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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
九章 古都炎上
176/223

四話

続きです。

 陽が沈み、半月が顔を現す。

 雲一つない空で、銀色に輝いていた。

 月光の下、多くの篝火が焚かれている場所がある。

 大帝都クライノート――南門付近。

 叛乱軍五万の軍勢による夜間攻城戦が行われているのだ。


 休むことなく継続される波状攻撃に、大帝都守備隊の疲労は着実に溜まっていく。

 このままでは援軍到着まで持たない――そう判断した守備側指揮官ライン大将軍は一手、策を打つことを決意した。


 時刻は午前二時。

 城壁では依然として戦闘が続いていたが、指揮官たるラインは別の場所にいた。大帝都東門前である。


『投石機の準備完了致しました。いつでも撃てます』

「なら行くとしよう。おれたちが門を出た直後から攻撃を始めるように伝えてくれ」

『はっ』


 ラインは馬上から伝令にそう命じ、背後に向き直る。

 そこには一千の騎馬隊――第七守備隊の面々がいた。

 皆精悍な顔つきであり、この作戦に対する意気込みが現れている。


「気負っている奴はいないな?いるなら誰かに背中でも叩いてもらえ。確かに今回の作戦はそれなりに重要ではある。が、仮に失敗してもなんの問題もない。一番大事なのは生きて戻ることだ」


 今から行う作戦は敵の数を少しでも減らし、士気を乱すことを目的としている。僅かな時間でもいいから攻撃の手を止めさせ、こちらが休息を取る時間を確保するためだ。

 だが、その過程でこちらが多く命を落としてしまったら意味がない。

 故にラインは作戦の重大さで過度に緊張しすぎてしまわないようにと、告げているのだ。


「敵は叛乱軍五万、確かに数は多い……でも、所詮大義無き連中だ。そんな奴ら盗賊となんら変わらない。大義はこちらにある。皇帝陛下不在の大帝都を護る我らにこそ義はあるのだから」


 ラインは腰から魔器〝堕雷〟を抜き放つと、天に掲げる。

 白刃をうっすらと紫光が覆っている。千年前、世界を支配していた最強の種族、魔族が所持していた魔力の輝きだ。


「故に〝双星王〟の加護は我らにある!〝創神〟に勝利の誓いを奉げよ、〝軍神〟に勝利を献上せよ。さすれば我らの後顧に憂いはなし!」


 軍服の上から羽織る藍色の外套が風に揺れる。

 ラインの前髪が弄ばれ――吹き抜けた後には決意漲る表情だけが残った。

 兵士たちの間に熱が生まれる。それは闘志の現れだ。


 ラインが前を向いて剣先を胸壁へと向ける。

 そうすれば、合図を待っていた兵士たちが門を開けるべく動き出した。


 東門――開門。

 ラインは手綱を握りしめ、馬の腹を蹴って指示を下す。


「第七守備隊――出撃ッ!敵の脇腹を食い破るぞ!」

『『オオオォ!!』』


 騎馬一千が城外へと繰り出す――と同時に、夜空を朱い閃光が切り裂いた。



 *****



 叛乱軍司令部は混乱状態にあった。


『だ、大帝都から攻撃っ!無数の火の玉が飛んできます!』

「火の玉だと?一体何のことだっ!?」

『た、確かなことは不明です。しかし、その火の玉に我が軍が襲われ、戦場は混迷としている状況にあります!』


 兵士の報告にアルバが喚く。


「だから、それは一体なんなのだ!火矢とは違うのか!?」

「アルバ殿、落ち着いて下さい」


 上司の恫喝じみた声に委縮していた兵士の背後からシエルがやってくる。

 フードを被っているため表情がつかめないが、身に纏う雰囲気から焦りを感じ取れる。


「敵の攻撃です。大帝都から投石されています」

「投石?馬鹿な、大帝都には投石機など存在しないはずだぞ」

「ならご自分の眼でお確かめになるといいでしょう。付いてきてください」


 と、シエルは有無を言わさぬ口調でアルバを司令部たる大天幕から連れ出した。

 そんな二人の視界に映り込んだのは――想像を絶する光景であった。


「な、なんだこれは……」


 アルバが呆然と呟く。

 無理もないことだと、シエルは思った。自分も初めはそういった反応だった。


 

