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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
六章 古き神話の終焉
124/223

二話

続きです。

 軍議が終わり、各々が役割を果たすために会議室を出ていく。ルナも大勢の貴族諸侯に囲まれて困惑しながらも部屋を出て行った。

 蓮は座って彼らを見送ると、残っていた侍女に話しかける。

 「それで、彼らはどうだったマリー(、、、)?」

 そう言えば侍女は首飾りを外してこちらに近寄ってくる。彼女の姿が揺らめいて平凡な侍女から高貴さ滲む顔へと変化を遂げた。

 姿を一時的に変化させる神器である首飾りを取り外したマリアナ第四皇女ことマリーは優雅な笑みを浮かべる。

 「黒、でしたわ。それにしてもこの神器は素晴らしいですね。あのブランお兄様やルナの眼を欺けるなんて……」

 「要人暗殺用だからね。僕やキミの〝眼〟でもない限りばれないと思うよ」

 蓮は笑みを返すと、瞬時に思案げな表情へと変化させた。

 「全員〝視〟たのかい?」

 「いえ、ブランお兄様とホルスト宰相だけ〝視〟えませんでしたわ」

 マリーが持つ〝人眼〟(イザナギ)は人の思考を読むことのできるものであり、蓮は彼女に頼んで侍女に扮してもらいこの場へ連れてきたのだ。

 目的は一つ、裏切り者を探すためである。

 「それは仕方がないさ。じゃあ、この紙に出席者の名前が書いてあるから黒だった連中に印をつけてくれないか」

 「わかりました」

 と言って次々と名前に印をつけていく。

 その数の多さに、蓮は顔をしかめた。

 「こんなにいるのか……」

 「みたいですわね。しかし、この人たちが裏切っていたのは分かり切っていたことでは?」

 書き終えたマリーが紙を手渡してくる。

 それを仕舞いながら蓮は苦笑を浮かべた。

 「まあ、そうだね。けど確証が欲しかったんだ……残りの連中に関しては不正や内通の証拠を集めておいてほしい。僕がいなくなっても排除できるようにね」

 と言えば、マリーは不安げな態度を隠さないで言ってくる。

 「……本当に例の計画を進める気なのですか?あれは――」

 「キミの懸念は分かっているよ。何度も聞かされたからね。けど、僕の意思が変わることはない」

 マリーの言葉を遮って確固たる口調で告げる。

 不満げに押し黙るマリーに、蓮は落ち着かせようと微笑を向けた。

 「大丈夫、全部終われば戻ってこられるから。……ルナたちを頼む」

 「…………分かりました。ですが、必ず戻ってくるとお約束下さい。わたくしだけでなく、ルナたちのことも考えて」

 「うん、約束しよう」

 蓮はそう言って立ち上がると部屋の出口へと向かう。

 「……後のことは頼んだよ」

 そう言い残して会議室を出るのだった。


 *****


 同時刻。

 アインス大帝国西域北部アルビス。

 日差し照る大地を往く軍勢があった。白地に黄金の天秤――エルミナ聖王国の紋章旗を掲げる一団であり、その数八万であった。

 先頭を往くのは一組の男女。太陽に映える金髪金眼の青年に、もうじき訪れる季節を思わせる栗色の髪に鈍色の瞳を持つ女性だ。

 「それにしても暑いね。これだから夏は嫌いなんだよ」

 白と緑の色彩を持つ剣を腰に帯びた青年が馬上で愚痴を吐く。

 「アーサー……部下に示しがつかないからあまり愚痴らないでくれる?」

 そう返したのは栗色の長髪を馬上で揺らす女性だった。彼女もまた不可思議な剣を腰に帯びている。

 「そうは言ってもね、マーニュ。暑いことには変わりないんだし、みんなもそう思ってるはずだよ」

 アーサーと呼ばれた青年が親しげな口調で言えば、マーニュと呼ばれた女性が仕方がないなと言わんげに肩をすくめた。

 「まったく、もう……アーサーは昔っからそうなんだから」

 「そう言うマーニュは昔から真面目だよね。もう少し肩の力を抜いたらどうなんだい?」

 「余計なお世話よ!」

 交わされる言葉や笑顔を見れば、二人が親しい関係にあることは誰の目にも明らかだった。

 不意に、マーニュが表情を曇らせる。

 「〝聖王派〟の連中、大丈夫かしら。無差別にアインス人を虐殺してなければいいんだけど……」

