十話
続きです。
要塞都市ツィオーネ―――雄大なトランバル山脈の麓にあり、その山脈を源流とするトゥール川がもたらす恩恵によって繁栄してきた都市である。特徴は、遠目でもはっきりとわかる四方を囲む白磁のような城壁だ。
蓮達は現在、ツィオーネからおよそ一キロほどの所まで来ていた。
「すげーでかい町だな!てゆうか白い!とにかく白い!」
驚きの声を発したのはラインだ。ここまでの旅路でルナや第五皇軍の兵士達とかなり打ち解けており、機嫌はすっかりよくなっている。
「そうだね。雪で覆われてるみたいで、なんだか綺麗」
ラインにそう返したのは、シエルだ。初めのころはルナ達にすっかり恐縮していたシエルだったが、今では自然な笑顔で話せるような間柄になっている。
「ツィオーネの城壁は、トランバル山脈に積もる雪に合わせて白色になった……らしい」
姉弟にそう告げたのは、白を基調とした皇族の衣装を身に纏ったルナだ。ここまでの旅路の合間に敬語を止めていいと言ったり、姉弟と一緒に食事をしたりと距離を詰めるための努力をしていた。姉弟を思いやっているのだろうが、蓮はそれ以外の思惑(同年代の友達作り)があると読んでいた。
「らしい……って、曖昧なんだね」
ルナの言に突っ込みをいれたのは蓮だ。蓮は旅路の中で姉弟やルナの人となりを探ったり、兵士達から世界の現状や、千年前について聞いて回ったりしていた。
(ラインはまっすぐな性格、シエルは温和な性格ってところかな)
ラインは良くも悪くも生真面目だ。感情のままに動く、と言ってもよい。ただ、精神的に脆いという弱みを持っている。
対して姉のシエルは一見儚そうに見えるが、その実強情だ。精神的に恐ろしく強く、どんな場面でも感情を理性で抑えることができるという強みを持っている。
(そしてルナは……)
ルナは常に冷静沈着―――というかぼーっとしている。ほとんど表情に変化は見られないため、感情の機微を悟るのは至難の業といえる。しかし、旅路の中で一軍の司令官としての威厳や、皇族としての覇気を持ち合わせていることには気づけた。
(ただなぁ、如何せん感情表現に乏しいというか……)
旅の最中に誤って水浴びを見てしまった時も真顔で、
「……変態?」
と言うだけで終わってしまったりと、感情を理解しにくいところがルナにはある。
(それにルナには……なにか違和感を感じるんだよな)
まるで旧友にあったかのような懐かしさを感じる時もあれば、なにか強い“力”を感じる時もある。
(まあ、そのうち分かる時がくるだろう……それよりも)
兵士達から聞いた事のほうが、蓮の頭を悩ませている。千年前については、以前シエルから聞いた事以上のものは出てこなかった。しかし、アインスが置かれている現状については知ることができた。
(予想以上にまずいな……)
千年前の英雄王の一件以来、アインスは四方を敵国に囲まれ続けているということ。更に最近になって敵国の攻勢が激化の一途をたどっているということ。そのため、国力が次第に衰えてきているらしいこと。
(このままだと何れアインスは崩壊する)
それは避けなければならない。今やアインス大帝国は蓮と“皆”を繋ぐ唯一の絆の証なのだ。失うわけにはいかない。
(そのためには……)
手はある。が、それを行ってしまえばもう後には引き返せなくなる。
(シエルたちをどうするか……それも考えなきゃいけない)
しかるべき所で保護してもらうのか……あるいは……
そう考え込んでいた蓮は、
「着いた……」
目的地到着を告げるルナの声で我に返った。
どうやら蓮が考え込んでいる間に、ツィオーネの入り口である大門前まで来ていたらしい。
城壁内にいた兵士が大門を開錠し、蓮達一同を迎え入れる。
そこへ、兵士長らしき人物が歩み寄ってくる。
『ようこそおいでくださいましたルナ殿下。それに第五皇軍の皆様方も。歓迎いたします―――と言いたいところなのですが……』
その人物は曇った表情で言いよどむ。
「出迎えに感謝する……それで、アイゼン皇国の軍は?」
ルナは相手の様子から状況を予測したらしく、一足飛びに聞いた。
『!そこまでお察しになられているとは……“戦乙女”の異名は伊達ではない、ということですかな』
“戦乙女”―――それはルナに付けられた異名だ。ルナが初陣を飾った東域戦線での戦い―――のちに〈月姫の飛翔〉と名付けられた戦いにおいて、ヴァルト王国の“十二円卓”の一人を討ち取るという偉業を成したことでつけられたという。
「ん……そんなことより現状を教えて欲しい」
最も、当の本人は異名についてあまり興味を持っていないようだ。
(そこが彼女のいいところなんだけどね)
驕らず、皇族として必要以上に威張ることもない。優れた統治者の資質を持っているといえよう。
『ただ今司令塔にご案内いたします。詳しいことは司令塔にいるベンノ司令にお聞きください』
「分かった……あなたには第五皇軍の受け入れを頼みたい。その間に私は司令官に会いに行く」
『かしこまりました。では案内は……』
「必要ない……司令塔の位置は知っている」
『さようでしたか……ではそのように』
そう言って兵士長は去っていく。ルナは、
「今聞いた通り……第五皇軍はここで待機。ツィオーネ側の受け入れ態勢が整うのを待つこと。私はここの司令官に会いに行き、現状を把握してくる」
と第五皇軍の兵達に告げる。蓮は、
「あの……僕たちはどうすればいいかな?」
とルナに聞いた。するとルナは、
「私と一緒に来て……」
驚くべきことを口にした。




