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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
129/223

七話

続きです。

 神聖歴千三十一年八月二十日。

 アインス大帝国東域東部国境。

 アインス大帝国とヴァルト王国との境に建てられた砦がある。いつ建設されたのかは不明で、名前すらわからないといった忘れ去られし場所だ。

 そんな砦の正門前にルナたちはいた。

 「これは……凄い」

 廃墟と化していた砦のはずが、目の前にあるのは荘厳な雰囲気を醸し出す建物であった。

 感嘆の息を吐いていたルナたちの前で正門が音を立てて開き始める。

 馬車の窓から顔を引っ込めれば、御者と出迎えの兵士のやり取りが聞こえてきた。

 『アインス大帝国第五皇女ルナ殿下をお連れしました』

 『ふむ……書状は本物のようですね。ようこそ、〝円卓会議〟へ。歓迎致します』

 此度の各国代表による集いの名称は〝円卓会議〟というらしい。らしいというのはこの名称を決めたのが招集主であるヴァルト王国国王リチャードであるからだ。

 中庭に入り、馬車から降りたルナは専属侍女であるシエルを従えて歩き出す。傍には護衛の兵士が付き従っていた。

 視線の先には会議場があり、その入り口には〝覇王〟リチャードが立っていた。風に吹かれて纏う羽織の左裾が暴れている。

 「……リチャード殿、お久しぶりです」

 人目があることから慇懃な態度となるルナに、リチャードが笑みを向けてくる。

 「よくぞ参った、アインス大帝国の皇女ルナ殿。早速だが中へ入るとしよう。既に皆揃っておるぞ」

 ここからは護衛の兵士を連れてはいけない。ルナはシエルだけを連れてリチャードの後に続いた。

 入口からすぐのところは吹き抜けになっており、日差しを取り込む構造となっていた。冷房器具――神器の力が働いているのか、内部は涼しく過ごしやすい環境であった。

 「先に言っておく。この先、何があろうが無様に取り乱してくれるなよ」

 人目がなくなったために平時の口調へと戻ったリチャードが振り返りもせずに言ってくる。

 その言葉に不穏な響きを感じ取ったルナは問いかける。

 「……どういうこと?」

 「そのままの意味だ」

 短く返して歩を進めるリチャードに、ルナはシエルと顔を見合わせて疑問符を浮かべる。

 そうしていけば開けた空間に出た。入り口と同じ吹き抜け構造に、奥の方には大扉があるのが見える。視線を横にずらせば二柱の銅像――〝双星王〟たるアインス大帝国初代皇帝〝創神〟リヒトと英雄王〝軍神〟シュバルツ――が屹立しているのが分かった。

 (確かこの場所は各国が共同で創り上げたと聞いている)

 蓮の指揮の下、各国がそれぞれなにかしらの支援を行って創ったとリチャードから聞いていた。

 大扉の前まで来るとリチャードは躊躇いもせずに押し開ける。その後にルナたちは続いた。

 中に入れば円卓が置かれており、椅子が並んでいるのが視界に入ってきた。椅子には既に三人の人物が座っている。

 「待たせたな」

 と、リチャードが軽く言って空いていた席に腰掛ける。ルナも意を決して空いていた席に座った。その後ろにシエルが控える。

 「では、これより第一回〝円卓会議〟を開催する」

 厳かな口調でリチャードが宣言する。

 「忙しい所、こうして集ってくれたことにまずは感謝を」

 ここで老人が手を上げた。

 「その前に一つ、よいかの?」

 「ヨーゼフ殿か、いいぞ、なんだ?」

 ヨーゼフと呼ばれた老人が唯一空いている席を指さして言う。

 「我らを集わせた張本人――レン殿はどうしたのか」

 その言葉にルナは思わず疑問の声を上げそうになったが、リチャードの言葉を思い出して留まる。

 (どういうこと?ここに集まったのは各国の指導者の考えじゃないの……?)

 この状況は蓮の話と矛盾している。

 疑念を宿した視線をリチャードに向ければ、彼はこちらを一瞥してから口を開いた。

 「盟主であるレン・シュバルツ殿は、アインス西方に侵攻しているエルミナ聖王国を撃退すべく戦地に赴かれている。故に此度の会議には出席できない」

 「今回はその件について話し合うためにこうして集まったのでしょう?」

 そう発言したのは緑蒼の髪を持つ女性である。

 「オルティナ殿の言う通りだ。今回の西方国家の侵攻はアインスだけの問題ではない」

 そう言ってリチャードが説明を始める。

 「エルミナ聖王国は〝世界神〟信仰を掲げており、〝双星王〟信仰は異端であるとしている。奴らは今回の戦争を〝聖戦〟だと位置づけ、アインスを含む各国を征服し、神聖殿を奪取しようと試みているからな」

 「なるほど、だとすれば確かに我らも無関係ではいられんの」

 「ふざけた連中だ、すぐにでも討伐すべきだ!」

 同意の声が上がる中で、これまで黙っていた男が声を発する。

 「皆さん、いったん落ち着いてまずは自己紹介からでもどうです?」

 男の提案に、リチャードが頷く。

 「それもそうだな……ではまず余から名乗ろう!」

 声高らかに、リチャードが名乗りを上げる。

 「リチャード・ヘルシャー・ファン・デ・ヴァルト。ヴァルト王国国王である」

 そう言えば、次に右横の女性が口を開いた。

 「私の名はオルティナ・メール。エーデルシュタイン連邦代表だ」

 更にその右隣の老人が言葉を発する。

 「アルカディア共和国最高議長をやっとるヨーゼフ・ディ・マイゼンじゃ」

 次にルナの隣の男が名乗った。

 「アイゼン皇国皇王ミルト陛下の代理として出席しました、宰相のデニス・フォン・ヒューゲルと申します」

 ルナの番だ。

 「アインス大帝国第五皇女ルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・アインス。皇帝陛下が臥せっているため私が代表として来た」

