九話
続きです。
「……皇族の方でしたか。これは失敬。先ほどまでの無礼な態度は、無知ゆえの事。なにとぞお許し願いたい」
蓮はひとまず謝罪することにした。知らなかったとはいえ、皇族に対してシエル達に接する態度で応じてしまったのだ。下手をすれば極刑は免れないだろう。今の蓮は皇族でもなければ、英雄王としての肩書も意味をなさない、ただの一庶民でしかないのだから。現にアロイス卿と呼ばれていた男は殺気立っている。
しかし、それは杞憂に終わる。
「問題ない……知らなかったならどうしようもないし」
「……よろしいのですか?あのような無礼、普通ならそっ首はねるところですが……」
「言葉使い位でいちいち腹を立てたりしない……それに……」
「それに?」
「…………いや、なんでもない」
どうやら、銀髪の皇女は器の小さい女ではなかったらしい。
(ありがたいな。ここで極刑に処すなんて言われていたら、全員殺していたかもしれないし)
謝罪はしたが、蓮の彼らに対する怒りは消えていない。加えて現在の蓮の最優先事項は、シエル達の身の安全だ。リヒトの子孫だろうが、アインスの兵だろうがどうだっていいとさえ思っていた。
そこへ、
「それより……やはりこの村はアイゼン皇国の兵に襲われたの?」
声が投げかけられた。
「ええっと……その通りです。突然襲ってきてあっという間に、村の人たちを……」
それに答えたのはシエルだ。惨劇を思い出したのか、顔を蒼白にしながら喋っていた。
「生き残ったのは私たちだけで……」
「……そう。あなたたちだけでも生きていてよかった」
皇女は無表情だった顔を少しだけ崩し、微笑を浮かべる。
だが、
「でも……なぜアイゼン皇国の兵は全員死んでいるの?誰か助けてくれた人がいるの?」
と疑問を呈した。
(当然の疑問だな。僕たちはどう見ても子供。そんな子供が、訓練を受けた兵士を殺したなんて普通は考え付かないだろう。でも……)
素直に僕が殺しました、なんて言ったら失笑を受けるだけだろう。仮に信じてもらえたとしても、どうやったのか聞かれたらまずい。
(現状を把握しきれていない内に、僕の正体や所持している“力”を知られるのは得策ではない。第一に、僕は英雄王です、なんて言ったら殺されるかもしれない)
アインスで、否、人族の間で英雄王は神聖視されている。それはシエルの話を聞いているうちに、蓮が受けた千年後の英雄王の印象だ。なので、そんなことを言えば本当に不敬罪で極刑に処されかねない。
故に、蓮は決断した。
「えっと、同士討ちで死んだんです。なんだか揉めていてそれで……」
……苦しい言い訳をすることを。
「えっ?レンさんそれって……」
案の定、先ほど受けた説明と違うとシエルが疑問を口にしそうになる。
が、蓮はシエルに目配せを送り、それを制した。
シエルは蓮の視線に含まれた意味を即座に理解し、
「そっ、そうでしたね!なんだか怒鳴りあって、お互いを剣で切り付けていました」
と言った。
(やはり敏い子だ。事前の打ち合わせ無しで、上手く合わせてくれた。ありがたいな)
「…………そう。それならいい」
皇女は目を細めながらも、一応の納得の姿勢を示してくれた。だが、その瞳には疑念がありありと渦巻いている。
(……やっぱり言い訳としては苦しかったか。同士討ちで、挙句に全滅とか普通起こりえないしな)
そんな事が起こりうるとしたら、それは天文学的な確率だろう。しかし、眼前の皇女はそれ以上の追及はしてこなかった。
「……隊を二つに分ける。五百はここでアロイス卿の指揮の元、死者の埋葬などを行ってもらう。残りは予定通り、私とともに城塞都市ツィオーネに向かう。生き残りであるこの子たちも連れて行く」
「なっ、隊を分けるのですか!?ツィオーネには、アイゼン皇国の軍が迫っておるとの報告があったがゆえに、出撃できる兵をかき集めてきたではありませぬか。ここで兵数を減らすのは愚策です!」
