十話
続きです。
蓮がマーニュと対話している頃。
ミルトはもう一人の司令官と顔を合わせていた。
「おい、マーニュはどこだ!?少しでも傷をつけてみろ、その時はお前らを殺しつくしてやる!」
金髪金眼の美青年――アーサーが騒いでいる。
敗者であり捕虜の分際のくせによく吠えるものだと最初は感心したが、段々と苛立ちを覚えてきた。
「黙りなさい。あなたの態度次第ではマーニュさんがたどる末路が変わることをお忘れなく」
そう脅せば、アーサーはようやく黙り込んだ。しかし、その金の瞳には反意がありありと浮かび上がっている。
(面倒ですね……早く来てください、お兄様)
ミルトは遠い目をしながら視線を宙に彷徨わせる。
その時、
「待たせてしまって申し訳ない」
天幕の入り口から鬼面の男が堂々たる足取りでやってきた。
「マーニュはどこだ!?」
即座に噛みつくアーサーを一瞥した男は、返答せずにミルトの前まで来ると片膝をついた。
「ミルト女王陛下、ご苦労様です。後のことは私にお任せ下さい」
「ウラノス副官、あなたもご苦労様。では、後は任せましたよ」
ミルトはそういうや否や足早に天幕を後にした。いい加減にうんざりしていたためである。
後に残されたのはアーサーと鬼面の男。
不気味極まるその男はアーサーの方へ向き直ると、傲然として言ってくる。
「アーサー・ブリトン・ド・ユピターだったか?」
「……ああ、そうだ。そういうお前は?」
敗者でありながら強気な態度を崩さぬアーサーに、鬼面の男が感心したように頷きを見せた。
「敗北を経ても尚、失わぬ誇りか。見事である。褒美として我が名を教えてやろう」
鬼面に触れる男。その面の下からは真紅の光が煌々と輝いている。
「我が名は――〝黒天王〟。しかと覚えておくが良い」
告げられた名前にアーサーは思わず身震いしてしまう。
王名の重さを感じ取ったためであった。
(まさか〝五大冥王〟の――しかもその中で一番質の悪い奴を名乗るとはな……)
〝黒天王〟とは神話伝承に登場するかつて実在した存在だ。
他の〝五大冥王〟とは違い、無差別に世界を破壊した存在。
ただそこにいるだけで世界が耐え切れずに壊れてしまう。〝五大冥王〟と協力関係にあった魔族ですら破壊の対象であったことから分かるように、尋常ならざる天災である。
しかし、そんな最悪の存在も一人の英雄の前に倒れた。英雄王シュバルツによって討伐されたのだ。
(もういない〝王〟を騙るか……)
アーサーが思案して黙り込んでいると、鬼面の男――〝黒天王〟が口を開いた。
「さて、先ほどの汝の質問だが……マーニュという女は生きている」
その言葉に歓喜を浮かべたアーサーだったが、直後にまだな、という言葉を聞いて緊張を顔に張り付けた。
「どういうことだよ……マーニュをどうするつもりだ!?」
「それは汝次第である」
簡潔に告げる〝黒天王〟。
「ミルト女王陛下がしびれを切らす前に済ませたい。故に告げる――アーサーよ、汝は我の密偵となれ」
「……それはどういう?」
突拍子過ぎる話の流れに戸惑うアーサー。
そんな彼を感情の読めない鬼面の下から見つめる〝黒天王〟は、先ほどまでミルトが座っていた椅子に腰かけた。
「今から汝を含むエルミナ兵を解放してやる。糧食、武具等をそろえたうえでな。だが、マーニュはここに残ってもらう」
唖然とするアーサーに構わず、話を進めていく。
「要は人質だな。彼女を解放してほしければ、汝が我の密偵となり、情報を流すのだ。エルミナ聖王国の情報をな」
「なんだと!?ふざけるな!〝聖女〟さまを裏切れってのか!?できるわけないだろうが!!」
「そうか、ならマーニュには死んでもらうしかないな。彼女には殺す前に汝が見捨てたと伝えよう」
非道な発言にアーサーが頬を怒りから赤く染める。
「ふ、ふざけやがって……!そんなこと、俺が許すと思ってるのかよ」
「なら、どうする?」
挑発するように言ってくる〝黒天王〟に、アーサーは覚悟を決めた。
そして――獣のような敏捷さで立ち上がると、勢いよく鬼面に向かって掌打を放った。
