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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
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八話

続きです。

 神聖歴千三十一年八月二十一日。

 アインス大帝国西域中部――第二帝都。

 第二帝都へと迫っていたエルミナ聖王国の第五征伐軍を、山間の地形を利用して殲滅した蓮率いるアインス軍は補給を兼ねて第二帝都に入城していた。

 この第二帝都は裏切った西域五大貴族ミッテル家の本拠地であるが、蓮は彼らの背信行為を知らないという素振りを見せている。

 「――だとしても、よく我らを引き入れましたね。平和ボケしてるとしか思えません」

 副官ロイエが辛辣な意見を口にすれば、

 「どちらにせよ、向こうは僕らを迎え入れざるを得ません。この都市に迫る敵軍を殲滅した救世主を雑に扱えば領民が黙ってないですからね」

 蓮が馬上で第二帝都の民たちに手を振りながら応じた。

 (さて、裏切り者は確実に始末しとかないとね)

 今後のため、後顧の憂いを絶つ必要があった。

 ルナが歩む道に私腹を肥やす家畜は要らない。

 (死んでもらうよ……ミッテル家当主殿)

 表向きは年相応の朗らかな笑みを湛えて、蓮は内心殺伐とした思いを抱いてミッテル家の屋敷へと向かうのだった。


 *


 兵士を兵舎へ置いてきた蓮は一人でミッテル家の屋敷前に来ていた。

 眼前にはミッテル家当主カルド・フェア・フォン・ミッテルがいる。

 「おお、レン殿下!我らが救世主よ、此度の救援真に感謝いたしますぞ!」

 恰幅の良い体を揺らして平然と言ってくる。

 (ロイエといい勝負だな……)

 蓮は内心ではともかく、表向きは笑顔で応じた。

 「いえいえ、皇族として、大将軍として当然のことをしたまでですよ。今回のエルミナ聖王国侵攻に関して大変だったでしょう?」

 「え、ええ!それはもう、大変でしたよ。敵の兵数は膨大で、そのせいで敵方に寝返る貴族が後を絶たず、西域を纏めるのに一苦労でしたし――」

 口に油を塗ったようによく喋るなと、蓮は大半を聞き流していた。その思考は別にある。

 (第五征伐軍を討伐できたけど、敵の動きが妙なんだよな……)

 救援に駆け付けられる距離であったにも関わらず、西域鎮台にいた第三、第四征伐軍は動かず、それどころか後退し始めたのだ。

 (捕らえた第五征伐軍の指揮官によると、連中は二つの派閥に分かれているという)

 北方に進軍中の第一、第二征伐軍は〝聖女〟派と呼ばれる穏健派で、中央および南方方面軍の第三から第五征伐軍は〝聖王〟派と呼ばれる過激派らしい。

 (これで報告の意味が分かったし、指揮系統が一律じゃないのも分かった)

 北方方面軍と中央方面軍の戦いの差に関する理由がはっきりしたことや、指揮系統が違うということが分かったのは僥倖と言える。

 (つまり連携が取れないということだ。それなら実際に相手にするのは三十万じゃないだろう)

 三十万という数が脅威なのはまとまった場合に関してだ。二つに分裂しているのなら勝機は十分にある。

 (勝つ方法はいくらでもある。でも僕の目的を達成するとなると……)

 蓮が思案に暮れていると、いつの間に終わったのやら、カルドが屋敷の中へと案内すると言ってきていた。

 (ただ殺すのは勿体ない。使うだけ使っておくか)

 それに頷きを持って返すと、闇を内包した黒瞳をカルドの背中に向けて口端を吊り上げた。


 *****


 ルナは光で満たされた世界にいた。身を優しく包み込むような温かい光だ。

 (ここは前にも来たことがある)

