表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
十章 解放戦争
192/223

三話

続きです。

 月夜の皇都シュネー――皇宮ニカイア。

 

 その一角にある王の執務室は質素なものであった。

 執務机と会談に利用する長机にソファー、壁際に本棚があって壁には地図と国旗が吊るされているだけ。

 宝物の類は見当たらない。それもそのはずで、新たに即位した〝黒天王〟が部屋にあった宝物を蔵に仕舞うよう指示したからだ。


 そんな質素倹約じみた部屋には今、六人の男女がいる。

 彼らは一様に只ならぬ雰囲気を発しており、身に纏う覇気は常人のそれとはかけ離れていた。


「時が来た。これより、停滞を強いられてきた世界を〝解放〟する戦いが始まる」


 椅子に座り執務机に両肘をついて口元を隠しながら、鬼面の王が言った。


「今回の戦いに当たって、僕たちアイゼン皇国は二方面からエルミナ本土へ攻め入る」


 おもむろに立ち上がった鬼面の王――蓮が長机に歩み寄れば、皆机を囲むようにして集まってくる。

 彼らに座るよう促し、自身もまたソファーに腰を落ち着けてから話を再開した。


「まずアイゼン皇国軍には船を使い、海路でエルミナ聖王国へと向かってもらう。数は七万――指揮官はミルト、キミに任せる」


 七万もの兵を運ぶ船はアイゼン皇国にはない。

 しかし、蓮はエーデルシュタイン連邦の商人たちの協力を取り付けており、彼らに相応の金銭を支払って船を確保していた。


 蓮が隣に座る紫髪の女性――ミルト・フォン・アイゼンにそう言えば、彼女は頷いた。


「分かりました、〝黒天王〟(ウラノス)陛下。わたしに任せて下さい」


 流石は生粋の王族というべきか、公私混同はせずにいる。

 そんな彼女から視線を切った蓮は、次に扉側に座る二人の男女に眼を向けた。


「次に一万の天軍は僕の護衛として一緒に〝天の橋〟へと向かうことにする。準備は任せたよ、アリア、キール」

「お任せを、陛下。この軍議が終わり次第、即座に取り掛かります」

「兵たちを起こすなよ、嬢ちゃん。今は深夜だからな」


 今や天軍指揮官であるアリアと副官であるキールがそれぞれ了承の意を示す。

 蓮は即位するにあたって天軍の指揮権をアリアに譲渡した。だが、そのアリアが蓮に仕えているため実質何も変わってはいないのだが。


 続いて蓮は彼らの隣へと視線を転じた。


「マーニュ、キミにも一緒に来てもらうよ。エルミナ聖王国の地理に僕たちは疎い。キミの助けが必要だ」

「……分かってるわよ。けど、あんたも分かってるんでしょうね?」


 三年前の戦いで捕虜として連れ帰った女性、マーニュ・フランク・ド・メルクーア。彼女とはある約束を交わしていた。

 そのことについて念を押しているのだろう、と考えた蓮は即座に頷いた。


「もちろんだよ。誓いは必ず果たそう」

「ならいいわ……」


 相変わらずな態度に苦笑してから、最後に蓮は唯一ソファーに座っていない人物に声をかけた。


「マティアス、キミには待機してもらう。この間みたいに敵がこちらの本拠地を直接叩きに来る可能性があるからね」


 神たる〝世界神〟ならばそれが可能だ。大帝都のように突如として襲撃される懸念がある以上、誰かを残しておかなければならない。


「キミはアインスを心配しているだろうけど、あまり問題はないだろう。ルナは首都防衛を護国五天将〝南域天〟ルドルフ大将軍に任せたからね」

「あの〝鉄壁〟のルドルフか!なら安心じゃねえか」


 興奮を露わにしたのはキールだった。

 彼は強者と戦うことを何より好む生粋の武人。故にルドルフ大将軍の異名を知っていたのだろう。


「彼の戦歴を見るに、こと防衛戦や撤退戦に関しては護国五天将随一みたいだからね」


