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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
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十二話

続きです。

 その頃――アインス大帝国西域西部ダスク平原。

 〝天の橋〟前であるこの平原には現在、大軍勢が集結していた。

 エルミナ聖王国アインス征伐軍本軍十万と後退してきた第三、第四征伐軍八万、計十八万という数である。

 彼らは再編成の真っただ中にあり、慌ただしく動き回っていた。

 そんな光景を小高い丘の上から見下ろす人物がいる。

 燃え上がるような赤髪に同色の瞳を持つ女性――第三征伐軍司令官オティヌス・ハーヴィー・ド・ヴィヌスである。

 彼女は兜のスリット越しに自軍が再編されていく様を眺めていた。

 「おや、見物ですか?」

 ふと、耳朶に穏やかな声が触れたことで後ろを振り返る。

 すると、灰色の髪を持つ男性が近づいてくるのが分かった。

 「まだ戦いは始まっていませんから、その暑苦しい鎧を脱いだらどうです?」

 「オジェか……いや、相手が相手だけに常在戦場の気持ちでいなければならんから、私は脱がないぞ」

 「残念ですねえ。あなたの美しい姿が拝めないのは私だけでなく、兵士たちも落胆を禁じえませんよ」

 まったく残念に思っていない口調で言ってくる男性の名はオジェ・ダノワ・ド・マルス。第四征伐軍司令官である。

 「冗談はよせ。それよりも何か報告があるのではないか?」

 オティヌスが淡々と言えば、オジェが肩をすくめて書状を差し出してくる。

 それを受け取ったオティヌスは封を切ると素早く目を通した。

 「朗報ですかね?」

 と、細目を向けてくるオジェに、オティヌスは首肯を見せる。

 「ああ。内通者からの連絡で、内容は〝軍神〟(ヌアザ)がこちらに向かってきているとのことだ」

 「ほう……それは確かに朗報ですねえ。二大目標の内の一つである〝軍神〟がわざわざ出向いてくれるとはなんともうれしいことですよ。第五征伐軍を生贄にした甲斐があったというものです」

 オジェがくつくつと笑う。

 此度の侵攻における目標は二つあり、そのうちの一つが〝軍神〟の末裔の身柄を確保することである。

 ちなみにもう一つは神聖殿の奪取であるが、これは第一、第二征伐軍の役目であった。

 「それにしても、実に惜しいですねえ。アインス大帝国の肥沃な土地を我らの物にできないというのは」

 「仕方があるまい。〝天の橋〟よりこちら側に、我らに呼応する勢力はいないのだ。加えて統治能力に欠ける我らではアインス西方を得ても上手く回せないだろう」

 エルミナ聖王国は千年の歴史を持つアインス大帝国と同格の国家であるが、ここ五百年ほど領土を拡大していない。五百年前に南大陸西部を征服して以降は、国力増加に努めたり、〝世界神〟信仰による統治機構を万全のものとすべく動いていた。

 「まあ、統治機構である協会も万全ではありませんしね。そんな中で国土を得ても誰の物にするかで内部争いが起こるだけでしょうし」

 エルミナ聖王国は〝世界神〟を唯一神とする教えを持つ協会と呼ばれる組織によって運営されている。無論王国であるから国王をはじめとする権力者は存在するが、その国王とて神から現世における代行者として任命されたとされる教皇と呼ばれる者には逆らえない。

 国王はあくまで国家運営の一助、真の最高権力者は協会の最高指導者である教皇なのだ。

 「……だが、教皇はただのお飾りだろう?その裏にいるのは〝聖女〟さまのはずだ」

 「そう噂されていますね。そもそも〝聖女〟さまはいつもフードで顔をお隠しになっていますから、本当に実在するのか(、、、、、、)は怪しいところですが」

 「確か建国当初から生きているという話だったな。それは確かに眉唾物だな」

 〝聖女〟と呼ばれる存在は千年前の建国当初から存在しているのだが、文献を漁るとどの時代においても顔を隠しているらしく、一説によれば不死者なのではないかと言われていた。

