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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
九章 古都炎上
177/223

五話

続きです。

 翌朝。

 大橋前まで下がった叛乱軍は改めて陣地を築き上げていた。

 作業を行う兵士たちの顔色は悪い。


『なんだったんだよ、あれ……』

『祟りだ。俺たちは〝双星王〟の怒りに触れちまったんだよ』

『大帝都を襲うなんて恥知らずな真似をしたから、神々が天罰をお与えになったんだ』


 昨夜の出来事を振り返って、恐怖に身を震えあがらせていた。

 朝日の輝きですら、そんな彼らを癒すことは出来ないでいる。


 陣地の中央に置かれた司令部――大天幕では、主だった指揮官級が集められて軍議が行われていた。


「士気がかなり低下していますね……」


 早朝の軍議の中で、シエルが重々しく嘆息する。


『無理もありません。昨夜の光景はまるで悪夢のようでしたから……』

「それで、今後は一体どうするのだ?進撃しても、またあの攻撃を喰らったらお終いだぞ」


 幕僚の怯えを振り払うように、アルバが語気を強めた。

 その仕草は虚勢を張っているようにも見える。

 シエルは眼前の軍議机に近寄ると、駒を動かしながら口を開いた。


「一先ず……今日は攻撃を中止して、態勢整えなおすことに専念しましょう。明日に響かない程度の酒を許して士気を上げつつ、斥候を放って周囲に伏兵がいないかを調べます」

「それで思い出したんだが……投石を予測できなかったのは仕方ないとしても、奇襲については問題だぞ。何故こうも簡単に奇襲を許した?他方面には見張りを立てていたはずだが」


 シエルの言にアルバが食いつく。


『確かに……見張りは何をやっていたのだ?』

『敵は東から来たらしいな。東の担当は誰だったか……』


 ここぞとばかりに責任の所在を明らかにしようとする幕僚たち。

 彼らは貴族であるから、味方であっても蹴落としたいという戦後を見据えた思いがあるのだろう。

 だが、今は不要な考えだ。大事なのは既に起こってしまった過去ではなく、今後なのだから。


 シエルは机上の駒を強めに置いて注意を集めると、全員の顔を見回して告げる。


「今話し合うべきことは他にあります。責任の追及は大帝都を陥落させてからやって下さい」

「……まあ、そうだな。我らに残された時間はそう多くはない。今は今後に眼を向けるとしようではないか」


 総大将であるアルバにそう言われてしまえば幕僚たちは黙り込むしかない。

 不用意に発言してしまえば、他の者に揚げ足取られてしまう懸念があるからだ。


「では軍師殿、何か策がありますかな?」

「……とりあえず、見張りを増やして奇襲を警戒させます。次に昨夜の陣地跡まで斥候を放ち、敵が再度投石を行ってくるかを確かめます。これに関しては少数では弓矢だけしか使ってこない可能性があるので、ある程度の数で行ってもらいます」

「シエル殿、そうは言うがな、志願する者がいると思うか?」


 アルバの懸念はもっともだった。

 皆、昨夜の出来事を恐れている。一部では心的外傷(トラウマ)になってしまい、幕舎から出ようとしない者まで出ていた。


(……もうダメかな)


 シエルは早々に見切りをつけ始める。

 主の命令を実行に移すにあたって叛乱軍を利用しているわけだが、こうも脆弱だとは思っていなかった。


(与えられたコレを使うしかないかも……)


 シエルが服に隠した白い鍵に外套の上から触れていると、一人の幕僚が前に進み出てきた。


「私にお任せ下さい、父上。我が配下たちはあの程度の事象を恐れておりませんので」

「おお……ラウムか。確かお前の配下は傭兵だったな」


 二人の言葉が示す通り、進み出た幕僚はアルバの息子である。

 ラウム・ブルート・フォン・ダオメン。

 父親と違って武闘派であり、鍛え上げられた肉体は比較的ゆったりとした服の上からでもわかるほどに雄々しい。

 そんな彼は傭兵と懇意であり、よくつるんでいる光景が度々みられる。


「では……頼めますか、ラウム殿」

「任せておけ、軍師殿。軟弱な兵共に我らの勇姿を見せつけてやろう」


 失礼な物言いだが、事実である。

 昨夜の現場に向かうだけで、味方からは勇敢だと賞賛されるだろうし、その味方も勇気づけられる。

 そして実際に投石がもうないと把握できれば、これ以上ないくらい士気が揚がるであろうことは明白だった。


「ラウムよ、今後がお前にかかっている。しくじるなよ」

「期待して待っていて下さい、父上。大役、必ずや果たしてみせましょうぞ」


 親子の会話に、幕僚たちが頼もしげな視線を向けている。

 シエルはそんな彼らをどこか冷めた眼で見つめていた。



 *****



 一方、防衛側――大帝都は奇妙な静けさに包まれていた。

 ライン大将軍が発令した第一種戦時体制移行の命によって生み出された静寂だった。

 大帝都の民はそれぞれの家に閉じこもり、そうでない者たちは帝城の中に収容している。

 兵士は最低限の見張りを胸壁に立てて、残りは全て休息を取っていた。無論、それが束の間のものであると誰もが理解していたが……休める時に休んでおかなければ後々に響くことも理解しているので、文句をいうものはいない。


