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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
五章 千年帝国の落日
120/223

十七話

続きです。

 大帝都の城門は固く閉ざされていた。胸壁には帝都防衛軍の兵士が立ち並んでいる。

 彼らはやってきたルナたちの姿を認めると笑みをこぼして開錠し、迎え入れた。

 『ルナ殿下、此度の救援真に感謝申し上げます』

 ルナが援軍として来ていたことはすでに把握済みで、付け加えてエリザベート第三皇女との激闘を遠目ではあるが目撃していたが故の発言である。

 「ん、皇族として当然のことをしたまで。それよりマティアス第一皇子がここに来なかった?」

 『いえ、反乱の報を受け取ってからここで待機しておりますが、誰一人として訪れた者はいません』

 (どういうこと?レンが間違った情報を……?)

 だが、何か妙だ。あの時の連は確信に満ちていたし、よくよく考えれば何も馬鹿正直に正門を使う必要はない。

 (皇族専用の地下道、あるいは下水道を使った可能性がある)

 ともかく、皇帝の安否を確かめる必要があった。

 「反乱はもう少しで完全に鎮圧される。私はそれを陛下に直接ご報告に来た」

 『なるほど、わかりました。ではお通り下さい。私どもは万が一に備えてここを動けませんので、お供することはできませんが……』

 「構わない。その心遣いに感謝する」

 反乱を鎮圧せしめた英雄に敬礼を向ける兵士たち。

 そんな彼らを置いてルナとティアナは帝城まで駆ける。未だ振り続ける雨が頬を打ち、雷鳴が耳朶を揺らす。

 悪天候に耐えれば、たどり着く帝城。荘厳さも、このような状況下ではいささか霞んでしまっている。

 戦時下では揚げられているはずの橋が普段通りの姿でルナたちを迎えた。

 「どういうことだ?皇帝は危機感を抱いていないのか……?」

 ティアナが首をかしげる。ルナもまた疑問を持ったが、

 「……後で考えればいい。今は皇帝陛下の安否を確かめるのが先」

 「そうだな。それに飛び越えなくていい分、楽ではある」

 追及は置いておくことにして帝城へと突入した。

 平時であれば高官や貴族諸侯、侍女でにぎわっているのだが、今は閑散として人の姿は見えない。不気味さを覚える静寂が広がっているだけだ。

 「ふむ、どこかへ避難しているのだろうか」

 「それにしたって静かすぎる。何かおかしい」

 聞こえるのが自分たちが床を踏み鳴らす音だけというのはどう考えても不自然だ。

 そう思いながら足を進め、大広間にたどり着いた二人は絶句する。


 ――血の海が広がっていた。


 血海に沈む大勢の人々、どれも苦悶を浮かべて絶命している。兵士、高官、貴族、侍女――様々な立場の者たちが等しく死に絶えていた。

 床一面血で埋まっており、玉座の間へ行くにはそれを踏み越えるしかない。

 「これは……っ!」

 「…………」

 ルナとティアナは立ち尽くす。あまりの現実に思考が追い付かない。

 しかし、ここで立ち止まっていてはらちが明かないのも事実。

 「……行こう、皇帝陛下が心配」

 ルナは意を決した表情でそう告げると血海を渡りだす。ティアナが無言で後に続く。

 凄惨な場を抜けた二人は先へ続く血で彩られた足跡を見つけた。

 「この惨状を作り上げた者のか」

 「おそらくそう」

 (マティアスお兄様の仕業……けど腑に落ちない)

 彼はこの国を憂いて反乱を起こしたはずであり、目的は皇帝のみであるはずだ。むやみやたらに人々を殺すのはおかしなことだとルナは考えた。

 (どのみち会ってみればわかること)

