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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
五章 千年帝国の落日
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十五話

続きです。

 ルナは風を巧みに操って荒れる空を駆けていた。戦場となっている地上を睥睨して必死にエリザベート第三皇女を探している。

 「一体何処に……ッ!?」

 突如として下方から襲い掛かってきた風刃に驚愕しつつも、風壁を張って防ぐことに成功する。

 飛んできた方向を見やれば、エリザベート第三皇女が地上から飛び立ってくるのが分かった。

 彼女はルナの正面まで高度を上げてくる。

 「……まさかあなたが私の前に立ちはだかるとは思ってもいませんでしたわ」

 開閉一番に苦々しげに言ってきた。

 「お姉さま……何故、このようなことを?お父様を止めるのなら他にも方法はあったはず。なのにどうして血を流すことを選んだの?」

 ルナが訊ねれば、エリザベートはくつくつと笑いだした。

 「お父様を止める――ねえ。あなたは本当に(わたくし)がお父様を止めたいから反乱を起こしたと思っているんですの?」

 「え……?」

 疑問符を浮かべるルナに、エリザベートが狂的な笑みを向ける。

 「私の目的は一つ。お父様を――皇帝を殺して大帝都を破壊し、アインス大帝国を崩壊させることですわ!」

 「なっ――」

 二の句を次げないでいるルナを後目にして言葉は続く。

 「この国は間違っています。真に崇めるべき神を崇めず、偽りの神を崇めている。許しがたいことですわ」

 「真の神?偽りって……何を言ってるの?」

 「決まっていますわ!真に崇めるべきは唯一神たる女神ルミナス様お一人だけ。〝双星王〟である〝創神〟や〝軍神〟は所詮ただの人族に過ぎないのだから!」

 そう語るエリザベートの瞳は狂気を孕んでいた。視線を向けられているルナは得体の知れなさから身震いしてしまう。

 「お姉さま……あなたは狂っている」

 アインス大帝国に生まれた者ならば〝双星王〟を崇めるのが当然といえる。建国の祖である〝創神〟リヒトに乱世を終わらせた〝軍神〟シュバルツはアインスの民にとって誇りであり、尊敬の対象であるからだ。

 無論〝世界神〟たる女神ルミナスも崇められてはいるが、〝双星王〟の人気には及ばないという背景もある。しかし、ルミナスの力である神力を操れる緋巫女がいる神聖殿が重要視されていることから分かるように決して軽んじられているわけではなかった。

 「女神ルミナスを含めた三神宗教がアインス人の基本。誰が欠けても成り立たない。お姉さまもそれは理解しているはず」

 ルナが諭すように言えば、エリザベートは眉根を寄せた。

 「……確かにそうでしたわ――ぐぅぅ……いや、違う……違う!」

 額を抑えて苦し気にぶつぶつと呟きだした。

 「ルミナス様こそ至高にして唯一の神……崇めるべき存在……」

 そして――唐突に真顔になると左手に握られていた禍々しい弓を向けてくる。

 「ルナ!あなたはいつもいつも私の邪魔ばかりする!戦で活躍しても、あなたが私の活躍を上回る功績を得てくる。皇族としての人気もあなたの方が上!容姿もそうですわ!そして今も――私の邪魔をする!」

 憤怒に表情を歪めたエリザベート。もはや人間とは思えないほど禍々しい。

 「私はここであなたを殺す!そうすれば私の方が優れているのだと証明でき、私の考えの方が正しいのだと知らしめることができますわ!」

 哄笑するエリザベートに、幼少期に感じた温かさはもうない。世話好きで優しかった姉が再び笑顔を向けてくれる日を待っていたルナだったが、それはもう叶わない夢なのだと理解してしまう。

