十四話
続きです。
雷鳴を打ち消すほどの怨嗟が鳴りやまない。
豪雨の中で人同士が殺しあっていた。
そんな凄惨な戦場でも一際絶叫が迸る場所があった。
紫光と黄金光が踊り狂い、余波で周囲の兵士たちが惨殺されている。
二つの光はやがて動きを止める。中から出てきたのは二人の男であった。
禍々しい二刀を携えて、肩で息を吐くのは〝零番〟と呼ばれし男。彼が睨みつける先には黄金の剣を肩に担いだ少年が悠々と立っている。
「堕天剣五魔〝堕光〟に〝魔〟の力……なるほど、それだけ上乗せしてれば僕と渡り合えているのも不思議じゃないね」
少年――蓮がそう言えば、〝零番〟は苦々しげな表情を浮かべた。
「ついていくのがやっとといったところだがな。まったく、やはり〝王〟という存在は規格外に過ぎる」
「僕をそう呼ぶってことは〝道化〟のお仲間といったところかな?」
「まあ、そうだな」
「そうか。なら、単刀直入に聞こう――何が目的だい?」
その言葉に〝零番〟は笑みを浮かべる。
「俺の目的――否、使命は二つある。一つはマティアス第一皇子の大願成就の手助けだ」
「やけに正直だね……もう一つは?」
今の情報は予想通りだったので真新しくない。
蓮は雨に濡れてへばりつく前髪を拭いながら訊ねる。
「もう一つは――第五皇女の覚醒を促すことだ」
「……は?なんでキミたちがそんな真似を……?」
予想だにしなかった答えに動揺してしまう。
その隙を見逃す〝零番〟ではなかった。
「はっ、陛下のお言葉通りだな」
大地を蹴って距離を潰し、二刀を烈々たる勢いで振り下ろした。
蓮はとっさに〝白帝〟を持ち上げて防ぐ。あまりの衝撃に足元の地面が陥没した。
次いで紫光を纏った足による蹴りが飛んでくる。蓮は地面を思い切り蹴って後方に下がった。
だが、
「遅いぞ!」
〝零番〟は目にもとまらぬ速さで追いつき、斬撃の嵐を浴びせてきた。
「〝堕光〟の加護による音速での戦闘か……」
「そうだ、これこそが陛下から与えられし真の神の力だ!」
音速で繰り出される連撃に対処する蓮が淡々と言えば、〝零番〟が喜悦を含んだ言葉を発する。
「〝王〟よ、あなたは甘すぎる。この汚らわしい国の第五皇女やその周囲の人族に温情を与えるばかりか、庇護下に入れてすらいる。それでは復讐は成し遂げられない!」
何も返さない蓮に余裕がないのだと思った〝零番〟は更に言葉を重ねる。
「人族などにかまけていないで早く行動を起こすべきだ。あなたは――」
「黙れ」
悦に浸っていた〝零番〟が耳にしたのは極寒の声。冷水を浴びせられたが如く――否、捕食者に睨まれたが如く硬直した。
「汚らわしい国?温情?……ふざけるな」
蓮の瞳に宿るのは殺気なんて生易しいものではない。怒りを孕んだ殺意である。
「この国を……ルナたちを侮辱することは僕が許さない。彼女たちは過去にとらわれ続けている僕やお前なんかとは違って、未来を見据えている」
黄金の剣――〝白帝〟が明滅し始める。白銀の外套〝天銀皇〟が吹き荒れる風を無視して揺らめき始めた。
黄金と白銀が生み出す神秘的な光景――だが、それを喰らい尽くさんとする黒が蓮の左目から漏れ出ている。
無骨な眼帯――その隙間から濃密な闇があふれ出ていた。解放される時を今か今かと待ち望んでいる。
「――雑魚が、調子に乗るな。たかが音速で動ける程度で吠えるなよ」
蓮は闇の一端をさらけ出す。憤怒の表情から一転、愉悦に支配された笑みを浮かべた。
「音速の上がなにか、知ってるかい?」
指を鳴らしてそう告げれば、荒れ狂う天に無数の光が現出した。夥しい数の光剣の刃先が、一斉に〝零番〟へと向けられる。
「知らないのなら教えてあげよう。受講料は――お前の命だ」
一歩、前に踏み出せば、膨大な覇気に耐え切れずに地面が爆ぜる。空間を歪め、天を啼き叫ばせた。
――覇光白夜
光速から繰り出される斬撃。追従するは無数の光剣だ。
圧倒的な手数――防ぐすべはない。
絶対不可避の神罰であった。
「う、グオァアアアアアアア!」
獣のような咆哮――それは断末魔の悲鳴だ。
