一話
第二部開始です。
章番号は継続します。
今回から読みやすさを考えて、行間隔を空けるなど工夫をしました。
季節は冬。
昨年末から降り始めた雪は、新年を迎えた今日も降り続けている。
南大陸北部、アイゼン皇国首都シュネーは、雪化粧をしたことで荘厳さに拍車が掛かっていた。
寒さの所為か、年初めの所為か、町を歩く人の数は疎らであり、むしろ衛兵の数の方が多いと言える。
彼らは白い息を吐き出して、防寒着を貫通してくる寒さに身を震わせていた。
そんな首都シュネーにあって、寒さとは無縁の場所があった。
暖房器具によって一定の温度を保っている建物――政治の中心、皇宮ニカイアである。
玉座の間、そこでは大勢の貴族たちが集い、新年の挨拶を交わしあっていた。
一様に明るい表情で、憂いは一切感じられない。
『いよいよですな。忌まわしいエルミナ聖王国征伐の年がやってきましたぞ』
『我らには女王陛下もおりますし、ウラノス元帥もいますからなんの心配もありませんしね』
『左様、あのお二方がいれば、この国は安泰です』
そう言って貴族たちは玉座へと視線を向ける。
堂々とした態度で座り、隣に立つ男へ話しかけている女性の名はミルト・フォン・アイゼン。
御年十七の少女であり、三年前から女王としてアイゼン皇国に君臨している。
即位した当時から美貌で知られていたが、過ぎゆく年が更にその美貌を磨き上げ、今では絶世の美女として自国のみならず、周辺諸国にも知れ渡っている。
そんな彼女の横に立つ人物の風貌は奇妙の一言に尽きた。
黒衣を身に纏い、その上から肩口に金糸で施された竜が燦然と輝く漆黒の外套を羽織っている。腰には黒刀を差し、全身が黒一色であった。
それだけでも威圧感を覚えるものであったが、更に顔を鬼面で覆っているので奇妙――というより不気味だと評されている。
『その上、黒髪ですからな。噂では英雄王の末裔だといいますし』
『英雄王の末裔は今は亡きアインスの第三皇子、レン・シュバルツ殿だけだったのでは?』
『そう言われているが……黒髪である以上、末裔である可能性が高い』
この世界には、なぜか黒髪を持つ存在は生まれない。例外はただ一人――否、二人であった。
千年前に世界を救った英雄王シュバルツと、三年前のエルミナ聖王国によるアインス侵攻の際、反撃の準備を整えるための時間稼ぎをして、結果戦死した末裔レン・シュバルツだけ。
そのはずだったのだが……
『三年前にミルト女王陛下がどこからか連れてきたウラノス元帥――当時は副官でしたか。彼が黒髪を持っていましたからね、私は驚きましたよ』
『私もです。よもや英雄王の末裔が他にも存在していたなどとは、思いもしませんでしたから』
『しかし、ウラノス元帥のことをアインス大帝国が知れば、引き渡しを要求してくるのでは?』
『それはありえない。三年前ならいざ知らず、現在は我が国の軍部の最高権力者である元帥なのですから。まあ、仮に三年前だったとしてもミルト女王陛下が譲らなかったでしょう』
『ですな。彼は女王陛下のお気に入りですから』
好き勝手話す貴族たちの視線の先では、相変わらず仲良さそうに女王と元帥が会話を繰り広げている。
ふと、二人が会話を止め、女王が片手を挙げたことで場の意識を集めた。
「私は退出します。貴族諸侯の方たちはそのまま歓談を楽しんで下さいね」
そして玉座から腰を上げると、鬼面の元帥を伴って玉座の間から立ち去っていく。
貴族たちはその背が見えなくなるまで頭を下げ続けるのだった。
*
噂の的であった二人が並んで歩く。目的地は女王の執務室だ。
「ふふっ、それにしても、人々の視線を釘付けでしたね〝黒天王〟様」
女王ミルトが紫の髪を揺らしてほほ笑む。
対する〝黒天王〟――蓮はそっけなく応じた。
「そうだね。僕としてはどうでもいいことだけど」
「つれないですね……でもそんなところも素敵ですが」
ミルトが欲に塗れた視線を投げかけてくる。
