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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
128/223

六話

続きです。

 神聖歴千三十一年八月十三日。

 中域と西域の境に蓮率いる軍勢は陣を敷いていた。

 多くの天幕が立ち並ぶ中で、一際大きい天幕がある。ひっきりなしに人が出入りしていた。

 そこは司令部であり、多くの情報を持った者たちが報告に訪れていたのだ。

 中には長机が置かれ、中域貴族たちが書類と格闘している。

 「予想以上に被害が大きいですね」

 大天幕最奥に置かれた上座に座る蓮が重々しい息を吐く。

 「ですな。やはり〝西域天〟マヌエル大将軍が討ち取られたことで、西域全土で士気が低下していることが大きな要因かと思われます」

 そう答えるロイエもまた深刻な表情であった。

 護国五天将といえば国家守護の要であり、軍事国家であるアインスでは多くの者から敬意を払われている。そのような人物が敗れ去ったことで、西域軍は著しく士気が低下。また寝返っていなかった西域貴族も敵方に下ってしまっていた。

 (護国五天将を二人も失った。戦力の低下は否めないものがある)

 残る護国五天将は蓮を含めて三人。この時点で国家防衛体制が崩れてしまっている。

 (早急に新たな護国五天将を任命するか、もしくは防衛案を見直すかしないといけないな)

 ともあれ、それはこの戦争が終わってからになるだろう。単純に時間がないからだ。

 蓮は嘆息すると、ロイエに問いかける。

 「現在の敵軍の動きを教えてください」

 するとロイエは机の上を探り、並べられていた報告書の中から一枚を取り出した。

 「エルミナ聖王国は軍を六軍――本軍を除く五軍で西域に侵攻しています。第一、第二征伐軍は北東方面に進軍、神聖殿を狙っているものと思われます」

 (神聖殿か……厄介だな。とはいえ、そちらには既に手を打ってある)

 北にいる幼き女王の整った顔を思い浮かべて、ロイエの言葉に耳を傾ける。

 「第三、第四征伐軍は西域鎮台ティグルンを陥落させたのち、そこに留まっている模様です。どうにもこちらの動きに気が付いたようでして、迎え撃つ構えを示しています」

 その情報から分かるのは、司令官がなかなかに好戦的な人物であるということだ。

 (そういえば北東方面軍と東方面軍では、戦い方に差があるという噂だったな……)

 北東方面は逆らう者には容赦ないが、恭順を示した者には寛容で、無辜の民には危害を加えないという。反対に東方面は見境なくアインス人であれば殺しており、建物等を打ちこわし、焼き払っているという。

 (指揮系統が一律じゃないのか……?)

 考え込む蓮の耳朶に、ロイエの声が触れてくる。

 「最後に第五征伐軍ですが、こちらは南東方面から第二帝都へと向かっているようです。五軍の中で唯一単独行動をとっておるようですな」

 意味深に告げるロイエ。言葉に出さないが、第五征伐軍ならば攻めやすいと主張しているのだ。

 (まあ、確かにそうだな。それに単独で動いてくれているのなら見せしめにちょうどいい)

 蓮は今後の展開を瞬時に思い描くと、ロイエに視線を向ける。

 「ならば第五征伐軍を討ちましょう。彼らが現在どこにいるのかを斥候を放って調べてください」

 「了解致しました」

 頷いて去っていくロイエの背から視線を外した蓮は、書類の山と格闘している中域貴族たちにねぎらいの言葉をかけてから大天幕を出る。外は夏の日差し照る熱帯であり、喉の渇きを促すものであった。

 しかしそれらは常人の感覚で、蓮は〝天銀皇〟の加護のおかげで最適な温度を保っていた。

 敬礼を向けてくる兵士たちに返礼しながら己の天幕へと戻る。中に入れば一人の人族が片膝をついて首を垂れているのが目に入った。

 「ミルト女王陛下の命で参りました。何なりとお申し付けください」

 彼は協力者であるアイゼン皇国女王ミルトが送ってきたものだ。ミルトの願いをかなえる代わりに協力してもらっている。

 蓮は差し出されたミルトからの書状に素早く目を通すと、返事を書くために机に歩み寄る。近くの椅子を引き寄せて座り、ペンを手に書状をしたためた。

 (ここまでは予想通りに進んでいる。問題はここからなんだよな……)

 蓮は息を吐く。嘆きを含んだ深い息だ。

 それから雰囲気を一変させて、酷薄な笑みを浮かべると密偵に向き直る。

 「これをミルトに。それからあなたにはこの後やってもらいたいことがある」

 「な、なんなりと」

 密偵は神妙に頷くが、蓮から放たれる異常な気配に飲まれて声を震わせた。


 *****


 同時刻――アインス大帝国西域鎮台ティグルン。

 千年の歴史を誇る西方防衛の要所であるこの地は瓦礫と死体の山で溢れかえっていた。所々で天に立ち込める煙は死体を処理している証だ。

 戦勝に沸き返る兵士たちは昼間から酒を飲み、戦利品である女を抱いている。下品な声が聞こえたかと思えば、嬌声なのか悲鳴なのか聞き分けがつかない声がそれらをかき消している。

