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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
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十一話

続きです。

 神聖歴千三十一年九月七日。

 アインス大帝国首都クライノート――その正門前に数々の天幕が立ち並んでいる。

 各領域から集った援軍が陣を敷いていた。

 北域、東域、南域、更には主力である総軍も続々と駆け付けてきている。

 そんな光景をルナは馬車から見つめていた。

 「凄い数ですね。これならエルミナ聖王国にも勝てるんじゃないでしょうか」

 隣に座るシエルが声をかけてきた。

 「…………」

 「ルナ殿下……?」

 窓の外を眺めているルナは心ここにあらずといった様子だ。

 「お気持ちはわかります。けど大丈夫ですよ、レンさんは常勝不敗の〝軍神〟の末裔なんですから」

 シエルは慰めるように言うが、その表情には影が差している。

 当然だ。今回は今までとは状況が違いすぎる。三十万という数にたった三万で出陣したことや、側近を連れて行かなかったことなど挙げればきりがないほどであった。

 いくらあの蓮とて今回ばかりは……なんて思ってしまう。

 けれどもシエルは口に出すことなくルナの傍に寄り添っていた。

 と、ここで馬車が止まった。

 『ルナ殿下、帝城前に到着致しました。ブラン殿下やバルト殿がお待ちですよ』

 その言葉にルナが馬車を降りる。その後にシエルも続いた。

 「ルナ……よく戻ったわね。おかえりなさい」

 声をかけてきたのは長い金髪に虹彩異色の瞳を持つ女性――ルナの姉である第四皇女マリーであった。

 「……お姉さま」

 短く呟いて近づいたルナは姉が持つ手紙のような物に気が付いた。

 「それは?」

 「これは……レン様からあなた宛ての書状よ」

 と言って差し出すマリーからひったくるようにして書状を取ったルナが一心不乱に読み始める。

 マリーは苦笑しながらルナの頭を撫でて、視線をシエルに向けた。

 「あなたもお疲れ様。ルナを支えてくれてありがとう」

 「い、いえ!滅相もございません!」

 恐縮するシエルにマリーが微笑を向ける。

 「ルナがこの調子だからあなたに聞くけれど……〝円卓会議〟はどうだったのかしら?」

 「ルナ殿下のお働きによって無事、各国の協力を取り付けることができました。援軍が続々と大帝都に向けて出立し始めているようです」

 この言葉にはマリーだけでなく、その後ろで様子を見守っていたバルトやホルスト宰相も喜色を見せた。

 「なんと……!希望が見えてきましたな」

 「直ぐに各国の援軍が国境を越えられるように手配いたしましょうぞ」

 「ならば私は各諸侯に援軍の件を通しておきます」

 二人の男は会話を交わして帝城へと向かっていく。

 その背を見送ったブラン第二皇子が苦笑を浮かべながら近づいてきた。

 「朗報だったね。彼らの笑顔なんて久しぶりに見たよ」

 「確かに……ここのところずっと気難しそうに唸っていましたものね」

 顔をブラン第二皇子に向けて、ルナを撫でる手を一瞬止める。

 と、その時――勢いよくルナが駆け出した。

 「ルナ!?一体どうしたの!?」

 驚くマリーにルナが走りながら応じる。

 「レンの元に向かう!」

 珍しく声を張り上げたルナは、ここまで護衛してきた兵士の馬に飛び乗ると馬首を巡らせて駆け出そうとする。

 が、いつの間に動いたのか、ブラン第二皇子がルナの眼前に立ちふさがった。

 「……ブランお兄様、どいて」

 淡々とした口調に焦りを滲ませて言えば、ブラン第二皇子が首を振る。

 「ダメだ、行かせないよ。キミには集った軍を率いてエルミナ聖王国を討ってもらう必要があるからね」

 「そんなことどうでもいい!早く行かなくちゃ、レンが死んじゃう!!」

 「……手紙にそう書いてあったのかい?」

 いつの間にこんな感情表現豊かになったのかと、驚きながらもブランが問えば、ルナが首肯した。

 「そうか……ならなおのこと行かせられないな。彼の覚悟が無駄になるからね」

 「そんな覚悟、無駄になればいい!」

 「そんなこと言うもんじゃないよ。彼はこの国を、そしてルナ、キミを想って行動したのだから」

 ブラン第二皇子が悲しげに目じりを落とせば、ルナが押し殺したような声で告げる。

 「どいて。さもないと力づくで押し通る」

 ルナの感情に呼応して荒れ狂う風が周囲に現れる。

 「どかないよ、それでもね」

 しかし、ブランはそれでも頑としてその場を動かない。