 「どうだろうな。あいつらちっとばかし――いや、だいぶ頭のねじ飛んでるからな。〝狂信者〟ってのはあながち間違った表現じゃないと俺は思ってるよ」

 エルミナ聖王国は〝世界神〟信仰者が集う国家であるが、一枚岩ではなく大きく分けて二つの派閥があった。

 一つは代々の王家に付き従う〝聖王派〟。もう一つはアーサーたちが属している〝聖女派〟と呼ばれる派閥である。

 〝聖女派〟は千年前のエルミナ聖王国建国時から存命していると噂される神力を行使できる存在(、、、、、、、、、、)である〝聖女〟を崇める派閥だ。

 〝世界神〟の力たる神力を行使できるということはすなわち神の代行者であるという考えの元、〝聖女〟の意思に従って動く者たちで構成されている。

 〝聖王派〟は文字通り聖王と呼ばれる代々の王の意思に従う派閥であり、〝世界神〟信仰に関して狂信的ともいえるほどのめりこんでいた。

 そのせいか、〝双星王〟信仰根付くアインスを始めとする東方国家を敵視しており、そこに住まう者は皆異教徒であり、自分たちと同じ人族ではないといった考えを持つ者が多くいた。

 人でないのなら殺すことに躊躇いはない、と言い切っている連中だ。そんな奴らにアインス侵攻を一任することは危険極まりなかった。

 「……やっぱり早めに私たち〝聖女派〟と合流したほうがよさそうね。〝軍神〟(ヌアザ)を殺される危険性もあるし」

 「だな。もし〝軍神〟が殺されでもしたら〝聖女〟さまに怒られるのは俺たちだからな」

 此度の侵攻に当たって、内通者からもたらされた情報の中に驚くべき情報があった。千年前に世界を救い、その後忽然と姿を消した〝軍神〟の末裔の存在である。

 これについても両派閥の意見は割れた。確保すべきという点は一致していたのだが、〝聖王派〟は殺してでも手に入れるべきだと主張し、〝聖女派〟は生け捕りを主張したのだ。

 「英雄王シュバルツ陛下は〝世界神〟(ルミナス)さまの寵愛を受けた存在だから宗教的に確保すべきだというところまでは一緒だったんだけどな……まさか〝聖女〟さまがあんなにも強固に主張されるとは思ってもいなかったよ」

 普段お淑やかで、意見を強固に主張したりしない彼女が末裔のことになるとかたくなになるのだ。これには長年彼女に仕えてきたアーサーたちも困惑を隠せなかった。

 「理由はどうであれ、〝聖女〟様たってのご希望なんだから私たちはそれに応えるだけよ」

 「ああ、その通りだ。俺たちの恩人である彼女に少しでも恩返ししなくちゃいけないしな」

 アーサーとマーニュは幼馴染であり、かつて共に〝聖女〟に命を救われていた。その為、二人は彼女に対して絶大な恩義を抱いている。

 「まあ、おそらくだけど〝軍神〟が出張ってくるなら俺たちの方にやってくるだろ。なにせ俺たちが向かっているのは神聖殿なんだから」

 〝世界神〟信仰の聖地である神聖殿、そこはアインス大帝国の庇護下にあり、かの国がなんとしてでも死守しなければいけない場所である。

 「そうだといいんだけど……そもそもアインス大帝国が彼を出してくるとは思えないわ。兵力差が圧倒的過ぎるもの。わざわざ死地と分かっている場所に重要人物である彼を送り込んでくるはずがない」

 英雄王にして〝双星王〟の片割れ〝軍神〟の末裔。神聖殿並みに重要な存在であり、そのような人物を捨て駒として送り出すほどアインス首脳は間抜けではないだろう。

 「だが〝道化〟の報告では必ず出張ってくるらしいけど……」

 「あいつほど信用できない奴はいない。アーサーもそれは分かってるでしょ?」

 アインス大帝国に密偵として潜り込んでいる仮面の人物〝道化〟。男か女かすらわからない謎深き存在であった。

 「まあ、な……けど今まであいつが間違った情報をよこしたことがあるか?」

 「ないけど……それでも油断はできないわ」

 マーニュが不安に揺れる視線を南の方角へと向ける。

 その姿をアーサーは心配そうに見つめていた。


 *****


 会議室を出た蓮を待っていたのはルナであった。

 彼女は貴族諸侯との話を終えてずっと待っていたようだった。

 「レン、さっきの話だけど……本当に実行するの?レンの作戦案はあまりにも危険すぎる。三十万を相手にたった三万でいくなんて無謀」

 「大丈夫だよ。徹底した遅滞行動にだけ専念するし、それに相手は五軍に分かれている。一軍四万という情報だから包囲されないように気を付ければ大丈夫だろうと僕は思っているよ」

