「妾たちの出番、というわけじゃな?ふふ、遂に……のう」


 艶美な笑みを刻む〝天魔王〟に不快げな視線を投げつつも首肯する。


「そうだ。……既に〝絶対悪〟(アジダハーカ)の準備も整っている。時が来たら一気に勝負を仕掛けるつもりだから、いつでも出れるようにはしておいてくれ」

「良いだろう。我らはそのように動くとしようではないか」


 蓮の言に〝星辰王〟が賛意を示せば、他の〝王〟らも異論はないらしく何も言ってこない。

 同意を得られたら、後は進むだけだ。


 蓮は玉座から立ち上がると、来た時と同じ道を歩いて立ち去っていく。

 その背中を〝王〟たちはそれぞれの思いを孕んだ眼で追うのだった。



 *****



 エルミナ聖王国東部、フィラクトの町。


 アインス大帝国との国境を守護するために建造された町であり、規模が大きいのが特徴だ。

 堅牢な城壁で四方を囲み、その内部に街並みが広がっている。

 中央には砦があって、そこは司令部となっている。


 神聖歴千三十四年四月二十日。

 アインス大帝国女帝ルナは、そんな司令部へと足を踏み入れた。


「皆、久しぶり」


 部屋の中にいた者たちに向かって言えば、それぞれ返事を返してくれる。


「お久しぶりですね……といってもいいのでしょうか。あまり月日が流れていないとは思いますけど」


 苦笑を浮かべたのは緑髪の少年。グラナート公国公爵、レグルス・エクセス・グラナートだ。


「ふむ、別によいではないか。女帝にとっては長く感じる時であったのだろうよ」

「確かにそうかもしれませんね。待ち遠しかったのでしょう」


 ヴァルト王国国王リチャードが一笑に付し、エーデルシュタイン連邦代表オルティナも笑みを浮かべる。


「ルナ女帝陛下、お初にお目にかかります。最高議長ヨーゼフさまに代わってアルカディア共和国軍を率いております、スピールと申します」


 この場で唯一、生粋の軍人である男スピール将軍が律儀に頭を下げてくる。

 ルナは顔を上げるよう言ってから微笑を向けた。


「貴国の軍は精強。三年前の戦いでもとても頼もしかった。今回もよろしく」

「はっ、ご期待に沿えるよう粉骨砕身する所存です!」


 挨拶を済ませたところで、全員が着席する。すかさずルナは壁際に目配せした。

 すると一人のアインス高官がやってきて、机上に置かれた地図を使って戦況を説明しだした。


『私から現状についてご説明させて頂きます。まず、エルミナ領土に侵攻中のアインス各軍についてです』


 地図上の駒が動かされ、全員の視線が向けられる。


『北方面に侵攻中の第一軍五万は既に砦四、町三を陥落させ現在はグロッタ湿原に進軍中とのこと』

「ほほう、凄まじい戦果をあげたではないか。指揮官は誰だ?」

『ラウネン将軍です』

「ふむ……?知らぬな。そのような逸材が眠っておったとは、流石はアインスといったところか」


 リチャードが感心した様子で言い、他の者たちも頷きを以って同意を示す。

 だが、ルナは不審げに目を細めた。


「……いくらなんでも早すぎる。敵の反撃はなかったの?」


 開戦から二十日で砦四、町三を落とす。いくらブラン第二皇子の推薦した将軍が率いているとはいえ、驚異的な速度だ。


『いえ、反撃らしい反撃はほとんどなかったと報告にあります。砦はもぬけの殻で、町には住民しかいなかったと』

「……もしかしたらですが、敵は戦力を結集しているのではないでしょうか?」


 レグルスの意見にはルナもまた同意だった。


「少数かつ各地で分散して戦っても無駄に兵力を失うだけ。それならあえて敵の進撃を許して守りやすい一か所で迎撃するのが最善」


 そうすることで兵力を温存できるし、相手の油断を誘うことだってできる。

 人は誰しも連勝し続けると増長し、慢心してしまうものだ。その隙をつけば数の差を覆すことだってできるだろう。


「ラウネン将軍に早馬を出して。釘を刺しておく必要がある」

『はっ、直ちに手配致します』


 高官が壁際に控えていた副官に命じれば、彼は部屋を出ていく。


「では他の軍も危ないのでは?他方面はどうなっている?」


 オルティナの懸念に、高官が再び口を開いた。


『南方面に侵攻中の第二軍も順調で、砦五、町二を陥落させ、現在はエルミナ東部と南部に跨るアレーナ砂漠を進軍中とのことです』


 エルミナ聖王国は広大な国土故に各地の気候差が激しい。