 業を煮やしたルナは手綱を一振りして風を纏った馬を走らせた。

 その光景を見ていた者たちは残酷な結果を想像するが――直後唖然とする。

 なぜなら、撥ねられたかに見えたブランが地面にルナを組み伏せていたからだ。

 「なっ……なんで……!?」

 覇彩剣五帝の加護を受けているルナの身体能力は常人をはるかに上回るものである。なのに、ブランの力に抗えずに動きを封じられてしまう。

 愕然としたルナだったが、それでもと力を振り絞って押し返そうとする。

 「ルナ、よすんだ!これは彼の提案なんだぞ!」

 徐々に高まるルナの力に顔を強張らせてブランが言えば、彼女がはっとして問いかける。

 「まさか……ブランお兄様は知っていたの!?初めからこうなるって」

 「……そうだよ。僕だけじゃない、マリーやバルトも知ってる。僕たちは彼の計画に賛同したのだからね」

 「そんな……嘘だよね、マリーお姉さま!!」

 顔をマリーに向ければ、彼女は視線を逸らさずに頷いた。

 「ごめんなさい、ルナ。でもすべてはあなたのためなのよ」

 慕っている姉の言葉にルナは信じられないという表情になる。込めていた力が抜け、脱力してしまった。

 「なんで……嘘……」

 呆然と呟くルナの上からブランが退く。そうすればマリーが近づいてきて語り始めた。

 「この国を護るために必要なことだったのです。今のアインスに必要だったのは時間、レン様はそれを稼ぐために自らを危険にさらしたのですわ」

 「その役割はほかの人でもよかったはず。なのにどうしてレンが犠牲にならなくちゃいけないの!?」

 詰問するように言えば、マリーが表情を苦しげに歪める。

 「彼でなければいけなかったのです。〝軍神〟の末裔であるレン様でなければ……」

 〝軍神〟の末裔である蓮は敵対者からすれば名声を高めるのにふさわしい人物であり、味方からすれば大きな希望となる。

 「加えて多くの中域貴族がエルミナ聖王国側に寝返っていることが分かった以上、彼らを始末する必要がありましたわ。レン様はその役目を引き受けて出陣なされたのです」

 マリーが所持する神秘の瞳〝人眼〟(イザナギ)は他者の思考を読むことができる。この力を使って裏切り者を暴き出した蓮はあえて彼らを連れて出陣したのだ。

 「お父様……皇帝陛下が崩御なされた今、裏切り者を正攻法で処罰することは難しく、時間もない。ですからレン様は自らを囮とすることで中域貴族を戦場に引っ張り出して始末しようとしたのですわ」

 裁きにかけることはできない。かといって明確な裏切りの証拠を示さずに殺してしまえば非難を浴びるのは必定だ。

 ならどうすればいいのか。答えは単純、戦場に引っ張り出して戦死させる、もしくは戦死を装って始末すればいいのだ。

 「そんな……だとしてもどうして言ってくれなかったの……?」

 「言えばキミは反対しただろうし、強引にでもついていっただろう?彼はこの国とキミを護るために最善策を選んだんだ」

 ブランが沈痛そうに言えば、ルナは言葉も出ないのか黙り込んでしまう。

 そんな彼女をマリーが起して抱きしめる。

 「大丈夫ですわ。あの方は必ず戻ってくると仰られましたから……」

 「…………」

 二人の妹を痛ましげに見つめたブランは立ち尽くすシエルに視線を転じた。

 「取り合えず帝城内に入ろう。ここだと人の目があるからね……シエル、二人を頼む」

 「は、はいっ!お二人ともこちらです!」

 シエルは繕った元気さを声に張り付けてマリーとルナを帝城へと連れていく。

 その背を見送ったブランは兵士たちを解散させると帝城前に鎮座する〝双星王〟二柱の内――〝軍神〟の銅像の裏に向かった。

 そこには銅像の陰に溶け込むようにして一人の男が居た。ブラン子飼いの密偵である。

 「レンからの手紙は?」

 『ここに』

 差し出された手紙を受け取ったブランは封を切るとざっと流し見る。

 「なるほどね……警戒されたし、か」

 ブランは魔力を使って火を生み出すと手紙を燃やす。目を丸くしてこちらを見つめる密偵に命令した。

 「再びレンの元に向かうんだ。ただし今度は接触せずに離れた位置から様子をうかがうだけでいい。結末を見届けたら戻ってくるんだ」

 『はっ、仰せのままに』

 密偵は返事を返して去っていく。

 ブランは顎に手を当ててしばし手紙の内容について考え込むと、おもむろに歩き出した。

 「……一応、陛下に相談しておくかな」

 周囲では兵士や高官たちがあわただしそうに動いていたが、ブランは気にも留めずに思考を巡らせるのだった。

 

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