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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
七章 希望と絶望の狭間で
144/223

四話

続きです。

 リヒトは唖然とした表情を浮かべる。

 「何を、言って……」

 無理もない。〝世界神〟は人族に協力してくれる存在であり、五種族の中で最弱だった人族が大戦を生き延びれたのは彼女のおかげだといっても過言ではないからだ。

 覇彩剣五帝も〝世界神〟から与えられたものである。この破格の武器が無ければ勝利することは出来なかっただろう。

 信じられないという態度を察したのか、〝天魔王〟が嘆息して聞いてくる。

 「まあ、そういう反応をするのは分かっておった。ならば始めから話さねばなるまいて。おんしはこの世界の成り立ち――創世神話を知っておるかえ?」

 「……ああ、知っているとも。この世界は〝世界神〟の手によって創造された。彼女は広大な世界を管理するために配下を創り出したが、離反され、敵対したという。それら配下が〝五大冥王〟と呼ばれる者たちであるとな」

 〝世界神〟(ルミナス)と〝五大冥王〟との戦いは熾烈を極め、遂に打ち勝った〝世界神〟が神界から〝五大冥王〟を追放した。

 その後、地上に追放された〝五大冥王〟たちが魔族を率いて〝世界神〟に挑もうとするも、彼女は他の四種族に協力してもらって迎撃する。これが俗にいう大戦の背景であった。

 というリヒトの理解を〝天魔王〟は鼻で笑い飛ばした。

 「はっ、あ奴が作った嘘に塗れた神話じゃな。いかにも裏切り者らしい詭弁じゃ」

 言葉に殺意を乗せる〝天魔王〟。見れば背後の〝王〟たちも殺気だっていた。もっとも〝白夜王〟だけは無表情のままであったが。

 「嘘だというのなら……真実はなんなのだ?お前たちと〝世界神〟の間に何がある?」

 訊ねるリヒトに、〝天魔王〟が語り始める。

 「〝創世期〟、この世界は一柱の神によって創造された。神に名はなく、世界に一人存在しておった」

 饒舌に語る〝天魔王〟はどこか寂しげだ。

 「神は世界に様々な概念を定着させ、五種族を生み出すなど、多くのことを成し遂げた。ひとえに孤独から解放されたいがためにの」

 じゃが――と続ける。

 「どうあがいても神は自分と同等の存在を創り出すことが出来なかった。生み出した五種族はただ自分を崇め奉るのみで、真の理解者は一人も存在しなかったのじゃ」

 圧倒的な力を持つ存在というのは孤独なものだ。誰にも理解されず、誰とも親しくなれない。

 「神は己を孤独から解放してくれる存在を創れなかった失意から生きることをやめた。己が存在を六ツに分割し、世界の統治を任せると消え去ってしまったのじゃ」

 「六つ……まさか……!」

 リヒトが何かを察すると、〝天魔王〟は頷いた。

 「おそらくおんしが思っておるとおりじゃ。――その六ツの存在こそが〝世界神〟と〝五大冥王〟である」

 それから語られた真の歴史は、リヒトの常識をたやすく破壊するものであった。

 分かたれた六つの神によって世界の統治が始まる。ここから今でも続く〝神代〟と呼ばれる時代が始まりを告げた。

 六柱の神は同等の力を有しており、互いにけん制しあうことで均衡を保っていた。その間、世界は徐々に発展を遂げ、小さな争いこそあったものの、おおむね平和に時が流れていた。

 「じゃが、その平穏も長くは続かなかった。〝世界神〟――かつては〝創造王〟と呼ばれておったあ奴が他の五柱を裏切って神界から追放したのじゃ」

 〝創造〟の権能を持つ〝世界神〟が、自らの力を底上げする概念を創り出して抜きんでた力を手にした。そしてその力を以って他の神たちを追い落としたのだ。

 「そののち、自らに都合のいい神話を創り上げて五種族に定着させ、追い落とした五柱の神を〝五大冥王〟という神敵であると告げて我らの反撃を封じたのじゃ」

 これが真の神話である――と告げられたリヒトは驚きを隠せないのか、ひじ掛けに置いてあった手で口元をおさえた。

 「なんと…………ノクトはこのことを知っていたのか?」

 「知っておる。英雄王と呼ばれし、〝世界神〟が我らの息の根を止めるためにこの世の理を捻じ曲げて召喚した男は、初代〝黒天王〟を討伐した。その際に力と記憶―――全てを継承したはずじゃからの」