 そんな大帝都にあって、静寂とは無縁の場所があった。帝城である。

 文官、武官問わず忙しそうに動き回り、時折ぶつかって怒鳴り声を投げあう始末。

 避難民に関する事象、防衛に関する事象――様々な難題を解決すべく、彼らは身を粉にして働いているのだ。


 自分が生み出した束の間の時間で、ラインは帝城を訪れていた。

 目的はマリアナ宰相らと会話をするためである。

 大勢の人の合間を抜けて、控えの間に向かう。そこは臨時の司令部になっていた。

 玉座の間は使えない。皇帝不在の状況で使用することは固く禁じられているからだ。


 敬礼を向けてくる兵士に返礼して部屋に入る。

 中には長机が置かれていて、その上には大帝都と周辺の見取り図が敷かれていた。


「マリアナ宰相、バルト長官、ティアナさん」


 長机を囲むようにして立っていた三人の人物に声をかければ、彼らが一斉に振り向いてくる。


「ライン、ご無事でなによりですわ。それと敬語は不要ですよ。ここには今、私たちしかいませんから」

「マリアナ殿下の仰る通りだ、ライン大将軍。まあ、仮に誰かいたとしても、護国の英雄に文句をいうとは思えんがな」


 マリアナ、バルトが順に話しかけてくる。ティアナも頷いて同意を示している。

 それはありがたいと、ラインは軽く会釈して長机に歩み寄った。


「お言葉に甘えて片っ苦しいのは抜きにさせてもらう。時間も限られていることだしな。……まず、バルトさんに質問だ。例の投石機はこれ以上ないのか?」

「残念ながらない。……やはり壊れてしまったのか?」

「うん……といっても壊れたというよりかは、一時的に使えなくなったといった方が正しいかもしれない」


 大帝都に秘匿されていた特殊な投石機。

 それはただ巨大な岩を投げるだけでなく、岩に炎を付与させることができる代物だ。

 千年前に作られたものであり、現代の技術では再現不可能。

 そのため、技術者が総出で対処してなんとか使用はできたのだが、一度使ったきり動かなくなってしまい、どうすれば再び使用可能になるのかが不明であった。


「文献が残っていれば、また違ったのでしょうけど……」

「仕方ありませんよ、マリアナ殿下。大粛清で多くの文献が失われましたから」


 バルトが言っているのは、アインス第五代皇帝の時代に行われた大粛清のことだ。

 何があったのか、詳しいことすら伝わっていないが、帝城の一部が燃えるという前代未聞の事件があり、その際に多くの文献が失われてしまった。

 そのせいで、帝城や大帝都が本来持つ防衛機構のほとんどが使用不可になってしまっている。


「たらればを言っても仕方ないだろう。それより今後をどうするかが重要だと私は思うがな」


 静観していたティアナが口をはさんできた。

 ラインは頷いて話を進める。


「一先ず投石機と奇襲の合わせ技で叛乱軍を後退させることには成功した。いずれ投石機が使えないことがバレるとはいえ、兵たちを休ませる時間を得たのは大きい」


 加えて時間を稼げば稼ぐだけこちらが有利となる。援軍到着まで耐えれば勝ちなのだから。


「あとはどれだけ耐えればいいのかだけど……援軍についてはどんな調子なんだ?」

「各地に向けて早馬を出したのが昨日の昼。一番近い東部方面軍には今日の夜頃着くと思いますわ」

「ルナ姉のところにはどれくらいで着くと思う?」

「早くて明日の夜頃だろうな。それでも、こちらに到着するのは五日後だろうが」


 と、バルトが重々しげに息を吐いた。

 現実の非情さを嘆いてのものだ。

 誰もが同じ思いなのか黙り込んでしまう。


 そんな控えの間に、兵士が息を切らせて入ってきた。


『ご、ご報告申し上げますっ!敵斥候と思わしき部隊が城壁に接近。弓の射程圏ぎりぎりのところでこちらの様子を伺っています!』


 ラインが顔に手を当てて呻く。


「もう来たか……分かった、すぐに行く。見張りには弓矢を装備させて、射程圏内に入ったら即座に撃つように伝えてくれ。決して無駄に撃つなよ」

『はっ、直ちに』


 踵を返して去った兵士の背から目線を外してため息を吐く。


「まさかこんなに早いなんて……叛乱軍には少なからず度胸のある奴が一定数いるようだ」


 接近した部隊というのは、おそらく様子見のためだけの部隊だろう。投石の有無を見極めようとしている。


「叛乱軍に加わるような連中だと侮ったのがまずかったかな。……おれはもう行きます。帝城のことは頼みました。それともし城壁が破られそうになったら、第二防衛線まで下がる案でいくので、準備をお願いします」

「わかりましたわ。こちらはわたくしたちに任せて、ラインは防衛に専念していいですよ」


 頼もしい返事を背に、ラインは控えの間を後にした。



 結局、叛乱軍が攻めてくることはなく、籠城二日目は穏やかに過ぎ去っていった。


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