 北部はほとんど雪原地帯であるのに対し、南部は枯れ果てた砂漠地帯が広がっている。

 アレーナ砂漠はエルミナ聖王国においてもっとも広大な砂漠で、東部の南から南部の中央まで広がっている。


『ただ昨夜伝令が届きまして、アレーナ砂漠のオアシス地帯付近で大規模なエルミナ軍と戦端を開いたとのこと。数はおよそ六万、第二軍とは一万ほど差がある状態です』

「それは……不味いですね。兵力で劣るとなれば、地の利があるエルミナ側が有利でしょうから」


 こちらは侵攻する側、対して向こうは防衛側。地の利は初めから向こうにあり、こちらが優勢でいられるのは兵力差によるものだ。

 それすら劣るとなれば、不利と言わざるを得ない。


「直ぐにでも援軍を派遣すべき」


 と、ルナが言葉を発すれば、スピール将軍が鎧を鳴らしながら手を挙げた。


「我が軍は砂漠の行軍に慣れております。お任せいただけるのであれば直ぐにでも出立致しますが?」


 アルカディア共和国は領土内に砂漠を持つ国。嘘でも蛮勇からの進言でもないだろう。

 

 ルナが一同を見回しても反論は出ない。


「ならお願いしたい。頼める?」

「はっ、我がアルカディア共和国軍は直ちにアインス第二軍の救援に向かわせて頂きます」


 立ち上がり、敬礼を向けてくるスピール将軍にルナもまた立ち上がって返礼する。

 一国の王であり、同盟の盟主という立場であっても、礼儀を尽くすべき場面というのはある。今もそういった場面だ。


 部屋を出ていったスピール将軍を見送ったルナが再び椅子に座ると、高官が説明を再開した。


『……残る第三軍ですが、砦二、町三を陥落させて侵攻。つい先ほど届いた伝令によるとプノエー平原にて展開中のエルミナ軍七万を斥候部隊が発見。戦端は開かず本軍――ルナ陛下のご指示を仰ぎたいとのこと』


 忠義厚く、堅実な戦い方を好むレオン大将軍らしい判断だった。

 中央は一番重要な場所だから確実な勝利が求められる。何せ中央にはエルミナ聖王国の首都パラディースがあるのだから。


「交戦を許可すると伝えて。第三軍なら十分勝てる」


 敵は七万で地の利を持つが、アインス第三軍は十万で指揮官は覇彩剣五帝〝黄帝〟の所持者レオンだ。加えて彼は大将軍として指揮能力が高く、堅実であるから無謀な――損害の大きいは戦い方は避けるだろう。


 これまた第一軍への早馬を派遣して戻ってきた副官に高官が指示を出せば、彼はまた部屋を出て行った。


「えー、では我々はどうします?既にアルカディア共和国は出撃しましたが……」


 こき使われる副官に同情の視線を向けつつオルティナが議題を提供した。

 ルナは片手を挙げて注目を集めた。


「私の案を聞いてほしい」

「是非お聞かせ下さい。名高き〝戦乙女〟の軍略を見てみたいです」


 レグルスの年相応の笑顔に、ルナは首肯してから言葉を続けた。


「この戦い、侵略者は我々。だから補給線はなんとしても死守しなくちゃいけない」


 現地で略奪してもいいが、それでは民衆の武装蜂起を招いてしまう。三年前のエルミナがやったことと同じだと、大義すら失われてしまう危険性が高い。

 だから略奪はせず、本国からの補給で凌ぐのだが、そこで重要となってくるのが補給線の確保である。


「エーデルシュタイン連邦には〝天の橋〟東側――アインス領土で待機してもらい、補給線の確保及び兵站の維持を任せたい」

「我が軍はもっとも少ない三万。加えて練度もさほどではありませんから、その方がいいでしょうね」


 オルティナも同意を示した。

 そもそもエーデルシュタイン連邦は商人の国。アインスみたいな軍事国家ではないのだ。

 数で優っている現状下で、わざわざ矢面に立たせる必要を見いだせない。


 誰もが理解したのか、反論は出ず、ルナは言葉を続ける。


「既に出撃したアルカディア共和国軍はそのまま南方面のアインス第二軍と協力してもらう。グラナート軍には明日北方面に向かってもらいたい」

「北……ですか。理由をお聞きしても?」


 首を傾げたレグルスに、ルナは頷いて説明する。


「グラナート軍は騎兵が主体。その機動力を活かしてベーゼ大森林とグロッタ湿原の間を抜けて敵の背後を取ってもらいたい」


 北方面は今回かなり重要であった。

 最北端の海岸線から上陸予定のアイゼン皇国軍といち早く合流するためだ。合流するまでアイゼン軍は孤立無援。糧食や物資の補給が行えないのは軍隊にとって致命的で、もし合流に失敗すればアイゼン軍の全滅すらあり得る。