 「お姉さま――いや、反逆者エリザベート!あなたは私が討つ!」

 「それはこちらの台詞でしてよ!」

 叫ぶなり弓弦を引き絞るエリザベートに対してルナは風刃を放つ。

 肌を切り裂かんと迫る風刃をエリザベートは高度を上げることで回避する。と、弦から手を離した。

 「穿て、風よ!」

 紫光を纏った風の矢が飛んでくる。ルナは先ほどと同じく風壁で防ごうと試みるも、風矢は風壁に接触してそのまま突き抜けてきた。

 「なっ、ぐぁ」

 驚愕に包まれていたルナは回避が遅れ、まともに喰らってしまう。風の制御を手放したことで、錐揉み状態で墜落し始めた。

 そこへ、

 「決めさせてもらいますわよっ!」

 エリザベートがルナの頭上から風圧をかけてきた。落下速度を速めて地面に激突する際の衝撃を大きくしようとしたのだ。

 「ま、だまだっ!」

 ルナは声を張り上げると、〝翠帝〟(ミストルティン)に願って無理やり風を制御すると落下速度を減衰させ、ふわりと地面に降り立つ。

 次いで天恵(ギフト)である幻楼(ミラージュメイ)を発動し、不可視の風刃を放ち自らも不可視化する。

 見えざる攻撃、しかしエリザベートは難なく風を操って迎撃した。背後から不可視状態で迫っていたルナさえも風を纏って吹き飛ばす。

 「……その力、まさか」

 空中で体制を整えたルナが悟ったように呟けば、エリザベートが嗤って答える。

 「堕天剣五魔〝堕風〟(アスモダイ)。あなたの〝翠帝〟と同じく、風を司る存在ですわ」

 それは奇しくもルナと同じ力。ルナを目の敵にするエリザベートにとっては皮肉なものであった。

 「なので不可視化しても風を操れる私にはわかってしまいますわよ。それはあなたも同じではなくて?」

 事実、そうである。不可視とはあくまで見えないだけ。そこにいるという事実を捻じ曲げるわけではないので、風を操れば不自然に風が遮られているところにいることが分かってしまう。

 「なら、あなたの制御権を奪えばいいだけ」

 「はっ、何を言い出すかと思えば……そんなこと不可能に決まってますわ」

 この場の風の制御権を支配するには〝堕風〟を超える力で圧倒するしかない。付け加えてこの悪天候、暴風を制御するのは困難を極めることだった。

 だが、ルナはそれがどうしたと笑う。

 「不可能なら――私が可能にすればいいだけ」

 「そこまで愚かだとは……ならばやってみるといいですわ!」

 売り言葉に買い言葉、エリザベートは即座に応じると〝堕風〟を使って風を操りだす。

 ルナもまた〝翠帝〟で風に干渉しだした。

 二人の周囲に暴風壁が発生、更にその周囲にいくつもの竜巻が生み出された。

 それらは鎧の如く、二人の女性を守護する。

 ルナの体から緑の光が放たれ、対するエリザベートからは紫光が発せられた。

 凄まじい風と覇気が交じり合い、天が乱れに乱れた。

 轟雷が鳴り響き、天地を震わせる。地上で戦っていた者たちは手を止めて上空を見上げていた。

 ルナは額に浮かぶ汗を気にも留めずに精神を集中させる。

 (超える……超えて見せる!これすらも超えられないようじゃ、レンには追い付けない)

 神話伝説の英雄王たる彼はまさしく世界最強の存在だろう。その背に追いつき、並び立つならば今の己の限界を超えなければならないと感じていた。

 (〝翠帝〟力を貸して!)

 相棒に願えば、底知れぬ力が沸き上がってきた。以前は制御できずに暴走したが、今ならばと意識をより集中させる。

 (怖がらず、押さえつけないで自然に。力に支配されるんじゃなくて、力を支配する)

