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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
八章 王の帰還
171/223

十二話

続きです。

 時は少し遡り――。

 

 ルナは驚愕していた。

 眼前で雄たけびを上げる敵指揮官の体が、みるみるうちに変貌していったからだ。

 二回りほど巨大化し、切断した左腕が再生を遂げる。顔つきは凶悪はものとなり、魔物と大差ない姿へと変わった。


「グ……フフフッ!見ヨ、我ガ姿ヲ!コノ魔力(、、)ヲ!」


 言葉の通り、指揮官の全身からは紫光が――すなわち魔力が立ち昇っている。


「あなたは――っ!?」

「グハハッ!我ガ名ハアルム!真ノエーデルシュタイン連邦代表デアル!」


 指揮官――アルムが、巨体に見合わない素早い動きで切りかかってきた。

 ルナは咄嗟に〝翠帝〟を持ち上げ、剛撃を防いだ。

 耳障りな金属音が発生し、火花が舞い散る。

 耐えられなかったのは地面で、ルナの足首が陥没した地面に埋まる。


「くっ……ハアァ!」


 押し込められる直前、ルナは気迫の声を上げて翠剣を支える腕に力を込める。

 主の想いに応え、〝翠帝〟が激風を刀身に纏わせた。

 凄まじい風に押され、アルムが手にしていた剣ごと宙に浮く。


「ナニィ!?」


 驚きの声を発するアルムは、空中でジタバタともがいたが、浮いている状態では無意味に等しい。

 反対にルナが風を操作して空中を優雅に泳ぐ。

 風を司る〝翠帝〟(ミストルティン)に選ばれし空の王者が牙を剝いた。


「たとえあなたが魔器の所持者だろうと、たとえ魔薬を飲んで力を得ているとしても――」


 アルムが異形へと変貌を遂げた理由に、ルナは気付いていた。

 それは魔薬と呼ばれる、異端の製法で作られた魔力の塊を呑んだからだと。

 普通の動植物が魔力を体内に宿すことによって魔物は生まれる。人もまた然り。魔力を体内に取り込めばたちまち異形と化してしまう。

 そのため、魔物の肉を喰らうことすら禁忌とされているくらいなのだ。純粋な魔力の塊である魔薬を飲んだらどうなるかなど明らかで。

 

 しかし――しかし、だ。たとえ魔薬を飲んで力を得ていても、魔器によって更に強化されているとしても――そのような些事など知ったことか(、、、、、、、、、、)


「私は、負けない。もう立ち止まらないと決意している!」


 気炎万丈――ルナの気勢に〝翠帝〟が応え、更なる力を発現する。

 清浄なる翠光が世界を満たし、大いなる風が顕現した。



 ――風華王断(ヴィンドゥール)



 宙でもがくアルムを、更なる高みから見下ろしたルナが〝翠帝〟を振るう。

 烈風の一撃――防ぐ術などない。

 アルムは咄嗟にかざした魔器たる剣ごと両断され、次いで迫り来た翠光に包まれて終焉を迎えた。

 