撃音が轟き、衝撃波が突き抜ける。アーサーは痛みに顔をしかめながら続けざまに回蹴りを叩きこむ。
「ゼアァ!!」
再びの撃音。天幕が衝撃に軋みを上げた。
「はっ、俺を拘束しなかったお前らの傲慢さがいけないんだぜ?だから――ッ!?」
アーサーの言葉が途切れる。理由は単純明白、苛烈な攻撃を受けても平然と椅子に座ったままの〝黒天王〟が、アーサーの足を掴んでいたためだ。
「フッ、この程度で勝った気になれるとはな。汝の頭は随分と花畑が広がっているようだ」
そして何をするわけでもなく、ただアーサーの足を解放した彼は、口調柔らかく言ってくる。
「汝を拘束しなかったのは単純にその必要がなかったからだ。汝がいくら抵抗しようが、我にとっては子犬がじゃれついてくる程度の些細でしかない」
言葉を失うアーサーを眺めつつ、口を動かす。
「汝に訊ねよう。〝聖女〟とマーニュ、選ぶとしたらどちらだ?」
「お、俺は――俺は……っ」
アーサーは苦悶に顔を歪める。究極の二択を脳が焼き切れんばかりに考えていた。
(俺はマーニュを失いたくない!けど、恩人である〝聖女〟さまを裏切るなんて……そ、そうだ!要求を呑んだふりをして嘘の情報を流せば――)
「言っておくが、汝が流す情報に偽りを感じたら即座にマーニュを殺す。そのことを踏まえて賢明な判断をせよ」
〝黒天王〟がまるでこちらの思考を読んだかのように牽制してきた。
先ほどの隔絶した武力や今の言動に、得体の知れなさが増してくる。鬼面の下――真紅に輝く右眼とは別に、禍々しい闇を孕んだ左眼が気味悪く感じられた。
どう足掻いても無駄。そう思わせてくる。
(くそっ……!俺は――〝聖女〟さまを裏切ってでもマーニュを救いたい!)
恩人よりも愛する人を選んだアーサーは震える口で言った。
「俺は――……マーニュを選ぶ。何をすればいい?」
そう告げた瞬間、眼前の男が口端を吊り上げたようにアーサーは感じた。
*****
同日、アインス大帝国中域北東部シュトラール。
鉱山都市であるこの地にも秋が訪れていた。吹く風は冷たく、枯れ葉が舞い踊り、屋台の数は出歩く人の数に比例して少ない。
僅かに出歩く人々の表情は暗く、町全体がどんよりとした雰囲気に包まれていた。
理由は一つ。この地の領主にして絶大な人気を誇っていた英雄王の末裔レン・シュバルツが死去したためである。
彼が領主を務めた期間は少しであったが、その間、彼がこの地の為に行った数々の制度改革は凄まじい支持を得ていた。
まさに人気絶頂という段階での訃報に、民は悲しみに沈んだ。
誰が言ったというわけではないが、喪に伏すという流れが町全体を覆い、結果として閑散とした現在の状況を創り上げていた。
そんなシュトラールの町を一望できる位置に建てられている領主の館――そこに隣接した兵舎前では、白銀の鎧に身を包んだ兵士たちが出立の準備を進めている。
「糧食は積み終えたか?よーし、なら次は服とかの生活必需品だ。ちゃっちゃと積んで出立するぞ!」
『はっ!直ちに!』
陣頭指揮を執るのは筋骨隆々の偉丈夫キールだ。
〝天軍〟しかいないため顔を隠さずにいる。
そんな彼らから少し離れた位置にある館内では、女性たちがあいさつを交わしていた。
「それでは我々はもう行く。達者でな、ステラ」
「……どうしても行ってしまうのですか?残ってはくれないのですか?」
〝天軍〟副官アリアが告げる先には、心細いと言わんばかりに悲し気な顔をしている灰髪の少女がいる。
数奇な運命を背負う妖精族の少女ステラだ。
「少し前までは皆さんがいて、にぎやかだったのに……わたしは一人に戻ってしまうのですね」
寂し気に呟くステラの頭を撫でたアリアが言う。
「少しの辛抱だ。エルミナ聖王国の軍勢を追い返せば、ルナ殿下や我ら〝天軍〟もこちらに戻ってこられる。主殿は居ないが……それでもステラは一人じゃない」
「そう、ですよね。少しだけ我慢すればいいんですよね!」
