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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
一章 英雄の再臨
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十三話

続きです。

同時刻―――ツィオーネ平原、アイゼン皇国軍本陣、指揮官幕舎―――

 

 「殿下、お体の調子はいかがですか?」

 そう声を投げかけたのは、奇妙な仮面をつけ、厚みのある布で全身を覆った奇妙な装いの人物だ。

 「……悪くない。むしろ力がみなぎってくる」

 殿下と呼ばれた青年―――クリストフ・フォン・アイゼンはそう答える。

 「そうですか。ならば、あなた様はその剣―――“堕天剣五魔”に選ばれし者ということですな」

 「ふふっ、そういうことになるな」

 クリストフは上機嫌を隠すことなく、笑みを浮かべるとワインを一気に飲み干した。

 「まあ、この力が無くとも我の勝利は揺るがないがな」

 クリストフがそう豪語するのも無理はない。なにせツィオーネにいるアインス大帝国の軍勢がわずか三千たらずなのに対し、こちらは一万。兵力差は圧倒的だった。

 「しかし、懸念もあります。敵にはかの“戦乙女”が居るという情報が―――」

 「問題ない。そのためのこの力だろう?」

 懸念を示す仮面の人物に対し、クリストフは手に持っていた剣を向ける。

 「“戦乙女”が持つという“翠帝”は確かに強力な存在だ。だが、まったく使いこなせていないというではないか」

 密偵からの報告では、所持者に選ばれてから月日が経っていないがために、ほとんど力を引き出せていないという。

 「それでは宝の持ち腐れというものよ。対してこちらは力を完全に制御化に置いている。そうなのだろう、道化(クラウン)?」

 道化と呼ばれた人物―――仮面の者はわずかに見える口元をゆるませると、

 「ええ、もちろんですとも。あなた様は選ばれし者。偉大なる“王”の造りし剣にね」

 と告げた。

 その言葉に気分を良くしたのか―――クリストフは哄笑する。

 「ふはははっ!良い、実に良いぞ。まもなく“戦乙女”と“翠帝”、それに加えツィオーネが手に入る」

 そうなれば、現在アインスの北域軍と交戦中の兄を出し抜くことができる。

 「我が玉座にふさわしいと万民に知らしめることができよう」

 しかもかの“戦乙女”は見目麗しいと聞く。アインスとの交渉に使うため、あまり手荒に扱うことはできないが―――

 「……少しくらい“味見”をしても問題なかろう。なにせ我が手に入れたのだからな」

 すっかり勝利した気でいるクリストフ。その姿を見て道化は苦言を呈そうかと考えたが、止めることにした。その代わりに、

 「ええ、ええ。素晴らしいお考えです。誰も反対なさらないでしょう―――たとえ、あなた様のお父上であっても」

 と言った。

 その言葉にクリストフは顔を顰めると、

 「あ奴の事は口にするな。あ奴は後継者選びもろくに出来ぬ老いぼれよ」

 不気味な覇気を身に纏った。そして、

 「さて、雑談は終わりだ。往くとしよう―――全てを我が手中に治めんがために」

 幕から出て行く。

 その後ろ姿を見送った道化は、

 「全てを手中に―――ね。まったく笑わせてくれますね」

 不気味な笑みを浮かべるのだった。


 **** ****


 「……来た。全軍―――前進開始」

 そう告げたルナが現在居るのは、ツィオーネの北門からおよそ五百メートルほどの位置だ。既に軍の編成を終え、出撃していた。前方に見えるアイゼン皇国軍が動き始めたため、指示を出したのだ。

 「しかし、上手くいくのでしょうか」

 そうルナに問いかけたのは、急造した合同軍の連携を取るためにルナの元に派遣されたツィオーネ守備軍の高官だ。先ほどから高官は不安を紛らわそうとしているのか、しきりに尋ねてくる。

 「問題ない……この状況下で勝てる策を選んだから」

 「そ、そうですか……ならば良いのですが」

 それでも高官は不安そうに体を震わせる。

 (不安なのはしょうがないけど、露骨に表に出さないでほしい)

 上が不安そうにしていると、その不安が配下の者達に伝播してしまう。結果、ただでさえ兵力差の問題で下がっていた士気が更に下がってしまう。

 (アロイス卿であれば、このような失態は晒さないのに)

 思わず此処にはいない側近の事を考えてしまう。が、

 (弱気になってはいけない……勝利への糸は細いけど、かならず手繰り寄せてみせる)

 ルナは己を奮い立たせた。

 (なによりレンが見ている……そんな無様は晒せない)

 英雄王の末裔が見ている―――その事実がルナを高揚させる。

 (英雄王シュバルツ陛下は私の憧れにして目標。いつか並び立ちたい―――いや、立って見せる。だから―――)

 まずはこの戦に勝利する。そう決意を新たにしたルナは、前を見据える。

 そして、

 「事前の軍議通りにいく。そうツィオーネ守備軍に伝えてほしい」

 と高官に告げる。

 「は、はい!仰せのままに」

 高官はあわてて走り去っていく。

 ふと、ルナは後ろを振り返った。

 (それに、レンは私の手を取ってくれた。あの手の温かさは忘れられない)

 皇族であるルナには友と呼べる存在はいなかった。それ故に、ルナに対して自然体で接してくれた蓮には感謝しかない。

 (……もういちどあの温かさに触れたい。それに、伝えたいこともある)

 故に、必ずや勝利を―――ルナは前を向き、決意の瞳で眼前に広がるアイゼン皇国軍を見据えるのだった。

 

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