十一話
続きです。
「なるほどね……しかし、まさか自分が半ば神話上の存在になっているとは思いもしなかったよ」
無数の書物に囲まれる中、蓮は苦笑を浮かべる。
現在、蓮が居るのはツィオーネに一つだけ存在する図書館だ。書物であれば、兵士達からは聞けなかった千年前の詳細が分かるのでは、と思い意気込んで来てみたのだが……
「やっぱりだめか……以前シエルから聞いた以上のものは出てこない。だが妙だな」
千年前とはいえ、当時の記録がまるで残っていないのはいくらなんでもおかしい。まるで意図的に誰かが記録を消し去ったかのような……そんな違和感を蓮は覚えた。
(“竜王帝”―――バハムートが反旗を翻した、なんてありえない。あいつはそんな短慮なやつじゃなかった)
加えて温和な精霊族や、他種族への関心が薄い妖精族までもが人族に敵対する―――蓮の常識はありえないと結論づけていた。
(英雄王が消えたことから始まった異常。本当は千年前なにが起きたのか……調べなくてはならない)
何故、蓮が千年後に飛ばされなくてはならなかったのか。その結果、世界に何をもたらしたのか。
(真実を知る必要がある。でなければ……なんのために戦ったのかわからなくなる)
多くの罪を背負い、多くの命を失って得た平穏。千年前、誰もが望んだ平穏を掴めたと確信した。なのに……
「それが刹那のものだったなんて……僕には到底受け入れられない事だ」
蓮が怒りに打ち震えていると、
「……蓮、大丈夫?」
声が掛かった。
それに対し蓮は瞬時に殺気を霧散させ、表情を取り繕いながら答える。
「平気だよ……それより軍議の方は滞りなく終わったのかい?」
あの後、軍議について来て欲しいというルナをなんとか説得し、蓮は姉弟を連れて図書館に来ていた。
「ん。問題ない……でも蓮にはついて来て欲しかったのに……」
「民間人を軍議に連れて行くわけにはいかないだろう。いくら皇族の特権があるとはいえ、軍律を気軽に乱してはいけないよ」
何故かルナは蓮を軍議に連れて行きたがった。
(そこまで親しくなったつもりはないんだけど……)
それに、ルナは蓮の事を妙に信頼している節がある。だが、蓮は特別親しくなるような出来事はなかったと記憶していた。
「…………」
ふと我に返ると、ルナが蓮の顔を凝視しているのに気が付いた。
「えっと……僕の顔がどうかしたのかい?」
「……双黒」
「え?」
「その容姿……」
と言って、ルナは蓮の髪と瞳を指さす。
「両方黒……その容姿を持ちえたのは後にも先にも一人だけ―――いや、一人だけだった」
「―――っ!」
不味い。非常に不味い。蓮の容姿―――理由は不明だが、黒髪黒目はこの世界の住人には存在しない。この世界の歴史上、それを持ちえたのは―――
「英雄王ノクト・レン・シュバルツ・フォン・アインスただ一人。なのにレンはその容姿をしている……あなたは一体何者?」
「……」
千年後に飛ばされてから、誰も聞いては来なかった。故に、千年後では黒髪黒目は存在している―――当たり前に居るのだとばかり思っていた。
(……まさか誰一人としていないとはね。想定外だよ……これは予定を大幅に繰り上げることになりそうだな)
「えっと……それはね……」
蓮が苦笑を浮かべながら、なんとか誤魔化せないかと考えていると、
「更に……その外套。それは一庶民が着るようなものじゃない。アインスの旧軍服―――しかも白銀の、となるとアレしかない」
ルナが更に追及してくる。
「かつて英雄王のみが着ることを許されたという伝説の外套―――“天銀皇”」
(ああ、もうダメだ。誤魔化せない)
もともと誤魔化す事自体に無理があったのだ。唯一の容姿に、唯一の外套―――この二つがある時点で、もう結果はわかりきっていた。
(けど、僕は英雄王です―――なんていえないしな)
英雄王が生きていたのは千年前。しかも英雄王が人族だったというのは千年後でも知られている。
故に―――
「僕は……英雄王の末裔なんだ」
「――――――」
末裔という事にした。末裔であれば容姿は隔世遺伝だと言えばいいし、“天銀皇”は先祖伝来の品だといえばいい。問題は……
(何故今まで世に出てこなかったのか、だよね)
英雄王の末裔が生きている―――この事実があればアインスの汚名を雪げたであろうことは間違いない。なのに何故名乗り出なかったのか、何故今になって世に出てきたのか。これについては……
「今までこの容姿を誰も遺伝しなかったんだ……僕が生まれるまではね。この容姿が無ければ誰も英雄王の末裔だとは信じてくれない。そう思ったからこそ、今まで僕の祖先たちは世に姿を見せなかったんだ」
遺伝の問題で乗り切ることにした。実際千年前の人達は蓮の容姿を見ることによって、神から使わされた英雄だと信じた。故に、その事実を逆手に取ることにしたのだ。
「……信じてくれるかい?」
蓮は先ほどから絶句しているルナにそう聞いた。
「………………信じる」
かなりの間があったが、ルナは答えてくれた。
「意外とあっさり信じてくれるんだね。てっきり、正気?って言われると思っていたよ」
「……実は初めて会った時から疑っていた。それほどまでにあなたの姿は―――伝承にある英雄王にそっくりだったから」
「そうだったんだ……ところで、さっきから気になっていたんだけど……伝承って?英雄王に関する書物をあらかた漁ってみたけど、そこまで詳しい記述がなされているものはなかったけど」
蓮はさきほどから気になっていたことを聞くことにした。末裔だということを信じてもらえたことで安心し、心にゆとりができたが故の行動だった。
「それは当然。英雄王の事を詳しく後世に伝えている書物は一冊だけ……しかも、現存している副本はとても少ない。でも私は持ってる」
ルナは自慢げに胸を大きく逸らすと一冊の書物を取り出した。
「これがその本―――“白黒乃書”。英雄王シュバルツ陛下と初代皇帝リヒト陛下の全てが書かれている、といっても過言ではない」
(やった!これで千年前の真実がわかるかもしれない)
蓮は興奮を努めて抑えながら、
「それ、見せてもらってもいいかい?」
と聞いた。
「もちろん……なにせあなたはシュバルツ陛下の末裔なんだから、知る権利がある」
ルナは色よい返事をし、“白黒乃書”を蓮に手渡したその時―――
『敵襲!!住民は直ちに建物の中に退避してください!兵士は直ちに北門前に集合してください!繰り返します―――』
―――警報が町全体に響き渡った。