〝零番〟は音速で迎撃を試みているものの、上位互換たる光速には追い付けない。
あっという間に体を切り刻まれた。
〝魔〟の力による高速再生が始まるも――無意味。回復速度を上回る斬撃であったからだ。
紫光を黄金光が喰らう。一方的な展開は捕食者の特権。
光が収まった時、〝零番〟は全身から鮮血を垂れ流して地に伏していた。
そんな彼を睥睨した蓮は、〝白帝〟の切っ先を突きつける。
「二つ、質問に答えてもらおうか。拒否は認めない」
「ごふっ……はは、やはりあなたは孤高の〝王〟に相応しいお方だ……」
口端から血を流しながら弱々しく笑う〝零番〟。
「一つ目、マティアス第一皇子は今、何処にいる?」
「あなたの、ぐぅ……ご想像通りだ」
苦し気に息を吐く〝零番〟を冷たい目で一瞥した蓮は、大帝都の方を見やる。
(もう行ったのか……なら急がないとな)
タイミングを合わせなければならない。故にこの場をさっさと切り上げる必要があった。
「二つ目、ルナ第五皇女の件だけど……なぜおまえたちが覚醒を促す?覇彩剣五帝所持者とは言ってしまえば〝奴〟の手先、敵であるはずだけど」
「陛下は……いや、それだけじゃない。他の〝王〟の方々も覇彩剣五帝所持者を誘導するおつもりだ」
「誘導?」
「そうだ……あなたもそうするおつもりなのだろう?だから覇彩剣五帝所持者と交友関係を持たれたのではないか」
黙り込む蓮を見つめる〝零番〟はやはりそうかと首を僅かに振った。
「思い違いをしていた。やはりあなたは――〝王〟として動いているのだな……」
そして満足げに息を吐くと、ゆっくり目を閉じていく。
「使命は果たした……十分な時間を稼げただろう。後は……あなたが――」
〝零番〟は最後まで言い切らずに息を引き取った。
蓮は雨に打たれながらしばし佇む。次いで馬蹄の音が耳朶に触れたことで顔を上げた。
前方――反乱軍の後方から騎馬の群れが突撃してきている。先頭にいるのはキールだ。
彼が率いているのは一万の軍勢である。
『馬鹿な……いったいどこの軍だ!?』
『金地に鷲――第四皇軍だとっ!?』
『ありえん!第四皇軍指揮権はマリアナ殿下が持っているはず。あのお方は病弱であるがゆえに帝城にこもり切りのはずではないか!』
キールが率いる軍勢は第四皇軍。マリアナ第四皇女ことマリーが指揮権を持つ軍勢である。
軍事国家であるアインス大帝国には、皇族には軍を与えるべしという特殊な法がある。マリーも皇族であるから当然、皇軍を与えられていた。
しかし、指揮官であるマリーは〝人眼〟の件や病弱ということもあって直接指揮を執ったことはない。名ばかりの指揮官といえるのだが、皇軍そのものはずっと大帝都周辺の治安維持に取り組んでいて解体されていなかった。
蓮はこれ利用しない手はないと、マリーに頼んで第四皇軍を密かに動かしてもらったのだ。反乱が起こる前に第四皇軍は行方をくらませ、地下に潜伏していた。それを今回の戦いで使ったのだった。
「旦那、糧食の保管場所はこいつで吹き飛ばしておいた。そっちは終わったのか?」
キールが〝岩切丸〟を肩に担いで馬上から言ってくる。
「ご苦労様。僕の方も終わったよ、副官である"零番〟を討ち取った」
「なら予定通り、この勢いに乗って〝天軍〟を離脱させる。副官を討ったことを大体的に広めて降伏を促すとするか」
「ああ、頼んだよ。降伏が受け入れられたら近隣諸侯の軍に頼んで拘束してもらうとしよう。それまで場を収めといてくれ」
「旦那はどうするんだ?」
キールの質問に、蓮は視線を西へ向けた。
「もうここに用はない。後はルナの様子を見に行くだけだ」
先ほどから感じている力の波動は西の方角から発せられている。作戦通りにルナとエリザベート第三皇女が戦っているのだろうと予想できた。
(〝零番〟の言葉が本当なら好都合ではある。僕にとってもルナの覚醒は望むところだからね)
この戦いで達成されるか、その前にエリザベート第三皇女に勝利できるのかという心配もあるが――、
(今の彼女ならばおそらく……)
蓮は地面に落ちていた二刀を〝天銀皇〟に仕舞うとクロを呼んで騎乗し、西へと駆け出した。