 この大砦の中にあって、そんな乱痴気騒ぎとは無縁の空間があった。唯一崩れていない建物――中央塔こと司令塔である。

 そこでは現在、軍議が開かれていた。

 「皆、忙しい中よくぞ集まってくれた。感謝する」

 最初に口を開いたのは鎧姿の赤髪の女性。名をオティヌス・ハーヴィ・ド・ヴィヌスといい、此度のアインス征伐軍の総司令官であった。

 「さてさて、それでは現状の報告と今後について話し合うとしましょうか」

 軽薄な態度で述べる灰髪の男。優しげな微笑を湛えているが、どこか胡散臭い印象を拭えない。

 『かしこまりました、オジェ殿。では、私の方から被害状況について報告させていただきます』

 灰髪の男――オジェ・ダノワ・ド・マルスが頷いて先を促す。

 そうすれば、立ち上がった一人の幕僚が言葉を続けた。

 『今回の西域鎮台攻略では敵を殲滅し、指揮官である西方守護マヌエル大将軍を討ち果たしました。対してこちらの被害は五千ほどであり、砦攻めにしては少ない被害で抑えられたかと思われます』

 その言葉に異論がないのか、皆首肯を持って返事とした。

 『西方守護マヌエル大将軍を討ったことで士気は高く、対する敵方は士気がかなり低下しているようでこちらに恭順の意を示す西域貴族が増えました。各地で抵抗している西域軍も士気が著しく低下しているようで、北東方面軍や南東方面軍からは次々に戦勝報告が届いております』

 言い終えた幕僚が座ると、オジェが満足げに頷いた。

 「ふむ、いい感じにことが進んでいますね。こちら側についた西域貴族たちも素直に糧食等の物資を提供してくれていますし、補給線が伸びていても問題ないと言えるでしょう」

 と、ここで愉悦を瞳に宿して言う。

 「まったく、彼らも間抜けですねぇ。我々が掲げる大義を正しく理解していればこちら側につくことなどありえないというのに」

 エルミナ聖王国軍は〝双星王〟を信仰しているアインス人を根絶やしにしようとしている。無論、そこには寝返ってこちら側についた西域貴族たちも含まれている。

 「アインスを平定した後で、彼らは処刑される。ただ殺すだけでは芸がないので……そうですね、アインスの民の前に引きずり出して祖国を裏切り保身に奔った者たちだと言って石でも投げさせましょうかね」

 くつくつと嗤うオジェ。この男は優しげな笑みを浮かべているくせに、その本性は他者を嬲ることに悦を覚える快楽主義者であった。

 これには堅物なオティヌスが顔をしかめる。

 「この変態が……そんなことよりも報告があると聞いているが?」

 「うん?ああ、そうでした。どうやら〝軍神〟の末裔が出陣してきたようです」

 この言葉に部屋にいる者たちの表情が強張る。

 「……事実か?」

 「ええ、とはいえ内通者からの報告なので完全に信用していいわけではありませんが……恐らくは事実かと」

 誰もが黙り込む。千年前に数々の伝説を打ち立てて〝軍神〟となった男の末裔であり、自身もまた表舞台に出てきてからは数々の輝かしい戦歴を残している。

 そんな人物が出陣してきたのだ、軽視しろという方が難しい。

 「数は三万。ですが末裔個人の武力が異常だという報告があります。油断はできないかと」

 「だろうな……だが、我々としては好都合でもある。だろう?」

 オティヌスが言えば、オジェが首肯する。

 「ええ、〝聖王〟陛下のご命令を果たせる絶好の機会かと」

 「うむ、ならば今後の方針は決まったも同然だな」

 「というと……本軍と合流するのですね」

 「そうだ。西域の奥深くまで誘い込み、逃げられないようにしてから圧倒的な兵力で叩く」

 いくら一騎当千といえど、三十万という大軍が相手ではかなわないだろう。

 「では、他方面に展開している軍にも呼びかけますか?」

 オジェの問いに、しばし考え込んだオティヌスであったが、やがて言葉を紡ぐ。

 「……いや、北東方面軍は〝聖女〟派の連中だ。手柄を取られたくはないから放っておくとしよう。南東方面軍は我ら〝聖王〟派の者であるが、今後のために利用させてもらう」

 「利用、ですか……?」

 疑問符を浮かべるオジェに、オティヌスが不敵に笑う。

 「誘い込む前に退かれては困るからな。勝てると思わせなければならない」

 第五征伐軍にはそのための生贄となってもらう。

 「小よりも大。少なくない犠牲ではあるが……我らの大義のために死んでもらう」

 と、言い放つオティヌスに、オジェは思ってしまう。

 ――まったく、どちらが歪んでいるんだか――と。


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