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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
127/223

五話

続きです。

 翌日。

 アインス大帝国首都クライノートの中央街路。

 気温の高さとは別種の熱気に包まれていた。

 ここ最近の不安を吹き飛ばすかのように、集っている人々の表情は明るいものだった。

 視線の先には行進する屈強な兵士たちの姿がある。

 先頭を往くのはレン・シュバルツ・フォン・アインス第三皇子。

 〝軍神〟(ヌアザ)の末裔にして護国五天将〝黒絶天〟その人である。

 黒馬に乗り、白銀の外套を揺らす姿は神話から飛び出たかのようであった。

 人々は万来の喝采を持って見送る。国家の危機に立ち上がった少年に向けて感謝と応援の意味を込めて。

 蓮は彼らに向かって年相応の微笑を浮かべて手を振っている。守るべき民の姿を瞳に焼き付けながら、心炎に薪をくべて静かに闘志を燃え上がらせた。

 その時――風が吹いた。

 吹く風を受けて天空を泳ぐ三つ首の黒竜は圧巻の一言。

 〝軍神〟の神旗を誰もが見つめる。視線に込められるのは純粋な敬意。かつて世界を救い、アインス大帝国の礎を築き上げた双黒の英雄王の御旗に、貴賤を問わず人々が敬礼を向けた。

 つられて上に視線を向けた蓮の視界に、正門の胸壁からこちらを見つめている存在が映り込む。

 マリーにバルト――蓮の協力者たちである。

 どちらも硬い笑みを浮かべていた。無理もない。蓮の計画、その一部を聞いた彼らは一様に反対を示していたからだ。

 昨晩も口論になったほどだ。だが――、

 (本当に時間がかかってしまうけど、戻ってこられるよ)

 蓮が意見を変えることはなく、結果今日という日を迎えてしまった。

 視線を外して正面を向く――と同時に、一際大きな歓声が上がった。

 正門から出た――出陣である。

 蓮はルナから贈られた白銀の鞘から〝白帝〟(ブリューナク)を抜き放つと、天に掲げる。

 陽光を受けて燦然と輝く黄金の剣が、兵士たちを祝福するかのように光を降り注がせる。世界を染める黄金の輝きに草花さえも楽しげに踊りだした。

 「アインス大帝国に祝福を、我らの行く末に光があらんことを」

 祈るような呟きを口から溢して、蓮は馬を寄せてきたロイエに視線を向ける。

 金色の鎧を纏った彼は明らかに作った笑みを向けてきた。

 「レン殿下、流石の人気でございますな。兵士たちの士気もうなぎのぼりですぞ」

 背後を見やれば、兵士たちが精悍な顔つきでいることが分かる。たった三万で三十万に挑むとは思えないほど覇気にあふれていた。

 「士気が高いに越したことはありませんよ。現実はなかなかに絶望的ですから」

 今回、蓮が率いるのは三万の中域貴族の私兵である。大帝都には他の兵もいたのだが、蓮が連携を重視すると主張したことで中域貴族だけになったという背景があった。

 「ですがレン殿下には打ち勝つ策がおありなのでしょう?副官として、是非とも聞いておきたいですね」

 この軍は蓮が指揮官で、ロイエが副官、幕僚が彼に付き従う中域貴族たちという構成となっている。

 これまでの戦いとは違い、近しい者たちは誰一人としていない。

 「それは今後の戦いの中で見つけてください」

 蓮が冷笑を浮かべて痛烈に突き放せば、ロイエもまた冷めた笑みを浮かべた。

 「……なるほど、私はまだレン殿下の信頼を得ていないということですか」

 「どうでしょうね。さて、この話は終わりにしましょうか。指揮官と副官が不仲だなんて兵士に噂されたら不味いですからね」

 「かしこまりました。では、私は幕僚との相談があるので、ここで失礼させてもらいます」

 ロイエはそう言うと手綱を操って去っていく。後に残されたのは蓮を監視するための兵士だけだ。

 「ふっ、ははっ」

 外にも内にも敵だらけ、四面楚歌という状況はあまりにもおかしすぎて笑いがこみ上げてくる。

 (さて、僕の予想通りであれば……)

