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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
五章 千年帝国の落日
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十一話

続きです。

 外に出た蓮を待っていたのは二頭の馬の手綱を持ったブラン第二皇子であった。

 「待ってたよ、レン。状況は聞いているよね?」

 「ええ、聞いてますよ。そういうあなたはどうしてここに?」

 蓮がそう訊ねれば、ブラン第二皇子は肩をすくめる。

 「君には彼女が必要なんじゃないかと思ってね」

 と、ブラン第二皇子が手綱を軽く引っ張れば、蓮の愛馬たるクロが歩み寄ってきた。

 「準備が早いですね。助かります」

 「礼はいらないよ。ああ、それと僕は第四帝都に駐留している軍を編成したらキミの後を追うから」

 「何から何まですみません。後のことはよろしくお願いします」

 言うが早いか、蓮はクロに飛び乗って手綱を引く。そうすれば、クロが駆け出した。

 (皇帝の退位に関する話はできなかったけど、ベーゼ大森林地帯に関しての話はできた)

 それに五天会議で決議しなくとも、今回の反乱をうまく使えば皇帝を始末できる。

 (タイミングを誤らないようにしないとな。ひとまず戦端を切る前にルナたちと合流しよう)

 シュトラールは第四帝都よりも大帝都に近い。既に反乱の報は受け取っているだろう。

 「……始めよう、千年の大計を」

 そう呟く蓮の口元は禍々しく歪んでいた。

 雨降りしきる第四帝都の町中を、黒馬が駆け抜けていった。

 

 *


 去っていく〝王〟の背を見送るブラン第二皇子にフードを被った人物が近づいてきた。

 「〝道化〟か。準備は終えたのかい?」

 ブラン第二皇子が視線を向けずに問えば、〝道化〟は肩をすくめた。

 「もちろん、終えていますよ。〝零番〟の配置を始め、大帝都近衛騎士団の巡回シフトの穴あけなどをしました。もっとも後者に関しては〝天魔王〟陛下のお力添えがあったおかげですんなりと行きましたけどね」

 「それはそうだろうさ。〝天魔王〟陛下はこの国の重鎮だからね」

 笑うブラン第二皇子。対照的に〝道化〟は思案気であった。

 「何か問題でもあるのかい?」

 「ええ、少し気がかりなことがありまして……エルミナ聖王国側の動きがこちらの予想よりも早いようでしてね、既に軍を動かしているようです」

 「――気づかれた、ということかな」

 笑みを強張らせたブラン第二皇子に、〝道化〟が安心させるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「ご安心下さい。仮にそうだとしても〝五大冥王〟の方々はこの千年間で力を蓄え、計画を進めてきました。そして〝黒天王〟陛下もお戻りになられた今、この時であればあの忌々しい偽りの神が何をしようとも問題はありません」