どこか儚げに微笑するステラに胸が締め付けられる思いだったが、果たすべき主命があるアリアは撫でていた手を放して背を向ける。
「直ぐに会える。一時の別れだ」
「……はい、また後で」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように、アリアは力強い足取りで館を出た。
その足でキールの元へ向かったアリア。
「よう、嬢ちゃん。準備ならもうすぐ終わるぜ」
「……そうか」
短い返答に、見かけによらず察しの良いキールは余計なことを言わずに黙って隣に佇む。
二人の眼前では〝天軍〟の面々がシュトラールからかつての拠点である神聖殿に戻るべく荷物を馬車に積み込んでいる。
時折、指示を聞きに来る部下に対応しつつ、時間を過ごしていた時だった。
「きゃああ!?や、やめて下さいっ!」
背後にある館から年若い女性の悲鳴が聞こえてきた。これは――、
「嬢ちゃん!」
「分かっている!ステラが危ない!」
と、アリアが常人離れした瞬発力を以って駆けだす。
部下に館を包囲するよう指示を出したキールが遅れて後に続く。
屋敷の扉を半ば蹴り開けるようにして内部に突入すれば、フードを深々と被った外套の人物がステラを抱きかかえていた。
気絶しているのか、眠らされているのか、ステラは目を閉じて脱力している。
「貴様、その手を放せッ!」
アリアが蓮から下賜された神器〝流星〟を抜き放って叫ぶ。
後からやってきたキールも〝岩切丸〟を肩から抜いて油断なく外套の人物を睨みつける。
「嬢ちゃんの言う通りにした方がいいぞ。じゃなきゃ――あんた死ぬぜ」
対する外套の人物は僅かに見える口元を怪しく歪めた。
「この娘はわが主にとって脅威と成りえる。故にここで取り除いておくことにした。貴様ら程度に邪魔はできん」
低い声――男だ。
アリアは聞くや否や素早く距離を詰めた。
「なら、我が剣の錆にでもなれ!」
上段からの振り下ろし――あっさりと防がれる。
目を見開くアリアが捉えたのは、ステラを片手で抱えて、もう片方の手に握られた紫光を放つ剣でこちらの一撃を防ぐ男の姿であった。
「〝天部〟の末裔といえど、所詮は寿命短き人族。その血は限りなく薄まっているようだな」
鼻で笑うような気配、感じ取ったアリアはしかし、挑発に乗ることなく冷静に動いた。
片足で相手の軸足を蹴りつける。神器で強化された蹴りの威力は烈々たるもので、男はたまらず体勢を崩した。
「貰ったぞ!」
気迫を込めた斬撃を放てば、相手はステラを前に出して盾としてくる。
咄嗟に、アリアは刀の軌道を変えて下半身を狙った。
だが、それは相手に見切られていて、男は後方に跳躍して難を逃れる。
そこに、
「一人で戦ってるわけじゃないんだぜ?」
戦いの場には似つかわしくないほど軽い口調。
振り向く男の視界に白刃が迫りくる。
男は体をわざと倒してその一撃を躱した。
が、無茶をすればツケを支払わされるのは当然で、抱えていたステラの体重も相まって無様に床に転がってしまう。
そんな男を蹴りつけようとしたキールだったが、ステラを盾にされて攻撃を中断する――
「俺は嬢ちゃんほど甘くはないんだ」
かに見えたが、手にする大剣で正確な軌道を描き、男の右腕を切断した。
「グアアアァア!?」
屋敷に響き渡る悲鳴、高価な絨毯に飛び散る鮮血。
追撃をかけてステラを取り戻そうとしたキールだったが、次の瞬間――
「存外、苦戦しているようだな?手を貸してやろう」
横合いから声と共に訪れた斬撃に、攻撃の手を止めざるを得なくなる。
大剣の腹で受け止めたキールだが、恐ろしいほどに重い一撃に踏みとどまることに注力する。
その隙に、更に現れた外套の人物が、鮮血を流す男を回収していく。
攻撃を受け止めながら周囲に視線を向ければ、複数の外套の人物らがいることが分かった。
一体いつの間に接近されたのか、気配をまったく感じ取れなかったキールは驚きを隠せない。
「キール!」
アリアが呼びかけながら切り結んでいた人物に斬撃を浴びせる。
するとその人物はあっさり剣を手放して後退、外套集団へと合流した。