 ――夜天を切り裂く煉獄の炎。



 そう表現せざるを得ない。

 大帝都のそびえたつ城壁を越えて、巨大な火の塊が降ってきているのだから。

 火塊はいくつも飛んできては叛乱軍の陣地に落下している。

 上空からの攻撃に兵士たちが成すすべなく襲われていた。

 ある者は直撃を喰らって圧死。それを逃がれたとしても、着弾と同時に大地に広がる炎に襲われて焼死してしまう。

 辛うじて逃れている者もいたが、次の瞬間には次弾に襲われ絶命していった。


「なんだ……なんなのだこれはっ!?こんな――馬鹿なことが……」


 慌てふためくアルバ。

 指揮官がそのような醜態をさらすのはどうなのかと苦言を呈したくもなるが、今はそれどころではない。

 シエルは落ち着き払った態度で口を開いた。


「落下してきた炎の塊をよく見てください。見ればあれが炎を纏った巨大な石だと分かりますから」

「石!?あれがか?…………た、確かにそのようだな」


 動揺を隠しもしないアルバがようやく現状を理解し始める。


「つまり……これは天の裁きなどではなく、守備側の攻撃――投石機によるものだということか?」

「その通りです。もっとも、不可解な点が見受けられる投石ですが……今はいいでしょう。ひとまず全軍を後退させるべきだと進言させていただきます」

「撤退しろというのか!?」

「誰も撤退なんて言ってません。後退です、戦略的後退。ひとまずこれ以上の被害を被らないために下がるべきでしょう」


 投石機による攻撃は確かに大きな損害をこちらに支払わせている。だが、弾となる石は有限。いずれ撃てなくなることは明白だった。


「夜間であることが幸いしました。敵は正確な狙いをつけられていない。ですから、一先ずばらばらに後退させ、大橋前で再編し直せばいいかと」


 無理に固まって逃げても、そこに投石が来たら損害が大きくなってしまう。ならば、的を分散させる意図もかねてとにかく後退せよと命令を出せばよいと考えたのだ。


「いくらなんでも大橋までは届かないでしょう。さあ、ご命令を」

「わ、わかった。おい、伝令!」


 シエルの説明に納得したのか、アルバが兵士を呼びつけて指示を下した。

 混迷極まる戦場に角笛の音色が響き渡る。後退の合図だ。

 耳朶を打つ音色の中で、シエルはふと疑問を抱いた。


(なんで敵は昼間ではなく、夜間を選んだんだろう)


 狙いをつけられない夜間ではなく、明るい昼間に行えばこちらの被害を大きくできたはずだ。


(恐怖心をあおるため?でも、それよりは狙いをつけたほうが効果的……)


 司令部を見つけ、そこに集中して攻撃すれば一気に戦いを終わらせることだってできたかもしれない。

 だというのに――、


「シエル殿、我らも早く下がりましょう。ここは危険ですからな」


 アルバの切羽詰まった声に、シエルは思案を半ば強制的に打ち切られる。


「……そうですね。とりあえず私たちも――ッ!?アルバ殿、下がって!」

「は?何を言って――おわぁ!?」


 アルバを突き飛ばしながら、シエルは剣を抜き放ち頭上に掲げた。

 


 直後――衝撃が襲い来た。



 次いで甲高い金属音が鳴り渡る。

 上から加えられた斬撃を己が剣で受け止めながら、シエルは驚愕の声を上げた。


「いつの間に……それに、やはりあなただったのね――ライン!」


 対する襲撃者――馬上から激烈な斬撃を加えたラインもまた驚愕していた。


「そんな……なんで姉ちゃんがここにいるんだよ!?」


 シエルは答えず、代わりに己が剣――〝聖炎〟(カーテナ)の力を発動させる。

 刀身から神々しき炎が吹き上がり、ラインを襲う。


「ッ!?厄介だな……っ」


 ラインは即座に腕力による押し合いを止め、馬から飛び降りた。

 危険を察知した馬も逃げようとしたが間に合わず、〝聖炎〟の炎に包まれ嘶きを上げながら絶命していった。

 炎は馬を喰らっただけでは満足せず、まるで生き物のように蠢いてラインに襲い掛かる。

 しかし――ラインが所持する得物も尋常ではなかった。


〝堕雷〟(ベリアル)よ、焦がし尽くせ!」


 紫光が輝きを増し――直後迅雷が迸る。

 その一撃は炎をあっさりと打ち払った。

 追撃はない。

 ラインは戸惑いつつも、剣先を下ろさず詰問する。


「何故……何故裏切った!?ルナ陛下に恨みでもあったってのかよ!」


 弟と対峙するシエルは不自然なほど(、、、、、、)無表情で答えた。


〝世界神〟(ルミナス)さまのご意思に従ったまで。あの方に生み出された私たちには、従う義務がある」

「はあ!?なに言ってるのかわかんないよ。ちゃんとわかるように話せよ!」


 怒るラインだったが、シエルは悲しげに目元を伏せて黙り込んでしまう。

 二人の耳朶に触れるのは、混沌とした戦場の音だけ。

 怒号、怨嗟の声。それらをかき消すほどの轟音は、炎に包まれた投石が着弾する際に生じている。

 黙り込む時間は二人にとっては長く、世界にとってはほんの一瞬、刹那のことで。

 不意に、馬蹄が地面を揺らし、ラインは部下の声を聞いた。


『ライン大将軍、時間です!お手を!』

「っ……もう終わりか。後で必ず聞かせてもらうからな、姉ちゃん」


 背後からやってきた騎馬の集団は第七守備隊。

 先行したラインに追いついたのだ。

 先頭を走る兵士が馬上から片手を差し出す。

 ラインはその手をとって馬上に上がると、兵士の後ろに乗った。


「奇襲は成功だ!このまま撤退するぞ!」

『『オウッ!』』


 馬蹄の音響かせ、ライン率いる騎馬隊が戦場を後にする。

 その背を見つめながら、シエルは手を伸ばす。


「ライン……」


 救いの手が差し伸べられることなどないと知りながらも、シエルは成長した弟を求め続けた。

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