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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
八章 王の帰還
166/223

七話

続きです。

 エーデルシュタイン連邦北部、トレーネの町。

 季節が冬とあっては、夜は静寂に包まれてしまうものだ。

 それはこの町最大の建物である領主の宮殿でも同様であった。

 ガイウスに与えられた一室に蓮はいる。寝台に腰掛けて部下からの報告書に目を通していた。


「……なるほどね」


 報告書にはガイウスの過去が記されており、〝天眼〟で得た情報と照らし合わせると確証を得ることができる。


(やはりというか、この男は偽物だな)


 蓮自身は最初から確信していたことだったが、部下たちを納得させるために必要であったため、調査してもらったのだ。


「それで、やっぱり偽物だったの?」


 窓辺に立ち、室内にあった書物を適当に読んでいたマーニュが視線を向けてくる。


「うん、どうやらそうみたいだね。巧妙に隠されてはいたけど、彼の両親は今も生きている」


 近づいてきたマーニュに報告書を手渡すと、床に座り込んでいたキールが立ち上がり横に立つ。


「ふーん……なるほどな。じゃあ、指輪の件も偽物ってことか?」

「……いや、あれはおそらく本物だろう」


 しかしそれだと一体誰が、何のためにガイウスに流したのかという疑問が生まれる。


(〝世界神〟側に寝返っていた魔族に奪われたのは間違いないだろう。けど、それをなんでガイウスに……?)


 三年前の大帝都襲撃事件。

 裏にいたのは〝世界神〟に寝返っていた魔族で、彼らの襲撃でブラン第二皇子が負傷し、皇帝墓所が荒らされた。

 驚くべきことに、その際に大帝都に残っていた〝五大冥王〟の一角〝天魔王〟(マーラ)が、それまで一介の魔族に過ぎないと思われていた〝道化〟に化けていた〝世界神〟と交戦したという。


(そのせいで計画の修正を迫られた)


 アインス大帝国の中心に位置する宰相。その地位にいたホルストにすり替わっていた〝天魔王〟が負傷。

 結果、治療のために大帝都を離れる必要性が生まれ、表向きにホルスト宰相という人物が死んだことにしなければいけなくなった。


(計画の要であるアインス大帝国に内部から干渉する術は大幅に制限されたといっていい)


 アインス大帝国には〝軍神同盟〟の盟主として同盟軍を率いてもらう役目がある。その際円滑に進行させるためにホルスト宰相としてアインスの中枢に〝天魔王〟が潜伏していたわけだが、ご破算となってしまったわけだ。

 

(一応ブラン第二皇子がいるけど……危ういな)


 彼は療養を終えて今では〝北域天〟としてアインス北方の守護を皇帝から任されている。

 だが、その権力は四人いる大将軍としてのものであり、宰相と比べると自由度が格段に落ちる。


(アインスは未だに三年前の影響を色濃く残しているままだ。征伐まで何事もなければ問題ないだろうが……)


〝天魔王〟が回復したということは、〝世界神〟もとうに回復を終えていることだろう。

 征伐を前に仕掛けてくる可能性は非常に高いといえた。


(……もしかして、今回の一件もそうなのか?僕をアイゼンから、ルナをアインスから引き離すための――)


〝黒天王〟(ウラノス)、〝黒天王〟ってば!聞いてるの!?」


 思案に暮れていた蓮だったが、マーニュの僅かばかりに苛立ちを含んだ声音に意識を戻した。


「……ん?なんだい、マーニュ」

「なんだい――じゃないわよ!私はこれからどうするのかって聞いてるの」


 ガイウスが偽物だと分かり、指輪が本物だと分かった今、どうするべきか。


(……決まっている)


 蓮の纏う雰囲気が変わる。穏やかな性質は吹き飛び、代わりに訪れたのは荒々しい殺気だ。

 眼前の二人は気付き、キールは膝をついて頭を垂れ、マーニュは腕組みをして真剣な眼差しを蓮に向けた。


「罪人にはしかるべき罰を与え、祖先の遺物はあるべき場所に返す」

「御意」


 キールが返事をよこしたが、マーニュは首を傾げていた。


「それはわかったけど……具体的にはどうするの?まさか今すぐガイウスを殺して奪う、なんて言わないでしょうね」


 この三人でならば十分可能だが、それをやってしまえば〝ウラノス元帥〟の名声は地に落ちてしまうだろう。今後を考えるならばそれは避けたいと蓮は考えている。


「漁夫の利を狙おうと思っている」

「漁夫の利?」


 増えた疑問にマーニュが浮かべる疑問符が大きくなる。

 小首をかしげて真意にたどり着こうとしていた。

 そんな彼女を面白そうに見つめながら、蓮は鬼面の下で獰猛な笑みを浮かべた。



 *****



 神聖歴千三十四年二月十日。

 連日振り続けていた雪は止み、朝日が燦爛とした光で世界を満たした。

 一面白く染まった世界が陽光に照らされる光景はなかなかに幻想的である。

 

 と、ルナは思いながら馬上の人となっていた。

 周囲には皇帝守護大任を与えられた〝月華騎士団〟の兵士たちがいる。先頭をゆくのは近衛隊長アロイスで、彼の更に前方にはオルティナに率いられたメール軍が行軍していた。

 流石は自国民というべきか、積もっている雪を物ともせず進む姿は頼もしさを覚えるものだ。


 現在、ルナ率いる〝月華騎士団〟三千と、オルティナ率いるメール軍二万五千はエーデルシュタイン連邦中部に位置するサルドニクス高原を行軍中である。

 西を見れば雄大なトランバル山脈を視界に捉えることができ、東を見れば麓にあるポワンの町の全容を確認することができる。


「陛下、ここを超えればいよいよガイウス派の本拠地であるトレーネの町です」


 先頭からやってきて馬を寄せたアロイスが報告してきた。


「ん……いよいよ。準備はいい?」

「はい、問題ありません。我ら〝月華騎士団〟、陛下をお守りし、アインス大帝国の力を存分に発揮する所存です」


 今回の戦いはアインス大帝国の力を諸外国に知らしめる戦いでもある。

 三年前、皇帝を始めとする皇族を数多く失い、西方をズタズタに引き裂かれたことは既に南大陸全土に知れ渡っている。

 同盟の盟主としての力量に不安を感じる者たちも多くいることだろう。


(それをこの一戦で覆す。アインスは未だ南大陸に覇を唱える獅子なのだと知らしめる)


 また、アインス大帝国内部にも知らしめる必要があった。

 ルナが皇帝に即位してから、中央政府は数多くの改革を推し進めてきた。

 大幅な改革は反発を招く。貴族は宰相であるマリアナが、軍部は軍務省長官であるバルトが折衝して抑えてきたものの、そろそろ限界だった。


(私の皇帝としての力量を示し、従うに値すると思わせるためにも、この一戦は負けられない)


 ルナは確固たる決意で闘志を燃え上がらせる。

 

(それに……恐らくだけど、この先にはレンがいる)


〝鬼面の死神〟と評されるアイゼン皇国の元帥がトレーネの町に滞在していることは既に密偵を使って確認済みだった。

 そして――その人物が想い人(レン)であると、ルナは確信している。


(あなたを救う……待ってて、レン)


 迷いはない。過去を知り、初代皇帝や初代緋巫女から想いを託され、その上で決断したことだ。

 たとえどれほど凄まじく距離が開いているとしても、たとえどれほど遥かな高みに居るとしても――必ず追いついてみせる。

 

「まもなく高原を抜けます」


 アロイスの報告を聞きながら、ルナは静かに全身に覇気を巡らせるのだった。

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