 攻めよりも守りが得意な大将軍だという。彼に大帝都鎮護を任せたのは正解というべきだ。


「更にアイゼン皇国とアインス大帝国、どちらの防衛にも参加できるように――これを渡しておこう」


 と、蓮は〝黒薔薇〟から奇妙な石を取り出し、立ち上がってマティアスに差し出す。


「……これは?」

「転移魔法がかけられている。念じればここシュネーと大帝都クライノートに一瞬で移動可能だ」


 神である蓮が創り出した物であり、眷属たる〝黒騎士〟にしか使えない代物だ。


「どうかな?これで納得してくれるだろうか」


 蓮が問いかければ、マティアスはぞんざいに頷きを見せる。


「ああ……役割を受け入れようではないか」


 これで安心だ、と蓮は言いながら再びソファーへと戻り、机上に広げられていた地図へと視線を転じる。


「おそらくエルミナ聖王国が選ぶ道は二つ。国境であり、唯一の侵攻ルートである〝天の橋〟を死守するか」


 地図上で駒を動かしながら、言葉を紡いでいく。


「わざと退いて広大な領土にこちらを誘い込み、各個撃破を狙うかだ。ちなみに僕は後者だと思っている」

「それは何故でしょうか?」


 問うたのはアリアだ。

 蓮は彼女に視線を送りつつ、説明していく。


「エルミナ聖王国は三年前の戦いで大打撃を受けている。兵力的な被害も甚大だったけど、なにより兵士たちが及び腰だろう」


 一度染みついた敗北の色はなかなかぬぐえない。払拭するには勝利させなければならないのだが、三年前の戦い以降、今日に至るまで一度も戦争は起きていない。


「士気の低下は決して軽んじてはいけない要素だ。そしてこのことは敵の首脳部も分かっているはず。となれば開戦いきなり徹底抗戦なんて愚は避けるだろう」


 士気が低い軍隊に徹底抗戦を指示したところで、誰も従うはずがない。初めは従うかもしれないが、劣勢だと理解したとたんに背を向けて逃走すること間違いなしだ。

 なにより今回彼らが相手にするのは五十万を超える大軍勢。その圧倒的な兵数、威容を目にしただけで恐れをなしてしまうだろう。


「だから相手は誘い込み、各個撃破を選択するだろうさ」

「なるほど……」


 納得だと首を振るアリアを眺めながら、蓮は思案する。


(でもそれは人族だけが戦った場合に限る)


〝世界神〟が介入してくれば、瞬く間に戦況が変化することだろう。

 そうさせないためには、彼女を相手する存在が必要だ。


(目には目を、神には神を――ってね)


 蓮は鮮烈な笑みを浮かべて、軍議を進めた。


「じゃあ、次は具体的な話に移るとしようか」



 *****



 神聖歴千三十四年三月二十二日。

 アインス大帝国首都、大帝都クライノート。


 春の兆しを感じられる気温に包まれる大帝都は人の喧騒で満ちている。

 一か月前に起きた叛乱によってこの都市は甚大な被害を被った。

 西区画はほぼ壊滅状態で、南区画も叛乱軍による略奪によって荒れ果てた。


 しかし人とは何度でも立ち上がれる生き物だ。

 惨劇から一か月以上経過した大帝都は、各地から人が集まって復興が進んでいる。

 首都であるクライノートは国家の権威。故に大勢の貴族諸侯らも協力を惜しまなかった。

 更に皇帝であるルナが国庫を解放し、復興につぎ込んだことで一気に復旧工事が進められている。


 そんな大帝都の様子を、ルナは帝城――皇帝の間から眺めていた。

 すぐ眼下には巨大な……バリスタ?のような物が城から飛び出ているのが見て取れる。


(……確かレンは大砲って言ってたっけ)


 大帝都を襲った巨人ネフィリムを討伐せしめた一撃を放った兵器。蓮から概要だけ説明されていた。もう使用できないとも。


(かつてのように四種族が共存すれば直せるかもしれない)