 「私は教会の中で秘密裏に世代交代が行われているのだと思う。世俗には秘密の儀式か何かがあるのだろう、と」

 「……まあ、どちらにせよ我らが従うべき人物の一人であるということに変わりはありません。それに我らは立場上、〝聖女〟さまとは敵対関係にありますし、周囲に人がいないとはいえ話を控えた方がいいでしょうね」

 オティヌスとオジェは先祖代々〝聖王〟家に仕える家柄だ。その〝聖王〟と真の支配者と噂される〝聖女〟はお世辞にも仲が良いとは言えない。

 〝聖王〟からすれば自分は国家の最高権力者であるはずなのに、いちいちお伺いを立てなければならないというのは屈辱以外のなにものでもないからだ。

 故に歴代の〝聖王〟は権力を協会から取り戻さんと躍起になっているのだが、今のところ上手く行っていない。

 それほどまでに協会の――〝聖女〟の権力は絶大であった。

 「〝聖王〟派と〝聖女〟派の二大勢力による内部抗争がありますからね……」

 と、オジェが嘆息すれば、オティヌスは険しい声音で言う。

 「だからこその今回の戦争だ。この戦争で武功を相手陣営よりも多く得ればそれだけ〝聖王〟派が有利になる。そうすれば権力を協会から取り戻せるかもしれん」

 「そうですが……我らは出だしから負けていますからね。生半可な武功では駄目でしょう」

 「〝聖女〟さまによるベーゼ大森林地帯の魔物追立のことか」

 戦争の初期、〝聖女〟は人族の中では緋巫女しか使えないはずの神力を行使して魔物の巣窟と化しているベーゼ大森林地帯へ大規模な干渉を行った。

 魔物の天敵ともいえる神力をエルミナ聖王国側から飛散させることで、魔物を東に追いやり、結果アインス大帝国の領土に押し出すことに成功していた。

 これによってアインス大帝国はベーゼ大森林地帯からの魔物の攻勢に戦力を割かなければいけなくなり、西域の守りが大幅に弱体化、やすやすとこちらの侵攻を許してしまったのだ。

 「だが、それも予想をはるかに下回る結果しか出せていないだろう」

 なぜかは知らないが、アインス大帝国は魔物の大侵攻に即座に対応して見せた。予想では西域北部一帯が魔物の手に落ちるはずだったのだが、ベーゼ大森林地帯との境で食い止められている。

 「対して我らはアインス大帝国の中域貴族と西域貴族の大半をこちら側に付かせてみせた。そのおかげでたやすく西域を蹂躙できたのだから、我らの戦果の方が上であろう」

 「とはいっても西域貴族に関しては〝聖女〟派の工作があってこその賜物ですよ。どうやったのかは知りませんけど、アインスの第三皇女を寝返らせ、彼女の生家が運営している西域の貴族諸侯を引き込んだのですからねえ」

 今は亡きアインス皇家の第三皇女の生家は西域を運営する五大貴族ミッテル家であり、この家を取り込んだことで他の西域貴族も味方に付けることができたのだ。

 「……ならば現在は五分、拮抗状態だな。であれば――やはり〝軍神〟の身柄を確保せねばなるまい」

 「ですね。幸いなことに第一、第二征伐軍は〝軍神〟の情報を得てこちらに急行してはいますが、未だ到着まで数日かかる見通しです。〝軍神〟がこちらにくる方が先でしょう」

 オジェが隣にきて眼下を見下ろす。つられてオティヌスも視線をそちらに向けた。

 「十八万対三万――いえ、西域貴族の軍を取り込んで今は五万でしたか。だとしても結果は見え透いています。だというのに……本当に〝軍神〟は来るんでしょうか。私にはにわかに信じがたいですがねえ」

 「私とて内通者を完全に信用しているわけではない。一応、二重(、、)にして、そのどちらからも同様の報告がきてはいるが……」

 裏切り者ほど信用できない者はいない。今はこちらが優勢だから味方だが、敵が優位になればたちまち寝返りなおすであろうことは簡単に予測できる。

 領民のために仕方なく――などといくらでも言い訳のしようがあるからだ。

 「ままならないものですねえ……」

 「まったくだ。しかしそれでも私は〝軍神〟はやってくると確信している」

 オティヌスははっきりと言い切って視線を地平線に向け、まだ見ぬ敵を睨みつけるように目を細めた。


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