魅力的な女性からのあからさまな誘い。しかし蓮は三年前とは違いまったく動じなかった。
そんな蓮の反応すらも愛おしいと言わんばかりに、ミルトは笑みを深めて言葉を紡ぐ。
「私との約定――覚えていますか?」
「……ああ、覚えているよ」
三年前のことだ。
蓮は己が計画の為、戦死を装ってアインス大帝国から離れた。
その際、ミルトに協力を求めたのだが、いくつかの条件を呑むならと言われた。
アイゼン皇国に加入すること。その手腕で軍部を任せること。そして――、
「成長したキミと婚儀を交わし、この国の王となること……だったよね?」
「ええ、そうです!覚えていて下さいましたか」
既に条件の二つは達成している。
アイゼン皇国への加入は三年前に済ませ、軍部に関してはエルミナ聖王国との戦いでの功績や、その後のベーゼ大森林地帯からの魔物の大侵攻を制圧した功績などを以って最高位の元帥へ上り詰めたことでだ。
残る一つ、ミルトとの婚儀は諸国連合が取り決めたエルミナ聖王国征伐の年――つまり今年――に挙げることになっていた。
「もちろん、忘れてないさ。けど、婚儀についてはコレが片付いた後でと言っただろう?」
蓮は黒衣〝黒薔薇〟の懐を漁り、一枚の書状を取り出す。
それはつい先日、蓮宛にエーデルシュタイン連邦から届いたものだ。
「ああ……確か英雄王の末裔を名乗り、勢いを取り戻したガイウス派の筆頭、ガイウス・シュリンムストから送られてきた手紙でしたか?」
「そうだよ。内容は同じ英雄王の末裔として協力を要請するものだ」
エーデルシュタイン連邦とはアイゼン皇国の東に位置する都市国家の連合体のことだ。
この国は三年前から内紛状態にある。
アインス大帝国との戦争の結果、主だった大都市の代表が戦死し、消去法で連邦代表となったオルティナ・メールという女性がいる。
彼女に反発する勢力がガイウス派と呼ばれる存在で、彼らはエーデルシュタイン連邦の北部を傘下に入れて、南部のオルティナ派と対立していた。
しかしガイウス派に賛同する者は少なく、また周辺諸国もオルティナを支援しているため、ガイウス派は徐々に縮小し、今年中には鎮圧されるとされていた。
そんなガイウス派の筆頭であるガイウス・シュリンムストという男がいるのだが、なんと彼は昨年末から英雄王の末裔を名乗り、支持者を集めて勢力を盛り返しているとのことだった。
「何故彼が英雄王の末裔だと信じる者がいるのか……ミルトは知ってるかい?」
蓮はこの話を初めて聞いた時、世迷言だと切って捨てて深く探ろうとしなかった。
そのため、何故ガイウスという男が英雄王の末裔だと豪語できるのかを知らないでいる。
(誰かとそういった行為をしなかったんだから、末裔なんているはずもない)
英雄王シュバルツ本人である蓮としては、呆れしか沸いてこない。よくもまあ、嘘をつけたものだなと。
「どうやら英雄王の遺物を所持しているそうで……それを証拠としているとのことでした」
「遺物?」
奇妙な話だ。
英雄王シュバルツ――すなわち蓮は、重要な物は全て〝天銀皇〟もしくは〝黒薔薇〟に収納して持ち歩いている。帝城に残してきた物はどれも取るにならない物であり、末裔だという証拠にはなりえないはずだが。
疑問に思った蓮が問いかければ、ミルトは記憶を探るように視線を上向け……やがて思い出したのか、口を開いた。
「ああ、確か首飾りだったと思います。黒竜と黒薔薇が描かれた指輪を通していて、とても美しい代物だとか」
「――――」
その言葉に、蓮は思わず立ち止まる。心当たりがあったからだ。
(まさか――それは……)
千年前、まだソフィアが生きていた頃のことだ。
蓮は彼女との思い出の証にと、二人で協力して一対の指輪を創り上げた。蓮を示す黒竜とソフィアを示す黒薔薇を彫った物だ。
二つの指輪はそれぞれ所持することにして、蓮は今でも大切に持っている。
(僕のは……あるな)
懐を漁って改めて確かめた蓮は残る可能性が一つしかないことを悟って――殺意を覚えた。
