三話
続きです。
そして大帝都攻防戦の幕が明けた。
大帝都クライノートの南門――そこでは凄まじい熱気が立ち昇っていた。
「攻城塔を前に出せ!破城槌もだ!!」
叛乱軍五万の軍勢が、堅牢で知られる大帝都の城壁に迫る。
「怯むな!攻城兵器を積極的に狙え!あれらを破壊すれば我らの勝利は決まったも同然だぞ!」
対するは大帝都守備隊五千。
アインス大帝国に四人しかいない護国五天将〝西域天〟ライン大将軍に率いられることで、数的不利にも関わらず士気は衰えることを知らずであった。
『アルバ様、敵の抵抗が予想以上に激しく、攻城兵器を城壁に近づけることが困難な状態です』
「ぬぅぅ……こちらは五万だぞ!?何故敵の士気が下がらんのだ!?」
『事前の軍議で話題に上がりましたが、現在大帝都の守備を一任されているのはかのライン大将軍です。彼が陣頭指揮を執っていることで、士気が一切低下していないものと思われます』
ライン大将軍。
その名が知れ渡ったのはおよそ三年前――第一次宗教戦争の時である。
エルミナ聖王国との決戦において、窮地に陥った女帝――当時は第五皇女――を単騎で守り抜いたことから始まり、その後にアイゼン皇国と共同で行われたベーゼ大森林制圧作戦で目覚ましい活躍を果たす。
これらの功績を以って一兵卒から大将軍へと上り詰めた生ける伝説。
その後も女帝に付き従って様々な改革を成し遂げ、今では最も栄誉ある首都防衛を任せられている。
「だが所詮は個人の武力、圧倒的な数で押しつぶしてしまえばよかろう!」
『現状では不可能です。攻城兵器を使おうにも、敵の反撃が激烈で、城壁にとりつくことすらできていませんので』
叛乱軍五万は戦力を南門に一極集中させている。
理由としては、早期に攻め落とさなければならないという条件が課せられているためだ。
日数をかけることは許されない。許してしまえばアインス全域から敵の援軍が訪れてしまう。
そうなれば敗北は必定であった。いくら五万という大軍を率いているとは言っても、西方を除く各方面軍は最大で二十万という圧倒的兵数を誇っている。
まともにやりあえば一瞬で蹴散らされてしまうことだろう。
(だが、その前に大帝都を陥落させればこちらの勝ちだ)
国家の権威である首都さえ手に入れてしまえば、なし崩しで権力が手に入る。
後は女帝が帰還する前に経歴を詐称した孤児を皇家の一員であると公表し、玉座に付かせれば勝利となる。
――とアルバは考えていたが、隣に立つシエルは馬鹿を見るように冷めた視線を彼に送っていた。
(そんな杜撰な計画でこの国を手に入れることができるわけないのに)
確かに大帝都を陥落させるという歴史的偉業を成し遂げれば、ある程度の権力が一時的には手に入るかもしれない。
だが、現状の最高権力者であるルナ皇帝が存命である以上、各方面からの援軍は彼女の元にはせ参じるだろうし、その後は彼女を旗頭に大帝都を奪還しにくるだろう。
民衆も、周辺諸国もルナを支持する。大義名分がどちらにあるかなど誰の眼にも明らか。
故にこの戦い、勝敗は開戦した時点で決まっているようなものだ。
(けれどエルミナ聖王国にとっては好都合。今年中に開始される征伐を前に、先手を打っておけるのだから)
今回、シエルはエルミナ聖王国――その上に君臨する〝世界神〟の意思の元、行動している。
女帝の改革に不満を抱いていた貴族に近づき協力を申し出て蜂起させる。アインス大帝国に打撃を与えられれば良し、成功しなくとも本当の目的を達成するための囮とする。
更に成功率を少しでも上げるため、エーデルシュタイン連邦に女帝を赴かせる策を弄した。
(今のところ、全て上手く行っている)
そう、全て上手く行っているのだ。
攻城がなかなか進まないのも予想通り。アルバたちにとっては予想外だろうが。
「シエル殿、話が違うではないか!全然突破できていないぞ!?」
案の定、アルバが鼻息荒く責め立ててきた。
シエルはため息を吐きたいのを我慢して、代わりに軍師として進言する。
「まだ初日ですから、敵の士気が高いのは当然です。ですが敵は多く見積もっても一万程度、対してこちらは五万です。昼夜問わず絶え間なく攻め立てれば士気は下がり、矢や刀剣の予備は尽きる。そうなれば攻城兵器を近づけることが可能になるでしょう」
叛乱軍五万が選んだ策は波状攻撃であった。
軍を何陣にも分け、代わる代わる攻め、敵に休む暇を与えない。
絶え間ない攻撃に晒されることで敵は疲弊していくが、こちらは一回戦線に加わった第一陣を下げ、代わりに第二陣を前に出し、その第二陣が疲弊したら今度は第三陣……というように攻撃を続行でき、その間に下がった第一陣に休息を与えて、補給を行ったら再び戦線へ……と安定した流れで戦えるのが利点だ。