 そのためにも、この世界を〝解放〟する必要がある。

 世界を千年もの〝停滞期〟に縛り付けている〝世界神〟を打倒しなければならない。


「ルナ、ここにいたのね」


 鼓膜を震わせる柔らかな声。

 振り向いたルナの視界に映り込んだのは金髪碧眼の女性であった。


「マリーお姉さま、どうしたの?」


 首を傾げるルナに、女性――マリアナが苦笑を浮かべた。


「どうしたの、じゃないわよ。報告があるから玉座の間で待っていてって言いましたのに……」

「?…………あっ」


 記憶を探って思い出したルナが思わず声を発する。そういえば昼食の時に約束したなと、今更ながら思い出したのだ。


「ごめんなさい、お姉さま。ちょっと考え事をしてて……」


 夢の中で再びソフィアと出会って以来、ルナは身体に異変を感じていた。

 左眼が奇妙なのだ。近くにあるものが遠く見え、遠くにあるものが近くに見える――そんな変化だった。

 しかも稀にではあるが、覇彩剣五帝の加護をもってしても絶対に見えない距離にあるものが見えたりする。明らかに異常であった。


 先ほど大帝都の様子を探っていた時も、その異常は現れていた。まるで大帝都を上空から俯瞰しているような光景が左眼に飛び込んできたのだ。


 眼をこするルナに、マリアナが近づいてくる。


「あなたその左眼……」

「えっ、何か変?」


 人の心を覗き込む神秘の瞳〝人眼〟(イザナギ)を持つ姉に隠し事は不可能だ。

 近しい者に対して力を使ってはこないだろうが、心配のあまり使用される可能性がある。

 それに隠すようなことでもない。むしろエルミナ征伐という大事を控えた今、懸念は少しでも減らしておくべきだ。


「お姉さま、実は……」


 と、ルナが身に起きている異常を説明すれば、マリアナは目線を虚空に向けて考えこみ始めた。


「遠くが見える……しかも上から眺めているみたいに…………」


 彼女は深く思考の海に潜っていたが、やがてルナを見つめて口を開いた。


「前に古文書か何かで見たことがありますわ。でもそれがなんだったのかが思い出せない……」

「お姉さま、それは後ででもいい。今は報告したいっていう話が先」


 これはルナ個人の問題だが、マリアナが報告しようとしているのはおそらく国政にかかわることだろう。何せ彼女は宰相なのだから。


「……そうね、まずはこちらの方が先ね。眼のことは後で調べておくわ」

「ありがとう、お姉さま。……それで報告というのは?」


 感謝を告げたルナに、マリアナが手にしていた書類を渡してくる。

 それに目を通すルナの耳朶に、彼女の声が触れた。


「先ほど南方からルドルフ大将軍が五万の軍勢を連れて到着したわ。彼はあなたへの謁見を求めている」

「ん、この後会う」


 短く応じたルナに、マリアナが続けて言葉を放つ。


「この南方の五万を第二軍として西方へ――〝天の橋〟へと向かわせるわ。既に到着して待機中の第一軍と合流させるつもりなのだけれど……」

「何か問題が?」


 言い淀むマリアナに、ルナが怪訝そうな顔になる。

 だが意を決したのか、マリアナは口を開いた。


「第二軍の指揮をラインに任せようと思っているの」

「それは……彼は大丈夫なの?」


 先の大帝都襲撃時に、彼の姉が戦死した。しかも当の本人の腕の中で息絶えたのだ。精神的な負荷は計り知れないものがある。

 しばらくふさぎ込んでいて、最近になって回復してきたとは聞いていたが……それでも軍の指揮を預けることには懸念が残る。


「彼は問題ない――とレオン大将軍が進言してきたわ。それとわたくしの〝眼〟で〝視〟たけれど……大丈夫そうだったわよ」

「……なら問題ない」


 心を覗いて確かめたのなら大丈夫だろう。

 頷くルナに、マリアナが更なる報告を行った。


「じゃあラインには第二軍の指揮を任せるわ。それと東方の軍で構成されている第三軍だけど、お昼ごろにレオン大将軍から早馬が届いて、今日中には西方に入れるみたい」


 今回の征伐において、アインス大帝国は軍を四つに分けることにした。

 北方主体の第一軍、南方主体の第二軍、東方主体の第三軍、そしてルナが直接率いることになる中央並びに西方主体の本軍――この四つとなる。

 これは広大な版図を有し、軍事面に力を注ぐアインス大帝国だからこそできる行為である。

 他国はこうはいかず、一軍だけが征伐に赴く予定だ。

 ただ、何事にも例外があるようにアイゼン皇国だけは軍を二手に分けるという。


(……レン)


 遠く、北方に想いを馳せたルナだったが、それで思い出したと口を開いた。


「ブランお兄様は?」

「ブランお兄様――もとい大将軍からも報告が届いていますわ。軍の展開を終えて、待機し始めたと」


 彼女らの兄にあたる第二皇子ブランは、三年前に大将軍に任命されて北方の守護に当たっている。

 今回は三年前の戦いと同じ轍を踏まないようにと、魔物の住処となっているアインス北西のベーゼ大森林地帯前に軍を展開することになっていた。

 つまり彼は本土守護に回り、征伐に直接参加することはないというわけだ。後顧の憂いを絶ち、更に間接的には兵站の確保を行ってくれる。


「お兄様がいれば問題なさそう」

「ええ、彼は頼りになりますわ……」


 一瞬、複雑な表情を覗かせたマリアナだったが、瞬時に切り替えると次の報告に移る。


「同盟各国の動きだけど、アイゼン皇国とエーデルシュタイン連邦は昨日北方入りしたそうよ。ヴァルト王国も動きが迅速で、三日前に中央に入ったと連絡が届いているわ。アルカディア共和国はルフト属州を刺激しないようにグラナート公国との国境沿いを進んでいるそうだから、一番遅くなると思うわ」


 残るグラナート公国は意外にも動きが速く、既に西方入りしているそうだ。


「準備は万端。後は私が出立するだけ」

「そうね、明後日には出立できるよう調整しておくわ」

「ん、まずはルドルフ大将軍に会いに行く」

「彼は控えの間で待機しているわ。あなたが玉座の間に着いたら即座に謁見できる。……行ってらっしゃい」


 ルナは頷いて玉座の間へと向かっていく。

 頼もしくなった妹の背中を見送ったマリアナは、ふと思い立った。


「そういえば……〝眼〟に関する古文書をこの前ティアナに貸したわね。会いに行ってみようかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