(ソフィーの墓を暴いたか……)
帝城地下に存在する皇帝墓所。そこに最初に祭られたのは、初代皇帝の姉にして初代緋巫女であるソフィアである。
墓には遺体こそないものの、遺品だけは安置されていた。それを奪い取った者がいるということだろう。
蓮が放つ濃密な殺気に当てられたのか、ミルトが苦し気に呻いた。
気づいた蓮は意識して殺意を抑え込むも、鬼面の下にある虹彩異色の瞳は憤怒に彩られたままだ。
「ど、どうされたのですか?」
「…………ミルト、確か三年前の戦争時、アインスの帝城が賊に襲われたんだったよね?」
蓮が答えず質問で返せば、ミルトは訝しげながらも応じてくれた。
「……そうですね。エルミナ聖王国との決戦で実力者がほとんどいなくなった隙を突かれて、五大貴族当主の屋敷と帝城に侵入者があったそうです」
「具体的に何を狙ったものかは知ってるかい?」
「いえ、それは不明です。即座に緘口令が敷かれましたから。知っているのはごく一部の者たちだけでしょう」
三年前、アインス大帝国の首都であるクライノート、そこに鎮座する政治の中心帝城に賊が入った。具体的に何をされたかは不明で、知りえるのは皇帝であるルナか、もしくは新宰相だけだろう。
ほかにも東域五大貴族であるバルト家の屋敷にも賊が入ったが、ブラン第二皇子が駆け付けたことで事なきを得たらしい。
(その時にソフィーの墓が荒らされたんだろうな……)
いくら遺体がないとはいえ、墓荒らしは許されることではない。まして蓮にとって何よりも大切な人の墓である。沸き上がる怒りと殺意は留まることを知らなかった。
(嘘だとしても、本当だとしても……行くしかないか)
嘘だった場合は相応の報いを受けてもらうし、本当だった場合は――、
「ミルト、僕はエーデルシュタイン連邦に向かうことにした。留守を頼むよ」
「……どうせ言っても聞かないでしょうから、素直に見送りましょう」
それが良き妻というものです、という呟きがあったが、蓮は聞かなかったことにした。
*****
神聖歴千三十四年一月十日。
寒空には太陽が燦然と輝いている。
地上――アインス大帝国首都クライノートは活気に満ちていた。
三年前の凶事など見る影もないほどの繁栄ぶりである。
大通りは人で賑わい、その先にある双星王の銅像を抜ければ荘厳なる帝城アヴァロンが見えてくる。
玉座の間では今まさに謁見が行われていた。
大柱の脇には大勢の貴族がひしめいており、彼らの視線の先には赤絨毯の上で片膝をつく女性がいる。
エーデルシュタイン連邦代表、オルティナ・メールの側近であるフィリルだ。
「エーデルシュタイン連邦代表、オルティナ・メール様の副官フィリルと申します。本日はお願いしたきことがありまして参った次第です」
フィリルが言葉を発せば、遥か上――玉座から女性の声が返ってくる。
「盟友であるオルティナ殿の使者……遠路はるばるご苦労さま。それで願いとは?」
静謐さがにじみ出る美声が鼓膜を揺さぶってくる。言葉に乗る覇気は常人の非ではない。強制的に意識を向けさせられる、まさに王者の声であった。
「はっ、本題に入る前に……ルナ陛下は我が国の情勢についていかほど精通為されているのでしょうか?」
「大体は知っている。三年前から内紛状態で、オルティナ殿に従わない者たちがガイウスという男を旗頭に北部を占領していると。徐々に鎮圧されていたけど、昨年末から勢いを取り戻してオルティナ殿に抵抗している……」
「さすがは陛下、その通りでございます。我が主であるオルティナ様は劣勢に陥り、このままではと、こうして助力を乞いに参った次第です」
フィリルに与えられた使命はアインス大帝国の助力を取りつけてくることであった。
同盟国であり、諸国連合の盟主でもあるアインス大帝国ならば、世情を顧みて協力してくれるだろうという算段だ。
はたして返答はいかに――、
「……分かった。援軍を送る。オルティナ殿は盟友であり、朋友であり、戦友。彼女の危機とあっては見過ごすことなどできない」