「第一軍と協調して北方面のエルミナ軍を挟撃、撃破後は速やかにアイゼン軍の元へ向かってほしいと考えている」

「確かに重要ですね。……お任せください。若輩ですが、大任を任される以上、全力で挑ませて頂きます」


 新参でありながら重要な役目を任される。それだけルナから期待されているということ――レグルスが喜色を露わにするのは無理もないといえよう。


 任せた、とレグルスに告げてからルナは地図上に眼を落とした。


「アインス本軍はゆっくり行軍して、第三軍が陥落させたヒュムネの町に向かう。そこを拠点として各地の戦況を把握、適宜対応するための予備とする」

「……まて、余のヴァルトは如何するのだ?残りは中央だけだぞ」


 リチャードが笑みを湛えて言ったが、ルナは首を横に振った。


「ヴァルト王国軍にはここフィラクトを任せたい」


 言った瞬間、リチャードの笑みが凍り付く。

 そして次第に怒気を露わにした。


「何故だ!?余の軍の兵力は強大だぞ。それをただ待機させるだと?正気か、貴様!」


 声に滲むのは隠しようのない殺気。それに覇気が混じることで空間を震わせた。

 常人であれば気を失っていたかもしれないが、ルナはリチャードと同じく覇彩剣五帝所持者で一国の王だ。


「正気。ヴァルト軍にはこのフィラクトを――一番大事なこの場所を死守してもらいたい」


 フィラクトはエルミナ聖王国とアインス大帝国を繋ぐ唯一の場所である〝天の橋〟前にある。

 いわば橋頭保であり、ここを失えば同盟各国軍は本国に帰れなくなってしまう。

 それは敗北を意味する。だからこそ、何としてでもこの地だけは死守しなくてはならないのだ。


「アインスを除けばもっとも兵力の大きな軍であり、指揮官であるあなたは覇彩剣五帝所持者。最重要拠点の防衛戦力として、ヴァルト軍以上の適任はいない」

「それは……そうだが!しかし……」


 理屈では分かっているのだろうが、感情が納得いかないと叫んでいる。

 リチャードは〝覇王〟と呼ばれるほどの武人であり、戦いを好む男だ。

 戦場こそ死に場所と考えている。だから、今回のエルミナ征伐に無理を押してまで参戦していた。


 だが、ルナは彼をみすみす死なせようとは考えていなかった。

 これ以上、覇彩剣五帝の力を引き出せば彼はおそらく死んでしまう。それは〝翠帝〟を通して、〝緋帝〟から伝わってくる想いから察することができた。

 覇彩剣五帝には意志がある。かなり大雑把な意志ではあるが、主を想うことはできるのだ。


 けれどこのことを言ったら、リチャードは更に意固地になること間違いなしだ。

 だからルナは感情論ではなく、現実を述べることで説得を計ったのだ。


「あなたしかいない。どうか受け入れてほしい。私たちの帰り道を守ってほしい」


 敵だってここが最重要拠点だと分かっているだろう。必ず奪還部隊が編制され、進撃してくるはずだ。

 ルナの理屈に破綻はない。それはリチャードを除く、各国の王たちが何も言わないことからはっきりと分かった。

 

 リチャードもそんな空気を察したのか、あるいは王としての矜持からか引き下がる。


「……良いだろう。余が必ずやこの地を死守してみせようぞ。ただし、明らかに戦局が傾いたら出陣するぞ」

「分かった。それで構わない」


 それを皮切りに室内に満ちていた殺気が霧散する。

 オルティナがほっと胸を撫で下ろした。


「決まりですね。後は……こちらに向かっているという〝黒天王〟(ウラノス)殿率いる〝天軍〟だけですか」

「この軍議が始まる前に伝令が来て、今日中には到着すると連絡があった」


 ルナはそう言って、視線を東に向ける。

 こちらに近づいてくる強大な存在――黒馬に乗る蓮の姿が〝視〟えた。

 言葉の綾ではない。確かに〝視〟えているのだ。


 そんな彼女の様子を皆が見つめる。

 リチャードは怪訝そうに、オルティナは首を傾げて、高官はその美貌に見惚れた。

 ただ一人、レグルスだけが興味深そうにルナの左眼を観察していた。

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