 エルミナ聖王国軍は蓮を誘い込むべく、ある程度戦線を下げるだろう。相手の目的の一つに〝軍神〟の末裔の身柄があるというのをホルスト宰相からの報告で分かっていたが故の推測である。

 (誰のどんな思惑が牙をむいてきたとしても――その全てを喰らって踏台にさせてもらうよ)

 千年の大計の実現のために。誰が相手だろうが邪魔はさせない。

 (……そろそろ彼女が動き始める頃だ)

 蓮は蒼天を見上げて、視線を北の方角へと向ける。

 そして己が思惑のために利用してしまった少女の顔を思い浮かべた。

 (いずれ責任は取るつもりだ。だから今は……)

 愉悦を孕んだ黒瞳が天を喰らおうとして見開かれた――。


 *****


 南大陸北方に位置するアイゼン皇国、その首都である皇都シュネー。

 夏でありながら、北にある中央大陸から流れ込む冷気によって程よい気温が保たれており、汗をかくことなどまずない。

 そんな住み心地抜群の首都にある皇宮――玉座の間には現在、大勢の貴族諸侯が集っていた。

 彼らの視線の先には玉座に座る少女の姿がある。誰もが彼女の一挙手一投足に注目していた。

 アイゼン皇国、現皇王ミルト・フォン・アイゼンである。

 今でこそ、このように女王として扱われているが、即位当初は大多数の貴族から侮られていた。

 若干十四歳であり、温厚で戦を嫌う性格であると知られており、女王としての器ではないと思われていたからだ。

 しかし――それは一変する。

 第一皇子が引き起こした内乱で家族を失ったミルトは、温厚な性格から冷酷な性格へと変貌していたのだ。

 不当な行いをしていた貴族を片っ端から処罰していき、反抗する者たちには容赦ない攻撃を加えた。

 自ら前線に赴き、アイゼン皇国領内を回って改革を成し遂げた。

 このような急すぎる変化は反発を招く。一時期は大貴族を筆頭にした軍が首都に攻め入ったが、その時既にほとんどの領内を掌握していたミルトは事前に軍を集めて首都郊外にある森に隠し、それらをもって反乱軍を撃退。その時に彼女は最前線で見たこともない銀色の剣を手に戦い、恐るべき武力を見せつけたことでいまや大勢の貴族諸侯から畏怖されている。

 反対に民衆からは絶大な支持を集めていた。幼くして王位についたという背景や、不正を働く貴族を罰したことで人気を高めたのだ。

 兵士からの支持も厚い。有事の際に前線に立って共に戦う姿勢を示したことが好印象だったのだ。

 そんな彼女は現在、一枚の手紙に目を通していた。

 「ふふっ」

 笑みが零れる。ビクリと貴族たちが肩を揺らした。

 彼女は笑って処罰を宣告できる人間なのだ。故に自分たちが何かしたのではないかと戦々恐々としてしまう。

 「ミルト陛下、手紙にはなんと書かれていたので?」

 宰相であるデニスが問いかける。

 彼はミルトが即位してからずっと彼女を支え続けてきた忠義者だ。

 故にミルトは素直に答えた。

 「とても面白いことですよ、デニス宰相。ようやく――ようやく時が来たのです」

 アインス大帝国の第三皇子から送られてきた親書を仕舞うと、玉座から立ち上がる。

 「待ちに待った時が来ました。遂に――わたしの悲願が叶う時が」

 喜悦に瞳を輝かせたミルトは悠然と歩いて外へと向かう。

 付き従うのは側近の貴族。デニス宰相は頭を垂れて女王の出立を見送る。

 何も知らないその他大勢の貴族諸侯は戸惑いながらも宰相に倣い、一様に頭を下げた。

 その気配を背中で感じ取ったミルトは己にしか聞こえない声量で呟く。

 「ようやく手に入れられます。待っていてくださいね――レンお兄様(、、、)

 悦に満ちた瞳は獲物を狙う猛禽類の如く、細められていた。


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