 ティアナに教わったやり方を思い出して実践しつつ、徐々に放出する力を強めていく。

 ルナの体から放たれる緑光が輝きを増し、比例するように暴風壁がエリザベートを押していった。

 「くっ、こんな……これほどの力がどこに――ッ!?」

 驚愕に包まれるエリザベート。

 そんな彼女を見据えて、ルナは叫んだ。

 「私は――〝今〟を超える!」

 瞬間――世界は緑光に覆われた。眩いばかりの輝き、神の威光ともいえる力の顕現であった。

 ルナが生み出した風がエリザベートの風を喰らう。そして支配権を奪い去った。

 「そんな――きゃああ!?」

 悲鳴をあげながら吹き飛ばされるエリザベートは〝視〟た。光の中から出てくるルナの姿を。その手に握られている一本の()を。

 風の申し子となったルナの手には一振りの剣。それは美しい装飾が為された緑剣であった。

 覇彩()五帝が一振り〝翠帝〟――千年ぶりに真の姿を解放した瞬間だった。

 〝堕風〟から強引に力を引き出し、なんとか足場の風だけは残せたエリザベートが驚愕の声をあげる。

 「う、そ……そんな、ありえない!〝翠帝〟は弓のはず、剣なんかじゃないですわ!」

 「それは千年間、この子の所持者が形状を変化させられなかっただけ。本来の姿はこっち」

 更なる深み――領域から情報を得たルナが告げる。そんな彼女の右目は変わらず青だが、左目の赤が緑に変化し始めていた。

 長い銀髪が光によって輝きを増し、荒れ狂う天に第二の月が降臨したかのようだ。

 神がかった姿、神々しさを感じられずにはいられない。地上の兵士たちは言うに及ばす、相対するエリザベートですらそう感じていた。

 「……認めない。認められませんわ!」

 余計に劣等感を感じてしまったエリザベートが吠える。

 「(わたくし)は――あなたなんかよりもっ!」

 猛り狂うエリザベートは禁忌の手段に打って出る。力を出しすぎれば魔物化してしまう堕天剣五魔から強引に力を引き出し始めたのだ。

 「う、ああ……あァアアアアアアア!」

 紫光が強まる。美しかったエリザベートの体が徐々に異形へと転じていく。

 額に角を生やしたエリザベートは、

 「コ、ロス……コロシテヤラアァアアアア!」

 言葉すら怪しくさせて、ルナに突撃した。

 対してルナは――悲しげな微笑みを浮かべていた。

 「…………終わらせる」

 緑光を纏って、迎え撃った。

 二人は雷鳴轟く天を超え、雲の上まで突き抜けてぶつかり合う。緑光と紫光がぶつかり、時には交じり合って衝撃波が生み出された。

 「ハアアアアア!」

 「グアアアアァ!」

 静謐な女性の声に、粗暴な魔物の声。宿命と運命の激突が天空を揺るがせた。

 そして――鍔迫り合う。いつの間にか腕と〝堕風〟が融合し、なかば剣のようになっていたエリザベートの右手とルナの持つ剣状態の〝翠帝〟が耳を劈く音を奏でる。

 ルナはあふれ出る力で強引にエリザベートを押し切って距離を空けた。

 変わり果てたエリザベートに視線を固定し――囁くように〝翠帝〟に命じた。

 「断罪の導きを、神なる力を顕現させよ」

 緑剣が大いなる風を纏う。ルナは両手で〝翠帝〟を握りしめて切っ先を蒼穹に向けた。

 次いで――勢いよく振り下ろした。


 ――風華王断(ヴィンドゥール)


 風の極大刃が邪悪を両断した。防ごうと〝堕風〟が混じった腕を上にかざしたエリザベートの体ごと緑光に包まれる。

 その一撃は黒雲を割り、地上を流れるザオバー川に直撃した。凄まじい水飛沫が上がり、激震が大地を揺らす。

 雨雲が強制的に裂かれ、太陽が姿を現す。雨音消える天を見た者たちは一様に言葉を失った。

 なぜなら――ゆっくりと降りてくる女神(ルナ)の姿を見てしまったからだ。誰もが彼女の威容から目をそらせない。誰もが美しさに惹かれてしまう。

 雨に濡れた銀髪が太陽の光に輝き、虹彩異色の瞳には何者にも屈さぬ強き意志が宿っている。

 手にしている緑剣は穏やかな風を纏って、周囲の風は主を守護するようにルナの体を保護していた。

 地上に降り立った彼女は、足元に転がる弓の残骸を見つめて呟いた。

 「さようなら……エリザベートお姉さま」

 そして、穏やかに意識を手放すのだった。

  


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