 光輝燦然の世界を創り上げた人物はただ一人。ルナは後ろに振り返る。

 すると予想通りの人物の姿が視界に入ってきた。金髪碧眼――獅子のように猛々しい覇気を携えた絶対王者の姿だ。

 青年――アインス大帝国初代皇帝リヒト・ヘル・ヴァイス・フォン・アインスが口を開く。

 「呆れたよ。この程度で折れるとはな」

 その表情に滲むのは嘲笑の色。強い意志を宿した瞳には大きな落胆が見える。

 ルナは思わず顔を伏せてしまう。不甲斐ない己が彼の前に立っている事実が恥ずかしく思えたからだ。

 「お前はレンを救いたいのではなかったのか?あの時言った言葉はすべて大言壮語の類だったということか?」

 「っ――違う!私はレンのことが好き!だから救いたい、隣に居たいと願っている!」

 「願っている――か。それではだめだな」

 反射的に言い返したルナを鼻で笑ったリヒトは告げる。

 「願うだけでは届かない世界がある。祈るだけでは手にすることのできない未来がある」

 リヒトは上に顔を向ける。

 つられて見上げた頭上にはいつの間にか満点の星々で彩られた夜空があった。

 星々を掴むように、手を伸ばして拳を握りしめたリヒトが悔しげに言う。

 「口惜しいが、余には掴めなかった。望んだ未来は手に入らず、ただ大切なものだけがこの手から零れ落ち、残ったのは権力というくだらないものだけ。本当に望んだもの――義弟と共に歩む未来は潰えた」

 リヒトがルナを見据えてくる。圧倒的な覇気が放たれ、そこに混じる哀哭がルナの心を打った。

 「余ですら届かなかったのだ。アインス大帝国初代皇帝たる余ですら――あいつの隣には立てなかった」

 なにが〝双星王〟だ――とリヒトは自嘲気味に呟く。

 「余ですら届かなかった背中に、この程度で立ち止まるお前が追い付けるとでもいうのか?」

 言い返せない。自分がいかに甘く、いかに無力かを理解したからだ。

 リヒトはそれ以上何も言わず、ただこちらを見据えてくる。その表情は失意が大半を占めていたが、僅かに期待の念が見て取れて。

 (私は――……私は、それでも……!)

 「それでも――レンをあきらめるなんてできない!」

 どうしようもなく好きなのだ。胸中に荒れ狂う感情が――心が愛を叫んでいるのだ。

 故に――、

 「……ありがとう、リヒト陛下。確かに私は甘かった。それを知れたのはあなたのおかげ。だから私は()、この時から、その甘さを捨てる。私にだって――譲れない矜持があるから!」

 宣言する。強くなると、偉大な初代皇帝たる御身すら超えて見せると気炎万丈の意思を示した。

 静謐な姿に根付く確かな想い。それを悟ったリヒトは満足げに頷いた。

 「ならば――往くがよい。他者に示してみせろ、お前の覚悟を」

 「ん、わかってる」

 そう返事をしたとたん、世界が黒く染まっていく。束の間の邂逅が終わるのだと悟ったルナが問う。

 「また――また、会える?」

 「ああ、会えるとも。今度は――約束の地で相まみえようぞ」

 確かに聞いた返事をかみしめたルナは、再び困難に立ち向かうべく意識を浮上させた――。


 *****


 真夜中――人が寝静まる頃であった。

 ミッテル家の屋敷――その当主の部屋には多くの人間が集まっていた。カルドに賛同してエルミナ聖王国側についた西域貴族たちである。

 「どうやら中央は我々の背信に気が付いていないらしい。その証拠にレン殿下はこうして第二帝都に入城されたのだからな」

 カルドが執務机に頬杖をついて傲岸不遜に言う。

 『まあ、ばれないように手の抜き方には細心の注意を払いましたからな。程よく戦い、さも抵抗している素振りを見せて、わざと潰走する。努力した甲斐があったというものです』

 賛同した貴族の一人がワインを片手に笑みを浮かべた。

 それに対して、カルドもワインの入ったグラスを手にすると一口飲み、愚痴を吐く。

 「まったくだ。こうして我らが努力せねばならなくなったのは心底不愉快だがな」

 本来ならば、今頃は反乱軍と共に大帝都を陥落させている頃だったのだ。大帝都陥落後はエルミナ聖王国から民を護るために徹底抗戦を訴える首脳部を壊滅させたのだと、民に説明することで支持を得る手はずだった。