「どれほどの精兵であっても、休みなく戦える者などいません。それはライン大将軍であっても例外ではない」
疲労は厄介だ。
ちょっとしたミスから始まり、やがては致命的な隙を生んでしまう。
どんな強者であっても、疲労から逃れられる者などいない。
「そして、どんなに強固な城壁であっても、決して崩れない城壁は存在しない。こちらは圧倒的な数を惜しみなく使い、堅実に勝利を掴めば良いのです」
「だ、だが援軍はどうする?時間をかければかけるほど、こちらは不利に近づき、敵は勢いづくのだぞ?」
アルバの懸念はもっとものこと。
しかし、シエルはよどみなく言い切る。
「一番近い東部方面軍でも、ここに来るのに五日ほどかかります。大帝都から出立した早馬が届く時間も考慮すれば、七日はかかるでしょう。一週間もあれば落とせます」
万が一の備えも持たされている。援軍到達までに陥落させられないと分かった時点で使えと命令されていた。
「とにかくこちらは攻撃の手を休めてはいけません。攻城兵器を壊されないように守りつつ、敵の注意を分散させるために攻撃が届かないギリギリのところまで前進させてください」
自信をもって言い切られたアルバは、ならば問題ないかと頷いた。
「分かった、軍師殿の指示に従うとしよう」
そんなアルバから視線を外したシエルは、眼前にそびえる堅牢な南門――その上の胸壁に注意を向けた。
強大な魔力を持つ存在が――弟がそこにいるからだ。
(さあ、ライン。あなたはこの窮地をどう切り抜けてくれるの?)
*****
シエルの視線の先――南門の胸壁に設置されている詰め所では、ラインが各所から届く報告に指示を飛ばしていた。
『敵第一陣、後退していきます!代わりに第二陣が前に出てきました!』
「後退する連中は無視しろ。前進してくる奴らだけを叩け。とにかく城壁に近づけさせるな!」
『攻城塔に動きあり!右側の二棟が徐々にですが、前進しています!』
「ハッタリだ。戦況が膠着している状態で前に出すわけがない。こちらの矢を消耗させるための囮だろう。最低限の監視だけつけて、後は無視していい」
扉の無い窓から戦場全体を見回しつつ、時折幕僚が精査した情報に的確な指示を出してさばいていた。
眼下に見える戦場は、開戦当初こそ混沌としていたものの、今では変化があまり見られない状況となっている。
(だが、それはうわべだけのものだ。油断はできない)
着実にこちらの矢は減っているし、疲労もたまりつつある。
このままではじり貧、何か策を打たなければならないだろう。
(もうじき日が暮れる。策を弄するならその時だな)
夜の暗闇では極端に視界が悪くなる。攻撃の手も緩まる可能性があった。
しかし、それは今回の場合当てにできない。
(叛乱軍は短期決戦を狙っている。夜であっても攻撃は続行されるだろう)
加えて今日は雲がほとんどない。月明かりが大地を照らすだろう。
(今日の天は敵の味方か……)
敵の攻撃は止まず、こちらはとことん付き合わされる羽目になると容易に予想できた。
(機はまだ訪れない。今日はひたすら耐えしのぐしかないか)
とはいえ、こちらには予備兵力がない。戦い続ける日が連続すれば非常に不味い事態に陥る。
(疲弊……果てには全滅だ)
戦い続けられる兵士など存在しない。神器や魔器の所持者であっても、無理不可能である。
ラインは重々しい息を吐き出すと、おもむろに長机に近寄った。
乗っている数々の書類を漁り、目的の一枚を取り出して呟く。
「投石機か……そういえば敵方にもあるんだったな」
何故使用してこないのかは不明だが、使ってこないのであればそれに越したことはない。
ラインは大帝都に置かれている特殊な投石機の詳細が記された紙を手に、一人の兵士を呼びつけた。
『何用でしょうか?』
「例の投石機だが、整備は終わったのか?」
『はっ、大帝都の技師が総出で行っておりますが、使用可能な状態となるのは最短で深夜二時頃になるかと』
「二時か……」
ラインは思案げに紙面に視線を彷徨わせる。
(夜中……加えてこの投石機の存在を向こうが知らないことを踏まえると……)
一手、打ってみる価値はあるだろう。
ラインは考えを纏めると、兵士に指示を下す。
「その時間で構わない。攻撃を行えるようにと現場に伝えてきてくれ」
『はっ、了解致しました!』
立ち去る兵士とは別の兵士を呼び止め、更なる指示を下す。
「第七守備隊に現時点を以って下がるように伝えよ。その後は休息しつつ騎馬の準備をせよとも伝えてくれ」
『騎馬、ですか……?』
この状況下で騎馬を準備させることに疑問を抱いたのか、兵士が戸惑いを見せる。
そんな兵士に、ラインは悪だくみを考えているかのような笑みを向けた。
「こちらが敵の動きに合わせてやる義理はないからな。かき乱してやるのさ」