 「そうだといいんだけどね」

 ブラン第二皇子は涙を流す天を見上げる。

 「何事も絶対に上手くいく――なんてことにはならないのが世の常だからね……」

 囁くように呟かれた言葉は、雨音にかき消されてしまった。


 *****


 時は五天会議が始まる前まで遡る。

 アインス大帝国中域北部シュトラールは曇り空が広がってはいたが、雨は降っていなかった。

 そんな冴えない天候の中、ルナはシエルと共にシュトラールの町へと来ていた。

 「ルナ殿下、ここです」

 シエルが鍛冶屋を示す金づちの紋様が刻みこまれた扉を指さして言った。

 「シエル、ここには内緒で来ているから殿下はいらない。あと、親しい人たち以外が近くに居る時だけでいいから」

 「え、ですが私は殿下の侍女ですよ?それなのに……」

 「当の本人がいいって言ってるんだから大丈夫」

 「そういうものですか?」

 そんな会話を繰り広げながら扉を開けて中へ入れば、視界いっぱいに広がる武器防具の類。壁に飾られている物もあれば立てかけられている物もある。

 「凄い数ですね」

 と、感心したように鍛冶屋内を見渡すシエル。

 「今日はそれが目的じゃない。用があるのはその奥」

 ルナはそう言って奥の扉へと向かう。躊躇いなく押し開けた。

 すると熱気が襲い掛かってきた。カン、カンと金属を叩く音が耳朶を打ってくる。

 「鍛冶屋のおじさん、来たよ」

 ルナが室内に轟く音に負けじと声を張り上げれば、

 「ん?おお、ルナの嬢ちゃんじゃねえか!ちょっと待ってな」

 張りのある声が返ってくる。

 「ルナで――さん、彼は?」

 隣に来たシエルが問いかけてきた。

 「彼はこの店の店主で鍛冶屋。初めてこの街を訪れた時にあるものを依頼していて、今日はそれを取りに来た」

 「あるもの?」

 疑問符を浮かべるシエル。そうこうしている間に、眼前に筋肉質な男が現れた。

 彼は両手で布にくるまれた細長いものを持っている。

 「注文通り、ちゃんと出来たぜ。確認してくれ」

 そう言って布を広げれば、中には白銀の鞘があった。

 「これって……剣を入れておく鞘と呼ばれるものですよね?あれ、でもルナさんは剣を持っていなかったような……」

 「そう、これは私のものではない。レンのためのもの」

 ルナは説明しながら大事そうに鞘を受け取る。

 「真銀(ミスリル)をベースに、神鉄(オリハルコン)を混ぜてより強固に仕上げた。装飾は水晶を散りばめて煌びやかに、それでいて自然さを保った感じにしてみたんだが――どうだ?」

 鍛冶職人の男が訊ねれば、ルナは表情を緩めて笑みを浮かべた。

 「ん、とても綺麗。満足した」

 「そいつぁよかった!ルナの嬢ちゃんが大切な人に贈るものだっていうから結構時間をかけて丁寧にやったんだよ。いやー、頑張ったかいがあったぜ!」

 「お代だけど――」

 と言ってルナは財布を取り出そうとしたが、男はそれを手で押しとめる。

 「いらねぇよ。それは俺からルナ殿下(、、)への献上品ってことにしといてくれ。まあ、本音は久々にいい仕事ができたから満足だってだけなんだがな」

 「……本当にいいの?」

 「いいってことよ。それでも納得がいかねえってんなら、また仕事をくれ。鍛冶屋冥利に尽きるからな」

 「ありがとう」

 ルナはお辞儀をしてシエルと共に工房から出た。

 「いい人でしたね。いろんな意味で」

 「うん、彼はいい人」

 次いで外に出れば、ポツリと雫が頬に付着した。

 「雨……」

 「ついに降ってきましたか。用事を済ませたことですし、早く戻りましょう」

 邸宅へ戻ろうと足を前に進めた時――蹄の音が聞こえてきた。それは徐々にこちらに近づいてくる。

 「あれは……アリアさん!?」

 桜色の髪を揺らしながら馬を駆るアリアは、ルナたちの前までくると飛び降りた。

 「ルナ殿下、こちらにおられましたか!」

 「アリア、何かあったの?」

 ルナが聞けば、アリアは紅水晶色の瞳に焦燥を滲ませて答えた。

 「先ほどバルト殿から伝令が届き、反乱が発生したということです!」

 「それって――もしかしてエリザベートお姉さまとマティアスお兄様が?」

 「はい、その通りです。エリザベート第三皇女は西から三万を率いて、マティアス第一皇子は南から二万を率いて大帝都へ進軍中とのこと」

 ルナは僅かに考え込むと、アリアに問いかける。

 「反乱に付き従う者たちを納得させる大義名分があるはず。彼らはいったい何を掲げているの?」

 「それなのですが、反乱軍は皇帝の乱心を諫めると主張しています。度重なる戦争行為は乱心の結果、ならば皇族たる我々がそれを止めなくてはならないだろう――と」

 それならば付き従う兵も多いだろう。何せ民も兵士も度重なる戦争に辟易しているのだから。

 ルナはしばし思案すると決断する。

 「今出陣できる〝天軍〟を連れて大帝都へ向かう。軽装騎馬で編成して欲しい」

 「……行かれるのですか」

 「うん、レンならこうすると思うから」

 ルナの言葉に迷いはない。それを感じ取ったアリアは敬礼を向けた。

 「はっ、すぐに取り掛かります」

 去っていくアリアの背を見送ったルナは、シエルの方に向き直って鞘を手渡した。

 「預かっていてほしい。反乱を鎮圧して戻ってきた時にレンに渡そうと思うから」

 そう言えば、シエルはうつむいていた顔を上げて意を決した表情を向けてくる。

 「お預かりはします。けど、私も行きます」

 「……どうして」

 「私はルナ殿下の侍女です。侍女の役目には行軍中の身の世話も含まれているはずですから」

 譲らないという姿勢、それを見たルナは首肯した。

 「わかった、なら一緒に行こう」

 「!……はいっ!」

 そして二人は邸宅へと駆け足で向かうのだった。


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