 だが、

 『よもやレン殿下が反乱軍に勝てるとは思いませんでしたからね。彼の武力は異常としか言いようがありません』

 『それを言うなら頭もだろう。国のためにここまでする者なんて普通はいませんよ』

 仮にも皇族である蓮に対しての不遜な物言い。皇家に忠誠を尽くす者が聞いたら抜刀しているだろうが、あいにくここにいるのは己が第一の保身者である。

 「まあ、確かに愛国者というのはやっかいだが、それも終わりだ。このままレン殿下に協力しているふりをして最終局面で寝返り、エルミナ聖王国側と共闘して彼を討てばいい。流石の〝黒絶天〟も三十万が相手ではなすすべもないだろうからな」

 集った貴族たちが左様ですなと一様に同意を示して笑みを浮かべる。

 弛緩した態度、完全に油断していた。だから気が付かなかった。


 ――絶望が迫っていることに。


 突如として部屋の扉が音を立てて内側に倒れた。その音に驚き、振り返る貴族たちが見たのは両断されている扉と――その前に立っている黒髪の少年の姿であった。

 「れ、レン殿下……っ!?」

 驚愕を顕わにするカルドに、少年――蓮が笑みを向ける。

 「キミたちが寝返っていることくらい、中央は掴んでいたよ。あまりアインスをなめない方がいい」

 口端を吊り上げているが、その黒瞳は決して笑ってなどいない。無骨な眼帯と相まって不気味な印象を与えるものであった。

 「僕が知らないふりをしたのは、使えるだけ使っておこうと思ったからだよ」

 軍の補給をして、兵士を快適な兵舎で休ませる。そしてミッテル家が保有する財産のありかを探るのと、情報を集めるために利用しただけ。

 「目的は達した。後は最後の仕上げだけなんだ」

 蓮は作り笑顔を浮かべたまま、カルドに歩み寄る。そして有無を言わさず殴り飛ばして床に叩きつけた。

 「ご、ふ……!」

 肺から息を吐き出したカルドを足で踏みつけた蓮は〝白帝〟を腰から抜き放つと剣先を彼の鼻先に押し付ける。

 「吐いてもらおうか。有益な情報を僕に提供してくれたら命だけは取らないでおいてあげるよ」

 『ひ――え、衛兵!誰ぞ、いない――ッ!?』

 叫びだした貴族の首が転がる。鮮血が吹き上がり、床が朱に染まりゆく。近くに居た貴族の顔に血が付着した。

 『あ――ひぃ――……』

 悲鳴を上げそうになる貴族の首が飛ぶ。恐慌状態に陥りそうになる貴族たちに向けて蓮が告げた。

 「黙って待ってろ。一言でも発したら即座に殺す。――今みたいにね」

 冷淡な口調で命令されれば、命が惜しい貴族たちが黙り込む。

 蓮は足元で震えるカルドを一瞥して一同に聞こえるように声を上げた。

 「ああ、それと衛兵は来ない。それどころか誰も来ないだろうね。だからまあ、わめいてもいいんだけど……耳障りだから黙っててね」

 その言葉に貴族たちは気が付いてしまう。これだけの騒ぎを起こしているのに屋敷の中は静かで、だれかがこちらに向かってくる気配はない。それどころかまるで誰もいないような不気味な静けさに包まれていた。

 「夜は意外と短い。だからさ、早めに吐いた方が身のためだよ?僕は裏切り者には寛大じゃないからね」

 放たれる殺気に身を震わせる貴族たちを一瞥して、

 「あなたが有益な情報を吐かなかったら、ほかの人を拷問するから――そこのところよろしくね」

 捕食者が獲物を見るような眼を向けて、残酷にほほ笑んだ。 

 

 

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