 「ならば……人族は――いや、五種族は〝世界神〟のせいで争うことになったというのか?彼女のせいで多くの命が失われたと?」

 「そうじゃ。もっとも、我ら〝五大冥王〟のせいでもあるがの」

 自らの非を隠そうともしない潔さは好感を持てるものだ。

 が、しかしリヒトは怒りを覚えずにはいられなかった。

 「ふざけるなよ――神とやらのせいでどれだけの犠牲者が出たことか、どれだけの悲劇が生まれたことか……くそっ!」

 滅多に暴言を吐かないリヒトが珍しく罵っていた。王として――皇帝として気品ある言動を心がけているが、今回だけは押さえられないほどの怒りを覚えていた。

 「付け加えると此度おんしの義弟が突然消えたのもあ奴のせいじゃ。我ら〝五大冥王〟の反撃を封じるために、五柱が揃わないようと画策した結果じゃな」

 〝黒天王〟として完全に覚醒した英雄王シュバルツが他の四柱と結託して歯向かってこないよう、先手を打ってきた。

 「〝黒天王〟がどうなったのか、力の残滓を追ってみたのじゃが……どうにも千年後――未来に飛ばされたようじゃな」

 その言葉に、リヒトは怒りを押し殺した声を発する。

 「……何故だ」

 「ん?」

 「何故……このような真似をするのだ?〝世界神〟は一体どのような目的で――」

 「遊びじゃよ」

 はっきりと告げられ、リヒトの表情が凍り付く。

 「基本的に神という存在は孤独かつ暇じゃからの。退屈しのぎに世界で遊んでおるだけじゃよ」

 極限の怒りに頭が真っ白になりかける。

 そんなリヒトの様子を見て取った〝天魔王〟が手を差し出してきた。

 「もはや〝黒天王〟を呼びもどす手段はない――が、戻ってくる未来に向けた反撃の準備は今からでもできる」

 「だから協力しろと?」

 「そうじゃ。遺恨をきれいさっぱり忘れろとは言わぬ。じゃが、敵の敵は味方ともいうように――共通の目的のために手を組むことはできる」

 リヒトは深く長い息を吐いて思案する。

 そして決断すると、玉座から飛び降りて――仇敵の手を握るのだった。


 *****


 三度、世界が闇に覆われる。

 光が一切ない世界で、リヒトの声だけがルナたちの耳朶に触れた。

 「全てを知った余は〝五大冥王〟たちと手を結ぶことにした。そしてノクトが帰還する千年後の未来にむけて準備を行った」

 「……これもその一つだというの?」

 訊ねるルナに、リヒトが応じる。

 「そうだ。強力無比な力を持つ覇彩剣五帝所持者に真実を伝え、〝世界神〟側に与せぬようにするための措置としてお前たちに余の記憶を見せた」

 足音が聞こえ、世界が黄金に染め上げられる。光輝燦然――温かな光の中からリヒトが歩んできた。

 「さて、その上で問いたい。――お前たちは真実を知ったうえでどうする?これまで通り人々を弄ぶ〝世界神〟を崇め奉るか、それとも余のように反抗するか……どちらを選んでも良いぞ。余はお前たちの決断を尊重しよう」