 ルナは思考を中断すると眼前へ意識を集中させる。血塗られた足跡はやはりというべきか玉座の間まで続いていた。

 対峙する黒竜と金獅子、見守る銀狼が描かれた大扉の前にたどり着く。

 「ここか……準備はいいか、ルナ殿」

 手に〝蒼帝〟を現出させたティアナが問いかけてくる。

 「ん、問題ない。……行こう」

 ルナは〝翠帝〟を召喚して首肯すると扉に触れる。

 そして――勢いよく押し開けた。

 突入した玉座の間は静寂に包まれていた。赤絨毯の上を進み、玉座を見上げた二人は座っているマティアス第一皇子の姿を捉えた。

 彼はルナたちの姿を認めると口端を吊り上げて笑みを形作る。

 「遅かったではないか――いや、いい時期に来たというべきか」

 「マティアスお兄様、一体どういうこと?あなたは何を――っ!?」

 言葉を途切れさせるルナ。その瞳は見開かれ、マティアス第一皇子の足元に注がれていた。

 そこには首のない死体が転がっている。身に纏っている衣が皇帝専用の物だと理解し、唖然とした。

 「あれはまさか……皇帝なのか!?」

 ティアナもまた驚愕の面持ちであった。

 そんな二人の女性を見下ろすマティアスの顔が愉悦で彩られる。

 「抵抗を示したのでな、是非もなかった」

 「マティアス……自分が何をしたのかわかってるの!?」

 ルナが語気を強めれば、彼は鬱陶しそうに眉をひそめた。

 「お前こそ、なぜ理解せんのだ。我が成し遂げた崇高なる行いをな」

 マティアスは手にしていたモノをルナに向かって投げ捨てる。弧を描いて地面に転がり落ちたのは――苦痛に歪んだ皇帝の頭であった。

 「――ッ!!」

 思わず口を押えたルナに、マティアスが悦に浸った声音で語り掛ける。

 「南大陸(イグナイト)に覇を唱える大国の長とて、こうなれば所詮はただの老いぼれだったのだと理解できるであろう?まあ、この国を衰退させた者の末路としては当然といえるか」