「……それでもこの村の人たちをこのままにしておけない。放置すれば魔物が寄ってくる。なにより……私たちが間に合わなかったが故に、この人たちは死んだ。私たちには責任がある」
「しかし……」
「これは命令……従ってほしい。おねがい」
そう言って皇女は部下たちに頭を下げた。これには、アロイス卿を含めた兵士達もどよめく。
(……部下に対して頭を下げる。本来なら皇族がやっちゃいけないことだけど……)
「……顔をお上げになってください。ルナ殿下がお優しい方なのは、私を含め第五皇軍全員の周知のところです。我ら一同、殿下のお言葉に従いましょうぞ」
「……ありがとう」
(部下を完全に掌握している場合は別だ。その場合はむしろ効果的。今回は、より優しい人だと印象付けられる……思った以上に切れ者だな)
蓮はこの皇女への評価を上げる。そうとは知らずに皇女は、
「今聞いた通り……貴方たちにはツィオーネに来てもらう。身柄の保証は私が居れば大丈夫だから」
と蓮たちに告げた。
「そうですか。それはありがたいです。では、そのように―――」
と蓮が答えようとしたその時、
「ふざけるなっっ!!」
怒声がそれを遮った。
声の主は、今まで黙りこくっていたラインだった。
「間に合わなかったからしょうがない?一言謝ればそれで終わり?……ふざけるなよ。それで村の人たちが許すとでも思ってんのかっ!」
ため込んでいた怒りを吐き出すかのように、ラインは叫んだ。
「……この村の人たちは優しかった。あんな死に方をしていい人たちじゃなかった。おまえたちがっ、おまえたちが間に合ってさえいれば……みんな……殺されることはなかったんだっ!それを―――」
「いいかげんにしてっ!」
ラインの激怒を抑えたのはほかでもない、自らもまた同じ思いのはずのシエルだった。
「いいかげんにしてよ!ラインが怒ったからって、村の人たちは帰ってこない。それに、皇女様たちが悪いわけでもないじゃない!悪いのは村の人たちを殺した、アイゼン皇国の兵士たちじゃないっ!」
シエルは泣いていた。泣きながら、それでもラインを諭すかのように告げる。
(シエルは今の今まで、激情を表すことはなかった。でもいくら敏いと言っても、いまだ十七の少女だ。今回のような惨劇に何も感じないはずがない)
「……だから皇女様たちを責めるのは見当違いだよ。あやまりなさい」
「ねえちゃん…………分かったよ」
涙ながらの姉の説教が効いたのか、いつの間にかラインは怒りを霧散させていた。
「その……ごめんなさい。皇女様たちは悪くないのに……」
「……大丈夫。それに、間に合わなかったのは事実だから。だから―――」
そう言って、皇女は頭を下げる。兵士達も自らの主に続いて頭を下げた。
(アインス人は本当に気高いな。それに心が綺麗だ)
蓮はその光景を見て、誇らしさで胸が一杯だった。自らが命を懸けて守った人たちは守るに値する者たちだったのだと、そう思えることがたまらなく嬉しかった。
「さて、わだかまりを解消したところで、そろそろ行かないとまずいのでは?」
そう蓮は一同に告げた。
「……その通り。早くいかないと手遅れになる……もうこの村のような惨劇は繰り返させない」
「そうですね。では、私は五百の兵を指揮し、村の者たちを手厚く埋葬いたします。終わり次第、合流したいと思います」
「……頼んだ、アロイス卿。では、残りはツィオーネに向かう。行くよ」
そう号令を掛け、出立しようとした皇女であったが、
「……ねえ、僕たちは徒歩なのかな?」
「……馬乗れる?」
「うん、まあ、一応……」
「じゃあ、アロイス卿の馬を使って……」
「ええっ!では、私はどうやって合流すればよいのですか!」
「……気合?」
「そんなっ」
「……何故に疑問形?」
……締まらない出立であった。