 告げるリヒトの瞳は真剣で、嘘は感じ取れない。きっと彼の意にそぐわない答えでも、彼は責めたりしないと理解できた。

 ルナは結論を出す前に、どうしても聞きたいことがあって口を開いた。

 「その前に一つ聞きたい。レンはどうするつもりなの?」

 するとリヒトは嘆息交じりに苦笑した。

 「昔からあいつは一人で全部背負い込む性格でな。今回もあいつはお前たちを巻き込まずに一人で片を付けるつもりなのだろうよ」

 なまじ力があるから一人でなんとかできてしまう。そう言ってリヒトは呆れたように肩をすくめた。

 それを聞いたルナは悲痛な面持ちとなる。

 「そんな……そんなの――悲しすぎる」

 何もかも一人で背負い込んで、血と罪に塗れながら歩み続ける。なんて孤独で――なんて身勝手(、、、)なのだろうと思った。

 そう思った瞬間、ルナは決断した。

 「私は――〝世界神〟と敵対する。レンを救い、アインスを――ひいては世界を解放してみせる」

 これまでの常識を捨て去っての決断に、レオンが驚きの視線を向ける。

 「ルナ殿下……」

 しかし、やがて自らの決意に従ったのか、レオンは迷いを捨てた決意の表情を浮かべる。

 「某もお供致しましょう。この真実は世界に公表してもすぐさま理解を得られるものではない。故に味方は少ないでしょうが……某が付いております。それに――リチャード殿とティアナ殿も覚悟を決められたようです」

 その言葉に、リチャードが反応を示した。

 「先ほども言ったであろう。余はどのような真実であろうとも受け入れ、乗り越えて見せると。〝世界神〟が実は敵だった?大いに結構、余は民のために敵対してみせようぞ」

 笑うリチャード。いつだって、この男は前に進む歩みを止めないのだろう。

 「レン殿一人に背負わせはしない。我が槍はレン殿の敵を貫くためにある。神である〝世界神〟だろうと――貫いてみせる」

 ティアナも迷いはなく答えた。

 当代の覇彩剣五帝所持者たちの出した答えに、リヒトは安堵の息を吐いた。

 「ああ――そうか。ならば余は……」

 次いで彼は強い意志を宿した瞳を向けてきた。

 「お前たちの決断を余は褒めたたえ、そして教えよう。神力によって覇彩剣五帝が無効化されないようにする術をな」

 

 *****


 ルナたちが帝城地下で真実に触れている頃、エルミナ聖王国陣地に置かれた大天幕ではオティヌスが報告書に目を通しながら嘆息していた。

 「アインス軍に勝ち、〝黒絶天〟を討ち取ったはいいが……予想以上の被害を被ってしまったな」

 十八万で挑んだ勝てる戦い。しかし終わってみれば、被害の大きさに絶句してしまう。

 アインス側はたったの五万――しかもそのうちの半数以上はこちら側に寝返った――にも関わらず、エルミナ聖王国軍は三万を失っていた。

 「しかも部隊長をはじめとする指揮官クラスの人間を八割も失ってしまった」

 先の戦いでアインス軍は執拗にこちらの指揮官を狙い殺してきた。おそらくは〝黒絶天〟の命令だろうとオティヌスは結論づけていた。

 と、そこで〝軍神〟の末裔を討ち取った後のことを思い出して屈辱に顔を歪めた。

 「あの小娘……っ」

 〝黒絶天〟を討ち取ったのは確実だろう。あの奈落は底が知れぬほどの深さであり、落ちたらまず助からない。加えてあの少年は右腕を失い、身を守護する伝説の外套や宝剣も力を封じられていた。満身創痍であり、放っておいても出血多量で死ぬという具合だった。