 大技を放ち終えたルナは、眼下を見回す。

 敵の第一、第二陣はメール軍によって瓦解していた。

 不意を突かれての重装騎馬による突撃に、成すすべなく蹂躙されている。

 圧倒的にこちらが有利――しかし、まだ気を緩めてはならない。

 何故なら、敵の本軍並びに予備軍は健在だからだ。


「ルナ殿、ご無事か!?」


 ふと、眼下から呼び声が聞こえてきた。

 声の主を探れば、魔力を纏った細剣を手にメール軍を指揮している人物を認めることができる。オルティナだ。

 ルナは風を操り、彼女と並走(、、)する。


「私は大丈夫。それよりも……」

「ええ、戦況に関してでしょう?指揮官が派手に討たれて動揺こそしていますが、総崩れとはいかないようですね」

「それについて、私に考えがある」


 元々、指揮官を討つことで瓦解を期待していたわけだが、どうにも効果が薄い。

 おそらく別に指揮官がいるのだろうと検討づけたルナは、かねてよりの考えを手短に語った。


「……どう?」

「なるほど、それなら確かに上手く行くかもしれません。試してみる価値はあるかと」


 ルナが提案した策。

 それは二人の〝力〟を敵に見せつけ、戦意を挫くというものだった。

 オルティナの持つ〝細風剣〟(ミームング)と、ルナが持つ〝翠帝〟は規模は違えど、どちらも〝風〟を司る武器だ。

 同じ属性ならば――力を合わせることは容易い。


「ルナ殿!」

「ん、オルティナ殿も合わせて!」


 最前線で馬を止めたオルティナが、飛び降りて刺突の構えで細剣を握る。

 一方のルナもまた大地に降り立ち、隣に並んで翠剣を同様に構えた。

〝細風剣〟には紫光交じりの風が巻き付き、〝翠帝〟には美しい緑の輝き放つ風が纏わりついた。


 二人の女性が狙いを定める先には、視界を埋め尽くす数の人の姿。

 だが、臆することはなかった。手にする己が相棒を――そして隣に立つ盟友を信じるが故に!


「ゼアァッ!!」

「ハアァッ!!」


 気迫一閃。

 同時に放った刺突――突風烈風が敵軍に襲い掛かる。

 視認できるほどの圧倒的な風撃が激突した――瞬間、誰もが眼を剝いた。

 人が、軍馬が――天に舞い上がったからだ。


『ぐああああっ!?』


 上げた悲鳴も暴風にかき消されてしまう。

 風撃によって舞い上げられ、空中で成すすべなくなったところに見えない風刃が襲い掛かるのだ。これではどうしようもない。ただ一方的に蹂躙されるだけだ。

 オルティナとルナが放った風の一撃は留まるところを知らず、敵軍中央に風穴を開けて突き進み――トレーネの町の城壁に激突してようやく霧散した。

 

 この一撃によりおよそ五千もの兵が犠牲となった。

 指揮官アルムは戦死し、総大将であるガイウスは一人トレーネの町に逃げ帰っている。

 残された幕僚の大半も、今の一撃で戦死。指揮系統が完全に崩壊した挙句、人知を超えた力をまざまざと見せつけられて戦意を失った敵軍は、投降を始めた。

 だが……まだ終わりではない。ここで勝っても、ガイウスに逃げられてしまえばまた同じことの繰り返しだからだ。


「ルナ殿!」

「分かってる。トレーネの町に行かないと」

「ここはフィリルたちに任せて、我らだけでも向かいましょう」

「ん、アロイス近衛隊長、任せた」


 御意に、と返事を返してきたアロイスを置いて、ルナたちはトレーネの町に向かった。

 大量の力を使ったため、空を飛ぶことはせずにオルティナが操る軍馬に乗って。

 

 町内に入ると、不気味に感じるほどの静寂が襲ってきた。

 悲鳴と怒号、怨嗟で騒がしい城壁外とはまるで正反対な町内。

 視線を上向ければ、刻々と沈みゆく夕日が茜色で世界を満たしていた。

 巧みに馬を駆りながら、ふと思い出したようにオルティナが呟く。


「そういえば……ウラノス元帥はどうしたのだろうか。落ち目のガイウスに今更つくとは思えないが……」

「……分からない。北方都市群が援軍に来ないと伝えてくれたから、少なくともこちらに対する敵対の意思はないと思うけど……」


 オルティナの呟きを拾ったルナが曖昧に告げる。


「結局のところ――っ!?」


 言葉を返そうとしたオルティナが息をのむ。その視線は前方に見えてきた宮殿に向けられていた。

 つられて視線を向けたルナも、驚愕に打ち震えた。


 そこには――黒衣を纏った鬼面の男が、人間の頭部と思しきモノを手に佇んでいた。



 *****



 鬼面の男――蓮は近づいてくる二人の女性に眼をやった。

 馬を駆る女性は記憶にある。


(エーデルシュタイン連邦代表、オルティナ・メールか)


 そのオルティナの後ろ――腰に手をまわしている女性は気配から察するにルナであろう。

 ちょうど被さって姿がよくみえない。


 やがて軍馬が眼前で停止し、オルティナが下馬して声をかけてきた。


「エーデルシュタイン連邦代表、オルティナ・メールだ。ガイウス・シュリンムストを捕らえるべく、やってきた。貴殿は……件のウラノス元帥で相違ないか?」

「どのように噂されているのかは知らないが、その通りだ。我が名は――〝黒天王〟。〝軍神〟の末裔にしてアイゼン皇国元帥である」


 鷹揚に頷いた蓮だったが、オルティナの背後から姿をみせた女性に目を奪われてしまう。

 腰まで伸びる銀髪は絹糸のように滑らか、且つ美しい透明度を誇っている。左眼が赤、右眼が青――虹彩異色の双眸は理知的で強い意志を感じさせるものだ。

 視線を更に下に向ければ豊かな双丘が視界に入ってくる。改造された軍服から見える肌は艶やかなもので、大胆にも露出している面積は広い。

 蠱惑的な魅力を放っているにも関わらず、感情の起伏が乏しい表情によって清楚さも併せ持つ不思議な印象。

 そんな彼女の名は――、


「……アインス大帝国、第五十代皇帝ルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・アインス。盟友たるオルティナ殿に協力して、ここまでやってきた」