色よい返答に、フィリルが内心歓喜で沸き返っていると、
「私が軍を率いて向かう。案内は頼んだ、フィリル殿」
耳を疑う言葉が降ってきたことで、思わず顔を上げてしまう。
そして――視界に映り込む美貌に呆然としてしまった。
絹糸のように滑らかな銀髪はまるで宝石のような輝きを放っており、左が赤、右が青の虹彩異色の瞳は強い意志を感じさせる。
細身でありながらも女性らしい体つきは、同性のフィリルであっても思わず目を向けてしまうほどの艶を放っていて、程よい大きさの胸には嫉妬を覚えてしまう。
まさに絶世という言葉が相応しいほどの美女である。皇帝でなく、皇女であれば他国の王が山のような金貨を積んでも婚姻したいと願い出るだろう。それほどの美しさ、傾国の美貌であった。
しばし呆然としていたフィリルだったが、視線の先でルナが小首をかしげたことで我に返る。
「へ、陛下恩自らがお越しになるので!?」
「そう言ってる。先ほども言ったけど、オルティナ殿は私にとっても盟友だし、アインス大帝国にとっても良き隣人。であれば国家の代表である私が出向くのが礼儀というもの」
「し、しかし……」
予想外の展開に動揺したフィリルは思わず皇帝の斜め後ろに立つ女性に視線を送った。
視線を向けられた女性――マリアナ・フィンガー・エーデル・フォン・アインス新宰相は、ほほ笑んでくるだけで諫めるようすはない。
となれば……これは予め決められていたことなのだろう。
そう解釈したフィリルは、これ以上は邪魔であり、むしろせっかくの助力を失うことになりかねないと判断して再び顔を下げた。
「ありがたき幸せ。ご助力に感謝致します」
「ん、とりあえず準備ができるまでは帝城に滞在してもらう。――案内を」
女帝が命令を下し、文官が歩み寄ってきた。
『こちらへどうぞ』
「ええ、ありがとう」
フィリルは文官に連れられ、玉座の間を後にするのだった。
*****
謁見を終えたルナは姉であるマリアナと共に廊下を歩いていた。目的地は皇帝専用の執務室である。
「ふふ、随分と驚いてたわね、あの子」
「そうに決まっている。お姉さまは本当にいじわる」
マリアナの笑みをルナが咎める。
そもそも、一国の長が出張ること自体が異常なのだ。
王や皇帝とは首都でしっかりと構えているものであり、わざわざ他国の援軍要請に応えて出陣するものではない。普通は武官――よくて大将軍あたりを派遣するのが自然だ。
だが、今回はある事情があったために、そうすることに決めたのだ。
「エルミナ聖王国征伐の前に、他国にアインス大帝国の力を知らしめておく必要がある……だよね?」
「ええ、その通りですわ。付け加えるなら、内側――不穏な動きを見せている貴族諸侯へのけん制の意味合いもかねてね」
三年前、アインス大帝国は様々な苦難に襲われた。
前皇帝による他国への度重なる侵略戦争による疲弊。皇族二名による反乱、その結果前皇帝は死去してしまった。その後に起こった南大陸西方を支配するエルミナ聖王国による侵攻、結果英雄王の末裔である第三皇子は戦死し、国家守護の要である護国五天将も三人失ってしまう。
周辺諸国と同盟を結び、なんとかエルミナ聖王国軍を破ったものの、アインス西方は壊滅的な打撃を受けた後であった。
そこから三年間、アインス大帝国は内側に全力を向けた。
西域の復興、アイゼン皇国と共同でベーゼ大森林の魔物の大侵攻の鎮圧、軍の再編成。
ほかにも裏切りから征伐された西域貴族を新たに擁立することや、他領域の貴族諸侯の腐敗を正したりと粉骨砕身で挑んだ。
大幅な改革は反発を招く。特に既得権益を所持していた古参貴族などの反発は、それはもう凄まじいものであったが――、
「新たに宰相になったお姉さまが黙らせた」
「ふふ、弱みを握り、その上で利益をちらつかせれば……ね」
マリアナが持つ他者の思考が読める神秘の瞳〝人眼〟。彼女はこれを駆使して貴族諸侯を見事押さえつけて見せた。