 しかし、死体を確保出来なければ討ち取ったという証拠を世界に提示できない。だからオティヌスは戦死したオジェが切り飛ばした末裔の右腕を証拠としようとしたのだが……。

 あの後、突如として現れた少女に奪われてしまったのだ。

 あの時、生ける伝説を殺し、エルミナ聖王国軍は浮かれていた。

 普段、喜びを顕わにしないオティヌスでさえ、勝利から油断していたことは否定できなかった。

 呆然とする〝聖女〟を置いて、オティヌスは橋の床に転がっていた末裔の右腕を手にしようと歩み寄る。

 そこに――、

 「残念ですけど、お兄様の腕をあなた方に差し上げることは出来ませんね」

 突如として耳慣れぬ声が聞こえ、気が付けば眼前にエルミナ聖王国軍の鎧を纏った人物が立っていた。

 その人物が脱ぎ捨てる――と中から現れたのは年若い美貌であった。

 紫水晶(アメジスト)色の長髪に同色の瞳を持つ少女がたおやかな笑みを浮かべる。

 「この腕はわたしがもらい受けます。あなた方の汚らわしい手で触ってほしくありませんし」

 と言って白銀の衣に包まれた腕をつかみ上げた少女に、オティヌスが〝聖雷〟(グングニル)の矛先を向ける。

 「何者なのかは知らんが、それは我々の戦利品だ。返してもらうぞ」

 言って、床を蹴りつけ、距離を詰めて槍で勢いよく突く。

 目にもとまらぬ速さの攻撃だったが、突如として出現した氷壁に阻まれて勢いを殺されてしまう。

 「ふざけた真似を……っ!このまま押し破って――ッ!?」

 強引に押しとおろうとしたが、氷壁から発せられた冷気が絡みつくように〝聖雷〟を穂先から侵食していく。侵食された部分が凍り付き始めたのを見て取ったオティヌスは驚愕して咄嗟に槍から手を離した。

 結果的にそれは功を奏した。あっという間に凍り付いた槍を見て、あと少し放すのが遅ければオティヌス自身も凍っていただろうと確信したからだ。

 それに特殊な神器である〝聖雷〟は離れたところにあっても手元に呼び戻せる。

 オティヌスが〝聖雷〟を呼びもどすと、氷の中から槍が消え、彼女の手元に戻ってきた。

 ふと、眼前の少女が奇妙な剣を手にしていることに気づいた。

 青く透き通った刀身で、ほのかに紫光を放っている。

 「神聖剣五天を犯すその力……魔器か?」

 オティヌスが油断なく槍を構えて詰問すれば、少女は微笑みを崩さず応じてくる。

 「正解です。神聖剣五天というのは聞いたことがありませんが……私の所持する魔器はかつて魔王と呼ばれた人物が手にしていたものですから、あなたの神器に十分対抗できると思いますよ?」