アリアとキールが並び立って外套集団に視線を向ければ、片腕を失った男がステラと共に外に連れ出されようとしていた。
「キール、合わせろっ!」
「あいよ」
打てば響く。すぐさま応じたキールを頼もしく思いながら、アリアは距離を蹴潰した。
そして、
「〝流星〟よ、駆けよ!」
己が神器に呼びかければ、刀身が輝いて応じてくれる。
アリアは間合いに入る前にも関わらず、刀を振りぬいた。
瞬間、斬撃が飛んだ。
文字通り、目に見える斬撃が刀身から放たれ、外套集団に襲い掛かる。
対する外套集団から一人が前に進み出てきて、やはり紫光を放つ剣でもって対応してきた。
紫光がより一層輝いた――と思えば、半透明な盾が宙に顕現、アリアの斬撃を受け止めた。
「その芸は前に見たぞ――魔族!」
斬撃を受け止めている盾に向かってキールが跳躍、からの振り下ろしを放った。
激烈な一撃は魔力で創られた盾をやすやすと粉砕し、外套の人物を両断した。
「グゲッ――」
悲鳴を上げる暇もなく、外套の人物は奇声を発して絶命した。
噴出する鮮血に全身を濡らしたキールの姿は悪鬼羅刹の一言。
鋭い眼光は外套集団を射抜いて、彼らは後ずさった。
「おのれ、人族風情が……」
一人がそう溢せば、
「はっ、魔族も大したことねえな。東域鎮台で戦ったやつとは大違いだぜ」
キールが猛々しく笑う。
「それはお前が成長している証だろう。見事な合わせだったぞ、キール」
アリアが珍しくキールを賞賛した。
だが、キールは即座に苦い表情を浮かべる。
何故なら、魔族を相手取っている間に、ステラが連れ去られてしまっていたからだ。
「外の連中で対処できるかね?」
「……無理だろうな。部下たちは我らのように神器を所持していないのだから」
「なら――さっさと片づけるぞ!」
覇気を滾らせたキールが大剣を構える。
外套集団は二人を取り囲むように布陣すると、それぞれ紫光を放つ剣を向けてくる。
「嬢ちゃん、ここは俺が引き受ける。ステラの嬢ちゃんを追ってくれ」
「何を言っている、キール。相手は人族よりも優れた身体能力を有する魔族。それも複数人だぞ?」
声を潜めたキールに、アリアが眉をひそめて返す。
「ステラの嬢ちゃんのこと、レンの旦那から任されてるだろ。何があっても守らなきゃならねえ」
蓮が残した手紙に記されていたことを指摘すれば、アリアは苦虫を嚙み潰したように渋面を作る。
「……だからといってお前を置いていくなど――」
と言いかけたアリアを、キールは手で制した。
「嬢ちゃん――いや、アリア。ここは俺に任せてくれねえか?頼むよ」
不意打ち気味に呼び捨てにされたアリアは頬を染めた。
「ズルい奴め。こういう時に……後で覚えておけよ?」
そして勢いよく正面玄関へと駆け出した。
「行かせるか!」
魔族が何人か立ちふさがるも、アリアは止まらない。相棒を――キールを信じているからだ。
その後ろ姿にを見たキールは、ならば応えようと奮起する。
アリアを超える瞬発を以って彼女を追い越すと、圧倒的な膂力で大剣を振り、魔族たちを吹き飛ばした。
「行けっ、嬢ちゃん!」
「あとは頼んだぞ!」
足を止めずに玄関から出て行ったアリアを一瞥してから、キールは後ろに向き直る。
そこには殺気立つ魔族たちが得物を手に距離を詰めてきている光景があった。
キールは臆さず、凛として〝岩切丸〟を構えると、
「来いよ――全員殺してやるからよぉ」
かつて〝戦狂い〟と呼ばれた男らしく、戦意に満ちた笑みを浮かべた。
屋敷の外に出たアリアが見たのは、倒れ伏す部下たちとまだ賊と戦っている部下たちの姿だった。
「そのまま陣形を崩さず、包囲しろ!逃がすわけにはいかないんだ!」
アリアがそう叫べば、部下である〝天軍〟の兵士たちが応じてくる。
『無論です!ステラさんを見捨てるわけにはいかないですからね』
『その通りだ!ステラさんはもう俺たちの仲間なんだからな』