「まあ、バルトさまが協力してくださったおかげでもありますけど」
五大貴族の力関係も大きく変化した。
中域のダオメン家と西域のミッテル家は、反乱及びエルミナ聖王国との内通から処罰を受け、零落した。
北域のオーベン家は、支持者であるブラン第二皇子が負傷による療養に入ってからは沈黙を続けたままであり、南域のリング家はルフト属州の管理で手一杯、中央に来ることもほとんどない。
故に東域のフィンガー家は、皇帝であるルナの派閥であったこともあって、かなりの権力を得た。
現当主であるバルト・シュテルケ・フォン・フィンガーは軍務省長官となり、大きな求心力を得て分散した中域と西域の貴族たちをも纏めている。
そんな事情から、バルトの発言力は大きく、彼が協力してくれたおかげですんなりと反発を収められたという背景がある。
「国内の情勢は比較的安定状態にある。でも未だに不満を持つ者もいる。だからこそ、今回の出兵で力を見せつける。私が真に皇帝に相応しい実力を持っていると知らしめる」
ぐっ、と拳を握りしめるルナ。
そんな妹の様子をマリアナは優しく見つめる。
と、その時――
「お、いたいた」
元気溌剌な声が聞こえ、二人が視線を前方に向ける。
そこには軍服を着た青髪の少年が手を振っている光景があった。
「あらあら、ライン大将軍ですわね。相変わらず元気そうですわ」
マリアナが微笑ましそうに目を細めていると、その間に少年――ラインが近づいてきた。
「ルナねえ――おっと、いけね。ルナ陛下、ご無沙汰してます」
「ライン大将軍、久しぶり。あなたがここにいるってことは、軍団の再編は終わったということ?」
ルナが問いかけると、ラインは首肯を見せた。
「終わったぜ――終わりました。レオン大将軍やルドルフ大将軍と協力して、各領域軍の編成及び総軍の再編を終わらせました」
「人目がないから、口調は気にしなくていい」
「そういうわけにもいかないですよ。大将軍としてけじめをつける時はつけないと」
ラインが生真面目に言う。
彼は三年前の戦いでルナを救ったことや、その後のベーゼ大森林制圧での功績を以って大将軍に任命された。
まっすぐな性格や堕天剣五魔〝堕雷〟を使っての戦闘による実力などが認められ、軍からは特に不満が出ることなくすんなりと決まった。
貴族でもないラインが要職に就けたのは、ひとえにアインス大帝国が実力至上の軍事国家であったからだろう。
そんなラインは胸元で輝く大将軍の証を一瞥して、気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「おれなんかが大将軍になっていいのかって、今でも思ってます」
「いいに決まってますわ。他の大将軍たちの推薦もあったくらいですしね」
マリアナが肯定を示し、ラインが更に照れる。
その様子を見つめるルナは安堵の息を吐いた。
(よかった。シエルやステラのことで落ち込んでないみたい)
本当に三年前は凶事の年であった。
ラインの姉であるシエルはルナを裏切って刃を向け、エルミナ聖王国側についてしまった。
蓮の専属侍女であるステラはシュトラールに居たところを魔族に連れ去られてしまったという。
どちらもラインにとって特別な人――故に当初はふさぎ込んでいることが多かった。
しかし、三年という月日がラインを強くし、今では立派に大将軍を務めている。
(エルミナ聖王国、そして背後にいるという〝世界神〟……)
敵は定まっている。彼らを打倒すれば、多くの問題が解決することだろう。
(レン……あなたのことも、必ず――)
その前に、まずはエーデルシュタイン連邦の問題を解決しなければならない。
かの国も同盟国として、今年に行われるエルミナ聖王国征伐に参加する予定だからだ。
(国内の問題を解決しなければ、征伐には参加してくれないだろうから……なんとかしないと)
ルナは眼前の二人のやり取りを眺めながら、決意を新たにするのだった。




