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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
九章 古都炎上
173/223

一話

続きです。

 時は二日ほど遡る。

 神聖歴千三十四年二月八日――正午。

 

 太陽が中天に差し掛かり、世界を光で覆っている。

 その眩いばかりの輝きは、寒さを一時的にだが忘れさせてくれるものだ。

 アインス大帝国首都クライノート――俗に大帝都と呼称される偉大なる都市は、今日も活気で満ちていた。

 

 クライノートは所々に小高い丘が点在する平野に建てられている。

 四方を流れるザオバー川という天然の防壁に囲まれていて、そこを渡るには四つある大橋を利用しなければならない。

 平時は水位が低いため、馬に乗っていれば橋を使わずとも渡れるが、戦時においては大帝都で水門を操作して水位を任意で上げることが可能なため、防壁として優秀と言える。

 三年前に起きた叛乱の際には、この機構を利用して叛乱軍の侵攻を妨げることに成功していた。


「そこを仮に突破したとしても、今度はこの城壁が阻むわけか。なるほど、伊達に軍事国家を名乗っているわけではないということだな」


 クライノートを取り囲む城壁――その胸壁で蒼髪蒼眼の女性が感心したと頷いていた。


「長年戦火に晒されていないとはいえ、常に補修点検は怠っていないですからね」


 返事を返すのは女性と同じく青髪青眼を持つ少年。こちらの方が色彩が淡く、例えるならば深海と浅瀬といったところだろう。

 

 着装していた軍服の上から羽織っている外套が、眼下から吹きつける風に舞い踊る。


「それで、ティアナさん。本題は何ですか?まさか雑談をするためにおれを呼びつけたわけじゃないでしょう?」


 少年――ラインは大将軍の地位にいる多忙な人だ。この後も大帝都守備隊の隊長らとの会合が控えている。


 鎧を纏い騎士然とした女性――ノブレ・ティアナ・ディ・アルカディアが真剣な眼差しをラインに向ける。


「頼まれていた尋問の結果を報告しにきたんだ」


 その言葉に、ラインは周囲の気配を探る。誰もいないと分かって居住まいを正した。


「……どうでしたか?」

「目新しいことは何も。やはりこれ以上の情報を持っていないと言わざるを得ない」


 ラインがティアナに頼んだこと。それは三年前の第一次宗教戦争の際に捕虜としたエルミナ兵から、情報を聞き出してほしいというものだ。

 対象は一般兵ではなく、唯一捕縛に成功した司令官で、名をオティヌスという。

 彼女は神聖剣五天の所持者であり、牢屋には神力を抑える退神札を張っていて、力を発揮できないようにしている。とはいえ、危険であることには変わりないので、覇彩剣五帝所持者であるティアナに尋問を頼んだという経緯があった。