決して短くない時をステラと兵士たちは共に暮らしている。ステラが作った料理を食べたり、彼女が用意した風呂や寝床を毎日利用した。彼女と話したことがない者など〝天軍〟にはいないほどだ。
築き上げた絆は命を張って助けようとするほど強固なもの。きっとステラが起きていたら歓喜にむせび泣いていることだろうと、アリアは思った。
「それでこそ私の部下だ!誇りに思うぞ、お前たち!」
そう言いながら魔族に向かって駆ける。
数は五人。いずれも臨戦態勢だが――、
「遅いッ!」
目にもとまらぬ速さで相手の懐に入ったアリアが、刀を一閃。
凄まじい切れ味を誇る神器〝流星〟の刃は、魔族の胴体を二分した。
その体が地面に落ちぬ間に、次の相手に肉発。瞬く間に命を刈り取った。
「ちっ……厄介な」
魔族が毒づく。
アリアは知らなかったが、神器とは所持者の強い意志に呼応して力を発揮するものだ。先ほどまで魔族に苦戦していたアリアがこうして圧倒しているのは、ひとえにその性質によるものであった。
キールに抱いた感情、部下に抱いた感情。それらに呼応して神器〝流星〟が力をアリアに与える。
「ハァア!」
裂帛の勢いであっという間に三人を倒したアリア。
そんな彼女を見た魔族は――何故か笑みを浮かべた。
足元には光り輝く円状の紋章らしきものがある。
魔力操作による魔法と呼ばれる奇跡。転移陣であることにアリアたち人族は気づけない。
ただ、アリアは直感で止めなければと思った。
「ゼアア!」
気迫の一撃を放つが、ステラを抱えていない方の魔族が立ちふさがる。
「させんっ!」
激突。互いの剣がぶつかり合って生み出される衝撃波は目に見えるほど強力であった。
その隙に、
「往け、主の元へ!」
切り結ぶ魔族が叫んだ瞬間、足元の陣が一層輝きを増して――ステラを抱えた魔族は姿を消していた。
「おのれ……っ!」
みすみす取り逃がしたことで、アリアは激怒した。原因となった魔族と、不甲斐ない己自身に怒りを抱いたのだ。
積み重ねてきた剣術をいかんなく披露し、魔族の体を切り刻む。
「グゥ……ククッ、我はここで死ぬか。だが、主命は果たした。本望だ」
己が主の命令に命を懸けるその姿は見習うべきところではあるが……それはそれとして、
「ならば、死ねッ!」
アリアは一刀の元に、魔族の首を刎ねた。
血海に佇む彼女に近づける者はいない。それほどの殺気をアリアは放っていた。
そこに、
「嬢ちゃん!無事か!?」
全身を血まみれにしたキールが駆け寄った。
「…………キールか。無事のようだな」
「ああ、敵は全員始末したぜ。情報欲しさに捕縛も視野にいれたんだが……いかんせん強くてな。手加減出来なかった。すまねえ」
「構わん。私も謝らなければならないしな」
呆然とした様子で呟くアリアに、キールは周囲を見渡して事態を察した。
「仕方がないさ。相手は魔族、得体の知れない術を使われたんだろ?」
「……ああ」
「ならどうしようもねえよ。俺たちは所詮人族だからな。意味不明な魔族の力が相手じゃ不覚を取っちまうさ」
慰めの言葉をかけるも、アリアは動かない。
キールは大剣を背負ってアリアに近づくと――彼女の頭を撫でた。
「なっ――何をする!?」
「きにすんなって。まだ終わったわけじゃねえ。ステラの嬢ちゃんはきっと無事さ。もし始末するのが狙いなら、初めから問答無用で殺してるだろ?それをしないで攫ったってことは、命までは取る気がねえってことさ」
「む、それもそうだが――っていうか、いいかげん放せ!」
頬を朱に染めてキールの手から逃れるアリア。
そんな彼女の顔を見たキールは豪快に笑った。
「ハハハッ、やっぱり嬢ちゃんはそうじゃねえとな!」
「な、なんだと!上司に向かっていい度胸だな!?」
いつもの調子を取り戻した副官二人を見つめる兵士たちの顔も徐々に強張りが溶けて行く。
『キールさんの言う通りだ。俺たちはまだ負けてない!』
『ああ、とにかく今は負傷した奴らを治療するぞ!再戦への意気込みはそれからだ』
痛恨の敗北から立ち直るように、兵士たちはそれぞれ今なすべきことを為すべく、動き出した。