 「何故……こんなことを。言葉で諫めるという選択肢もあったはず。それに他の人たちまで殺す必要はなかったのに!」

 ルナの憤りにマティアスが失笑する。 

 「はっ、それでこの老いぼれが止まるはずもなかろう。他の連中に関しては生まれ変わるアインスに必要なかったので始末したまでよ」

 と、ここでマティアスの顔が憤怒に歪む。

 「堕落した政府高官、腐敗した貴族、おかしいと思いながら何もせぬ兵士、目を閉じて甘い蜜を吸い続ける侍女……どいつもこいつも救いようのない塵共だ」

 確かに彼の言うことは事実ではある。が、殺してしまっては更生させることもできない。

 「あなたは短絡的すぎる。言葉を尽くして時間をかければみんなだってきっと――」

 「それでは遅すぎるのだ!!」

 ルナの言葉を遮って、マティアスが吠える。

 「一体どれほどの時間がかかる?更生されるという保証はどこにある?なにより――それでは間に合わんのだ!」

 「マティアス、あなたは何をそんなに恐れているの……?」

 ルナにはどうにもマティアスが極度の恐れを隠すように怒りを纏っているように見えたのだ。

 そう告げれば彼は一瞬硬直し、ルナを見つめる。

 次いで脱力して玉座に背を預けた。

 「……もうじき〝停滞期〟が終わりを告げる。そうなればこの大陸に戦乱の嵐が吹き荒れることになるだろう。今のアインスの戦力では乗り切れるか怪しいところなのだ」

 その前に態勢を整えなければならないとマティアスが鬱々とした声で語る。

 「ルナ、我に手を貸せ。真にこの国を想うのであれば――ガッ!?」

 不意に、言葉が途切れる。唐突に現れた仮面の者がマティアスの心臓に剣を突き立てたためだ。

 唐突な展開に硬直するルナたちを置いて、仮面の者が言葉を発する。

 「少々、おしゃべりが過ぎますね。あなたは所詮、駒でしかないのですから役目以上の動きをされるのはこちらとしても困るんですよ」

 「ぐ、ガアァ……〝道化〟、貴様ぁ」

 血反吐を吐くマティアスに、〝道化〟と呼ばれた仮面の者が囁く。

 「とはいえあなたには十分働いてもらいましたから、褒美として我が〝王〟の力の一端を差し上げましょう。喜んでいいんですよ?」

 と、〝道化〟が手にしていた剣を手放して禍々しく光る石を懐から取り出す。それをマティアスの胸に空いた穴に躊躇いなく差し込んだ。

 「ガアア!?」

 「ふふ、そんなに喜ばないでくださいよ。それと第五皇女殿」

 〝道化〟がルナの方に振り向く。

 「不出来な兄を持つと大変ですね。ということで彼の相手は頼みましたよ」

 一方的に告げると、奇妙な穴を造りだして現れた時と同様に一瞬で姿を消した。

 後に残されたのは苦しみもだえるマティアス。彼は暴れ狂い、玉座から滑り落ちてしまう。

 眼前まで転がってきたマティアスを見たルナは驚愕に包まれる。なぜなら彼は心臓に剣が突き刺さったままだったからだ。

 そして――唐突にマティアスの声が止む。彼は無言で立ち上がると胸に刺さっていた剣を抜き放った。

 血は噴き出さない。そればかりか傷口がひとりでに修復し始めた。

 「……マティアスお兄様?」

 無言で立ち尽くすマティアスにルナが言葉を投げる。


 瞬間――マティアスが剣を振るってきた。


 「ルナ殿、危ない!」

 叫んだティアナが間に割り込んで蒼槍で受け止める。が、恐るべき膂力によって床に叩きつけられてしまう。

 「ガッ!?」

 「ティアナ!?くっ」

 ルナは瞬時に〝翠帝〟を剣状態へと移行させて刺突を放った。マティアスは巧みに剣を操って受け流すと後方へ下がっていく。

 そこへ不可視の風刃が襲い掛かる。うなりを上げたソレをマティアスはいともたやすく迎撃してみせた。

 その隙にルナはティアナを起こす。と、マティアスが笑い声を上げた。

 「ふ、はは……フハハハハハッ!素晴らしい、素晴らしいぞこの力は!」

 喜悦が広がる。マティアスは力に酔いしれていた。

 「〝道化〟は気に食わんが……この力があれば来る乱世を乗り越えられる!この国を護れる!」

 マティアスの体から紫光が放たれる。凄まじい魔力が荒れ狂いだした。

 「覇彩剣五帝〝翠帝〟の攻撃にすら対応できるこの力があれば!」

 笑い声が響き渡る。皇帝の死体を踏んで笑みを深めたマティアスがルナに手を差し出した。

 「もう一度だけ言おう。我と共にこの国を変えるぞ、妹よ!」

 対するルナは即答であった。

 「断る。あなたのやり方に賛同できない」

 「……そうか。ならば貴様はいらぬ――どころか邪魔でしかない。故に――ここで死ぬがよい!」

  禍々しい覇気を滾らせたマティアスが突貫してくる。ルナはティアナに目配せして瞬時に態勢を整えた。ティアナが前に出てマティアスを迎え撃ち、ルナはその後ろで弓形態へと転じた〝翠帝〟で射かける。

 氷弾が飛び、風刃が迫る。圧倒的な面攻撃にマティアスは笑みを浮かべたまま更に加速した。

 「無駄だ!今の我を前にしては覇彩剣五帝とて無力!」

 膨大な魔力がマティアスの体を守護して攻撃を無効化する。そうして間合いまで入って剣を振り下ろした。

 先の経験からティアナは防御を選ばず回避を選択する。剛撃を紙一重で躱して〝蒼帝〟を横薙ぐ。

 その一撃は無防備であったマティアスの横腹に当たって吹き飛ばした。冗談のように直線に飛んで立ち並ぶ大柱に激突。床に滑り落ちた。

 常人であれば致命傷、しかしマティアスは何事もなかったかのように立ち上がると喜悦を増殖させた。

 「フハハッ、無駄だと言っているだろう。さて、次はこちらの番だ」

 瞬間、マティアスの姿が掻き消えた――かと思えばティアナの横に出現、目にもとまらぬ速度で剣を振るった。

 「なっ――がっ!?」

 驚く暇もなくティアナが大理石の床に叩きつけられる。次いで振り下ろされたマティアスの足に踏みつぶされて口から血を吐き出して昏倒してしまった。

 それを見たルナは出し惜しみをする場合ではないと力を使うことを決める。が、瞬時に眼前まで迫ったマティアスの一撃を防ぐので精一杯となってしまう。

 「くぅ……!」

 「ハハハッ、この程度か、覇彩剣五帝というのは!」

 叫んだマティアスは連撃へと移行する。ルナは必死に剛撃をさばいていくが、徐々に押されていった。

 気が付けば一本の大柱が背に当たり後がないと気づくが手遅れであった。

 「終わりだ、我が不肖の妹よ」

 その言葉と共に繰り出されるかつてない一撃に、手にしていた〝翠帝〟が零れ落ちる。得物を失ったルナの体にマティアスの音速の拳が突き刺さった。

 「が、ぐあ……っ!」

 うめき声を上げて倒れゆくルナを悦に浸った瞳で見下ろしたマティアスは、床に転がる〝翠帝〟へと手を伸ばした。

 「フハッ、貴様は我が使ってやろう。この国を高みへ押し上げるための道具としてなぁ」

 持ち上げられた〝翠帝〟が抵抗を示すように緑光を放つが、マティアスに纏わりついた魔力に触れると弱々しく光量を下げてしまう。

 その時、倒れこんでいたルナがマティアスの足を掴んだ。

 「なんだ、まだ意識があったのか。だが、その状態の貴様に何ができ――ぐああ!?」

 言葉が悲鳴に転じる。細腕からは考えられないほどの力でルナがマティアスの足を握りつぶしたのだ。

 「き、貴様ぁ!」

 マティアスは残る足でルナを蹴り飛ばす。ルナは今度こそ意識を失ってしまった。

 体勢を維持できずに倒れこむマティアスだったが、魔力による高速回復が始まったことで安堵の息を漏らした。

 「やってくれたな。貴様はここで殺しておくとしよう」

 回復したマティアスがルナに近づく。いつの間に取り返されたのか、彼女の手には〝翠帝〟が握られていた。

 予想外の攻撃に憤怒に彩られた瞳をルナに向けたマティアスが剣を振りかざした。


 その時――足音が聞こえた。


 最初に昏倒させた女がもう復活したのかと煩わしげに振り向いたマティアスが見たのは、大扉の方からゆっくりと歩んでくる黒髪の少年の姿だった。


 少年は――、

 

 「お前はここで殺す」


 ――凄絶な笑みを浮かべながら死刑宣告を行った。

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