 「……貴様、何者だ?」

 答えが返ってくるとは思えないが、それでも質問せざるを得ない。

 すると少女は特にもったいぶらずに答えた。

 「アイゼン皇国女王――ミルト・フォン・アイゼン。以後お見知りおきを」

 「確かつい最近発生した内乱を鎮圧して玉座に就いたという……なるほどな」

 アイゼン皇国に関する報告書を思い出して納得する。

 末裔が内乱の鎮圧に協力したとあった。つまり彼女がここにいるのはその借りを返すためだろう。

 「それにしては随分と遅い到着だな。末裔は既に死んだぞ?」

 「ええ、そうですね。間に合わなくてとても残念です。なのでせめて残された腕を使って、丁重に弔うことにしましょう」

 まったく残念そうな口調ではない。

 「逃がすと思うか?――というより逃げ切れるとでも?」

 少女にとってこの場は四面楚歌。にもかかわらず彼女の笑みは揺るがない。

 なんの根拠があっての自信なのか。オティヌスは圧倒的優位であるにも関わらず苛立ちを覚えた。

 と、ここで地面が振動していることに気が付く。耳をすませば馬蹄の音が聞こえ、ミルトの思惑を悟ったオティヌスは言葉を発する暇も惜しんで攻撃を仕掛けた。

 「本当はお兄様を傷つけたあなたを殺しておきたいところですけど……時間ですね。さようなら」

 肉薄したオティヌスに笑みを投げかけて、ミルトは手にする魔器を地面に突き刺した。

 瞬間、辺り一面に氷華が咲き誇る。オティヌスは瞬時に槍を利用して跳躍し難を逃れるも、そんな芸当ができないエルミナ兵たちは氷の刃に体を貫かれていった。

 『なん――がああ!?』

 悲鳴が上がり、血しぶきが舞い散る。

 瞬く間に混乱に包まれた場に、騎馬の群れが突撃してきた。

 『ミルト女王陛下!お手を!』

 「ええ、離脱するとしましょうか」

 気品さえ感じるほど優雅に兵士の手をとって、ミルトが馬上に上がる。

 騎馬集団はエルミナ聖王国軍の鎧を纏っており、なによりその突進力と踏破力があれば逃げ切れてしまうだろう。

 「逃がすかッ!」

 そう判断したオティヌスは宙に浮いた状態から〝聖雷〟を投擲した。

 が、再び氷壁に阻まれてしまい、先と同じ末路をたどってしまう。

 「二度も同じ手が通じると思うな――雷よ!」

 オティヌスが叫んだ瞬間、天から極光が降り注いだ。

 あの〝黒絶天〟にも効果があった神雷だったが――、

 「なんだと……っ!?」

 氷壁はびくともせず、雷は雲散してしまった。

 オティヌスが地面に降り立った時には既にミルトを連れた騎馬集団はその場から立ち去った後であった。

 回想を終えたオティヌスは怒りから机を叩きつける。

 「この屈辱――必ず晴らす。覚えていろ、小娘!」

 と、ここでオティヌスしかいなかった大天幕に、幕僚が入ってきた。

 『オティヌス様、ご報告が』

 「……なんだ?」

 幕僚は報告書を手渡しながら言ってくる。

 『兵士たちは勝利に沸き返っておりまして、このまま侵攻を再開すべきだという意見が大半を占めているようです』

 「アインス側が戦力を整えて反撃にでてくることも忘れてか?」

 『理解はしているようですが……どうにも〝黒絶天〟を討ち取ったという事実が目を曇らせているようでして……加えてこちらは未だ十五万おりますから、慢心とまでは言いませんが、少なくとも油断はあるかと』

 ほかの兵士や幕僚がどうかは知らないが、少なくともこの幕僚は現状の危うさを理解しているようだ。

 アインス大帝国が戦力を整えたという報告と共に、周辺諸国が援軍を出したという報も届いている。これが事実であればエルミナ側は一気に窮地に立たされたと言っていいだろう。

 「そもそもたった五万を相手に十八万の軍勢が三万も減らしたということを兵士共は忘れているのか?」

 オティヌスが心底、呆れたように言えば、幕僚も同意だと言わんばかりに頷いた。

 『本来の試算では減っても一万が良い所――と言われていましたからね。なのに実際は三万も減りました。アインス大帝国がどれほど数をそろえてくるかが分かっていない以上、侵攻を再開するのは危険すぎます』

 とはいえ、これ以上昂った兵士たちをとどめておけば、最悪司令官であるオティヌスの指揮能力を疑う声が上がってしまう可能性があった。

 軍としての規律が残っている状態で動くには前に進むしかなく、付け加えると本来の目的である神聖殿の奪取が完了していない以上、兵士たちの主張の方に軍配が上がるだろう。

 「神聖殿といえば……第一、第二征伐軍は今どうしている?」

 ふと、思い出したオティヌスが訊ねれば、幕僚は机に向かって一枚の報告書を手に取った。

 『えー、どうやらはじめはこちらに向かっていたようですが、〝黒絶天〟を討ち取った報を受け取り反転、その足で神聖殿に向かったようですね』

 二つの目的の内一つをオティヌスら〝聖王〟派にとられた以上、功績を上げるためには残る神聖殿奪取を成功させるしかない。当然の判断だとオティヌスは思った。

 「そうか……なら我々は確実にアインス西域を占領して神聖殿までの土地を確保することに注力したほうがよさそうだな。それであれば兵士たちも納得するだろう」

 神聖殿を奪取しても、エルミナ本国とつながる道が無ければ意味がない。故に進軍しつつアインス西域を支配下におさめることは必須だ。

 「アインス側の動きを探りつつ行軍することになる。進軍速度はなるべく緩やかにするぞ」

 『はっ、全軍に通達致します』

 敬礼をして去っていく幕僚の背を見送ったオティヌスは嘆息を一つ。

 「いつの間にか〝聖女〟さまは居なくなっていた。……雲行きが怪しくなってきたな」

 戦いの後、いつの間にか姿を消していた〝聖女〟を思い浮かべて、オティヌスはらしくない不安げな態度を示すのだった。

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