 蓮は優しげに告げるが、ルナは不安を抱いたままだ。

 (まいったな。どうするか……)

 悩んだ末――うやむやにすることに決めた。

 蓮はルナの肩に手を置くと視線を合わせる。

 「必ずまたキミと再会する。約束するよ」

 そう告げればルナが頬を染めて動揺を顕わにした。

 「それじゃあ、僕は用事があるから」

 ルナの肩から手を離すと、彼女に背を向けて歩き去っていく。

 「レン……」

 か細い呼びかけは廊下に落ち、蓮に届くことはなかった。

 

 *


 帝城アヴァロンには一部の者しか入れない場所がいくつか存在する。

 皇帝の私室、かつてマリーが住んでいた白の塔などがそうだ。

 そして今、蓮が訪れている場所も該当していた。

 地下墓所――歴代の皇帝が眠る地である。

 「久しぶりだね、ソフィー」

 唯一、皇帝ではない者としてこの地に墓標が立てられている人物の墓を前に、蓮は佇んていた。

 〝天銀皇〟から花束を取り出して手向ける。

 視線の先には墓標に刻まれた文字があった。

 ――初代緋巫女にして初代皇帝の姉、英雄王の最大の理解者ここに眠る。

 もっともここに彼女の遺体があるわけではなく、墓の中には数々の遺品が残されているだけだが。

 それでも蓮は黒瞳に悲壮を滲ませて墓を見つめていた。

 厳粛な静寂に包まれている墓所。

 不意に足音が響き渡った。

 「こちらにおられましたか、レン殿下」

 視線を向ければ、闇の中からホルスト宰相が歩み寄ってきていることが分かった。

 「なにか用ですか、ホルスト宰相……いや、我が宿敵と呼んだほうがいいかな?」

 「やはりばれておったか。ほんにおんしの〝眼〟はやっかいじゃのう」

 唐突に態度を豹変させたホルスト宰相が嗤う。

 それを見て取った蓮は不快さから視線を鋭くした。

 「その顔でその口調は端的に言って気持ち悪いからやめろ」

 「酷い男じゃのう。女子に向かって言う言葉じゃなかろうて」

 「今のお前は男の姿だろうが。……で、なんのようだ?」

 怒りを隠そうともしない蓮に、ホルスト宰相が言ってくる。

 「先の軍議でのおんしの提案……あれは〝神体〟を取り戻すのに必要な過程なのじゃな?」

 「そうだ。だからお前は次の軍議で僕の意見に賛同しろ。僕とお前の利害は一致しているはずだからな」

 「まあ、そうじゃな。でなければわらわは今頃おんしに首を刎ねられておるからの」

 心底、愉しげな態度のホルスト宰相。

 蓮は沸き上がる殺意を必死に抑えて抑揚のない声で会話を続ける。

 「当然だろう。ソフィーを殺したのはお前なんだぞ」

 「仕方なかろう。言ってみれば緋巫女とは〝奴〟の代行者、我らの敵なのじゃから」

 「他に手はあったはずだ。どうせお前のことだからその方が楽しいから――なんて糞みたいな動機だったんだろう?」

 「ふふ、そうじゃよ。わらわは常に楽しいと思える方の選択肢を選んどるからのう」

 ホルスト宰相が言った瞬間、蓮の殺気が膨れ上がる。

 墓所を照らす蝋燭の灯が揺れ消えた。

 闇に支配された墓所に浮かび上がるのは、蓮の眼帯から漏れ出す神秘的な光だけ。

 「ゾクゾクするのう。おんしの殺意に塗れた瞳はいつだってわらわを興奮させる」

 「黙れ。……僕はもう行く。さっきの話を忘れるなよ」

 蓮は怒りから足音を鳴り響かせてその場を去る。

 後に残されたのは闇の中で哄笑するホルスト宰相の姿だけだった


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