 三年前から大きく成長を遂げたルナであった。


 遂に再開した二人。ルナが様子を伺うように見つめてくるが、蓮は酷く動揺(、、)していた。


「あ――ああ…………そんな……馬鹿な」


 瞳を見開き、ルナを凝視する。

 色彩こそ違うが、その姿は紛れもなく――、


「ソフィー……!?」


 かつて喪った想い人(ソフィア)に瓜二つであった。


「……私はルナだよ」


 驚愕に震える蓮に、戸惑ったように言葉を返すルナ。

 だが、蓮は否定もしなければ肯定も示さない。

 故に奇妙な沈黙が訪れる。

 それを破ったのは、蚊帳の外に置かれていたオルティナであった。


「あー、よくわからないが……とにかく今はガイウスだ。ウラノス殿、彼がどこにいるか知っているか?」

「……あ、ああ。ここにいる」


 ようやく硬直が溶けた蓮が、右手で鬼面に触れて冷静さを取り戻しながら、反対の左手を差し出す。

 そこに握られていた物がなんなのか、理解した二人の女性が息を呑んだ。


 ――それは、探し求めていたガイウス当人の首だったからだ。


「う、ウラノス殿……これは一体?」


 宿敵の変わり果てた姿に狼狽しつつも、質問してくるオルティナ。


「元々、我はエーデルシュタイン連邦で起きていた内紛を何とかしたいと思っていてな。それ故に今回、ガイウスに誘われた時は好機だと思ったのだ」


 かいつまんで説明を行う蓮。冷静さを取り戻したはずだったが、視線がチラチラとルナに行っていた。


「なるほど……つまりウラノス殿はこのまま内紛が続けば、エルミナ征伐に大きく影響しかねないと危惧した。なのでガイウス派につくと見せかけて懐に入り、様々な策を巡らせて我々側が勝つように仕向けたというわけか」

「そうだ。北方都市群の代表らを説得したり、こうして逃げられる前にガイウスを始末したりとな」


 不自然な点は見受けられないと悟ったのか、オルティナは破顔して手を差し出してくる。


「エーデルシュタイン連邦を代表して礼を告げたい。ご助力感謝致します」

「こちらこそ勝手な真似をしてしまい申しわけなく思っている。しかし、全ては今後のためだと理解してほしい」

「ええ、わかっておりますとも」


 握手を交わす蓮とオルティナ。

 その様子を伺っていたルナが、意を決したように拳を握りしめて口を開こうとした時――、



『急報、急報にございます!皇帝陛下はいずこに!?』



 馬蹄の音を激しく奏でてやってきた一人の兵士が、息も絶え絶えに馬から転がり落ちた。


「……私はここ」

『皇帝陛下、ご無礼をお許し下さい!至急、お伝えせねばならないことがありまして!』

「全て許す。だから話してほしい」


 余程の強行軍をしてきたのか、この寒さにあっても顔が真っ赤な兵士が片膝をついて報告を行った。


『元中域五大貴族ダオメン家当主を旗頭とした叛乱軍が大帝都に進撃ッ!その数五万!』

「なっ――」


 青天の霹靂とはこのことだと、オルティナが唖然とする。


『現在、大帝都守護を任ぜられたライン大将軍率いる守備隊が応戦しておりますが、城壁を破られるのも時間の問題かと思われます!各方面に援軍を仰いでおりますが、早くても五日は掛かる見込みです!!』


 一難去ってまた一難。予想できない事態が襲い来る。

 時に神聖歴千三十四年二月十日、逢魔が時のことであった。


これにて八章〝王の帰還〟編は終了です。

今章はいわば緩急の〝緩〟。ここから完結に向けて〝急〟へと変化していきます。

次話からは九章〝古都炎上〟編が始まります。


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