「隠している可能性はありますか?」

「あるだろうな。だが、軍律で拷問が禁じられている以上、どうしようもない」


 軍事国家であるアインスにおいて、軍律とは何よりも順守されるべき法だ。破れば貴族であろうとも処罰の対象になる。


 ラインは嘆息して頷く。


「分かりました。なら、これ以上の尋問は必要ないです。今ある情報だけでも十分ですし」

「確かに……エルミナ聖王国が二つの派閥に分かれているという情報を得られただけでも大きいからな」


〝聖王〟派と〝聖女〟派、二つの派閥が日々覇権を握ろうと鎬を削っているらしい。

 上手く利用すれば、内部から打撃を与えることもできるだろう。


「エルミナ征伐まであと僅か……皇帝陛下が上手くエーデルシュタイン連邦の内紛を治めているといいですが」

「ルナ殿ならば問題ないだろうさ。今や皇帝として相応しい力量を備えているからな」


 そよ風が吹く。

 二人はしばし胸壁から外を見つめていた。

 この間まで降っていた雪は止み、大地にその残滓を僅かに残しているだけだ。

 背後の大帝都からは活気にあふれた人々の声が聞こえてくる。

 そんな平穏を――、


 ウゥゥゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥゥ――


 ――あざ笑うかのように、不吉な音が響き渡った。


「な、なんだ!?」


 驚くティアナ。ラインはまさかと驚愕の面持ちだ。


「これは――警報!?ってことは……まさか」


 胸壁に手をついて眼をこらすラインの視界に、赤い煙が映り込む。

 方角は南――発生源は大橋だ。


「ライン殿、これは一体……?」

「大帝都に設置されている警報です。ザオバー川にかかる四つの大橋のいずれかが突破された時になるよう設定されています!」


 焦りを隠さず告げたラインは足早に詰め所へと向かう。ティアナは何が起きたのか悟って顔を強張らせながらも、彼の後に続いた。

 城壁内部に置かれている詰め所では、兵士たちが何事だと動揺している。

 姿を見せた大将軍(ライン)に安堵の息を漏らしつつ尋ねてきた。


『ライン大将軍、これは一体何事でしょうか?』

「南の大橋が敵性勢力に突破された――その非常事態を告げる警報だ」


 安堵から一転、唖然――次いで驚愕を浮かべる兵士たち。


『そ――それは本当ですか!?』

「認めたくはないけど事実だ」


 右往左往する兵士たち。無理もないことではあった。

 大帝都に警報が鳴り響いたのは、千年の歴史を紐解いてもたった三回だけ。

 しかも最後に鳴ったのは二百五十年も前のことで、今を生きる者たちが知らないのも無理もないことだ。

 一応、軍に入った直後に行われる説明会で警報について話されるのだが、鳴ること自体あり得ないので、記憶の底に眠ってしまっていた。

 ラインは大将軍になったばかりで、記憶に新しかった。故にすぐさま気づけたといえよう。無論、大将軍としての意識の高さも関係していたが。


 動揺する兵士たちをラインが一喝する。


「狼狽えるな!我らは栄誉ある大帝国の兵士だぞ」


 先の戦いで目覚ましい戦功をあげた少年の言葉に、兵士たちの顔つきが変化する。


『はっ、申し訳ありません!ライン大将軍、どうか我らにご命令を』

「まず大帝都全域に戒厳令を――第一種戦時体制への移行を宣言する。大門を全て閉じ、住民には家に閉じこもり外に出るなと指示せよ。観光客や商人たちなど、大帝都に居を構えない者たちは帝城前の大広場に集めるのだ。しかる後、説明を行う」


 淀みなく指示を下すラインの姿に、兵士たちは敬意を抱く。

 それでこそ天下の大将軍、軍事国家アインスにおける武官の頂点だと。


「また、大門閉鎖前に早馬を各地へ飛ばし、援軍を仰げ。無論、国外におられる皇帝陛下の元にもだ。帝城へも報告に向かい、貴族諸侯や宰相閣下に告げよ――現在、大帝都は第一種戦時体制であり、全ての指揮は大将軍たる私が執ると」

『はっ、今すぐに!』


 指示を受け、行動に移る兵士がいれば、手持ち無沙汰になって残る者もいる。

 そんな彼らに向かってラインは更なる命令を下す。


「残りの者たちを二手にわける。一方は大帝都内に残る民の避難誘導を、もう一方には急ぎ城壁にて籠城戦への備えを始めることを指示する」


 敵の構成が不明である以上、打って出るのは愚策。

 加えてここはアインス大帝国の首都、各方面から援軍がやってくるのを待てば自ずと勝利へ至れる。

 そう考えたうえでの判断であった。


 兵士たちが各々行動に移り、詰め所にはラインとティアナだけとなった。

 振り返ったラインが見たのは、感慨深げに眼を閉じているティアナの姿である。


「成長したな、ライン殿」

「ティアナさんやルナ陛下のおかげですよ。あなた方が鍛えてくれたおかげで、おれは強くなれたんですから」


 三年間、ラインはあらゆる人から教えを受けた。

 ルナやティアナから武術や軍略を、レオンやブランからは大将軍としてあるべき姿を。

 様々な教えを学び吸収して己が力とするラインの姿は、まるで綿に水が染み込むかのようであった。


「それよりも……ティアナさん、あなたには帝城に向かってもらいたい。マリアナさんやバルトさんを護って下さい。この混乱に乗じて彼らを亡き者にしようと企む奴がいないとは限らないので」


 マリアナ宰相やバルト軍務省長官といった政府高官を失えば、大帝国は機能不全に陥ってしまう。

 皇帝不在の今、政治のトップは彼らなのだから。


(何かあれば今後に響く。それは避けなくちゃいけない)


 エルミナ征伐が迫った今、彼らはなんとしても死守しなければならない人材だ。

 故に覇彩剣五帝所持者であるティアナを傍につけたいと、ラインは考えている。


 その思いが通じたのか、ティアナは首肯を返してくれた。


「任せてくれ。必ずや守ってみせよう。我が槍に誓ってな」

「ありがとうございます」

「ライン殿はどうするんだ?」


 ティアナの疑問に、ラインは腰に吊るした剣に触れながら答える。


「迎撃の指揮を執ります。大将軍としてね」


 その立ち姿に、ティアナは双黒の少年の面影を見た。


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