 僅かな緊張の中で言いきれたことに安堵する。

 と、ここでヨーゼフが疑問を述べた。

 「ふむ、アインス大帝国については存じておるが……アイゼン皇国はいったいどうしたのかのぅ?」

 「我が女王ミルト陛下は迫りくるエルミナ聖王国を迎撃すべく軍を率いて国境へと赴かれた。故に此度の会議には来れなかったというわけです」

 その言葉にヨーゼフとオルティナが驚きを顕わにする。

 「そんなに切迫した情勢なのか……」

 「アイゼン皇国まで迫るということは神聖殿が危ないのではないか」

 「いえ、まだ神聖殿までは迫っておりませんよ。ただ国境にて防御を整えているだけです」

 首を横に振ってデニスが応じる。

 リチャードが重々しい息を吐く。

 「このようにエルミナ聖王国の脅威は差し迫っている。だからこそ我らにはすべきことがある――そうだろう、ルナ殿?」

 唐突に話を振られたルナは瞬時に察して言葉を発する。

 「……この件はアインス大帝国だけの問題じゃない。敵は三十万という大軍で攻めてきていて、アインスを蹂躙し終えたら周辺諸国にも侵攻する」

 エルミナ聖王国が公言通りに動けば遅かれ早かれそういう未来は訪れるだろう。

 「だからこそ、手を貸してほしい。アインスだけでなく、あなた方の力があれば必ずや敵を撃退できると私は確信しているから」

 この言葉に、各国の代表たちは思案気に黙り込む。

 「協力するのはやぶさかではありませんが……」

 「ううむ、我らとて先の戦で疲弊しておるからのう」

 「国内情勢が不安定な中での派兵はいささか無理がある」

 三者一様の反応に、リチャードが言葉を発しようとする。

 

 ――その時、会議室の大扉が勢いよく開かれた。

 

 「ルナ殿下、ルナ殿下はおられますか!?」

 第五皇軍――ルナの率いる軍の副官アロイスであった。

 ルナは席を立って彼に近づくと声をかける。

 「アロイス卿、一体どうしたの?」

 するとアロイスは乱れた息を整えて片膝をついて頭を下げた。

 「会議中に申し訳ありません!ですが、至急お伝えせねばならないことがありまして……」

 ルナは肩越しに振り返って各国代表を見やれば、首肯を返された。

 それに頷きを持って返して、アロイスの方に向き直ると彼の肩を掴む。

 「問題ない、話して」

 「はっ、申し上げます。西方守護マヌエル大将軍が討ち取られましたっ!」

 「なっ――」

 ルナは愕然とする。国家守護の要、護国五天将が討ち取られたとなればもはや西域は終わりだろうと考えたからだ。

 「西域鎮台は占拠され、西域貴族の大半がエルミナ聖王国に下ったとのことです!」

 足元が崩れていく感覚に襲われる。急速に喉が渇きを訴え始めた。

 「……それで、レンは無事なの?」

 「それが……第五征伐軍を討ち果たし、補給のために第二帝都に入ったという連絡を最後に音信不通となりました!」

 視界がぐらつく。目の前の景色が遠くなり、立っていられなくなったルナはよろめいてしまう。

 「ルナ殿下!」

 慌てふためくアロイスの声がする。

 「皆さま、ルナ殿下は調子が優れない様子、一端休憩をはさんでもらえませんか?」

 シエルの毅然とした声がした――と認識した直後、ルナは意識を手放した。


 *****


 アインス大帝国の面々が会議室を出たところで、部屋に残った各国代表たちが話始める。

 「ふむ、やはりあの娘では無理なのではないかの。とてもではないが我らを引っ張れるとは思えん」

 「しかし、我らはレン殿と密約を交わしている。それを破るわけにもいかないでしょう」

 ヨーゼフが嘆息し、デニスが重い息を吐く。

 「あの娘も不憫ですな。ここに来た時点でもはや間に合うことはない。レン殿が立てた計画は見事なものでした。そんな彼を失うことはアインスのみならず、我らにとってもとても惜しいと言えるでしょう」

 ルナ以外の代表たちは既に知っているのだ。蓮が立てた計画を、彼が選んだ道を。

 「自らに捨て駒を課すか……余にはとても真似できんな」

 「儂にもできんの。というより国家のために自分を犠牲にすることなど、まともではない」

 大義のため、国家のために犠牲になる選択肢を選ぶなど狂人のすることだ。

 「……せめて、ルナ殿が立ち上がった時に素直に協力するのが我らにできる、彼に対する弔いでしょう」

 オルティナが嘆きを含んだ息を吐くと、一同は頷いた。

 「そうだな。どのみち我らは今すぐには動けん」

 アインス大帝国との戦いで各国は疲弊している。国民感情を鑑みれば現状での出陣は不可能であった。

 「今はただ、待つのみか……」

 荘厳な会議場は光に包まれていたが、集う面々の纏う雰囲気は重々しいものであった。

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